第4話 開催日当日





「この馬鹿野郎ぉぉぉ!!」


 絶叫の尾を引かせながら全力疾走で廊下を駆け抜ける雅人。

 その隣で俺も併走し、けらけらと哄笑を上げる。


「はははは!その反応が見たかった!」

「クソ野郎だな!」


 吐き捨てて、後ろを振り返る。

 首の動きに合わせて、弧を描く雅人の視線は、物凄い速度で迫り来る鬼の姿を捉えた。


『グォォォォ!!』


 肉がそのまま剥き出しになったような生々しい赤の肌、地獄の門番のような厳しい形相は獲物を睨みつけ、異様に太い腕を活かしたゴリラのような走法で疾走する。

 縦横共に空間を圧迫する巨躯は、さながら壁であり、物凄い速度で迫り来る光景は、恐怖以外の何物でもない。


「でかい!速い!きもい!」


 三拍子揃って最悪だった。

 まぁ、そう思われるように設計したんだけど。


 俺と雅人はほぼ同時に廊下の角を曲がって、教室に入り、そのまま窓へと。

 勢いのまま飛び出し、屋上から垂れるワイヤーロープを掴む。

 フラフラと慣性に揺られながら、少しでも鬼から遠ざかる為にロープを急いでよじ登る。


『ゴァァァ!!』


 そのすぐ後の事だ。

 先程、俺のいた地点が赤い巨腕によって薙ぎ払われたのは。


(あぶなっ、間一髪だったな。)


 肝を冷やして瞠目する俺と、丁度顔を出した鬼の視線が重なる。

 鬼は、俺達を睨めつけながら、悔しげに拳を窓の枠へと叩き付け、ガシャンガシャンと物々しい音を立てる。

 無論、窓枠には傷一つついていないものの、俺達の心肝を冷やすには充分だった。


 暫くして、鬼が諦めて去ると、俺と雅人は同時に安堵の息をつく。

 ワイヤーロープにぶら下がってられる時間制限はあるものの、ひとまず危機は去った。

 何方からともなく、俺と雅人はアイコンタクトを取る。


「因みにだが、鬼の時速は60km。虎並だ。」


 鬼だけに。

 鬼が虎柄のパンツを履いている理由にかこつけたジョークを言って、ロープを握っていない左手で親指を立てる。

 その数秒後、俺はロープから蹴り落とされた。







 『青春応援部』が創部してから二週間、遂に企画していた『AR鬼ごっこ』の開催当日を迎えた。

 舞台となる第二校舎には、20名の参加者が集い、嬉しい事に、満員での開催だった。

 制限時間まで生き残った人の賞金、ギフトカード5000円分に釣られたんだと思う。

 何にせよ楽しい鬼ごっこになる筈だったんだが。


「ぎゃぁぁぁ!!助けてくれぇぇぇ!!」


 聞こえてくるのは、阿鼻叫喚の悲鳴ばかり。

 恐怖に青褪あおめた顔で鬼から逃れる生徒と猛獣のごとき追走を見せる鬼の光景は、まさに地獄絵図と言ったところだ。


「うん、楽しんでくれてるみたいだな。」

「その発言は無責任が過ぎると思うよ。」


 バックリと頭から鬼に丸かじりされた参加者を見て、うんうんと頷いていると、横から呆れたようなツッコミが入れられる。

 振り返ると、半眼に目を細めた遥の姿が有る。


「居たのか。」

「うん、君が上から落ちてきた時からね。まぁ、義体のサポートもあるし、大丈夫だったみたいだけど。」


 義体とは、人工的に造られた肉体のことを指す。

通常の人体よりも遥かに頑強で、ちょっとした事故ではビクともしない耐久性を誇る。

 また超人的な膂力、人並外れた精密性を可能にし、持ち主に卓越した動きを可能にする。


 窓から落ちる危険性があったとしても、『AR鬼ごっこ』を開催出来たのは、義体の耐久性から鑑みて、問題無しと判断されたからだ。


「すまない、心配かけたか。」

「自覚があるなら良いよ。私もこんな時に口煩く言いたくないし。」


 責めるような口調に、俺はバツが悪そうに米神こめかみを掻き、しゅんとした声で謝罪する。

対する、遥も意固地にならず、肩を竦めて、その場を収めた。

 あんまりはしゃぎ過ぎるのも良くないか。

 俺にも立場が有るんだし。


「それならプレイスタイルをスニーキングの方に変えるか。」

「というか、そっちが主流なんでしょ?」

「そうだな。」


 義体のサポートを受けたとしても、単純な速力は鬼には敵わない。

 ワイヤーロープまではついてこれないので、逃げられる可能性は無くはないが、鬼は経過時間によって増えるので、先ず勝ち目が無い。

 なので、基本的には隠れるのが正攻法となる。


 鬼が獲物を捉える方法は2つ。

 1つは単純に目視によって、敵を捉える方法。

 もう1つは、配布されたバッジに仕込まれたGPSの信号を受け取って、敵を探知する方法。


 前者は物陰なども隙間なく探索するので、一箇所に留まる事を許さないし、後者は移動中の者のみ探知可能なので、隠れる余地を与える。


 要は、適度に隠れて、適度に移動するのが主流となる。

 ホラゲーみたいなイメージを持って貰うと、想像しやすいだろう。


「ただ、あんまり動画映えしないんだよな。」


 俺と遥は、『AR鬼ごっこ』にプレイヤーとして参加して、プレイ動画を撮影している。

 撮った動画は、学校の掲示板にアップロードし、PVとして使用するつもりだ。


 そうする事で、今回のイベントに参加しなかった人にも、活動の実体を広めやすくなる。

 要するにプロモーションの一環だ。


「良いじゃん。タイトル、鬼が徘徊する学校で、隠れながらデートしてみた。意外と話題になるかもよ?」

「それじゃあ、動画の趣旨が伝わらないんだろ。」


 というか、なんだその長文タイトルは。

 タイトル詐欺とか言われそうだぞ。

 俺がにべもなく却下すると、遥はからからと楽しげに喉を鳴らした。


「あはは、何にせよ今度は私が派手に動くから。君は安全にね。」

「了解。」


 別に俺は病人とかじゃないんだが。

 若干、呆れつつも、素直に了承する。


「2人でいても効率悪そうだし、また後で。」

 

 背にかかる銀の髪を靡かせ、踵を返す。

 俺は遠ざかろうとする華奢な背中を応援の言葉と共に見送った。


「最後まで生き残ったら、お前にも何かご褒美考えておくから、頑張れよ。」


 遥は一瞬、足を止めたが、振り返ることはなく、ただ右腕を横に伸ばし、親指を立てた。

 そして、勢いよく走り出す。

 ゆらゆらと揺れる銀髪のせいか、駆け出した背中は弾むように見えた。


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