『日常の謎―昼外呑みウーマンとの遭遇―』

小田舵木

『日常の謎―昼外呑みウーマンとの遭遇―』

 昨日の昼間の事である。

 私は出勤するために駅に向かっていた。

 私が普段使っている駅の駅前にはスーパーがある。

 出勤する前にそこでエナジードリンクを買っていくのが習慣になっているのだ。

 ああ、今日も仕事か。たった6時間弱の仕事だけど、仕事は仕事である。

 憂鬱な面持ちで私は駅前を歩いていた。

 

 駅前は福岡の割には人通りがある。

 私はすれ違う人たちを何となく眺めていたのだが。

 ある女性が目に入った。

 彼女は。何か飲み物を飲みながら歩いていた。

 この近くにはコーヒーショップがある。どうせコーヒーを飲みながら歩いているのだろう、と思って見ていたのだが。

 よくよく彼女を見ていると。

 手元には酎ハイの缶があった。●結である。

 …これは驚いた。真っ昼間から酒を外でかっ喰らう女性が居るとは。

 しかも。女性は中年、主婦のような見た目の方である。

 …何がどうなっている?そしてここはスーパーの前、スーパーで購入したばかりの●結を店先でキメている訳だ。

 

 これは。何か良からぬ事が起きている…大げさだが。

 大体、平日の昼間、11時半に外で酎ハイをキメる必要があるのだろうか?

 外呑み自体はありふれた行為である。

 例えば。夜の20時以降、京都の阪急の河原町駅にはそういう外呑みサラリーマンがたくさん居た。長い快速に乗る前にキメておく訳だ。

 だが。ここはJ●九州の駅、そして昼間なのである。その上、呑んでいるのは主婦らしき女性…

 私は出勤前だと言うのに、かの女性が気になってしょうがない。

 

 私は良くない頭をフル回転させながら改札に向かっていく。

 平日の昼、駅前で、スーパーで買いたての酎ハイをキメる…

 そこにどんなドラマがあるのだろうか?

 

                  ◆

 

 単純に。

 彼女は夜勤明けなのかも知れない。

 上がり時間としては遅すぎるが、残業をしていたのなら説明はつく。

 そもそも夜勤なんて。トラブルの嵐なのだ。

 人気のなくなった職場ではトラブルは頻発する。そしてそれを解決しようにも、人的なリソースや物質的なリソースは不足している。

 結局、真夜中に起きたトラブルが解決するのは夜勤明けの昼間、と言うことは珍しくない。私にもそういう経験は腐るほどある。

 夜勤でトラブルに見舞われ、昼にやっと解決して。職場をやっとの事で抜けてきた彼女。

 昼飯を買う為にスーパーに寄る。そこで晩酌用の酎ハイを買ったが…家に帰るまで我慢が出来ない、何せハードなトラブルの後なのだ、帰るのも昼間になったし。

 という具合に。

 昼外呑みウーマンが爆誕したのかも―知れない。

 

 私はそこそこの仮説を立てながら駅のホームへ向かう。

 私はその仮説に満足していたが…もしかしたら。違うかも知れない。

 と、言うのは。彼女は仕事に忙殺されうんざりした顔と言うよりはアンニュイな顔をしていたのだ。

 

 アンニュイな顔。

 妙に憂いを含んだ顔だった…うん、アレは仕事疲れで出来る顔ではない。

 んじゃあ?どんなドラマがあったのだろうか?

 私は駅のホームでエナジードリンクをすすりながら考える。

 

                  ◆

 

 女性が昼間の駅前で酎ハイをキメる…

 これは中々の行為である。そも男性であれども躊躇ちゅうちょしてしまう所業である。

 あんな事をやろうと思うのは、よっぽどの事態である。

 無茶苦茶ストレスが溜まってて、我慢の限界で。酒を勢いで購入し。家に帰るまで我慢できないから外でキメる…

 

 そう言えば彼女は。

 そこそこ所帯ズレしたような感じだった。失礼な物言いだが。

 …彼女は専業主婦なのかも知れない。

 と、なると?家庭内不和があるのかも知れない。

 だが。主婦に旦那と子どもが居ると仮定しても。平日の昼間の駅前で酒をキメる理由にはならないような…別に平日の昼間には旦那も子どもも居ないのだ。独りの家で思う存分呑めば宜しい。

 

 んじゃあ?彼女の家庭は2世帯住宅なのかも知れない。

 旦那の親との同居。これは中々主婦にはキツイ事態である。

 なにせ。我が小田家は2世帯同居を1年で破綻させている。

 母と祖母…父の母との折り合いが最悪だったのだ。

 そう。主婦にとって。旦那の母親は敵である。姑ほど面倒な存在はこの世に存在しない。

 

 彼女は2世帯で同居していて。家には旦那の両親が居る。当然、どちらもリタイア済みである。

 すると。平日の家に常に人が居る状態になる。

 …主婦は。旦那の母親、姑にイビられているのかも知れない。

 どれだけ必死に家事をやろうが。自らの流儀に反するから、もしくは単純に気に入らないからと、いちいちケチがついてくるのかも知れない。

 そんな生活をしていれば。自ずとストレスは溜まる。

 その上、常に敵が家に鎮座しているのだ。心が休まる訳もない。

 彼女は朝の家事をマッハで終わらせ、買い物に行くという口実で外に出る。

 そして。スーパーに行く。何故か脚は酒売り場に向かってしまう。

 気がつけば。●結1本を握りしめてスーパーの外に居る…

 迷わず彼女はプルタブを起こす…そしてゴクリと酒をキメる…

 

 私は駅のホームで電車を待ちながら。

 こんな妄想をしていた。

 

                  ◆

 

 そろそろ電車が来る。

 だが。私は昼外呑みウーマンの事で頭が一杯である。

 

 …よくよく考えてみれば。

 九州では昼外呑みウーマンは珍しくないのかも知れん。

 と、言うのも過去にそういう人を見たことがあるからだ。

 1年前、博多駅の大型書店に行った帰り、電車を待っていたら。

 駅のホームをブラツキながら酎ハイをキメてるおばちゃん居たもの。真っ昼間から。

 

 九州は。

 超男尊女卑社会と形容されることが多い。

 昔から女は男の三歩後ろで控えるのが九州の気風であるらしい。

 だから、九州の女性は控えめである…こんな言質がある。

 

 だが。それは大嘘だ。

 

 そもそも九州。特に福岡は。

 重工業都市であり。そこでは男女関係なく24時間の重労働をしていた。

 それも昭和初期くらいからの話であったはずだ。

 女性の社会進出がどうこう言う前に、九州の女性は社会に出て、男顔負けの勢いで働いていたらしい。確か、炭鉱関係についてリサーチをかけた時にそういう資料を見た覚えがある。

 

 だから。

 九州の女は一見控えめに見えても。かなり気が強い。

 特におばちゃんは凄い。アレはコミュ力の塊な上にガッツがある。

 私はそういうおばちゃんに囲まれながら仕事をしている。

 

 …先程見かけた昼外呑みウーマンも。

 そういう豪傑タイプのおばちゃんかも知れない。

 いや、儚い見た目をしていたけど。

 

                  ◆

 

 私は電車が来る前に。

 昼外呑みウーマンの謎を解いてしまいたかった。

 だが。考えれば考える程、妄想が止まらなくて。

 結局は結論を出せなかった。

 

 私達が何気なく送っている日常。

 そこには多くの謎とドラマがある。

 私は最近はエッセイを一日一本仕上げているため、こういう事には敏感になっている。

 

 これを読んだ奇特な方。

 貴方の日常にも謎とドラマは転がっているのだ。

 ただ、貴方が気付いてないだけである。

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『日常の謎―昼外呑みウーマンとの遭遇―』 小田舵木 @odakajiki

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