隙間録:山王崎篤史

以前は農道であった、道路。

農民が休憩の為に用意した東屋も。

外からの血を求め整備した祭り用の広場も。

その地の人々が豊作を願って建てた祠も。

今は全て喪失し、その跡もアスファルトの下だ。


昔の人々が神への供物を掲げ、信心と共に練り歩いた道は。

今の人々が仕事の為に、ただただ機械的に通過する道となっている。


人の営みは変わる。


「だが、人の恨み辛み嫉みは、変わらぬな」


道路と歩道の間に供花された花々へ、手を合わせる男性。

田原坂鏡花の叔父である、山王崎篤史だ。


陰陽師を思わせる衣服を身に着けており、その姿は意外と目立つ。

ひょんなことから芸能界入りをし、間を置かずのオカルトタカモリでの活躍。

厳つい顔ではあるが、じわじわとファンが増えているようだ。


山王崎は立ち上がると、おもむろに辺りを見渡した。

砕け散った縁石。

アスファルトへしみ込んだ油分。

未だ散乱する微細なガラス片。

そして……怨嗟の声を放り出す、老人の霊。


「無念であったでしょうなぁ、御老体。この地の障害となる前に、祓わせて頂きますぞ」



ァアアァ…… ハァ……ァアアアァ……。



山王崎の声に応じるように、老人の霊の鬼哭が響く。

一般人には聞こえはしないのだが……ここに通行人がいれば、重度の頭痛を訴える程の声だ。


「仕事を途中で放り出す事となった申し訳なさ、自身を死に至らしめた奴らへの恨み、そして……」


山王崎の右手が、青くぼやけた梵字を描く。

聖観音の加護を受けた、救済の意味を持つ文字だ。


「大好きなお孫さんと共に逝けなかった、嘆き」


ァアアア…… ガァッ ……ヒャッ ァァアアアア!


梵字がその体に吸い込まれた老人の霊は、大きく悲鳴を上げた。

……が、その顔は次第に穏やかなモノへと変わっていく。


「後を追ったお孫さんは既に成仏しておるし、お主を辱めた者どもは現世で地獄を味わっておる、安心して成仏されよ」


すでに、霊の声は聞こえない。

この世へ抱いた未練と共に、残滓も残さず消え去ったようだ。


そこへ、風が横切る。

揺れる供花の花弁がアスファルト上へ飛ばされ、その内の一枚が自動車に轢かれてシミとなった。


(直角君を死へ誘導し、『感染する死』の土台を作ったのは、恐らく御老体の……お孫さんを道連れ出来なかった嫉み、であろうな)


道連れを求める霊は、多い。

独りで行く事を嫌がり、無差別に道連れを求めるモノ。

恨みにより、復讐として相手を連れて行くモノ。

愛ゆえに、相手の気持ちを決めつけあの世で結ばれようとするモノ。

死ぬ事へ納得がいかず、他者の体を求めて害をなすモノ。

……山王崎はそれを嫌なほど知っているし、見てもいる。



(で、あるからこそ!生と死、そして後追いと道連れの誘惑に打ち勝ち、互いを想いあえるあの二人は尊いのだ!)


山王崎が、根付が下がった巾着からキーホルダーを取り出し、眺める。

羅魅香と嶺衣奈が抱き合いそれぞれの手でハートを作っている、アクリルキーホルダー。

ファンクラブ優待グッズであるにも関わらず、今現在入手困難となっているファンアイテムだ。

山王崎も心底欲しており、一時期は転売屋から購入するかどうか寝ずに悩んだ程の品だった。

……が、ニューワンスタープロダクションに所属した事で、何とか手に入れる事が出来たのだ。


(まさかスカウトされ、あの百合の花弁を近くで眺める事が出来るとは……まさに僥倖)


再び、キーホルダーを眺める。

茜色の羅魅香は、満面の笑みを浮かべて嶺衣奈へと体を預けており。

あさぎ色の嶺衣奈は、静かな笑顔だが羅魅香との密着する喜びが口端で隠せてない。


山王崎は目を瞑った顔を両手の平で覆い、深く息を吸った。

端から見ると山王崎の様相は、供花された被害者への嘆きとも見れる。

慈悲深い御仁と、敬意を払う者もでてくるはずだ。

だが、実際は……。



「ハァァァァァァァァァァァァ……、しゅき♡」



夢見羅魅香ファンクラブ会員ナンバー9番。

そして、加宮嶺衣奈ファンクラブ会員ナンバー6番の、男であった。

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