僕は直角
写真をまるでジオラマ化したような、閉鎖感のある世界。
嗤い声を残し、少年……直角の姿が、消えた。
鏡花はすぐさま反応し、両手へと霊力を流す。
ネイルが赤く光るの認めると、文字を書くように指を動かした。
空間に描かれた紅色の梵字、それは《裏》では不動明王の加護と魔除けの力を持つ。
「八俣君!今結界を張っ」
「捕まえた」
「たけどそうなるよねー」
二人へ接近した際に捕獲したのだろう。
智彦の右手には直角の頭が収まっており、ミシリと鈍い音が響いた。
【いだぁっ!いだだだいだい痛いいだぁぁぁい!】
智彦の手が、万力の如く直角の頭蓋を軋ませる。
直角は必死に抵抗を試みるが、全く効果はないようだ。
「……このまま潰します?」
「んー、私で判断していいのかなコレ」
【待っで!つつつつぶずってどういういだだだ!おじいぢゃぁぁぁん!】
周りを見渡すが、直角を助けようと動く者はいない。
ただただ、笑顔をこちらへと向けるだけだ。
やはり悪意や害意は全く感じ取れず、智彦は再度首を傾げた。
「……ねぇ、なんでこんな事したんだい?」
【ぁああああ……いだがったよぉ! うぅ……んと、こんな事って、あぁ、あっちの人達を連れてきちゃった事?】
涙を浮かべた直角が、智彦の質問へきょとんとして返す。
多くの命を奪っているのに、その言動には罪悪感が微塵も見当たらない。
「子供が虫を楽しげに殺すような、幼い故の残虐性って奴なのかしら」
「その場合、害意を感じ取れそうなんですが……」
鏡花の考えに対し考え込む智彦の手を、ペシペシと直角が叩く。
ギブアップと言う意味だろう。
智彦が力を緩めると、直角は逃げるように、事故車……老人の死体の横へと移動した。
【あー痛かった……、だって、みんなおじいちゃんが好きなんでしょ? だから連れてきたんだ!】
「……あー、そう繋がっちゃうわけか。……まいったなぁ」
直角の言葉で、鏡花は『感染する死』の真相を理解したようだ。
説明を求める智彦から視線へ、鏡花は苦笑いで答えた。
「八俣君はあまり興味ないかもだけどさ、街中歩いていて好きな芸能人がいたらどうする?」
「多分写真を……あぁ、成程」
そういう事かと、頷く智彦。
二人の様子を見て、直角は得意げに白い歯を見せた。
【僕は途中で眠っちゃったんだけど、おじいちゃんが死んだ時ね、みんな写真撮ってたんだ! これって皆、おじいちゃんが大好きって事だよね?】
直角の姿が一瞬消えて、次は死体……祖父である鋭角の横へと現れる。
【僕もおじいちゃんが好きだから、一緒に行こうと飛び降りてね、気付いたらココにいたんだ! それでね、僕思ったんだ】
大好きなおじいちゃんがいるココに皆も連れてこよう、って。
満面の笑み。
悪意も害意もそこにはなく、ただただ善意。
あの時感じた正の気配はこれかぁと、頷く智彦。
対照的に、鏡花の顔は険しい。
「……鏡花さん?」
「ん? あぁ、いや、ね。今回のをどうやって収めようかなって」
鏡花が、智彦へと真っ直ぐに視線を向ける。
今の彼女は《裏》に属する人間だ、と。
智彦はそれを真正面に受け止めた。
「あの子、殺せる?」
「殺せる、けど、あまり気が進まないですね」
「だよねぇ、どうしよっかな」
あえて、殺す、と言う言葉を選ぶ。
ここで直角を消せば、『感染する死』は確実に収まるだろう。
智彦自身、今回の件で不愉快な思いをした。
元凶を始末しようと考え、この場に来た。
なのに、害意や悪意を持たず、ただ家族の為に行動した直角に、親近感を抱いたのだ。
「鏡花さんが望むなら、殺しますけど」
ただ、被害者は多く出ているし、今後母や友人や知り合いに害が無いとも限らない。
それに、鏡花……《裏》としては、看過できないであろう。
ならば、直角には悪いが、今を生きている彼ら彼女の為には消えて貰おう、と。
智彦は割り切る事ができていた。
だが鏡花は、首を横へと振る。
「ううん、今回は私に任せて欲しいんだけど、良いかな?」
「わかりました。でも危なくなったら俺が出ます」
「ありがとう、その時は宜しくね」
何か考えがあるのだろう。
智彦は鏡花の覚悟を尊重し、一歩、後ろへと下がる。
「……直角君、ちょっといい?」
鏡花の呼びかけに、直角は【何ー?】と嬉しそうに車外へと飛び出した。
智彦には若干怯えた目をするが、鏡花に対しての警戒心は無いみたいだ。
「おじいさんは外人が嫌いなのかな?」
【うん! あのね、昔の言葉は好きだけどメリケンの言葉は嫌いだっていってたんだ!】
何となく言った事が当たってしまった、と。
智彦は内心驚くも、いつでも動けるように二人を見守る。
自分達を囲う笑顔の群衆が気にならないと言えばウソになるが、こちらからは何も感じない。
普通、このように取り込まれた……その地へ縛られた者は、悲しみや怒りを抱くはず……なのに、だ。
(まるでマネキンだな。多分だけど、魂じゃなく姿だけを取り込んだのか。窓はレンズの役割だったのかな?)
で、あれば。
『感染する死』の被害者の魂は、窓……レンズにて奪われ、その姿を投影された後にすぐさま解放されたのだろう。
多くは恐怖等を抱いただろうが、執着を残す間もなく、その魂はこの世界から喪失した。
それは理不尽ではあるが、幸運でもあるはずだ。
(子供らしい独占欲のおかげで、ココに縛られなかったのは幸いかもね)
おじいちゃんが寂しくないように、道連れはいっぱい欲しい。
だけど、おじいちゃんを独り占めしたいから、言葉や感情は必要ない。
……そんなところかな、と。
智彦は、鏡花と直角の会話へと意識を戻す。
「あと、なんでおじいさんの写真を撮ってない人も連れて来たのかな?ほら、君の写真撮った人も」
【んー? おじいちゃんは寂しがり屋だから、僕を好きな人も連れて行こうって思っただけだよ? 僕を撮る人が一杯いて驚いちゃった! えへへ】
照れる直角へ頷きつつ、次が一番知りたい事だと、鏡花は唇を濡らす。
「君が連れて来た人を撮った人も、いっぱい連れて来たよね?何でなのか教えてくれるかな?」
【うーんどう言う事?お姉さんが言ってる事難しいよ】
「おじいさんを撮った人……キリンさんを直角君が連れて来たとするね?」
【うん!】
「で、ゾウさんはびっくりしてキリンさんを撮りました。そしたら君はゾウさんも連れて来るよね?」
【そうだね!】
「それ、どうして?」
感染する死が、短期間で爆発的に広まった原因は、これだ。
鋭角と直角を撮影もしくは保存した人、だけではなく、その被害者をそうした人にも取り込まれた。
この時点で、鏡花と智彦はその答えをある程度予想は出来ていた。
そして、それが真実となる。
【だってゾウさんが残されるのは可哀そうだから! キリンさんが好きなら連れて来た方が寂しくないでしょ?】
地獄への道は善意で舗装されている。
今の状況はまさにそれだな、と。
鏡花は目を瞑り、息を整えた。
「直角君、教えてくれて有難う」
【はーい! あのお兄さんは怖いから嫌だけど、お姉さんはココに来てくれるの?】
「ごめんね、私には家族がいるからさ」
【僕と違っていいお父さんとお母さんなんだね! 羨ましいなぁ】
直角の眼が、一瞬ではあるが濁った。
成程、この子にとっては両親よりは祖父が支えであり、コレだけの事をする土台はあったのだと。
二人は視線を合わせて、頷く
「直角君、えっと、まだまだココに皆を連れてくるつもりなのかな?」
【もちろん! でも最近少なくなったんだよねー】
「おじいさんの事好きな人はもう一杯連れて来たんだから、止めちゃっていいんじゃない?」
【嫌だよ! まだたくさん呼ぶんだ! そしておじいちゃんに褒めて貰うんだから!】
直角が怒気を放つ……が、智彦は動かない。
その眼は、自身のポーチを漁る鏡花を収めている。
「ねぇ直角君、コレ、見たことあるよね?」
【んー?……あ、寝ていたおじいちゃんの横に置いた奴だ】
「あ、良かった。今は置かない人も多いって聞くからさ」
鏡花が取り出したのは、昔の硬貨である一文銭だ。
なんでそんな物を持ってるんですか、と尋ねる智彦からの視線に、投擲用で使う場合があるのよと、笑みで返す。
「これね、あの世……あー、天国に行くために必要なお金なの」
【お金がいるの⁉】
「そうだよー、だから君達は、おじいさんの横に置いたんだよ。何枚あったか覚えてる?」
【……六枚!】
正解、と拍手する鏡花に、直角は顔を赤らめ、照れ笑いを零す。
だがその顔は、次の鏡花の一言で一気に暗くなった。
「おじいさん、ココに居るみんなの分のお金、払える?」
【……わかん、ない】
「出せなかったら皆、おじいさんにがっかりするだろうね。もし払えても、おじいさんのお金なくなっちゃうかもよ?」
【…… …… ……】
「おじいさん、食べ物は何が好きだった?」
【ラ、ラーメン! 僕と一緒に食べに行ってたんだよ!】
「そっかぁ。じゃあ、おじいさん、ラーメンを食べられなくなるかもね、お金なくなって」
【……う、だ、だって知らなかったんだよぉ! お金がいるだなんて、そ、そんな……う、うわぁぁぁぁぁぁん!】
目から涙を溢れさせ、大音量で泣き始める直角。
鏡花は無言のままその様子を眺め、彼が泣き止むのを待った。
【うっ、ぐすっ、……うぅ、知らなかった、だっで、だってぇ……】
「君のおじいさんは知ってたと思うよ。だからね、もう止めよっか?」
【う、うん……、わがった。もう、ココには連れて、ごない】
その後、話はスムーズに進む。
鏡花の説得により、直角は『死を感染』させる事を止めるようだ。
「鏡花さんは、すごいな」
智彦から思わず漏れた、本音。
その言の葉を拾い、鏡花が大きく息を吐いた。
「何よ、嫌味?」
「どうしてそうなるんですか」
智彦は胸元まで上げた掌で握り拳を作り、鏡花へと見せる。
「俺は力でしか解決できませんから、会話で物事を解決する鏡花さんをすごいと思ったんですよ」
「こういう風に相手と交渉する手段もあるってだけよ。でもね、そもそもココにこれたのは八俣君のお陰なんだから」
祖父の死体に謝る直角を眺めながら、鏡花は言葉を返した。
鏡花は自身の力を弁えている。
だからこそ、生き延びる為に足掻いた結果なのだ。
そこへ智彦から……どう考えても勝てる気がしない存在からの、賛辞だ、
鏡花はしばし顔へ喜色が浮かばせたが、智彦の視線を感じて余所行きの顔へとすぐさま戻す。
【お姉さん、あのね、最後に一人だけ連れてきたいんだけど、いいー?】
いつの間にか目の前に居た直角が、申し訳なさそうに鏡花へと尋ねた。
智彦とは話すのが怖いらしく、露骨に距離を取っている。
「えっと、誰、かな? もしかして太陽さん?」
直角の祖父……鋭角の親友で、ほしのかけら美術館の館長である、太陽。
もし彼を求めているならば拗れるなぁと思い、鏡花は尋ねる。
【ううん、太陽おじいちゃん連れてきたらおじいちゃんに怒鳴られるよ。んっと、あの女の人!】
直角が指差す方向。
そこには、事故車両へスマフォを向ける大学生らしき女性が居た。
周りの人間……あと、横に居る彼氏らしき男性は笑顔なのに、彼女だけ、そうではない。
【この人との窓がね、すぐに消えちゃったんだ。 おじいちゃんの写真とってたから連れて行きたいんだけど……ダメ?】
女性の様相からして、未だ生存している、のだろう。
窓が消えた。
つまり、撮影してすぐに画像を消した、のかも知れない。
「んー、どうしようか?」
「終わらせるためには仕方ないと思います。でも、見つけるのが大変なような」
「多分大丈夫よ。……直角君、この人との窓を作ったら、もう誰も連れてこないって約束できる?」
祖父の隣で【うん!】と即答する、直角。
鏡花は満足気に頷き、智彦へと声を向ける。
「こういう時こそ、《裏》の出番ってわけよ」
微妙にどや顔を決める鏡花に、智彦は苦笑いを浮かべ、直角達の乗る事故車を見つめる。
「ついでと行っては何ですが、アレもお願いできます?」
「えぇ、もちろんよ。それじゃあ、戻ろうか」
二人の視線の先。
そこには、事故車両からドライブレコーダーを持ち出す男性が、厭らしい笑みを浮かべていた。
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