隙間録:裂けない花



ほしのかけら美術館。

普段であれば人であふれている時間帯ではあるのだが、この日だけは午後を臨時休館としていた。


外とは違いクーラーの効いた館内。

遠く聞こえる蝉の音を背景に、賑やかな声が響く。


「いやぁ、まさか今をときめくお二人に来て頂けるとは光栄です」


館長である星太陽。

『感染する死』で心労が祟りやつれてはいるものの、血色は良い。

彼が頭を下げる先には、二人の美少女が笑顔を振りまいていた。


「お世話になります! 稼ぎ時に休館させてしまって、申し訳ありません!」


【タカモリさんも来る予定だったのですが、親友夫婦に一日中説教される予定なので】


「あぁ、まぁあんな事があれば仕方ないね」


羅魅香と嶺衣奈の言葉に、太陽は苦笑を浮かべた。

オカルトタカモリ内でのタカモリの蛮勇は、今や有名だ。

一般人やネットでは英雄視する声が大きい一方、彼に近い人はそうではなかった。

特に来根来夫婦の怒りはすさまじく、タカモリが始終土下座をした程だ。


来根来夫婦としてはまず相談して欲しかったみたいだ。

だが「絶対に止められる」と考えた事に加え、勝算があったタカモリは、それを怠ってしまった。


「けど、説教の後はお酒飲んで親睦会になると思うので、……あはは」


【そういうわけで、今回の展示作業は私達二人です、宜しくお願いします】


羅魅香と嶺衣奈がほしのかけら美術館にいる理由は、番組で使ったモノを展示するためだ。

今現在この美術館では『オカルトタカモリ四十八夜(仮)』というイベントが行われている。

その名の通り、オカルトタカモリで使用した物や資料を放送回別に展示してあるのだ。

二人の足元には展示品予定の品々が纏めてあり、すぐにでも作業を行えますなやる気に溢れている。


「こちらこそよろしく。僕は別の場所で展示作業をするから、何かあったら呼んでね」


太陽へ頭を下げ、太陽の背中にしがみ付いた座敷童へ手を振り、二人は作業へ取り掛かる。

今回の展示品は、オカルトタカモリ夏の増刊号のモノだ。

二人は談笑しながら、各々のセンスで展示コーナーを華やかに変えていく。


「これは祭のパンフレット、おおとり町の案内図に……、怪異の足跡を模った石膏、っと」


【あのお爺さんが乗っていた車椅子はココに置くわね。誰も触れる事が出来ないようにしないと】


「そうだね……あっ、こんにちわ」


二人の背後に、いつの間にか鎌倉武士の霊が佇んでいた。

鎌倉武士は二人の持つ展示品を眺めるが、三度程頷くとそのまま何事も無く去って行く。


【ふふっ、変なモノは無かったようね】

「良かった! 安心して展示しよー」


作業は順調。

殆ど終わった時点で、羅観香は画面の割れたスマフォをケースから取り出した。

画面ではなく、本体の至る所にヒビが走っていて、あの時の緊張が蘇るようだ。


「タカモリさんのスマフォは、特別展示にしないとね」

【そうね。あとは、焼けた符、解けた数珠、私の指も置いておく?】

「悪趣味だなー、すぐ治ったからいいけど、私心配したんだからね!?」


『感染する死』に抗い折れた嶺衣奈の指は、すぐさま元通りとなった。

だが余程心配したのだろう。

羅観香が作業を中断し、嶺衣奈の指を両手で包む。


【ふふっ、智彦君の事も心配した癖に?】

「いや、あれはっ!」

【彼を有名にしたくない、ね。唯が独占欲を見せたのは正直妬けちゃうわ】


嶺衣奈の揶揄いに、羅観香は困ったような顔を作り、壊れたスマフォを台へと置いた。

嶺衣奈の言う様に、羅観香は今回の件で智彦へ助力を申し出る事を躊躇った。

その時のセリフがソレであり、嶺衣奈は渋るも、タカモリは生暖かい目で賛同したのだ。


「ちょっと違うかな。ほら、彦しゃんって、その、理ふ……強いじゃない?」

【今、理不尽って言いそうになったわね?】

「あははっ、まぁ、うん。多分彦しゃんなら、あの場面で何とか出来たと思うんだ」


二人の脳裏へ、あの現場に智彦が居た場合の映像が浮かんでくる。

タカモリのスマフォから、腕が伸びる。

智彦が、腕を掴み引っ張り……出て来たナニかを葬る。

もしくはスマホの中へと入って行き、向こうに居たナニかを屠る。

智彦を知る人間であれば、それが現実になっただろうと解る映像だ。


「でも知らない人から見れば……」

【智彦君は化物のように見られるわけ、ね】


いや十分化物よね、というツッコミを嶺衣奈はなんとか飲み込み、羅観香へ首肯した。

知り合い内ならば冗談で通じるが、そうでないならば智彦は世間から攻撃される対象となるからだ。

人は、力を持つ者を恐れる。


「芸能界に居ると人の悪意の悍ましさが解る。彦しゃんはただでさえ呪いの元凶とか言われてたから……」


【これ以上は見てられなかった、そういう事ね?】


次は羅観香が、首肯した。

話はそこで止まるも、作業する手は止まらない。


【唯、智彦君の事が好きなら、告白したら? 私の事は気にしないで良】

「何でそんな事言うの?」







羅観香の笑顔に、空気が張り詰めた。

外から聞こえていた蝉の音が、五月蠅く嶺衣奈の耳へとこびり付く。


「彼の事は好ましいと思うよ? でも選べと言われたら、私は迷いなく嶺衣奈を選ぶ」


深々とした愛が滲む、笑顔。

あぁ、言うならば今だな、と。

嶺衣奈は深く吸い、羅観香を見据えた。


【ねぇ、唯。知っての通り、私は人間じゃないわ】

「うん、だけどそれは、私の為に蘇ってくれたから、だよね?」


羅観香が、嶺衣奈の体を抱き寄せる。

視線は互いの眼を捉えたままだ。


「暖かい……。ねぇ、嶺衣奈は私の事、嫌いになったの? だからそ」

【嫌いになるわけ無いじゃない! 唯、貴女を愛しているわ!】

「なら、どうしてそんな事言うの?」

【だって、私と唯は同じ時間を生きられないよ?私だけ、取り残されるじゃない……!】


嶺衣奈は怪異だ。

それは老いる事無く、そのままの姿で生きる可能性がある。

だが、人間である羅観香は……?

嶺衣奈は取り残される不安と恐怖に、顔をクシャリと歪めた。


【唯は……生前の私のせいで、残される側の悲しさを知ってるはずよ?】


羅観香は、無言だ。

それでも嶺衣奈の不安を理解したし、同じ思いを見ない振りしていた。

今はいい、でも将来的には自分だけが老い、嶺衣奈の心が離れるのでは、と。




「…… …… ……あ」




瞬き。

羅観香の不安が、氷解する。


「……私も、嶺衣奈と同じになればいいんだ」


【……唯?】


「嶺衣奈と同じ怪異になれば、嶺衣奈とずっと、ずっと……」

【ダメよ、唯。それだけは、ダメ】


嶺衣奈は体を離し、羅観香の肩に両手を置く。

眼に浮かぶのは、悲しみだ。


「どうして? ずっと一緒に居られるんだよ? ずっと、永遠に。……あぁ、それなら彦しゃんとも」

【ねぇ唯、落ちついて】

「彼、私が怪異になっても同じ目で見てくれるだろうし。彼は恋人じゃなく一緒に居て安心する裏切らない人を欲しがってるから……彦しゃんとの子供を三人で育てるのも」


その時、館長室と繋がるドアががらりと開いた。

羅観香と嶺衣奈は体をやんわりと離し、何事も無かったように演技する。


「あぁ、間にあったね。よければコレも展示してくれないかい?」


太陽が、昔の硬貨……一文銭を六枚、二人へと見せた。

ソレは本物ではなくレプリカではあるが、太陽は目を細め視線を落とす。


「あの子……『感染する死』に関係あった子なんだが、死んだらこのお金でこっちに来てねって、僕にくれたんだ」


「え? どう言う事ですか?」

「いや、実はこの場所でね……」

「えー! ずるーい! 私も見たかったのに! ねぇ、嶺衣奈?」


羅観香と太陽の会話に頷きながら、嶺衣奈は先ほどの羅観香の言葉を思い出す。

断るべきだ。

怪異に成れる保証は無いし、何よりあの冷たさ・・・は味わって欲しくない。


だが。

想い人からの奈落の愛が、なんと甘美な事か、と。


嶺衣奈は湿った体をブルリと震わせた。

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