完結する死



「あの、落としましたよ?」

「え?」


とある住宅街。

近くの大学に通う学生が多く住み、活気のある区域だ。

午前中は本来であれば閑静なのだが、今は多くの学生が往来している。

と言うのも、彼らが通う大学にて『感染する死』が発生し、その為に全学科休講となっているからだ。


そこを歩く女子大生、二人。

片方は清楚な佇まいだが、表情に陰りがあり。

流行りの服で身を固めたもう片方は、清楚な方を励ましていた。


その最中に、後ろから声がかかったのだ。



二人が振り返ると、有名なお嬢様校の制服を着た女子高生。

その手には、オレンジ色のスマフォを持っている。


「先程、そちらの女性が落とされたようなのですが」

「あ、わ、私のです! おかしいな、落ちたら音で気付くはずなのに……ありがとうございます!」

「いえ、気付けて良かったです。それでは」


女子高生からスマフォを渡され、清楚な方はソレを胸元へと寄せる。

もう片方もお礼を言い、ほら邪魔になるよ、と再び歩き出した。


「天恵の生徒だね、あれ。拾ってくれたのがあの子で良かったじゃん。下手すりゃ悪用されてたよ」

「うん、……うんっ!もうこれにしか、彼との思い出が残ってないから」


涙を浮かべる清楚な方に、もう片方は呆れた表情を作る。


「もう諦めなって。アンタから彼を裏切ったんだから、復縁はもう無理だって」

「違う! 私は騙されてたの! アイツが私を……」

「周りはそう思ってないよ。アイツが死んだから彼に復縁を迫る恥知らず、そう思われてる」

「そ、んな……。でも、私そんなつもりじゃ」


交差点。

清楚な方は立ち止まるが、もう片方は自身の進む方向へと足を向け、手を振った。


「彼自身が拒絶してるんだから、解れよ。じゃ、またねー」


別れの声に応えず、俯く彼女。

彼女の脳裏に浮かぶのは、裏切ってしまった人物との楽しい思い出だ。

その残滓を見ようと、彼女はスマフォを見て……目を、見開いた。



「えっ!? こ、コレ、あの時の事故のっ? 消したはずなのに! なんでゃびゃ!」



オレンジ色のスマフォの画面から白い手が伸び、彼女の顎を両手で掴んだ。

バギン、と硬い音が響くと、首が真後ろを向いた骸が、その場へと崩れ落ちる。


周りに居た人間はそれを見ても驚かず、目配せを行い、彼女の周りへと集まった。

そのまま遺体とスマフォを近くの車へと乗せ、すぐさまその場から走り去る。






「コレで、『感染する死』は解決、かな」



一連の流れを隠れて見ていた女子高生……鏡花が、満足そうに呟いた。

女子大生のスマフォをスり、件の画像を保存し、持ち主へと返したのだ。


「責任の押し付けも燻ぶらせたし、後は燃えるだけ、か」


同時に、《裏》がSNSなどへ流した情報。

『感染する死』は交通事故の真実を隠そうとする者への復讐、という嘘。


内容は、事故時に自身の責任から逃れる為にドライブレコーダーを外した奴がいる。

そいつのせいで被害者が恨みをばら蒔いた……というモノだ。


こじつけ感は否めないが、実際、あの事故現場の画像にて、その姿はバッチリと映っている。

恨みをばら蒔いてるとされる鋭角へ、多少はヘイトが向かうだろうが、それは些細な事。

責任を押し付ける事が出来る、生きた人間が居て。

この話が広がると同時に『感染する死』が収まる事が、重要なのだ。


責任から逃げようとした人間の悪事が暴かれたので、被害者は恨みをばら蒔く事を止めた、と。

恐らく世間ではそう捉えられ、広がっていくだろう。



「コレで、直角君の家族への攻撃が無くなればいいんですが」


「次第にそうなるよ、……別に見に来なくても良かったのに」


「いや、鏡花さんだけに汚れ仕事押し付けるのは違うかなって」



鏡花の横には、智彦がいた。

鏡花とは異なり、無表情で、『感染する死』の終点を眺めている。


「いいのよ、愚痴になっちゃうけど、《裏》は綺麗な仕事ばかりじゃないから、慣れてる」


「……最初の印象は最悪でしたね、確かに」


「あははは、まぁ、あの時はね」


何せ、戦果……富田村で始まった悪意の発端となった蟲笛を、智彦を殺し掠め取ろうとしたのだ。

勿論、理由はあった。

あったのだが、逆らえなかったとはいえ加担してしまったのは、事実だ。


謝る資格さえ、無い。

そう考える鏡花の横で、智彦は「だけど」と。

言葉を続ける。


「俺は壊すつもりでしたが、アレを……ああいうのを悪用する輩は、いるんでしょうね。だから鏡花さんは、《裏》は、ああせざるを得なかったんだと思います」


「……っ⁉」


鏡花の瞳が、揺らぐ。


「蟲笛もですが、人食い人形となった疑似ゴーレム、何かが宿る本、妖刀とか、ああいうモノは一般人では持て余すでしょうし、悪用されたら大きな傷跡残すはずです」


「……うん」


「いきなり撃たれたのは確かに卑劣だなと思ってましたが、交渉しようとする前にそれらを使われたら堪りませんもんね。俺、あの時はホント怪しい人間だったし」


「ふふっ、確かに。あの時の八俣君、眼が怖かったね。てか、あれは完全に師匠がやりすぎだったから……ん?」


鏡花のスマフォに、メールが届いた。

先程の被害者は何事も無く事故死として警察へと渡った、という内容だ。

智彦にその文面を見せ、鏡花は雲の厚い空を見上げる。


「勿論一般人にはちゃんと交渉してるし、相応の対価を払ってるよ。でも、この業界ってさ、先手必勝なところあるから。……言い訳だけどね」


「レクリエーションの後始末で、せれんがぼやいてました。私達は結局は後手にしか回れない、って。だから、それを未然に防ごうとするのは、凄いと思いますよ」


「汚れ仕事としてが多いけどね」


「それでもです。思う部分は確かにありますが、こうしてまで秩序を守って……富田村の被害者達と遺品をちゃんと帰してくれた事を含めて、俺は、貴方達を尊敬してます」


「…… …… ……ありがとう」


「今の俺は、あの時の鏡花さんの立ち位置、なんでしょうね」


あぁ、この人は理解してくれるのか、と。

鏡花は目を細めた。

雲の流れをしばし見つめ、スマフォをポケットへと仕舞う。



「それじゃあ、最後の仕上げに行きましょうか。……手伝ってくれると助かるけど」


「手伝いますよ、一文銭が大量に入ったケースですよね? なら、俺の仕事です」


「良かった、流石にどうやって運ぶか困ってたんだ。場所はほしのかけら美術館だから」



二人が日陰からでると、夏の日差しが容赦なく襲い掛かる。

二人の胸中にはあの富田村跡での応酬が浮かぶも、それに触れる事は無い。


「あの世に行くには六文銭が必要。直角君がそう認識したから、彼らはいずれ存在しなくなると思うわ」


「思えば短い期間でしたけど、濃かったですね」


「うん、被害者はいっぱい出たけど……死者を面白半分で撮影する輩が居なくなった、って考えましょう。……八俣君」

「はい?」


前方に鎮座する店では、旧式のかき氷機が氷を削っている。

その音に群がる、水着袋を担いだ小学生達。

智彦は、ブルーハワイの色に目を瞬かせていた。


「いえ、何でもないわ」


「そうですか?……あ、かき氷食べて行きます?」


「それもいいわね、って何あれ!あんなに青かったっけ⁉」


「ですよね、ベロに色が残りますよねアレ」



あの時の事を謝罪すれば、今の智彦ならば許してくれるだろう。

だけど、今は……そう、今は、まだその時じゃあ、ない。


それでも感謝はしてよいはずだ、と。

鏡花は改めて、ありがとう、と。

心の中で呟いた。

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