第5話
◆◇◆◇◆◇◆◇
そうして、イデアの家。
ほぼ木材で作ってあり、自然に溶け込んだかのような簡素な家に、2人は帰ってきた。
……そして今まさに、チョコを作っている最中であった。
主導はイデア。そもコックは、チョコの作り方そのものを知らないがために、イデアに基本任せるしかなかったのだ。
そしてまあ、ほとんどイデアの技量によるものだが、もののみごとにチョコは完成した。
例の果実も使用した、ハート型のチョコ6つ。出来上がったそのチョコを、コックは見つめ続けていた。
『これが…………最高の……チョコ……』
「……で、どうだ。これを持っていくのか、貴様は?」
『どうだ、って…………』
そのチョコの1つを、コックは左手でつまみ、眺めながら。
『そりゃあ、持って…………行きます』
「そうか。
……つまりそれが、貴様の言う『最高のチョコ』と』
『だって、それは……素材が———』
コックが言いかけたその時。
イデアは、その腰に収めていた刀を抜き、チョコの乗っていた机ごと———両断してしまった。
『ぇっ……えっ、あの……っああああっ!!』
「……ふん」
しかしイデアは、全く動じてはいなかった。このように、何もかもを台無しにすることをしておきながら。
『なぜ……なぜ、なぜですか、イデア様!!……このチョコは、あんなに苦労して取った、最高の素材を……使って、なのにぃっ!』
「だから『最高』なのか?」
『それが愛で———、』
「それが愛であってたまるものかぁっ!」
一層、声を張り上げたイデア。ことここに来るまで、イデアはずっと冷静だったのだから、それは余計コックの心に響いたという。
『えっ———』
「それが……それが貴様の言う愛か? それが貴様の最高か? ならばこんなものはいらない、作る必要すらない!」
『それでは、苦労は———』
「苦労か? 苦労の時間か? それをかければ愛があるとでも言うのか?
貴様の寿命で言えば、300年もかけてチョコを作れば、それは愛になりえるのか?」
『でも、それは———』
その目に、涙が浮かぶ。そんなはずじゃなかった、と。
「それは何だ?……貴様の求める愛は何だ? あのガキに……アレンに伝えたいと思う愛は何なのだ、貴様はぁっ!
品質か? 性能か? そんなもので愛が決まるのか? 決まると言うなら言うと良い、その床に落ちた、時間をかけて作ったチョコを、アレンに渡してみせるといい!」
『でも……マスター……には、喜んで……ほし、くて……
美味しいチョコを……食べてもらって、笑顔になってほしくて……だからっ、最高のがっ!』
「そんな笑顔などいるものかぁっ! 貴様が欲しかった笑顔は、そんな———そんな笑顔だったのか?!
少なくとも、俺が貴様の立場なら、そんなことは言わない……絶対にな!
美味しいから? だからそこに愛はこもると?
———こんな辺境の、薄暗い部屋で、愛する者など関係のないところで!! ただ最高を求めて、貴様はそれで、本当に愛を表現できると思っていたのか、貴様は!」
『じゃあ……何が……何が愛で、
床に倒れ伏し。しかしそれでも、涙を流しイデアを見つめるコック。しかしイデアの顔色は、変わることはなく。
ずっとそれは、どこか一点を見つめるように———真剣だった。
「最高だとか何とか……な。
そんなもの、ヤツは気にはしない」
『え———』
「ヤツが求める最高は、そんなものじゃない。
そりゃあ、誰だって美味しいものがいいさ。だが、ある程度、ちゃんとしていれば……あとはどこも同じだ。
そも、本気で美味しいチョコをあげるのならば、わざわざ自分で作ることもなければ、俺のところに来ることもなかった。そこら辺の専門職の者に任せておけば良い話だ。
だが、貴様はセンに聞き、俺のところに来て見せた。そうだろう?」
『ぁ……』
きょとんとして、長い髪を垂らして話を聞くその姿は、もはや少女と見比べても、寸分の狂いすらなかったものだった。
「ならば貴様は、貴様なりの最高を、マスターにとっての最高を———それを求めて来たはずだろう。
ならば、話は違う。チョコを作るのは、俺じゃない」
『
「主導は俺だ。アレが、貴様の作ったチョコであってたまるか。
そんなチョコでいいのか、貴様は? そんなもので、本当に貴様は納得しているのか?」
コックの心が、揺れ動く。
アレは、あのチョコは、本当に自分が作り、本当に自分が愛を注いだのか。その疑問の渦中に。
「———見えてきたか」
『はっ』
「貴様が本当にすべきことが、何なのか。
こんなところで燻っているヒマはないぞ、恋する天使よ」
『えっ……恋…………って……』
「ああ、恋だ。愛だ。その想い、伝えてくるんだろう?……ならば、あんなチョコなどいらないさ。
…………これを持っていけ」
そう言いつつ、イデアが懐から出したのは、何やら色々入ってる袋だった。
『これ……は……?』
「それは……材料だ。チョコのな」
『つまり、それは……』
「———ああ、貴様の手で、作れ。
貴様の手で、アイツにくれてやる、最高を。最高の愛を、貴様の手で表現して見せろ」
それを受け取ったコックは立ち上がり、そしてイデアに対して背を向ける。
『……
その質問に、イデアは1秒考え、そして返した。
「———貴様が、信じろ」
聞き届けたコックは、その翼を広げ、今にも飛び立たんと移動を始める。
「ちなみに、あの果実は…………あんなところにあったのだから、言うまでもなく猛毒だった」
『なぁっ?!』
「どちらにせよ、貴様が作ったのは、最高でも最良でもなかった、と言うわけだ。……聞いたなら行ってこい。貴様の腕の見せ所だ。
……作り方は———この俺から学んだだろう?……仮にも優秀な機巧天使だ、それくらいしてもらわないと———」
『……っふ、ええ、もちろん。
学ばせていただきましたよ、イデア様。
…………行ってまいります』
「……ああ」
勢いをつけ、飛び立ったコック。それを見つめるイデアの顔は、どこかやり切ったような微笑に溢れていた。
「…………あの〜……」
イデアの家の中にあった樽。そこの中から出てきたのは、黒髪に赤のメッシュを入れた……しかしどこか気弱そうな少年、センであった。
「何だ、セン?」
「いやあの、イデアさん……確かにイデアさんの言うとおり、全部見させていただきました……けど……
———けどっ、アレは流石に、回りくどすぎですっっっっ!!!!!!」
「なん……だと……っ??」
「いやほんと、アレが真っ直ぐにコックさんに伝わったからよかったんですけど、アレはちょっと……酷いとおもいますっ!」
そう言いつつ、センはこれでもかとイデアに詰め寄った。
「ちょっ……やめろっ、おいっ!」
「もっとこう、コックさんの内面にも配慮したものをすべきでしょう、イデアさんっ!」
「おおおいやめろっ、やめろ倒れるっ、倒れるだろうがぁっこのガキッ!!」
———だが、こんなどこか回りくどく、どこか配慮の抜けているような対応をする男が、イデアだったのだ。
その事実に、センは心の中で咽び泣いた。
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