二つの島


草原に、テントが三張り立ち並ぶ。

風が吹き抜けるが、ペグにより強固に固定されたテントはビクともしない。

と言うより、象がぶつかったとしても微動だにしないだろう。

智彦の力にて、ペグはもはや地球の一部と化していた。


時刻は夕方ではあるが陽はまだ高く、夕暮れの気配は無い。

だが、いずれ来る空腹の気配は濃厚だ。

ならば、と。

智彦、上村、紗季の三人は夕食の……バーベキューの準備をし始めた。


借りた機材を組み立て、炭を敷き詰める。

雑貨屋から預かった肉と野菜に、串を通す。

三人は悪戦苦闘するも、その顔は楽しそうだ。


「しかし先程の海鳴り、気持ち悪かったですな」

「うん、あの後に動画で普通の海鳴りの音を聞いたけど、全然違うね」


独特な動きで肉へと塩をかける上村の言葉に、智彦は同意する。

音程が高い、まるでサイレンのように聞こえる海鳴り。

町内放送でも、試験放送の時にしか流れない部類の音。

上村の言うように、聴覚的に気持ち悪い……と言うより、不安を抱いてしまうのだ。


(アニメとかだったら、壊した祠が原因なんだろうけど)


雑貨店で聞いた、会話。

この島の元持ち主が、開発途中に破壊したという祠。

そしてその時から、島へと響きだした奇妙な海鳴り。

因果関係は無いとは言い切れず、祠の中身に何かがあるのだろうと、智彦は考える。


ただ、かなり昔……戦前からこの島に鎮座していた祠で、鉄男も何が奉られているのかは知らないとの事。

とは言え、祠を大事にする旨の話は代々伝わっており、それなりに敬意を払っていたそうだ。


「紗季さんは、何か感じます?」

「……悪いモノは感じない。ただ、意思があるのは感じる。とても弱いけど」

「あぁ、祠は無くなっても、奉られていたのは健在なんですね」


海鳴りが聞こえようが、特に害は無い。

時折聞こえるヘリのローター音に、海鳴りが混ざるだけだ。


「……ちょっとその祠があったところ見てくるよ」


「了解ですぞ。夕食の準備はお任せあれ!」

「……お気遣い感謝」


だが親友が不快感を抱くならば、何とかしたいと。

何より、親友夫婦達二人きりの時間を作るにはちょうど良い、と。

智彦は、島南部の様子を見る事にした。



(介清さんが言う通り、確かに景観が台無しだな)


草原の緑に、茶色い土が汚く混ざり始める。

倒された、樹々。

掘り起こされた、草花。

雑に並んだ、重機。

プレハブ小屋が立ち並んではいるが、人の気配はない。


蔦が這う窓から、智彦は中を覗き見た。

ロッカーには名札があり、机上にはマグカップや開かれた書類。

ポストの中へと差し込まれたハガキも、放置。

発電機用の灯油も野晒しに置いてあるため、先日まで誰かがいた事を伺える。


(……撤収した、って感じじゃないな。もしかしたら作業員も行方不明に?)


ロッカーの数からして、20人程だろう。

だがまぁどうでもいいかと、智彦はプレハブ小屋から離れた。


(あぁ、うん。確かに、何かがいるな)


彼方からすれば、智彦はテリトリーを犯す外敵だ。

なのに、害意も拒絶も感じない。

底無しのお人好しなのか、それとも……。


(力を失っている……のかな?)


進むにつれ、地面に転がる石片が増えていく。

古い木片もだ。

祠だけではなく、この地で奉られていた色々なモノが壊されたのだろう。


(祠を壊してサイレンの様な海鳴りが聞こえ、壊した人達も行方不明……うん、偶然じゃないよな)


天罰。

自業自得。

因果応報。

それらの言葉が浮かんだ智彦の、視線の先。

丁度、土と緑の境目に、それはあった。


「あーぁ、こりゃまた派手に……」


祠があったであろう場所。

周囲には黒ずんだ木片が散らばっており、土台の石床も大きく傷が入っている。

供えられていたであろう食べ物も同様に散らばり、羽を持つ小さな虫が湧いていた。


(未だにお供え物がされる程の祠だったんだな)


正直、智彦とは無関係ではある。

だが、この島では世話になるから……何より、この状態は見過ごせない、と。

智彦は木片を集め、土台への前と腰を下ろし手を合わせた。


「図工は苦手だったんで、その辺りは勘弁して下さいね」


木片を千切り・・・長さと端を整える。

長さが足りない時は凹凸を作って合わせ、小指であけた穴へ枝を指す。

それらのパーツを、土台に指で刻んだ溝へと乗せていく。

すると何ということか、智彦の手によって、小さく歪ではあるが四角柱の祠が再臨したではないか。


(さて、問題は中に奉られていたモノ、なんだけど……)


智彦は気配を辿り、それらしきモノを見つける。

破壊されていた祠の横。

放置された重機の運転席にちょこんと座る、古ぼけた人形だ。


(ぬいぐるみ……と言うのは失礼か。何でこんな所に)


人形と言っても、精巧な出来ではない。

大きさは、スマフォ程。

古い布で作られた、女性を模したと思われるモノだ。

身体は藁人形を思わせ、顔は黒い玉止めで表現されたている。


(作業員がココに置いたのか? それか意思があるなら自分で……ん?)


後方から聞こえだす、二つの足音。

智彦が緩慢に振り返ると、女性が二人、智彦へと手を振っていた。


「やほー、先程ぶりー!」

「八俣君。君もこの祠の話を聞いて見に来たの?」

「やっぱ気になるよねー! お前あの祠壊したんか、ってなるし!」


女性二人は賑やかに重機へと近付き、先程の人形をその手に持った。

そのあまりの不用心さに、智彦はつい声を上げてしまう。


「あー……」

「ん? あぁ違う違う、盗もうとしてるわけじゃ無いって」

「この御神体の服が泥だらけだったから、綺麗にしてきたのよ」


女性二人は不器用ながらも、人形へと布を巻く。

小豆色の、着物の様な服だ。


峠場たわばさんと登坂とさかさんが、保護してくれてたんですね」


智彦の言葉に、女性二人は人形を着飾りながらもにこりと頷く。


「放っておけなかった、からね」

「仏だけにぃー?」

「仏じゃないでしょ、コレ」

「そういう八俣君こそ、祠作り直してくれてるじゃん、まじサンキューね」


峠場と呼ばれたボーイッシュな茶髪の女性が、智彦作の祠を一瞥し、白い歯を見せた。

祠の方も気にしていたようで、その顔には安堵が浮かんでいる。


「とは言えこれじゃあ雨風が凌げないから、……こんなので申し訳ないけど」


一方、登坂と呼ばれた女性は眼鏡をかけ直しながら、バッグからタオルを取り出す。

それを間に合わせの祠へと被せ、人形を中へと戻した。


人形から、微かにだが感謝の念が滲みだす。

峠場と登坂はそれに気付かぬも、互いに顔を見合わせて頷いた。


女性二人……峠場と登坂は、智彦達と同じくこの島のモニター客だ。

フリーターと女子大生らしく、二人でモニターに応募し見事当選したらしい。

とは言え知り合って間もなく、智彦達とはテントを張る際に互いに挨拶しただけの間柄だ。


二人はしゃがみ、祠へと手を合わせる。

智彦も、厳かにそれに倣った。

風が止み、赤みがかかった空の下、虫の音だけが静かに響く。


「……ってか、この祠ってか、人形。一体どう言う理由で奉られてるんだろうねー」

「鉄男さんも船長さんも知らないみたいよ。八俣君は知ってる?」

「いえ、俺も知らないんです」


首を横へと振りながら、智彦はスマフォを取り出した。

もしかしたら同居人ならば、何かしら知識として持っているかも知れない、と。

最近登録した番号へと、電話をかける。


『何かあったのかな、智彦』

「京極夏彦同好会のオフ中にごめんねアガレス。実は聞きたい事が……」


すぐさま電話へと出たアガレスへ、智彦はこの女港島の事を尋ねようとした。

が、それは先手を打たれてしまう。


「へぇ、この人形、元々はこの島に居た兄妹を模ってるんだって」

「うわ、よくそんな情報残ってたね。何処見てるのさ」

「いつもの所。『戦艦島~引き裂かれた兄妹愛~』って話で、多分この島出身の人がまとめてるのかな」

「ふーん? あぁ、これかー。って観覧数二桁……超ローカルネタじゃん」


女性二人は近くの廃材へと座り、互いにスマフォを見せ合う。


「昔、この近くに男船島ってのがって密接な付き合いをしてたみたいね」

「……あれ? でもこの辺りって、ココ以外に島は無いって」

「うん。戦前に海の中に沈んだって書いてあるわ」

「まじかー。え? 何で何で?」

「理由は不明。炭鉱があったから米軍にやられた、海底への岩盤をぶち破った……な説があるみたい」

「ほえー。まぁ昔だし、資料もほとんど残ってないんだろうねー」

「ちなみに炭鉱だから要塞化され、戦艦島と呼ばれてたそうよ」


二人は智彦へも意識を向け、何か聞きたい事は無いかと視線で投げかけて来た。

智彦は少し思案するも、話の流れに乗る事にする。


「えと、それでこの人形……御神体は、どういうものなんですか?」

「当時、ここの権力者だった人の子供みたい。兄はココを治め、妹は男船島へ嫁いだ、とあるわ」


登坂は、スマフォの画面を見ながら説明する。

兄妹はとても仲が良く、離れる事を嫌がった。

だがそう言う訳にもいかず、お互い淋しくない様にと、それぞれを模った人形を作り送りあったと言う。


「んで、その後あっちの島が沈んじゃって、お兄さんの方は悲しみの余り自殺したみたいよ」

「あー、だから慰霊の為に、この人形を奉ったってわけかー」


峠場が切なそうに呟くが、登坂は目を泳がせ、口元がおかしそうに引き攣らせる。


「いや……、どうもこの人形が夜な夜な泣くから、島の人が気味悪がってココに封印したみたい」

「封印かぁ。まぁでも、それでも大事にされてたのは解るよ」

「そうね。ココを壊した人、行方不明らしいけど……まぁ、そう言う事よね」

「あははっ、祠壊しちゃったからもうダメだねって事か。助からないだろうなー」

「でしょうねぇ。自衛隊も行方不明なのは意味わかんないけど。……さて、八俣君、私達、戻るわね」

「おっ、つい長話しちゃったか。星も出て来たし、ご飯食べよう! お肉!」


情報の嵐が過ぎ去った。

女性二人は何事も無かったかのように、智彦へと手を振り草原への道を戻る。

峠場の言葉通り、赤く色づいた空に小さな光が瞬いている。

智彦は軽く息を吐き、通話状態のスマフォを耳へとあてた。


『くくくっ、私の力は必要なかったようだな』

「そうみたい。時間無駄にさせてごめん」


簡易祠内から伝わってくる感謝の念を感じながら、智彦はつい苦笑いを浮かべてしまった。

知りたい情報をああも容易く引き出す速さと正確さ。

俺には真似できないなと、智彦はアガレスと談話を続ける。


『この時代は本当に便利だ。疑問を抱いても答えが転がっているし、数多の者に尋ねる事も出来る」


だからこそ怖いのだと、アガレス。

智彦は首を傾げ、どう言う意味か尋ねる。


『私みたいな悪魔を例にしよう。元々は悪魔を召喚する儀式を、何者かが悪意を持って「封印する儀式」として広めたらどうなる』

「……あー、そう言う事か」

『あぁ。切っ掛けは何でもいいのだ。世界規模で疫病が流行る、犯罪率が上がる、これは全部悪魔の仕業だ、皆さんこの儀式をして封じましょう、とな』

「不安を感じた人は縋りつき、結果とんでもない結果になる、か」


まぁ俺も富田村で似たような事されたな、と。

智彦は、この世から消した一時の想い人の面影を浮かべた。


『それを防ぐために《裏》は情報の海も監視している様だがな。……また何かあれば、連絡をくれ』

「うん、ありがとうね、アガレス」


スマフォをポケットへと収めた智彦は、再び祠へと目を向けた。

祠が壊されたとはいえ、人をどうにかできるような力は感じない。

実は何もしておらず、偶然が重なったのか。

それとも、力を使い切ってしまったのか。

だったら、あの海鳴りは何なのか。


(……まぁ、何かがあるんだろう。とりあえず、お供え物はしておくか)


今はとにかくキャンプを楽しもうと。

お供え物は雑貨屋で見たお菓子でいいだろう、と。

智彦は小銭を取り出し、プレハブ小屋の上へと飛び乗った。

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