最終章 ♪

最終話 ♪

「はぁーあ」


 自宅に着いて、配信機材と闇猫さんからのプレゼントに囲まれた自室に入り、わたしはため息をつきながら、ベッドにダイブした。


「相っ変わらず、チョロいなー、京子さんも」


 京子さん自身が、「自分の脳でたどり着いた真相を疑えない」という呪いにかかっているのに、自分では気づいていないのだ。


「…………」


 枕に顔をうずめると、幼なじみの家のシャンプーの匂いがする。

 そうだ。そういえば、昨日はこのベッドで、あいつにわたしの初めてを捧げたんだった。


「はぁ……」


 もう一度、今度はさっきよりも深く重く、ため息が漏れてしまう。


「……全っ然、気持ち良くなかったなぁー、やっぱ……」


 ゴロンと転がって仰向けになり、胸元のネックレスが煩わしくて、わたしはそれを床に放り投げる。


 予想はしていた。全く期待なんてしていなかった。あいつとのセックスごときで、わたしの体が、心が、満足なんてできるわけがない。


 わたしを必死で求めるあいつの顔、目、声、息使い、腰使い。

 昨夜、このベッドでわたしを抱いたあの男のことを思い出して、わたしは――


「純……! 大好き! 大好きなの、純……♪ わたしの方がずっと、あんたのこと大大大好きなんだから……♪」


 わたしは、身悶えていた。濡れていた。


 京子さんと接触してから五か月間の、わたしの計画第1フェイズは完ぺきに成功した。

 あとは待つだけ。待つだけでわたしは全てをやり遂げられる。長年夢見た、待ちわびた、オカズにし続けた、たった一つの目的を、成し遂げられる。


 すなわち――


「壊すのっ♪ 純を壊すのっ♪ 大好きだから壊すのっ♪ あんな絶望顔じゃ満足できないのっ♪ あんなの絶望じゃないのっ♪」


 小さいころからずっと純が大好きだった。大好きな人の可哀そうな姿が堪らなくて、ムズムズして、気持ちよくて、私は初めて性的な興奮を覚えた。


 ずっとずっと、純の絶望顔を見ることだけに人生をかけてきた。


 結果として、あいつは、免疫を作ってしまった。鎧を被ってしまった。ホントはわたしのことが好きなくせに、わたしをビッチ扱いすることで、初めから期待しないことで、本当の絶望から身を守る術を身につけてしまったのだ。


 そんな中であいつがハマったのが、VTuberだった。常に純潔の仮面を被って、純のような鎧を着込んだオタクにも武装を解除させてしまう。期待を持たせてしまう、まさに偶像のような存在。


 しかし、そんな偶像だって、結局はいつか裏切るのだ。

 生身を晒していたオタクは大きなダメージを食らう。それでも、少し時間が立てば自然と回復するだろう。


 でも、あの純は違う。ハマったらとことんハマってしまう。わたしにとって、洗脳が簡単で都合の良かったその性質が裏目に出てしまう。


 もしも純があのまま、闇ノ宮美夜の深みに、あれ以上のめり込んでしまっていたら――そしてその後に闇ノ宮美夜に裏切られていたら――わたしが壊すはずだった純を、ただの絵ごときに、壊されてしまうところだったのだ。


 そんなこと、許せるわけがない。


「純を壊すのは、わたしなのっ! わたしが壊すのっ! わたしがわたしの手でわたしだけの物にして、わたしがわたしの手でぶっ壊すのっ!」


 しかし、対わたし専用・超強化型アーマーはやはり強力だ。前フリ攻撃に耐性を作り、ツンデレトラップには疑いから入ってくる。何とか攻撃を命中させても、致命傷は負わせられない。

 もはや生半可な手で純を壊すことは不可能だった。


 だから鎧を剥ぎ取り、免疫を消失させる必要があった。つまり、恥もプライドも予防線も捨てて、わたしだけを愛する状態を作り出したかった。

 結果的にわたしは純を守ることにもなった。純はわたしを闇ノ宮美夜でありセレスティア・ティアラだと思い込んだ。そのおかげで、いつかは裏切るはずだった彼女らが、最後まで裏切ることもなく、引退することになった。わたしが壊すために、わたしが壊すまでは、わたしが純を守らなければいけない。


 そしてついに純は彼女らへの思いを封印し、良い思い出として昇華し――わたしに依存した。

 準備は整ったのである。


 でも、まだ足りない。

 今なら、簡単に純の心にダメージを与えられる。でもこれまでのような生半可な攻撃じゃ、また壊し切れないかもしれない。

 一度でも失敗したら、また免疫を作られてしまう。さらに強力な鎧を纏ってしまう。鎧くらいならまだいい。本気の危機感を覚えた純の心は、地下シェルターに籠ってしまうかもしれない。


 だから、一発で壊すのだ。生身の純に、裸の心に、核ミサイルを直接ぶち込む。

 今までに決してなかったような、最大級の絶望を与えるのだ。


 そんな武器を、わたしはついに手に入れた。発射のためのスイッチは、その鍵は――文字通り――わたしの手の中にある。



「あはっ♪ 丈太さんの赤ちゃん、孕んじゃおーっと♪」



 スカートのポケットから、硬い感触のそれを取り出し、顔の前に掲げる。窓から差し込む星の光を反射してキラリと光るそれはもちろん、


「うぷぷっ、これから丈太さん、悶々とした生活送ることになるだろーからなー♪ 変態彼女さん持っちゃってかわいそー♪」


 貞操帯の鍵だ。もちろんあのプレゼントの中に入っている鍵も本物だけど、それは貞操帯を装着させたと報告を受けてからダミーとすり替えればいい。そうすれば、あれを解除できる鍵を持っているのはわたしだけになる。


 京子さんが手塩にかけて調教した丈太さん。数年後、溜まりに溜まった彼に射精の許可を与えられるのはわたしだけ。

 丈太さんがお酒で止まらなくなってしまうという証言も本人から得ている。

 京子さんが実はシコらせ系VTuberをやって、彼を裏切っていた――その証拠も握ってる。この五か月間、京子さんとの作戦会議の録音データ全てをわたしは保管してるんだから。

 丈太さんの絶望のツボだってこの数週間できっちり把握済みだ。

 いい感じに編集したものを聞かせて丈太さんを絶望させ、こっそりお酒でも飲ませて、わたしで慰めさせてあげればいい。満を持して、鍵を開けてあげるだけでいい。


 それでもきっと、全部自分の責任だって言い張るんだろうな。無駄に責任感の強い人だから。


「あはっ♪ ほんっとーに良い道具見つけちゃったよね♪」


 純の心に最大級の爆撃を落とす。わたしに依存した純に、わたしを喪失させる。ただの喪失なんかじゃ許さない。最もショックな喪失体験にしなくちゃいけない。


 そのためには――最凶のNTRを作り出すためには――最愛の恋人と同時に、最悪の間男を用意しなくちゃいけなかった。


 つまり、純が唯一、信頼できる人物。絶対に自分を裏切るわけがない人に、裏切らせる。


 一番尊敬している丈太さんに、一番愛しているわたしを、寝取られるのだ。


 五か月前、京子さんを襲撃し、彼女が熱く語る恋人像を聞いた時点で、ここまでの計画を思い描いていた。彼に接触する必要がある作戦をあえて作成して京子さんに同意させ、彼のバイト先に潜り込んだ。

 会って数分で、わたしは確信した。

 この人は、使えるって。あの純のたった一人のお兄さんになれるって。純を壊すための最っ高の道具になってくれるって。


 わたしの真の目的二つ――純をわたしに依存させること。純に信頼できる唯一のお兄さんを作ること――そのどちらをも、ついに成し遂げたのだ。


 あとはもう、待つだけ。焦らすだけ。その瞬間を。いずれ訪れる、わたしにとって最高の絶頂を。わたしと純の本当の、人生で最初で最後になる、唯一無二のセックスを――つまり丈太さんの赤ちゃんを孕んだと伝えられて彼が見せてくれる絶望を――さらに気持ちよくするために――


「前戯なのっ! 純との恋愛も、純とのエッチもぜーんぶ前戯なのっ♪ 壊すのっ! 大ちゅきなの、純! ぜったいぜったぜったいぜったい誰にも渡さないのっ! わたしが壊すの! 今度こそ粉々にするの♪ 壊す♪ 大ちゅきな純の本当の絶望顔で、イかせてもらうのっ♪ 初めてイっちゃうの! わたしの初めては絶対ぜったいぜったぜったい、純に捧げるのっ! 壊す! 絶対壊す! もっとわたしを好きになって! わたしだけを見て! よそ見なんてヤだよ? 純にはわたししかいないのっ! わたし無しじゃ生きられないの! 幸せな結婚生活を夢見てね? わたしとの赤ちゃんいっぱい作って、忙しくて騒がしい幸せな家庭築きたいよね? 頑張って頼れる旦那さんに成長してね? ぜーんぶわたしが壊してあげるからっ!! わたしのお腹の中の赤ちゃんはあなたのじゃないの♪ あなたがわたしとの人生設計を相談しちゃったりしてた丈太さんの赤ちゃんなのっ!! 壊すの♪ 大ちゅきなの! わたしのこと刺しちゃう? 心中しちゃう? お腹に赤ちゃんいるからできない? わたしが産むまで待ってくれる? その間ずっと、わたしが丈太さんに孕まされちゃってるとこの隠し撮り、見せ続けてあげるね♪ その間もずっとわたしは最愛のあなたにイかされ続けてるんだよ? これが本当のエッチなんだよ? 本物の愛なんだよ? わたしが丈太さんに中出しされて孕まされた赤ちゃん産んだら、純の絶望ぜんぶわたしにぶつけてね? 突き落としたりしちゃヤだよ? メッタ刺しにして♪ 首絞めて♪ あのクソダサネックレスもつけといたげるから♪ 純が純の手で、最愛の人を殺すんだよ? 最後の最期の純の絶望顔、いっちばん近くで、わたしだけに見せてね? いっぱいイかせてね? ぜったいだよ? 約束だよ? 裏切ったらヤだかんね? ずっとずっとずっとずっとずっと、ずーっと大ちゅきだかんね? 大ちゅきなの! 死んでも大ちゅきなの! だから壊すの♪ 壊すのっ! 壊すのっ! 壊すのっ! 壊すっ♪ 壊すっ♪ 壊すっ♪ 壊すのっっっ!! わたしが純を壊すのっっっ♪♪♪」


 ――酷いって? 悪魔だって? 信じてたのにって? 何でそんなことゆーの?

 純が悪いんじゃん、全部。わたしがこーなっちゃったのは、全部あんたのせいじゃん。

 これは全部、あの日の当て付けなんだよ?


「…………」


 胸元のポケットから、プラスチック製の指輪を取り出して、いつものようにじっくりと眺める。


 これを指に嵌められないのは、幼児向けのおもちゃのサイズが合わないから――というわけじゃない。これを買ってもらった七歳のあの日以来、わたしが純の前でこれを指につけたことはなかった。


 今夜もまた思い返す、十年前のあの夏の夜の光景を。


 勇気を振り絞って夏祭りに連れ出そうとしたわたしの誘いが、アニメを見るからという理由で断られたこと。

 アニメを見終わったあと結局一人で祭りに訪れたあいつを、発見したこと。

 初音ミクのお面を被ったわたしをわたしと気づかぬまま、あいつはわたしの手を握って。

 わたしが作ったあいつが好きそうなアニメ声を、誰のものとも知らずに可愛いと褒めてくれて。

 わたしは仮面を被ったまま、わたしの人生初デートをあいつに捧げて。

 そしてあいつは人生初のプレゼントを、中身も知らぬ仮面女に捧げた。


 この指輪を十年間、わたしがどんな気持ちで磨き続けてきたのか――あいつには、そしてたぶん、わたし自身にも。理解することはできなくて――


「――ってゆー設定も、そのうち使えそーになってきちゃった♪ うぷぷっ! メルカリで良い感じのやつ見つかってよかったー♪」


 もう少し時間かけて誘導すれば、純が勝手にそーゆー記憶作り出してくれそーだよね♪


 純がもっといろいろ後悔して、最後の日にもっともーっと絶望してくれるようにするための設定、いっぱい作らなきゃ♪

 考えてるだけで濡れてきちゃった♪ 純のえっち♪


「大好きだよ、純♪ あはっ、あはっ、あはっ♪ あはっ……♪ あはーーーーっ♪」

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このシコらせ系VTuberって先輩ご自慢の彼女さんじゃないですかー?笑 アーブ・ナイガン(訳 能見杉太) @naigan

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