戦艦島
戦艦島 ~プロローグ~
ウオオォォォォォォォォ……ン
ウオオオオォォォォォォォ……ン
町に、甲高い轟音が響く。
耳障りな音ではあるのだが、ココに住む人々や動物は、その音を気にすることはない。
散歩をする老人。
買い物をする女性。
汚れた体で家路を歩く男性。
彼らをはしゃぎながら迎える児童。
それを見て欠伸する猫。
彼ら彼女らは、その轟音がまるで聞こえていないかのように、青空の下で日常を送っている。
その間を縫うように歩く、影が二つ。
共に陸上自衛隊の迷彩服に身を包んだ男性で、周囲を興味深そうに眺めていた。
「やっぱ大正あたりから戦前の建物って感じだよな」
「でござるな。地方の山間部でも見ないような家屋でござる」
二人の言うように、密集する家屋は木造で、戦前といった趣を感じ取る事ができる。
目の前には、雑貨屋。
二人は店へと入り、店内を見渡す。
「なぁ、
真林と呼ばれた細くも筋肉質な男性は、その問いへと頷く。
すると土足のまま部屋へと入り、テレビを触ろうとした。
その蛮行に店員や周囲の客は怒りの形相になるが、二人は気にしてはいない。
「あぁやっぱりでござる、石野、これも他のと同じでござるよ」
石野と呼ばれた巨漢が、真林の手元へと目を向けた。
テレビを触るとするも、その手がすり抜けているのだ。
「ホログラムとか、そういう類か?」
「どうでござるかねぇ、車も、電柱も、店先に並ぶ商品も全部こんなでござるし」
次に真林は、棚に並ぶ鯖の缶詰を手に取ろうとした。
……が、これも手がすり抜け、物を掴めない。
「家屋や棚などは触れる事ができるんでござるが、はてさて」
「つーか周りの連中がすごい剣幕だぞ、謝った方がよくないか」
石野の言うように、真林に対して店員や客は目を吊り上げ、大きく口を開いている。
しかし声は無く、人々のその様相は異常だ。
「人間じゃなさそうだし大丈夫でござろう、気味は悪いでござるがね」
「まぁ、アレだよな。今流行りのエーアイの絵、っぽいよな」
顔の目や口が歪んでいる。
指の本数が多い少ない。
その場にそぐわない表情。
身体のバランスが歪。
手足の生え方が異形。
二人がココで見てきた存在は、人間っぽいナニかだ。
石井が表現したように「AIに描かせて失敗した絵」……いや、「AIに造らせて失敗した人間」と言う方が正しいだろう。
「この方々も結局は触れないでござるからなぁ」
「俺達の言動に合わせて反応はするのは気持ち悪いけどな」
併せてテレビ等と同じように、こちらから触れる事が出来ないし、それは向こうからも同様。
ただ人間らしい反応を見せるので、心底気味が悪い存在となっている。
二人がたどり着いたのは、集落内で一番造りのしっかりしている建物だ。
木造ではあるが朽ちている部分が少なく、四方に見通しの良い窓、そして中にいる
玄関前には、土嚢のように積まれた物資各種。
入口の掃除をする
「石井卓! ただいま戻りました!」
「同じく真林良徳! 戻りました!」
敬礼を受けるは、厳つい様相の男性。
彼は大きな機械を乗せたちゃぶ台の前に正座しており、二人へ獰猛な笑みを浮かべた。
「ご苦労だった。あと今朝も言ったが上下関係なしだ、この非常時に疲れるだろう」
二人は言葉を発しようとするがそれを飲み込み、姿勢を崩した。
厳つい男は満足げに頷き、立ち上がる。
「田喜、さん。やはり無線は反応なしでござるか?」
「真林その口調はさすがに抑えような。全く反応がない。携帯も繋がらんし助けを呼べそうにないな」
田喜と呼ばれた厳つい男性は、洋画っぽく肩をすくめると、二人に調査結果を報告するよう促す。
二人は報告を始めるが、要点は3つのみ。
奇妙な住人は気味は悪いが、害は無い。
生きた人間が、自分達以外はいない。
そして、ここから抜け出せるような場所が無い、だ。
「石野、真林、お前達は
途中、田喜が眉に皺をよせ二人へと尋ねた。
曖昧な質問ではあるが、二人はソレが何を意味しているのか理解している。
「五人、見ました」
「死因は餓死、それと自殺でござ、いや、です」
ココには生きた人間は、自分達以外はいない。
だが、生きていた人間は、いた、と。
二人は陰鬱に俯く。
「他の班からも報告は上がってる。お前達の報告を含め、合計28人だ」
田喜は別のテーブルへ、大きな紙を広げる。
手書きで雑な線が多いが、その形状はひし形の島であった。
「略図ではあるがな、コレが今俺達がいる島だ。皆が調査を頑張ってくれたおかげだな」
診療所、学校、港、商店街、公園、炭鉱……。
地図には、所々に文字が記してあった。
それは一つの町となっており、以前は住民が居た事を意味している。
「今この島にいる住人が一体何かは解らん、だが、物資が尽きる前にココを脱出しなければならない」
三人の視線が、積まれた物資へと移動した。
まだ余裕はあるが有限であり、いつか尽きる日が来るだろう。
その不安は、一同の精神に澱となって佇んでいる。
「この島に不時着はしたが、物資輸送訓練中だったのは不幸中の幸いだったな」
そう呟き、田喜は汚い字で「戦艦島」と地図へと示す。
石野と真林は、眼を見開いた。
「こ、この島の事を知っているんですか、田喜さん!」
「いやでも、そもそもココに島はなかったはずでござるよ!?」
二人が田喜へ尋ねようとした時、再びあの音が聞こえだす。
ウオオォォォォォォォォ……ン
ウオオオオォォォォォォォ……ン
またこの音だ、と。
二人は流石に不快感を覚え、眉を顰めた。
「これ、町中にあるスピーカーから聞こえるんですかね?」
「何かのサイレンに聞こえるでござるな」
「いや、海鳴りだ」
田喜は屋外へ出て、空を見上げた。
積乱雲が重なる、いつもそこにあった日常。
されど、今あるのは非日常だ。
「普段聞いていた海鳴りとは違うがな。海辺に居ると鼓膜を震わせるんだよ。波も高いし、お陰で魚が釣れやしない」
ウオオォォォォォォォォ……ン
ウオオオオォォォォォオオオォォォオォォ……ン
「戦艦島……、戦前に沈没したはずなんだがな」
田喜の呟きは海鳴りにかき消され、後ろの二人に聞こえる事は無かった。
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