第14話 開幕

父さん……!?



 大きな動揺が僕たちの間を走る。





思考が停止する。





目の前で起きている光景を処理するのに途方もない時間がかかったように思えた。



尊ナキ、僕の実の父親であり、対策課が所在する特殊能力研究所の所長だ。

 


どうして、父さんが?



しかし、冷静になって考えてみると辻褄自体は合う。

対策課や研究開発室の権限が集中する所長という立場であれば今までの仮面の男がらみの事件はすべて説明がつく。



 父さんにどんな目的があれども『箱庭の果実』の保護は僕たち対策課のメンバーとして絶対的な任務だ。容赦はできない。



そんなこと頭では分かっている。



「皆さん混乱していると思いますが、攻撃は当たります。もう一度、陣形を立て直して次のチャンスを伺いましょう。」



 必死に平静を取り繕い無線を入れる。



「明科さんの反応がない。なにやら様子がおかしい。」



 少し震えたようなミヨの声が無線に入る。



途端にどさっ、という音がする。



音の方を見ると、明科さんが倒れていた。



無線で呼びかけても返事がない。

どうしたんだ?

奴は僕の前から動いていないはずだ。



「入り口で戦闘している君たちの仲間、それに君たちの仲間と戦闘していた奴らも今頃は明科君と同じ状態になっているだろう。やはり君たち二人にはジェネリック用に作ったこの制御装置はエラーを吐いてしまうか。まあそういう風に設計したのも私なのだが……。」



 それまで黙り込んでいた父さんがそう口火を切る。



ただでさえ混乱している僕の頭をナキは更にかき乱してくる。

ふと腕に目を落とすと先ほどシャットダウンしたはずの制御装置が光を発していた。



所長の権限を使用して再起動したのか……。



それで明科さんは抑制剤が撃ち込まれて動けなくなってしまっているといったところか。これまでの制御装置が機能しなくなっていたジェネリックもこうしてナキが操作していたのだろう。



どおりで公安が調査を進めても何も掴めないわけだ……。



 しかし僕とミヨには制御装置はいつものようにエラーを起こし抑制剤は投与されていない。



「父さん……。どういうことだよ……。まだ隠していることがあるのか?」



「さっき言ったとおりだ。」

 


先程の言葉の通りというなら僕等はジェネリックではないとでも言うのか?



だとしたら僕という存在は一体……。



そんな僕の疑問に答えるようにと父は口を開く。



「ヒルメ、お前の母、サナはネイティブだ。つまりお前の半分はネイティブということになる。そしてミヨ。お前はこの計画のためにサナの亡骸から生きている細胞を採取し、移植した人造のネイティブなんだ。二人ともここまでよくやってくれた。準備としては完璧に近い。感謝するよ。」



 僕とミヨのあまりにも受け止めがたい真実に頭が混乱する。



 父の言葉に動揺してしまった僕を横目にナキは先ほどの攻撃でひび割れた『箱庭の果実』めがけて攻撃しようとものすごい勢いで突進する。



明科さんの援護がない今、能力を使用して見た未来像でも『箱庭の果実』まで間に合わない。



 そんな中、咄嗟にミヨが『箱庭の果実』の時間を停止させようと能力を使用しようとする。



するとナキがつぶやく。



「……本当によくできた子だ。この瞬間を待っていたよ。」



 エラーと表示されていたミヨの制御装置がなぜか作動し始める。

ミヨが必死に制御装置の起動を止めようとするがミヨの持っている権限では開始された起動は止まらない。



その姿を見たナキは



「所長権限は上書きできないと教えたはずだぞ?」



 そう言うと哀れんだ顔でミヨを見つめる。



 液体がすべて打ち込まれた後、ミヨが苦しそうな表情を浮かべ、今まで聞いたことのないような大声で叫び声をあげる。



 自身の能力が制御できなくなりもがいているようだった。



「がああああああっ」



「ミヨ。それはサナの細胞。彼女の寵愛だ。まもなく理想の世界が創られる。しっかり受け取ってくれ。」



 ネイティブ細胞の強制的な摂取により凄まじい威力と化したミヨの能力が『箱庭の果実』を包み込む。



また果実が増幅器のようにミヨから発せられる力を増幅させ周囲の空間へもどんどん影響を広げていく。



 僕はミヨに向かって手を伸ばそうとするが、力が入らない。

薄れていく意識の中、何もできない状況に絶望する。



木々や地面が抉れ、ミヨから発せられる凄まじい出力のエネルギーに絶え切れなくなったかのように『箱庭の果実』に入っていたヒビがどんどん大きくなっていく。



その裂け目が完全に琥珀色の果実を二つに割った次の瞬間、大きな地鳴りとともに強烈な爆風を体で感じた。



その直後、宙に舞った瓦礫は時間が止まったかのようにピタッと静止する。



その光景をやっと捉えた瞬間、僕の視界は真っ白に包まれた。





箱庭の果実【始】 





― 完 ―

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