Side-コック:エピローグ-追想

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 ———ああ、自分は今、何を思っているのだろう。


 ———ああ、自分は今、何をしているのだろう。


 覚悟は決めた。わたしは今、機巧天使コックとしてではなく———ただ1人の、どこにでもいる、普通の少女として…………ここにいる。


 だからチョコを渡そうと思って。だから彼に……想いを伝えたいと願って。


 なのに、何で。なぜわたしは、今こうして逃げているのだろうか。


 ———そもそも、なんで逃げている? なぜ? 誰から?


『———っっ……っう、ううっうっ……あぁ……っっ!』


 いや。いいや。おかしいんだ、きっと。最近のわたしは何かおかしい。絶対にだ。









 ———だって、それもそうだろう。


 わたくしは機巧天使。1000年前に生み出された、戦争の為の兵器、道具。


 ヒトの、そして天使の模造品であり、ヒトの心などというものすら不要な存在。


 ただ純粋に破壊を繰り返し、自分の気が済むままに何もかもを殺し尽くす。


 最近までの、はそれだったはずだ。しかしその在り方が、たかが記憶が消し飛んだとて変わるわけはない。


 人は、生き物は、そんな簡単には変わらない。あの血と痛みに満ちた生活も感覚も、変えることは容易ではなかった。


 

 それが、今は何だ? チョコ? 愛? 想い?


 一体いつからそんな……そんなものを求めるようになったのか。


 だから私は、矛盾しているんだ。








 ———だって、兵器に心なんていらない。

 兵器に、ヒトの体なんていらない。

 兵器に、アイなんて必要ない。



 正直なところ、私は私を造った元マスターの心境が図れずにいた。


 その矛盾を、いつか相対することになるであろう、そんな本当にどうでもいい機能を———なぜ私につけたのか。


 だって、元マスターにだって、見えていたはずなのだ。この光景は。


 私が、矛盾と、バグ———としか言いようのない、この複雑な気持ちに囚われることを、元マスターが知らなかったはずがない。 





『そんなものを、なんで……どうして、この、わたくしに…………っ』


 ———もはやどこを歩いているのか、何のためにどこに向かっているのか、それすらも分からなかった。


 何より、マスターを心配させてしまった。そのことが、嫌で。


『ぁぅっ』


 でも。

 それでも、わたしがその手に未だ抱いていたのは、あのチョコだった。





 ———そもそも、なぜ私はチョコを渡すのを躊躇ったのか。


 これが、あんなに酷い出来に終わったから?……違う。そんなものじゃない。

 私の思った『最高』は、そんな出来に左右されるものではないから。


 でも、なぜ?



『っは———はぁっ、ぁっ……っ、くる、しい…………っ』


 そのことを思うだけで、胸が締まる。

 今まで1000年間、ただの誰にも感じたことのないはず———しかしどこか既視感のあり、懐かしいこの感覚。



 ———でも、私はそれの名前を、まだ知らない。


『くるしい……あつい、のに……なんで、おさまらな———』



 正体も分からない。何が私をここまで締め付けているのか、その全てが分からない。


 なのに、なぜ。どうして。



















 ———なぜ、マスターを想うと…………



 ……こんなにも、くるしいのですか。

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