第5話 幕引き




 『AR鬼ごっこ』のルールは単純なものだ。

 制限時間内に鬼から逃げ切れば、参加者の勝利。

 鬼に捕まる、もしくは設定されたゲームエリアから離脱したら参加者の敗北だ。


 避難地になるワイヤーロープに掴まってて良い時間など、細かいルールもあるが、理解するのが困難というものは無い。


 但し、幾つかのギミックが有る。


 1つは時間経過による鬼の増加。

 脱落者になった人でも楽しめるように、増加した鬼は、脱落者が操作するようになっている。


 もう1つは、鬼を倒せる武器が校内に置かれている事だ。

 倒した鬼は一定時間経過後に復活する仕組みになっていて、増加した鬼は操作する人を交代しなくてはならない。


 前者で鬼が増えたら、後者で鬼を減らして、鬼を操作する側の回転率も上げるという仕組みだ。


(だったんだが、予想外に人が減り過ぎてるな。)


 開始10分、参加者の8割近くが脱落している。

 制限時間が20分な事を考慮すれば、かなり早いペースだ。


(これから鬼も増えるし、早急に鬼を倒す道具が欲しいところだけど。)


 それも難しい。

 現状、生き残ってる参加者は、短い期間の中で独自の生存法を編み出した者たちだ。

 武器集めに手を貸してくれ、と言われても、そう簡単には了承しないだろう。

 なんだかんだ、ギフトカード5000円分掛かってるんだし。


 長期的に損をする可能性があったとしても、短期的に自分だけが損をする可能性を見過ごせない。


 世知辛い事だが、発達した社会にいても、知識と技能が達人級になったとしても、人間という存在の根幹はさして変わらない。


(こっちで動くしかないか。)


 校舎に複数垂れ下がるロープの一本を伝って、校舎2階に辿り着く。

 会場になる第二校舎はL字型の形をしていて、屋上を除いて全3つ階層に分かれている。

 他の学校を知らないので、具体的な事は分からないが、元々は中等部の校舎として200人以上が収容可能だった事を考えると、それなりに大きいんだろう。


(アイテムを置いたのは、多分、夏鈴の方だな。梨沙はアナウンスやってる筈だし。)


 武器が何処に有るのか、具体的な事は俺や遥も知らない。

 俺達には賞金は無いといえ、そこまで知っていると不公平だろうと思ったからだ。

 他のプレイヤーが知らないような事を知っていたとしても、守られるべき一線というものはあるべきだ。


(取り敢えず、この部屋には無いな。)


 伽藍堂の教室を一望して、そう推測する。

 夏鈴の性格的にも、ロープから移動可能な教室には置いておかない。

 根が真面目だし、簡単に見つけられないようにする筈だ。


 GPSの反応が鬼側へと送られない程度のゆっくりとした歩調で恐る恐る廊下へと向かう。

 顔だけ出して、様子を伺うと、丁度L字型の廊下を鬼の後ろ姿が曲がっていった。

 素早く教室を移動し、空き教室へと入る。


 ロープがある教室は伽藍堂で何も無かったが、そこには多くの机と椅子が並べたままになっている。

 人が入れそうなくらい大きなロッカーも複数設置されていて、隠れる場所も豊富である。

 尤も、アイテムが隠れてる場所も豊富なんだが。


(夏鈴の性格的に、自分の好きな場所に置いてる筈。となると、自分の席か、俺達の席のどっちかだろ。)


 一考を挟み、ある席の机の引き出しに手を突っ込むと、指先が何か硬質なものに触れた。

 取り出してみると、ARゲーム用の銃型の端末だった。

 サバゲーをする時などに使われていて、実際に弾は出来ないが、AR空間上に弾が出るような演出がされる。

 家庭用ゲーム機のコントローラーのようなものと思ってくれればいい。


(当たりだな。)


 俺は銃をしげしげと観察しながら、その場にしゃがみ、身を低くする。

 机や椅子の影に隠れると、銃口を廊下側へと向け、鬼が来るのを待つ。

 息を殺し、気配を殺し、静謐の中に紛れる。

 緩やかになった時の果て、鬼が顔を姿を現す。


 その瞬間、引き金を引いた。

 銃口から真っ赤な光線が射出され、遅れて出てきた鬼の胴体を貫く。

 ヒュィンという限りなく小さな銃声とか細い光線とは裏腹に、齎した効果は劇的だった。


 光線に照射された鬼は、全身を大きく跳ねさせ、小刻みに身体を震わせる。

 そして、ゆっくりと前方へと身を傾け、ドスンと重厚な音を立てて、倒れた。


「良し、あとは出来るだけこいつを配っていくだけだ。」


 廊下の鬼がもう起き上がらない事を確認し、俺はその場を後にした。






 それから俺は武器集めと仲間集めに奔走した。


 武器を手にした今、偶発的な邂逅や奇襲を除けば、鬼の脅威はさしたるものでは無い。

 見敵必殺で鬼を排除し、悠々と遥や雅人と合流を果たし、戦力を拡大する。


 他にも生き残りの生徒がいたものの、協力は得られなかった。

 逃げ隠れすることが前提のゲームで集団になるのは、やはりデメリットに映るらしい。


 とはいえ、そんな事は俺も百も承知だ。


 そもそも武器が有れば単騎でも強いのに、何故、複数の仲間とその分の装備を集めて、戦力を増強しようとしているのか。


 その疑問の答えは、クリア時間まで残り3分のラストスパートにある。

 そして、今、俺達はその佳境を迎えつつあった。


「お前、マジで馬鹿じゃねぇの?」

「酷い言い草だな。」


 辟易したように首を横に振る雅人に、心外だと言わんばかりに言葉を返す。

 俺の隣では、遥が苦笑いをしているが、擁護の声はない。


「あの光景見てたら誰だって言いたくなるだろ!?」


 堰を切ったように声を荒らげる。

 あの光景というのは、鬼が現れてはたおれを繰り返して、さながら地獄の門のようになっている屋上唯一の出入り口の事だろうか。


「残り時間3分になると、鬼の制限人数とリスポーン時間が解除される仕組みだ。最後くらい皆で楽しめるように工夫したんだが。」

「それを逆手に取られて、ゾンビアタック仕掛けられてるね。」


 冷静沈着に言い放つ遥。

 俺や雅人同様、彼女の手にも銃が握られていて、絶え間なく銃声を鳴り響かせている。


「予想はしてただろ。だから、態々、最終決戦の場所を出入り口が1つの屋上に設定した訳なんだし。」


ゾンビアタックとは、ゲーム用語の1つで、死亡した直後に復活して、それを繰り返しながら敵を倒そうとする手法だ。

 要するに、特攻と物量作戦だ。


 尤も必ずしも有効とは限らない。

 今回のように、敵が現れるポイントを限定して、十分な火力を投下し続ければ、敵の選択肢は何らかのイレギュラーを期待する以外無くなる。


 まぁ、実力で劣る相手にも、運が良ければ勝てるというのも、考えてみれば末恐ろしいことだが。


「その前に、なんで鬼ごっこが銃ゲーになったんだよ!?」

「ホラゲーの最後はボスとの戦闘って相場が決まってるだろ?」

「知らねぇよ!」


 そう言われてみれば、確かに反省すべきことなのかもしれない。


 俺はギミックを考えるのに、ホラーゲームを参考したが、ホラーゲームをやった事がない人にとって、敵との戦闘要素というのは、戸惑いを覚えるものだ。

 特に鬼ごっこのような見知ったルールを期待していたのなら。


「あっ、やばっ。」


 考え込んでいると、不意に失意の声が耳朶を打った。声の方を一瞥すると、雅人がやってしまったと表情を悪くしている。

 話すことに熱中していたせいか、射撃に精細さを欠き、鬼の一体を撃ち漏らしたようだった。


 その事を把握するや否や、俺は銃口を閃かせる。

 放たれた光線は鬼の脳天を一直線に貫き、戦闘不能にする。


「おぉ、凄い!」

「だろ?ダウンロードしたやつだけど。」


 素直な賞賛を送ってくれた遥に、茶目っ気のあるスマイルを一つ送った後、俺は雅人の方を一瞥する。


 彼は、自らを責め立てるように眉間を険しくし、口をキュッと噤んでいる。

 ミスをした手前、何か文句も言えなくなってしまったようだ。

 全く仕方の無い。


「これで貸し一だな。次のイベントも強制参加だ。」


 残念だったな、と揶揄うような口調で笑いかける。

 雅人は、驚いたように目を瞬かせた後、「仕方ねぇなぁ」と救われたような表情をした。


「ついでに今回の改善点も教えてくれると助かる。」

「そっちは別料金だ。」


 釣れない返答に、俺達は軽く笑い合う。

 それから程なくしてゲーム終了のアナウンスが流れ出し、俺達の初めての活動は幕を下ろした。

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人類最後の青春を、君と 沙羅双樹の花 @kalki27070

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