第50話 確証バイアス その2
「でもでも、京子さんもわたしも細かい事後処理に関してはまだ残ってるんですから、油断しすぎないでくださいね。あ、あの顔文字に関しては、さっき丈太さんへのお礼と謝罪ラインで使っておいたんで、これで勝手に向こうが納得してくれるはずですよ♪ 昔から憧れてた京子お姉さんの真似をしてわたしも使ってたんだと解釈してくれるでしょう♪」
「私も防犯対策に詳しいことだとかは、既に理由付けしておいたわよ。闇ノ宮美夜時代に出してしまっていたボロは、大体、『小説執筆のためだった』で説明がつくから」
これらも、この計画を通して気を付けた、重要なポイントである。
先に挙げた「闇ノ宮美夜がボロを出し過ぎている」という件に繋がる話だけれど――そもそも今さら隠し通せないこと、つまり作戦開始前から既に出してしまっていたボロに関しては――無理に隠そうとせず、むしろこちらから晒してしまうべき、という結論に私達は達していた。
今は誤魔化せても、時間の問題で表面化してしまう可能性があるものは、バイト先の後輩として潜入した華乃さんが、先に丈太に吹き込んでしまうのだ。
そしてそれを、やはり丈太自身の脳内で自己解決させてしまう。
例えば、オリジナル顔文字を私は美夜時代にも使ってしまっていた。
美夜のSNSアカウントは削除されているけれど、美夜を真似たファンが切り抜き動画に残したコメントで使われてしまっていたりする。
丈太自身がいつか自分でそれを発見し、自らの頭で疑惑を再燃させてしまったら……まさに探偵化戦略と同じ現象が逆のベクトルで起こってしまう。自分の頭で一から生み出した疑惑、その力は強力だ。
実際、それを払拭するために私は半年以上、こんな労力を費やしてきたのだから。
防犯や防音について詳しいことだって、そう。いつか違和感を覚えられてしまう前に、こちらから答えをほのめかしておいてあげる。
華乃さんとの作戦を開始してからも、私はいくつかのミスを犯した。不可抗力ではあったけれど、ボロを出してしまった。
まず、白石京子と繋がりのある人気VTuber――子役時代の知り合いであった彼女が、良かれと思って、セレスティア・ティアラの宣伝をしてしまったこと。
これだって、いつどこで丈太がその繋がりに気付いてしまうか分からない。
でも今なら、私と昔から仲の良かった華乃さんも、彼女と知り合いだったんだろうと解釈させられる。というか誘導出来る。
それも含めて、華乃さんと私が、何かの企みのために手を組んでいるということ自体も敢えて丈太の脳に勘付かせた。
私達の密会を下手に隠し続けるよりもそっちの方が安全だし、先の件のように、そもそも私達が昔からの知り合いなのであれば、私が出したボロを、セレスティア・ティアラ本人である華乃さんのものだったと解釈させることが出来る場合が多い。
コロナ感染の時期についても同じだ。
当初はアリバイ作りのために無理してでもセレスティア配信をするべきだと私は主張したのだけれど、明らかに体調不良の声を記録として残すのは却って疑惑を生むからと華乃さんに止められた。
確かに、そこまで無理をして配信してること自体、後から丈太に見られたら怪しさ満点だし、徐々に声を華乃さんに近付けていくという、根本の作戦にも反してしまう。
ということで、私は自分がコロナに感染している時に、敢えてセレスティア・ティアラもコロナに感染しているとツイッターで報告した。
どちらにせよ、あの時期に配信予定をドタキャンして長期間活動を休めば、ファンの間で多かれ少なかれコロナ疑惑は立ってしまっていたはずで。そんな過去の何気ない噂話も、ネット上にはいつまでも残ってしまうわけで。だったらもう、晒しても何とかなるところまでは、自分から晒してしまうべきなのだ。
これも、私と仲の良かった華乃さんにもコロナがうつってしまっていたという解釈で解決出来るはず。実際にその時期は華乃さんも夏休みで、阿久津君にも顔を見せないようにしてもらっていた。こちらのアリバイについては完璧なのだ。
そもそもとして、実際に私はセレスティア・ティアラであり闇ノ宮美夜であったのだから、私が彼女達と全くの無関係だったなんていう嘘をつき通すのは現実的ではなかったのだ。
『本物のセレスティア・ティアラ=華乃さん』の憧れの人であり、前々から仲の良いお姉さん、という設定が必要だった。
セレスティア・ティアラとの繋がりがあったからこそ、私にもその匂いが仄かにうつっていた、ということにしたかった。
「でも、アレですよね、うぷぷっ! 改めて考えてみても、セレスティア・ティアラって名前は絶妙でしたよね! 良い塩梅でした! さすが小説書いてるだけありますね! わたしもティアラちゃんになれて楽しかったですよ♪」
半分は馬鹿にしているのだろう華乃さんの言う通り、事務所が用意した闇ノ宮美夜と違って、セレスティア・ティアラという名前は私が作ったものだ。
考える上での条件は、闇ノ宮美夜とも関連付けつつ、保科華乃にも繋げられる名前――もちろん、彼ら二人が『セレスティア・ティアラ=保科華乃』という真相にたどり着けるように、である。
計画を通して言えることだが、私達が彼らに提示する謎は、難し過ぎても、わざとらし過ぎてもダメなのだ。こちらがさり気なくヒントを出せば、自分の推理でたどり着けるような塩梅に調整しなくてはならない。
何故なら、報酬系を刺激するためにはある程度の難易度が必要だからだ。
彼らを有頂天にさせ、さながらドラマの主人公になったような酩酊状態にすることで、ゴールであるセレスティア・ティアラ引退配信のドラマティックさを脳が否定出来ないようにしてしまうわけだ。
「ていうか、名付け親としてずっと気になっていたのだけれど、そのティアラって呼び方何なのよ。ファーストネームはセレスティアよね。親しみ込めて呼びたいならセレスとかティアでいいじゃない……」
「うぷぷ! しょーがないじゃないですかー、闇猫さんが、純が、わたしの彼ピが! 英語よわよわなんですからー」
よくもまぁ、最愛の恋人をそんな風に貶せるわね……。いや、私だって、同じようなものか。
私はこの半年強、最愛の彼氏をずっと馬鹿にしてきたようなものだ。
昨夜プレゼントしたあの小説――あれだって、三作ともこの作戦のために急造したものだし。
前々から射精管理小説を書いてネットに投稿していたというのは事実だけれど、私は長文タイトルものは好みじゃないのだ。
元々私が書いていたのは、エンタメ要素も特にない、硬派で社会派の射精管理小説だ。それもブクマ0件のままBANされたけれど。
あの長文二作は、美夜を引退させるために捏造したタイトルに過ぎない。私が実際に書いてきた作品名を利用してしまえば、美夜の炎上騒動を知った別府さん達に、気付かれてしまう恐れがあるからだ。
まぁ、あの子らの弱みぐらいは私も握っているから口止めぐらいどうとでもなるのだけれど、あえてそんな面倒な手順を踏む必要もないし。
まっかろんというツイッターアカウントも、私が大昔に作ってほぼ放置していた裏アカウントだ。この作戦を行うに当たって再稼働させて、あたかも○○大学に通うセレスティア・ティアラの友人であるかのように偽装したのだ。
相互フォローしてくれそうな○大生のアカウントを適当に見繕ってフォローし、また自分でも別の女子大生っぽいアカウントを作って相互フォローさせた。そのアカウントに、私の執筆活動について知っている人物――別府さんの画像もアップして、その繋がりをほのめかしておいた。
全ては、あの学園祭での「調査」で、彼らをゴールまで誘導するための仕掛けであった。
そしてそれら全てが、保科華乃の指示であった。
私が出したアイディアもいくつかあれど、この計画の一から百まで、そのほとんどを彼女が立てたようなものである。
……もう、何というか……。
「本当に、あなたって凄いわよね……」
付き合いを深めれば深めるほど、その狡猾さを、邪悪さを、執念を、思い知らされた。
こんな悪魔に鎌を掛けて、共犯関係にまで持ち込んだ、数か月前の自分を褒めてやりたい。この子の恐ろしさを知らなかったからこそ出来た蛮勇でしかなかったわけだけれど。たまたま上手くいっただけで、今思えば、何て危ない橋を渡っていたのかと寒気すらする。
「……だって、それくらいしないと、あの鈍感バカが見てくれないんですもん」
華乃さんは、首につけたそのネックレスを弄りながら、赤く染めた顔をプイっと背けた。
思わず、頭を抱えてしまいそうになる。
可愛い。
ずるい。
どこまでも邪悪な悪魔のくせに、どうしようもなく人を惹きつけてしまう小悪魔だ、この子は。
何重にも嘘を重ねてきた華乃さんだけれど、その気持ちだけは、阿久津純に対する恋心だけは紛れもなく本物なのだ。本物だからこそ、ここまでのことが出来てしまったのだ。
闇猫から贈られてきたプレゼントは全て、華乃さんに譲っている。彼を騙すために必要だから――それは当然そうなのだけれど、彼女には別の理由もあったのではないだろうか。
だからこそ、やはり罪悪感もある。
本来は私に対して贈らせてしまったネックレスだ。彼女にとっての、彼にとっての掛け替えのない贈り物が、そんな紛い物めいたものであっては、どうしても居たたまれない。
私に出来ることなんて、何もないけれど……人生の先輩として、恋する乙女の先輩として、ちょっとした助言くらい、させてもらってもいいわよね?
「華乃さん、もう計画は完遂したのだから、そのネックレスにこだわらなくてもいいんじゃない?」
「……ああ、そうですよ、どうせこれは京子さんに向けて贈られたものですよ、ホントはわたしがもらったものじゃないですよ、だから何ですか、悪いですか? 自分はずっと彼氏に一途に愛されてきたからってそうやって余裕ぶっちゃってムカつくんですけど」
「うふふ、可愛い」
「はぁ!?」
本当に身を悶えそうになる。丈太と出会ってから付き合うまでの自分を見ているようだ。
「大好きな人にずっと愛されてきたって、そんなこと言ったらあなたなんて十七年も大好きな人と一緒にいたのでしょう? 恋する乙女、みんなが羨ましがるわよ、そんなの」
「別に、幼なじみだからって……あいつはずっとアニメとかばっか大好きなキモオタでしたし」
「それでも、阿久津君に貰った大事なものとか、きっと何か、あったりするんじゃない?」
「…………」
無意識的になのか、スカートのポケットに手をやる華乃さん。
私にはどこか、確信があった。彼女のそういった仕草を何度か見たことがあったからだ。それは常に、恋心を寄せる幼なじみ君について話している時だったように思う。
きっと彼女はもう、大切な何かを彼から貰っていたのだろう。もしかしたらそれは、幼い頃の照れくさい思い出なんかとセットになってしまっているのかもしれないけれど。
「ま、仕方ないわね、素直になれないのは。それも青春よ。若いうちにしか味わえない甘酸っぱさを思う存分楽しむといいわ」
「ほんっと、そーゆーとこ、顔だけアホ彼氏さんとそっくりです……」
「はいはい。じゃあ私はそのアホ彼氏のアパートに帰るから。あなたも彼氏のバイト終わりまでには帰っておかないといけないんでしょ?」
そう言って、私達は帰路に就く。
自然と「帰る」という言葉が出たことに感慨深い思いがする。もはや実家よりも、あのアパートの方が生活の基盤になってしまっていた。嬉ぴぃ。
「あ、そうだ、京子さん。これ、今までのお礼なんですけど」
最寄り駅の改札前にて。私は下り方面、華乃さんは上り方面の電車なので、解散しようとしたところ。彼女がスクールバッグから紙袋を取り出し、私の胸に押し当ててきた。
「え? お礼って、そんなのいいのに。利害の一致で協力していただけでしょう?」
「……何でそんな風に言うんですか」
拗ねたように口を尖らせるギャル女子高生。
「わたしは京子さんのこと、設定とかじゃなく、ホントにお姉さんみたいに……ってか、だってこれからもこの設定は崩せないじゃないですか。純と丈太さんはホントに仲良くなっちゃってんですから。わたしたちだって、それなりに顔を合わせなきゃいけません」
「……妹にしたい」
「だからそのキモいノリやめてくださいって……頭撫でるな! 気持ち悪い!」
だって本当に可愛いんだもの。
「見てもいい?」
「……じゃあちょっと人目から隠れて。袋の中でこっそり見てください」
「何でいかがわしいもの持ってくるのよ……」
と、訝しみながら駅の隅っこで袋の中を覗き込むと、
「これは……!? まさか……!?」
「貞操帯です。もちろん男性用です。高いやつです」
「華乃さん……! 好き……!」
「でも注意してください。それ完全拘束型ってゆー、最上レベルのド変態向けのやつらしいんで。まだ使っちゃダメですよ?」
「もちろん! 言われなくても! 最初はソフトな管理でじっくり時間をかけて調教していきたい!」
「それまでは清潔な場所に保管しておいてくださいね。あとそのプレゼントの代わりに、丈太さんの管理状況をこれからわたしと会う度に報告してくれるということで♪ 正直あまりにも面白すぎます♪ うぷぷっ!」
それが目的か。まぁ、そんなことだろうとは思ったけれど。
でも何か自然に、これからも定期的に会う流れが出来てしまった。
きっと私はこの子とも、長い付き合いになるんだろうな――そんな風に思って、私の頬は緩んでしまうのだった。
* * *
「はぁーあ」
自宅に着いて、配信機材と闇猫さんからのプレゼントに囲まれた自室に入り、わたしはため息をつきながら、ベッドにダイブした。
「相っ変わらず、チョロいなー、京子さんも」
――――――――――――――
次回、最終話です!
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