第4話 砂のお城が壊れても
一途が純に告白した日……つまり、純が私——桃園百合花に告白した日の翌日。
「ちゃんと付き合うことになった」
校舎裏、大きな樹の下のベンチにて。私と一途は報告を兼ねてお昼ご飯を食べている。いつもは純も一緒だけど、今日は特別に彼女と二人っきりにしてもらった。
あれから私と純はちゃんと話し合って、正式に交際することに決めた。
私の目の前で純にふられた一途に、そのことを報告するのはどうかと思ったんだけど……
純が「ちゃんと報告してやれ」とか、マジで頭どうかしてることを言って聞かないから、仕方なく報告することにしたのだ。
「そっか。良かったじゃん」
「良かったじゃん、じゃ、ないでしょ~」
私は一途を叱りつける。
「私に相談くらいしてくれても良かったんじゃない?」
「はあ!? 百合花がそれを言うの!? それはこっちの台詞なんですけど!?」
そう切り返されてはぐうの音も出ない。私は今まで一言も、純に対しての気持ちについて、一途に相談することは無かった。
それだけの時間を一緒に過ごしているのにもかかわらず。
「早めに相談してくれてたらこういうことにもならなかったんじゃない?」
「だって……」
一途に相談できなかったのにはちゃんとした理由がある。
いや、一途にだけは相談できなかった。
「……それは置いといてさぁ、一途。あなた、純のことなんて絶対好きじゃないよね?」
「えー? めっちゃ好きだけど~?」
嘘だ。
その言葉尻に『ただし友達として』という一語が隠れていることには、とっくのとうに気付いている。
——反応からうかがうに、一途は自分の気持ちを隠すつもりは、もうほとんどないらしい。
「あれだけ仲良くしてて、いつまでたっても百合花が動かないから――だったら私が貰っちゃおって」
「ふうん」
私は素っ気ない素振りでそっぽを向く。
「……でも、いきなりアレは無いよ~」
「悪かったって~」
そう言ってさりげなく私の左肩に頭を乗せる一途。
黒つやのボブカットから漂うシャンプーの匂いが鼻腔をくすぐる。
私の好きな……大好きな、アプリコットの香りだ。
「……ああでもしなきゃさあ――」
「……」
ああでもしなければ。
その言葉の続きを促すでもなく、私はベンチに触れる一途の右手の甲を撫でる。
それに気づいた一途の右手が応答を返す。
柔らかな一途の右手の指と、私の左手の指が絡み合う。
校舎裏の大きな樹の下、木漏れ日を浴びながら寄り添う私たち。
ずっと、こうしていられたら――
「……百合花のたらし!」
夢見心地でいると、一途は急に私の手に爪を食い込ませてきた!
「いたっ!」
手を離し、爪が食い込んだ部分をゆっくりとさする。
「せっかく良い雰囲気だったのに!?」
「百合花」
ぴしゃりと、何かを拒絶するかのように彼女は私の名を呼んだ。
何が言いたいかはもう分かっていた。
「……一途。ごめんね」
「それもナシ」
一途はふっと微笑むと、私のくちびるに人差し指を押し付ける。
「謝るのは私の方。困らせちゃってごめん、百合花。でも、ああするしか無かったんだよ」
ああでもしなければ、私たちの関係は停滞の
居心地は良いけれど、どこかうすっぺらく、どこまでも本物とはほど遠いような。
そんな日々の延長線をなぞるだけだっただろう。
「本当の意味での幸せは、本物の関係の中にしかないと思うんだ、私」
本物の関係。彼女の語るそれはきっと、収まるべきところに収まっている関係性の事だろうと思う。
「私のせいで私の好きな人が幸せになれないとか、ほんと、冗談じゃないからさ」
「一途……」
一途の好きな人。
私はそれが誰だか知っている。
もちろん純ではない。
好意の色が浮かぶ彼女の瞳に映っていたのはいつだって――他ならぬ私だった。
だから私は一途に純のことを相談することなんてできなかった。好きな人から恋愛相談を持ち掛けられるだなんて、そんなショックを彼女に味合わせたくはなかったから。
「百合花は本当に優しいね」
一途が私の頭を撫でる。こらえきれずに涙がこぼれ落ちる。
「それは私の台詞……」
一途は、私が一途の好意に気付いていることに気付いていた。それでいて、黙っていた。
「私たちみんな、一緒に居て楽しかったのよね」
一途は語る。
「私の気持ちも、純の気持ちにも気付いてしまった百合花は、私たちの関係が壊れないように、百合花自身の気持ちを押し殺して振舞ってくれてたのよね」
「……っ」
違う――とは言えなかった。
まごうことなく事実だったからだ。
私は純が好きだった。もうずいぶん前から。純以外には考えられなかったし、彼からの好意にもとっくのとうに気付いていた。
でも、一途の気持ちも知ってしまった。
同性、異性に関わらず交友関係はそれなりに広い彼女だったが、特別視するのはいつだって私一人だけ。
そんな、特別な視線をひとり占めしたいという私自身の気持ちにも――気付いてしまっていた。
「……でも、もう全部壊れちゃった」
言葉無きわがままに、彼女が応えてくれたから。私が隠せなかったから。
「いいのよ、また作れば。ほら、何か作るときってさ、作り上げた時より作ってる時の方が楽しいでしょう? それに、一緒に作った思い出は消えない」
そう言って私の両肩に力強く手を置く一途。
「……一途が言う?」
「ぷぷぷ」
「……ふ、ふふ」
そうやって笑い合う幼馴染ふたり。
これまでの関係性で過ごしてきた時間は本物ではなかったのかもしれない。でも、決して嘘でもない。私たちにとっての大切な思い出なのだ。
「でもね、これからは気なんて使わなくっていいから。つーか、キープし続けられるような女じゃないからな? 私は」
ほら、チョコだってたくさんもらったんだから、と一途が見せつけて来る。
「そういえば今日はバレンタインデーだったね……」
一途は本当に可愛くて、最高に愛おしい。
先日のことがあって、ふられた美少女の傷心に付け込もう! ……などと考えた男子がたくさんいたのだとしてもおかしくはない。
「ふふん。……ほら、百合花。あまったからあげる」
「あいてっ」
一途が私の頭に小さな箱を置く。手に取ってみると……チョコレート?
あまったとか言ってるけど、どう見ても彼女がラッピングしたものだ。そこらの男子じゃこんなに可愛らしい包装はできない。
はあ……まったく、これだから。
「……ねえ」
「?」
「これ、何チョコ……?」
愚かにも私は聞いてしまった。今まで言葉にして明言することだけは避けてきたであろうことを、どうしても一途の口から聞きたかった。
ズルい女だ、私は。
「……ばーか。義理チョコに決まってるでしょ!」
彼女は一瞬だけ口元を引き結んで――それから、笑った。そしてすぐさま立ち上がり、スカートをぱんぱんと払う。
「ハッピーバレンタイン」
それだけ言い残すと、歩いて行ってしまった。
「あっ、ちょっと!」
背を向けた一途が、こちらを見ないまま片手をひらひらと振っている。座り込んだままの私が手を伸ばしても、彼女の背中に届くことは無かった。
「……」
置いてけぼりにされた私は、チョコレートの箱に視線を落とす。
リボンのラッピングをしゅるしゅると外して箱を開く。
一面にハート形の粒チョコが並んでいて、その真ん中にはメッセージカードが。真っ白な紙の中央、その一行を視線でなぞる。
お返しには、マシュマロを。
カードには書かれていたのはその一文だけ。
「……そんなの、渡せるわけないじゃん」
ホワイトデー、きっと私は何食わぬ顔で彼女にマカロンを渡す。
だってあの子は私の特別な人。
恋人じゃなくったって、それは変わらない。
それに、私もあの子にとって特別な人であり続けたいから。
「……またお城作るか」
たとえ壊れると分かっているのだとしても。
少しずつ形を変えながら作り直していけばいい。
「――よし」
一粒だけチョコを口に放る。舌の上でそれをゆっくりと溶かしながら箱を閉じ、包装し直してベンチを立つ。
先に行った一途の背中を追いかけるようにして、私は再び歩き出す。
次は三人で、もっと違う形のお城を作ろう。
教室へと向かいながら、気付けば脳内にりっぱなお城を築き上げていた。そんな自分がおかしくて、笑みがこぼれる。
生ぬるい風が冬の寒さをさらっていき、世界はもうすぐ、春を迎えようとしていた。
<了>
彼女と彼とそれから彼女~そして最後は絶対に幸せにたどりつく三角関係~ こばなし @anima369
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