きみがいた夏
りおん
「きみがいた夏」
きみがいた夏を、心の中で思い出す――
どこかの名曲にもありそうなことを、夏が来るたびに繰り返す俺がいた。
あの夏、俺、
出会いはごく普通だと思うが、高校の部活動。サッカー部に所属していた俺が二年生の時、藤井は一年生でマネージャーとして入部してきた。
最初は小さくて可愛い子だなという認識しかなかったが、登下校で同じ道を通るのでよく会って話すようになり、藤井の魅力にどんどん惹かれていった。
よく笑う。いつもニコニコしている明るい子だ。自分の主張ばかりではなく、こちらのどうでもいいような話もきちんと聞いてくれた。
いつも明るく素直な藤井に、悩みなんてあるのだろうか? もしかしたら自分の中に溜め込んでしまっているのではないか? と心配する俺だった。
「高浜先輩、おはようございます!」
藤井はいつも元気よく挨拶をしてくれた。ただの挨拶だけど、俺はそれだけで嬉しかった。
「なぁ、お前、藤井のことどう思ってる?」
ある日の昼休み、同じサッカー部で同じクラスの
「どう……って、か、可愛い子だなとは思うけど……」
「まぁな、藤井は可愛いよ。それ以上は?」
「そ、それ以上って……?」
「ニブい奴だな、好きかどうかってことだよ」
大垣に言われて、俺はドキッとした。す、好きかどうか……?
「え、ま、まぁ、好きと言えば好き……なのかな」
「そうか、藤井は絶対に高浜のことが好きだぞ」
「え!? そ、そんなの分からないじゃないか」
「ほんとにニブい奴だな、そんなの周りから見てたらバレバレよ。高浜と話している時の藤井、いつもニコニコでキラキラしてるぜ」
「そ、そうかな……いや、藤井はいつも笑顔だからみんなと話してる時と一緒だろ?」
「いや、高浜と話してる時が一番楽しそうにしてるから、間違いないと思うぜ」
こいつはどこからそんな自信が出てくるんだと思ったが、悪い気分ではなかった。
その日の練習は、なんとなく藤井のことが気になってミスが多かった。
「高浜先輩、大垣先輩、お疲れさまでした!」
夏休みのある日、練習が終わると藤井が話しかけてきた。
「おう、お疲れー」
「お疲れさま」
「二人ともよく足が動いてました! いつもすごいですね!」
藤井のキラキラした笑顔がまぶしくて、俺はなかなか直視できない。
「いやー、そんなことはあるかな! なぁ高浜」
「お前のその自信はどこから来るんだ……」
あははと笑う大垣に呆れていると、大垣が藤井に聞こえないように俺に話しかけてきた。
「お前、まだ告白してないのか? 藤井待ってるぞ」
「なっ!? そ、そんなことは……」
「……あれ? どうかしましたか?」
「い、いや、なんでもない……」
でも、そろそろ自分の気持ちを伝えてもいいかなと思った。
その日の帰り道も藤井と一緒になったので、楽しい話をしながら帰った……が、俺はふと立ち止まり、勇気を出してこう言った。
「藤井……その、好きです。俺と、付き合ってくれませんか?」
大量の汗が自分の体から出ているのが分かった。暑いだけではない。緊張で心臓が飛び出るかと思った。
「……はい、私も、高浜先輩が好きです」
藤井は少し俯きながら答えてくれた。
好きだと言ってくれた。嬉しかった。嬉しかったのだが、次に何と言えばいいのか分からず、俺は黙ったままだった。セミの鳴き声がいつも以上に大きく聞こえた。
「でも、期間限定ですけどね」
藤井らしくない、力のない声が聞こえてきた。
言葉の意味が分からない。今どうすればいいのかも分からない。何も分からない。
歩き出すこともできないまま固まっていると、藤井がポツリポツリと話してくれた。
期間限定の意味が、分かった。
できれば聞きたくなかった。とても信じられなかった。何度も訊き直そうとしたが、ぐっとこらえる自分がいた。
いつまで一緒に登下校できるかどうかも分からない。学校を無事に卒業できるかどうかも分からない。何も分からない。
ぽろぽろと、藤井の目から涙があふれていた。いつも明るい笑顔でいる彼女だが、そこに笑顔はなく、何度も何度も涙を拭っていた。
「こんな私でも、好きでいてくれますか?」
俺は藤井の手をとった後、ぎゅっと抱きしめた。これでもかというくらい脳をフル回転させたが、出来ることは少なかった。
そして、出てきた言葉はこれだけだった。
「もちろん、大好きだよ、優花」
今年も暑い夏がやって来た。
きみと過ごした時間は短かったのかもしれない。
でも、俺は嬉しかった。
学校までのこの道を通ると、後ろから「おはようございます!」という元気な声が聞こえてくるような、そんな感じがする。
きみがいた夏は、何度もハッキリと思い出せる。
今も俺の頭の中に、心の中に、しっかりと残っている。
これから先もずっと、暑い夏が来るたびに、きみのことをこうして思い出すだろう。
また、会いに行くね。
きみがいた夏 りおん @rion96194
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