隙間録:咲けない花
「お前、妬まれてるぜ」
待ち合わせ場所に現れた縣からの第一声に、鏡花は苦笑いを浮かべた。
友人と遊んだ帰りなのだろう。
縣は特撮系の玩具が入った紙袋を横へ持ち直し、熱射へと溜息を吐く。
「自覚はしてるわよ。以前よりそういう視線感じるから」
「『感染する死』を見事に解決したからな。田原坂家もコレで安泰だ」
『感染する死』。
つい先日まで日本を騒がせていた怪奇現象だ。
鏡花と智彦が勢いで解決はしたものの、その爪痕はあまりにも大きすぎた。
世間では、とある事故を起こした男性が今回の元凶とされている。
本人はもちろんその家族。
そして同乗者や友人、終いには弁護士にまで責任追及と嫌がらせが行われ、彼らは地獄を見ているとの事だ。
勿論、事実は異なる。
だが、そのような
その事で、鏡花本人と田原坂家の発言力が、一時的に凄い事となっているのだ。
結果としては無用な混乱は最低限に抑えられたが、今回の件は、オカルトは実在するという概念を多くの一般人へと与えてしまった。
ソレが今後どのように作用していくか……、《裏》に加え熾天使会や政府は、今まで以上に注視する事となる。
「んー、まぁ、そうね」
「んだよ、嬉しそうじゃないな」
「だって八俣君……、彼が居たから解決できたようなもんだし、ね」
「アイツは、お前が居なきゃ無理だったって言ってたがなぁ」
縣のそっけない言葉に、鏡花の足が一瞬止まる。
が、何事も無いように、再び進みだした。
「……この仕事、存外悪くないのかもね」
「金稼いでさっさと《裏》を抜けたいって言ってたくせに、どんな心境の変化だ?」
「色々あったのよ、色々ね」
鏡花が、スマフォの画面で時間を確認した。
一方、縣は空を見上げ、その暑さに顔を顰めて見せる。
「今の時間なら、美術館も空いてるかな?」
「わりぃな田原坂、でも、鎌倉武士の霊がどんなのか見て見たくてよ」
「この位別にいいわよ、でも裏口じゃなくちゃんとお金を払っ……うん?」
複数の気配が、生まれる。
『あがただー!』
『今日はデート? デートなの?』
『やまたはどこー? 遊ぼ―』
二人の周りに、いつの間にか小学生程の子供達が纏わりついていたのだ。
人間ではなく霊の類ではあるが、嫌なモノを感じず鏡花は首を傾げる。
「えっと、知り合い?」
「あー……、まぁ、な」
霊達は楽しそうに、縣の体へとしがみ付いた。
縣は面倒そうに、体を捩らせる。
「これも八俣の影響だ。あいつ、霊を見たらまるで人間みたいに接するんだよ」
「あぁ、うん、容易に想像できるわ。でも、こんな自我を持って動く霊は珍しいわね」
何せ鎌倉武士の霊にすら礼節をわきまえるのだ。
街中の霊のコミュニケーションを取っていてもおかしくないなと、鏡花は苦笑いを浮かべた。
……と同時に、疑問が生じる。
鏡花の持論としては、霊とは、死者が現世に残した焼き付けである。
多くは、その場にて生前の記憶や習慣を繰り返す存在だ。
例外的に悪霊となるモノも多いが、ここまで自我を持ち表情豊かなのは珍しい、と。
縣へと首を傾げた。
「八俣がな、霊達を生きてるように扱うんだよ、それでこいつらもそう思い込んで、存在感が増しちまったんだ」
「えぇ? 大丈夫なの、それ……」
鏡花が思い浮かべたのは、『学校の七不思議』に代表される類の怪奇現象だ。
元は脆弱な霊や怪異が、そのテリトリー内で本当に存在するものとして扱われ、力と存在感を増す……一種の言霊。
テリトリーの外に出られないもしくは弱体化をするのだが、その中では絶大な影響力を持ってしまう。
つまりこの街中の霊が、たった一人の人間のせいで、その様な……現象……を……。
「にん、げん……?」
「田原坂、深く考えるな」
『わたしたちも にんげんだよー』
『なにいってんだ おばけだろー?』
『けんかはだめー やまたがなかよくっていってたでしょ!』
それは誰もが通る道と言わんばかりに、縣は鏡花の思考を遮る。
そして、並んで歩く霊の頭をわしゃわしゃと撫でる真似をしながら、話を続けた。
「悪い事ばかりじゃねーんだよ。悪霊の類がいれば、すぐさま俺達に教えに飛んで来てくれる」
「あっ、だからあんた達の家、最近調子いいのね」
「お前ほどじゃねーがな。……んで、八俣の件、どうするんだ」
縣からの問いに、鏡花は心底困ったような表情を浮かべる。
何か言葉を出そうとするも、最適解が見つからない。
「どうにかしてくっつけって言われてるんだろ?」
「えぇ、上からも両親からも、姉からもね。どうしたもんか」
「八俣の《裏》への評価を馬鹿正直に報告したお前が悪い」
浮かれていたのだろうと、鏡花自身も自覚がある。
あの日、智彦が自分と《裏》に持つ評価を聞き、縣の言うように上へと包み隠さず報告してしまった。
その結果、八俣智彦をモノにしろと各方面からせっつかれる事となった。
「お前がその気なら、俺も応援するが……」
「彼はよき理解者って感じだから。彼と恋愛関係になる事はないと思う」
「まっ、そうだよな」
二人が進む道に、人が増え始めた。
どうやら目的地は一緒のようだ。
「うーわ、混んでやがる……」
「あー、うん。仕方ないから、ズルさせてもらおうか」
「……すまんが、頼む」
美術館入り口から続く列を見て、二人は矜持を捨て去った。
二人の後を、子供の霊達も追う。
『木曾のおじさんに会いに行くのー?』
『おつるちゃんとあそぼー!』
「お前らもう面識あるのかよ!」
縣と子供の霊のやり取りに、鏡花はつい笑みを漏らす。
そして、先程の言葉を反芻した。
鏡花にとって、八俣智彦は清濁を理解してくれた存在だ。
それゆえ、過去の事を含め、恋愛感情を持つ事はないだろう。
(……まぁ、今はね)
今日も蝉時雨がうるさい。
だが、それに負けぬ喧騒を、二人とその他大勢は纏っていた。
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