ここをキャンプ地とする


「改めてようこそ、女港島へ、ってね」


女港島の港は、小さいながらも賑わっていた。

ただソレは島を訪れる客ではなく、自衛隊や海保、マスコミ達によるものだ。


とは言え、智彦達とは関係が無く。

一同は、キャンプ場へと進み始める。


「……叔父さんがこの島の所有者ならば、あの方々と打ち合わせなどがあるのでは?」


忙しそうに走り回る先客を眺める上村の言葉に、介清は笑いながら首肯する。


「そうなんだけどな。この島の事に関しては、鉄男さん……牝小路船長の親父さんにお願いしてるんだ」


港を抜けると、白い土で整備された道。

その先には段々と古い家屋が立ち並んでいた。

家を形成する木片は土気色へと変色しており、電線も見当たらない。

長らく人の営みが無い雰囲気ではあるものの、風に揺れる洗濯物がソレを否定している。


「あの家屋は空き家でね、自衛隊と海保の方々に貸しているのさ」


行き交う自衛隊員へと頭を下げ、介清はバッグから地図を取り出し、広げた。

まだまだ改稿途中らしく、カラフルな付箋が一杯だ。


「この島意外と広くてね。こんな感じで地区が分かれてるんだ」


島の玄関口は東側……先程船から降りた小さな港のみ。

その正面には、今は廃屋のみが並んだ住宅街。


「島の西側がキャンプ場だね。見ての通り砂浜もあるんだよ」


介清が指さすキャンプ場は、かなりの広さを有している。

元々は田畑だったらしく、近くには湧き水からなる水場もあるようだ。


「南と北には、何があるんですか?」

「北部は山と森。南部は前の持ち主が開発してた場所で、重機が置いたままだから景観が悪いんだよね」


あぁ、ここが開発中止になった場所か、と。

智彦は地図へと再び視線を向ける。


「富裕層向けと言ってましたけど、お金持ちがキャンプするんですか」

「自分も不思議ですぞ。高級ホテルに泊まるイメージですな」


ブルジョアが虫や暑さを我慢してキャンプをするんだろうか。

ポロリと零しただけの二人の疑問に、介清は笑いながら答えた。


「グランピングって聞いた事あるかい?」


要はテント代わりにホテルの個室があるようなキャンプだ、と。

そう語る介清に、三人は首を傾げてしまう。


「テントの中に冷暖房完備で、お風呂もある……」

「しかも料理人もついて……、わざわざ外でする必要があるのか疑問ですぞ」

「あえて不便を選ぶ?……庶民の生活を楽しむって意味?」

「あははははっ、まぁそういう需要もあるって事さ」


金持ちの考える事は解らないと更に首を傾げる三人を、介清は楽し気に笑い飛ばす。

この子達も大人になればその価値が解るだろう、と。

介清は智彦達の疑問を認めながらも、何度か頷いた。


「いずれは手を付ける必要があるけど、今の所は南側の再開発は考えてないよ。人材も揃わないしね」


石垣にて段々となっている住宅地を抜けると、緑が広がった。

風が吹き抜け、緑と薄緑の波が描かれる。


「お、おおおお!」

「地理で習った、グレートプレーンズみたいだ」

「……すごい」


広大な草原が海の方へと緩やかに傾き、砂浜にて海と交わる。

そして海から大きく隆起した入道雲。

緑・青・白の色彩の暴力に、三人は一時ではあるが言葉を忘れ、佇む。


三人の様相に、介清はいたずらを成功させた子供を思わせる表情を作った。

それに気付かぬ程、三人は見知らぬ夏をただ唖然と見つめている。


「この光景を見たお客さんの反応が毎回楽しみでね。いやぁ、君達も感動したようで良かった」


介清曰く、ここ最近はこの瞬間が一番の娯楽なのだと、三人に移動を促した。

広大な草原……いや、キャンプ場には人影が多く、テントが点々と組み立てられている。


「モニターの人達、結構いるんですね」

「いやぁ、アレはマスコミだよ。民家は自衛隊に貸してるからね」


あぁ成程と、智彦は頷く。

確かにテレビ関係の機材が多く積まれており、見た事のあるアナウンサーも確認できた。

背景にヘリが見える事から、この草原はヘリポートの役割も担っているようだ。


「さて、まずはこの島を管理してくれている鉄男さんに挨拶に行こうか」


草原の入り口近くに鎮座する、造りの古い一軒家。

商品の置かれた移動式の台が軒先へと出され、駄菓子屋を思わせる。


「ここは雑貨店を兼ねてるんだ。鉄男さん、いらっしゃいますかー?」


「おう、オーナーさんか! その三人が甥っ子さん達だな?」


奥から現れたのは、60代後半の男性。

全身に筋肉が付いており、色黒い日焼け肌が健康的だ。

男性の名は、牝小路鉄男。

代々この島に住んでおり、今回の事を期にキャンプ場の……島の管理人を任されたとの事だ。


挨拶互いに交わした後、鉄男は大きな袋を智彦達の前へと並べる。

見ると、袋へと収納されたテントだ。


「昔見たテントと全然違う、ちゃんとした奴だ」

「ですぞ。まぁあれはテントと言ってよいのか甚だ疑問ですな」


二人の脳裏には、林間学校時のテントが浮かんでいた。

地面へビニールを敷き、鉄パイプで三角の骨組みを作り、上からビニール生地をかけるだけ。

虫は入って来るし、背中は痛いし、快適とは程遠い遺物。


二人の文句に、そんなのでも雨風が凌げば御の字だと鉄男は呵々と笑う。

今はまだ現物は無いがタープ等も仕入れる予定だと、逞しい手でカタログをパンと叩いた。


「あぁそうだ、マスコミが思ったより多くてなぁオーナーさん。テントも残り少ねぇ。物資もだ」

「そう、みたいですね。もう一度船を走らせた方が良いかもしれないなぁ」

「しかもマスコミ共が家を貸せとうるせぇ、どうにかなりやせんかね」

「うーん、自衛隊の方々に相談を……」


仕事の話をし始めた二人だが、智彦達へとすぐさま視線を移し、草原へと指を指す。


「ごめんごめん、ちょっと話していくから自由に過ごしてくれ」


自由。

ならばまずは一番面倒そうなテントから済ませようと、智彦は三人分のテントを担いだ。


「えっと、テントを建てる場所はどこでもいいんですか?」

「へぇ、やるじゃねぇか。自由だが海側の方がいいだろう。こっちはヘリがうるせぇぞバロバロバロバロ


鉄男の言葉に、ヘリの音が被さった。

目を向けると、マスコミではなく自衛隊のヘリが風を生み出している。

耐えられない音ではないが、コレが始終だと流石にゲンナリするだろう。

ここは言う事を聞いて、海側にテントを張る事を三人は決定する。


「甥っ子さん達とは別にモニターが二人いるから、近くが良いかもしれねぇな」

「たしか地図では水場とトイレもありましたな、御助言感謝ですぞ」


食事はどうするか。

水はそのまま飲めるのか。

釣竿は何処で借りる事が出来るのか。

尋ねたい事は色々とあるが、後ででよいだろう、と。

智彦達三人は、大人の会話の邪魔にならぬよう、草原の土を踏み進んだ。


「あぁ、彼女達からの評判はどうですか? ランドリー以外で」

「んー、夜は外灯が少しは欲しいと言って……あぁまたかウォォオォ……ン


島中へと響く、サイレンの音。

ただ何処から聞こえて来るのか解らず、一同は顔を上げるだけだ。


(これ、来る時の船でも聞こえていたよな)


何か異常事態だろうかと、智彦はスピーカーを探す。

上村と紗季、それどころかマスコミや自衛隊員達も、視線を彷徨わせていた。


「鉄男さん、ここ、島内放送の施設って無いですよね」

「あぁ、ねぇよ。オーナーさんは初めて聞くか? コレは海鳴りだ」


鉄男はこの音に慣れたと言わんばかりに、海の方を眺める。

水面はキラキラと眩く、雲は相も変わらず白い。

何の不安も無い、夏の景色。

なのに、海鳴りがソレの邪魔をする。


「……海鳴りは、もっと、こう。ドドドドドって音のはず」

「あぁ、嬢ちゃんの言う通りだ。この海鳴りが変なんだよ」


鉄男は煙草を取り出し、火を付けた。

紫煙が、風で流されて、消える。


「鉄男さん、コレ、ずっと前から?」

「いや、オーナーさんの前のあの外人がやらかしてからだな」



ウオォォオォォ……ン


 ウォォォオオオォォオ……ン



「南にあった祠を重機でぶっ壊してから、聞こえるようになりやがったんだ、この……」


戦艦島のサイレン。


鉄男はそう呟き、悲し気に水平線を見つめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る