第3話 AR鬼ごっこ





 その日の内に部活動申請を済ませ、俺は帰路につく。

 日は随分と傾いていて、車窓から差す黄金色の斜陽が眩い。

 薄く目を細め、流れ行く景色を眺める。

 天を突くような摩天楼が整然と並び、その隙間を縫うように車の群れが地上や上空を移動する。

 歩道には、定期的にデジタルフライヤーが浮遊していて、何処かで見たようなアイドルの広告を垂れ流しにしている。


 こういう言い方をするのも何だが、20年前とさして変わらない世界だ。

 勿論、技術は進歩したし、平均寿命も信じられないほど伸びた。

 核融合炉などによって、エネルギー問題も解決しつつ有る。


 ただ、根幹的な部分での変化というものは、見られない。

 第4次産業革命を迎えて、人々のライフスタイルは変わったが、ハードウェアそのものを変革するには至らなかった。


 というのも、多くの道具は本質を変化させていないからだ。

 高速で移動する車や電車は人間の足の代わりだし、重たい荷物を持つ起重機クレーンは人間の腕の代わり。

 その姿が変わろうとも、役割そのものを変化させることは無い。

 例えワープ装置が作られようとも、その本質は『移動する』事にある。


 同様に、我々が人間である限り、どんな環境にいようとも決して逃れられないものが有る。

 もっとも《エンライトシステム》がある以上、これから変わらないとは言い切れないが。


 暫くすると、街の外れにある邸宅に停車した。

 豪邸とまではいかないが、白亜の住宅は美しく、広々とした庭に生い茂る緑と鮮やかなコントラストを成す。

 到底、学生が住むような場所ではない。


「おい、着いたぞ。」


 まぁ、そんな事は女3人と一緒に住んでる事と比較すれば、些末な事だろうが。

 俺の眼前には、すやすやと眠る遥、梨沙、夏鈴の姿がある。

 訳あって、俺達は同じ屋根の下、生活している。


「うぅん。」

「すぅすぅ。」


 声掛けも虚しく、返ってくるのは、健やかな寝息だけだ。


「家事手伝いロボットにでも運ばせるか。」


 がりがりと頭を掻きながら、ボヤく。


 しかし、本心とは言い難い。

 もしも、そんな事をした事がバレた暁には、3対1でレスバトルしなければならなくなるし、そもそも険悪なムードのまま一緒に生活する方がよっぽど苦痛だ。

 ため息を一つついて、俺はお姫様抱っこで一人一人丁重に家へと運ぶ。


 俺の肉体の半分以上は、機械サイボーグ化しているので、人一人を運ぶ事に苦労する事は無い。

 すんなりと遥と夏鈴を運び終わり、最後は梨沙だけとなった。


「・・・・・起きてないか?」

「ふふふ、バレちゃいましたか。」


 運んでいる途中、何となく違和感を覚えた俺が疑るように梨沙の顔を覗き込むと、梨沙はパチリと瞼を持ち上げ、薄紅色の唇を三日月形にした。


「どうして気づいたんですか?」

「何となく。」

「そう言えば、幸也さんにはがありましたね。」


 何度か頷き、得心がいった様子の梨沙。

 俺はそれに無言で返し、お姫様抱っこしたまま、梨沙を運び続ける。特に辞めろと言われてないからだ。


 玄関扉の手前まで行くと、


「ここまでで大丈夫です。」


 制服の袖を引っ張って、俺を止める。


「良いのか?ここまで来たら運ぶけど。」

「はい、もうそれが分かったので。それにあんまりおんぶに抱っこだと、立場が逆転しちゃってますし。」

「そうか。」


 まぁ、梨沙が良いと言うなら良いんだろう。

 梨沙を含め、3人が自分の言いたいことも言えないような軟弱な精神構造をしてないのは、既に分かっている。

 水平に置いた腕の一方を傾け、ゆっくりと梨沙を地面に下ろす。


「ありがとうございます。」


 優雅に地面に下りた梨沙はお礼を述べて、恭しく一礼する。


「お礼に今日の晩御飯は幸也さんが好きなハンバーグにしますね。」

「・・・・・それは遠回しに子供っぽいって言ってるのか?」

「いえ、お礼ですよ?」


 困惑するように疑問符を浮かべ、小首を傾げる梨沙。

 そう言えば、梨沙は天然入ってるんだった。

 俺は悄然と肩を落とし、強がりを言う。


「それなら飛びっきり美味しいのを頼む。」

「はい。」


 苦笑と微笑み。

 異なる笑みを浮かべながら、俺と梨沙は玄関扉を潜った。





「おはようございます。これ、どうぞ。」


 翌日、朝早くから登校した俺は、校門前でフライヤーを配っていた。

 道行く生徒達は俺だと気付くと、ぎょっとした様子で二度見して、おずおずとフライヤーを受け取っていく。

 顔を見知っているのは、俺が各教室で宣言した事を覚えているからだろう。


 少し恥ずかしいが、覚えて貰えている分、楽に事が進むので、怪我の功名という事にしておきたい。


「おっす。また変なことやってんな。」


 気軽に話しかけてきたのは、同じクラスの友人、大野おおの雅人まさと

 無造作に整えられた茶色がかった黒髪、爽やかな顔立ちには、あっけらかんとした笑みが浮かんでいて、これぞ陽キャという男だ。


「変なとは失敬だな。これも部活動の一環だぞ。」


 揶揄うような口調に苦言を呈し、俺はフライヤーを雅人へと押し付ける。

 雅人は「へ〜」と気の抜けた返事をしながら、フライヤーに目を通す。


「にしても、随分、古典的な手法を使ってるな。」

「デジタルフライヤーなら、生徒会の許可を貰って、もう校内中にバラ撒いてる。紙の方は、これを配り終わったら、HRの時間にクラスを回るつもりだ。」


 何だってそうだが、結局は知ってもらうことから始めなければならない。

 その為の手段にスマートも、泥臭いも無いのだ。


「部活動や個人によるイベントの開催の手助けを目的とする部活動ねぇ。ん?来週の月曜日に第二校舎でAR鬼ごっこ開催?」


 フライヤーの内容を読み上げていく雅人は訝しげに語尾の音を高くした。


「何これ?」


 そして、フライヤーから俺の方へと視線を動かす。

 真正面から凝視する双眸に俺は肩を竦める。


「書いてある通り、AR鬼ごっこだ。」

「それが分かんねぇんだっつーの。」


 キレの良いツッコミをする雅人。

 文面だけで内容がつく命名だと思ったんだがな。

 可笑しいな、と疑問に思いつつ、掻い摘んで説明する。


「文字通り、拡張AR空間に置かれた仮想の鬼と鬼ごっこする企画だ。内容は増え鬼に近いけど、まぁ、大した差じゃない。」

「やっぱりそんな感じなのかよ。」


 雅人は、悄然と項垂れた。

 分かってるなら、分かってないみたいなフリするの辞めて欲しいんだが。


「どうして鬼ごっこなんだよ?もっと他に色々、有るだろ。」

「色んな人が楽しめるようにルールが簡単な方が良いと思って。それに、これはPRみたいなものだからな。見てて、分かりやすいゲームを設定した。」


 校舎を使って、こういう事が出来る。

 俺達は、こういう事も手伝ってる。

 それを伝える為の嚆矢こうしが、このイベントAR鬼ごっこだ。


「あとはそうだな。この時代だから出来ることを初めにやってみたかったってのもある。」


 20年前の技術では、こういったリアル鬼ごっこみたいな事は無理だ。

 仮に出来たとしても、VRゴーグルだったり、眼鏡だったりの外部装置のサポートを受けるのが必須で、鬼のキャラを作ったりするのにもコストが掛かる。

 総じて、敷居が高い。

 一般人なら創作の中で楽しむような事だった。


 だが、今の時代は、それが出来る。

 それを大々的に広めて、固定観念のようなものをバラバラに破壊してやりたかった。


「良ければ、お前も参加してくれ。退屈させないように、色々とギミックは用意している。」


 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、「定員は20名までだ」と付け加えた。

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