オカルトタカモリ 夏の増刊号
『オカルトタカモリ』
人気芸能人であるタカモリが、自身の趣味の為に企画し、同好の士を集めて始めたオカルトを題材とする人気番組だ。
日本各地に伝わる怪談や都市伝説を、その地の歴史や科学等を交え紐解いていく内容となっている。
タカモリと週替わりのゲストが調査するパート。
それを、レギュラー含めた皆でスタジオ内で議論するパートの、2部構成。
時にはオカルト方面から、時には科学方面からと偏向しない柔軟なアプローチ。
しかも実際に怪奇現象に巻き込まれる……のだが、実は、ヤラセ。
だが視聴者はソレを認めた上で、楽しんでいた。
それらを含み、かなりの視聴率を誇る番組……だったのだが。
ある時期を境に、その数値が更に跳ね上がった。
理由は、夢見羅観香のレギュラー化。
更に、その恋人である加宮嶺衣奈のレギュラー化である。
智彦は普通に接していて忘れがちだが、羅観香は今や人気絶頂な美少女アイドルだ。
そして、嶺衣奈は国外でも熱狂的なファンを持つ……死から蘇った怪異。
併せて、彼女達に慕われるタカモリへの再評価。
裏番組が可哀そうになるのも仕方の無い事だろう。
それだけではない。
神隠しがあったと言われる、雪国の廃校。
一週間以内にクリアできなければ死ぬゲーム。
化物の影がちらつく、過去に蚕業で栄えた村の跡……。
嶺衣奈が加わった事で……怪異は怪異を引き寄せるのか、ヤラセのはずだった怪奇現象が本物へと変化したのだ。
勿論、危険もある。
あるのだが、羅観香と嶺衣奈の力で大概の事は解決していった。
ソレはさながら映画の様に、視聴者を魅了する。
そして今回の番組も……特番として組まれた生放送も、そうである、と。
誰もが思っていたのだ。
「……以上が、あの町に伝わる祭の顛末である」
スタジオ内に、拍手が巻き起こる。
喝采を受け、陰陽師をイメージさせる衣装に身を包んだ男性が、一同へと頭を下げた。
彼は、田原坂鏡花の叔父である、山王崎篤史。
つい先日ニューワンスタープロダクションで活動を始め、いきなりオカルトタカモリへと出演した男だ。
ネット界隈では「誰このおっさん」と言われた山王崎だが、霊的障害を解決する事でその評価は一変。
オカルトタカモリに出るだけの事はあると、世間ではかなりの好印象だ。
なお、本人は《裏》の事は一切明かしてはおらず、ただの退魔師としか名乗っていない。
「この番組やってると、その地の伝統や言い伝えって大事だって解るなぁ。ねぇ、羅観香ちゃん、嶺衣奈ちゃん」
タカモリが、今現在流れた映像に対し満足気に息を吐いた。
以前まではヤラセだった映像が、今や本物になっているからだ。
「ですね。実はその地に住む人の安全を守る為だったり、今回みたいに、その地の繁栄の為だったり」
【フォークロアと言われるモノですね。唯のあげた例の他に、警告とか戒めな意味合いもあります】
「大抵は迷信とか古臭い習慣と言って切り捨てがちだけど、ちゃんと意味がある……この番組で嫌と言うほど思い知ったよね」
【ふふっ、そうね。……映像に写っていたのは、私と同じく怪異だと思います。それも、異界の】
嶺衣奈の呟きに、スタジオの観客が「やっぱアレ本物なんだ」とざわついた。
その反応に、タカモリは再び満足そうに頷く。
「町興しの為に、喪失した祭を復活。残された資料を基に進めるも誤りがあり、異形の存在を怒らせてしまった」
「左様。その町に住む御老体がその命を燃やし、村……町に伝わる踊りを踊って、何とか異形を鎮めました」
スクリーンに、再び映像が流れる。
荒れ狂う、異形。
だが突如、車椅子から立ち上がった老人の踊りを見て、異形は大人しくなり、大きな池へと消えて行く。
「……悲しい踊り」
【……うん。でも、綺麗】
同意するかのように、観客の声も静まる。
映像は、池の水面が風で揺れる場面で、終わった。
「申し訳ないけど、御老体ついては控えさせて貰いますねぇ。……山王崎さん、祭ってなんで喪失しちゃったのかなぁ?」
「うむ。途中で説明した様に、元はあの異形を招き、踊りにて還す祭です。異形の残した排泄物が極上の肥料と成り、ソレで村が栄えたようですな」
手元のタブレットを操作し、山王崎の説明が続く。
それに合わせ、番組の終わりを知らせる音楽が流れ始めた。
「まぁ、廃れた理由は至極簡単。当時の権力者が異形を怒らせ、村が半壊したから。恐らく、飼い慣らそうとでもしたのでしょうな」
「あぁ、この手によくあるオチだったかぁ」
【弁えていれば、今頃米所として大きな都市になっていたかも知れませんね】
「そうだね、皆の舌を唸らせるお酒もたくさん出てたかもねぇ、惜しいなぁ」
「なお今回の放送に関する資料等は、今現在このオカルトタカモリ関連の展示をしている『ほしのかけら美術館』に来月追加されます!皆さん、良ければ来てくださいねー!」
「では皆さん、今夜もありがとう……と、言いたい所だけど、ちょっと時間を頂けるかなぁ」
いつものようにタカモリのお別れの言葉で、番組が終わる。
皆がそう思っていたところで、音楽が止まった。
気付くと、番組終了予定の時間より、15分早い。
また、タカモリ達の顔に緊張が浮かんでいる。
観客も、視聴者も、何事かと目を見張った。
「皆さんは、世間を騒がせている『感染する死』を知っていますかぁ?」
観客が、無言で頷く。
タカモリが山王崎へと視線を移すと、補佐の為に嶺衣奈が立ち上がった。
セットの裏からも、スタッフが慌ただしく動く音が響いてくる。
「今回はそれに関して注意喚起をする為に、時間を頂いた所存。さて『感染する死』とは何か。冗談無しに死人が出るので画像が出せぬ、その為、口頭でお知らせいたす」
山王崎の合図で、スクリーンに文字が映し出された。
ソレは、『感染する死』の詳細だ。
要は、人の死体を撮らない、保存しない。
これさえ……人として当たり前の事を守れば、
そう、今の所、だ。
外人は殺されないと言われているが、ある日を境に対象になるかも知れない。
撮影及び保存した本人だけではなく、その周りも巻き込むようになるかも知れない。
そのような拡散力を、孕んでいるのだ。
「恐らくではあるが、撮影もしくは画像を保存すると『同意』と見做されるのであろう」
【同意……つまり、死んで、画像の中に取り込まれる。誰が?どうして?何のために?それは判りませんが、大事なのは同意しない事です】
「左様、こちらの事情などお構いなしの理不尽な契約。だが、怪異とは本来そう言うモノなのだ」
山王崎の視線が、嶺衣奈を捉える。
打ち合わせになかったのだろう。
羅観香は思わず立ち上がるが、嶺衣奈が微笑みながら恋人の怒りを制した。
観客が、ざわつく。
【ありがとう、唯。大丈夫よ】
「でもっ……!」
【これは必要な事だから】
羅魅香はしぶしぶと着席するも、山王崎を軽く睨んだ。
苦笑いを浮かべながら、山王崎は頭を下げる。
「すまんな、羅魅香殿。……嶺衣奈殿は今はこうやって我々と共に生きて居る。だが、もし、そうでなかったら?」
【羅観香に害を成す人達を、悉く殺めていたはずです。きっと、ではなく、絶対。もしかしたら、ただ近づく人も、話しかける人も、理不尽に】
「で、あるな。嶺衣奈殿が特殊なのだ。この番組をご覧頂いてる皆々様、どうか忘れないで頂きたい。怪異とは本来、人間とは相いれぬ存在。だが排除しようと思ってはならぬ」
この時、所謂霊感がある者は、山王崎の体がぶれて見えたに違いない。
言霊。
それを以て山王崎は、観客と視聴者へ力ある言葉を放つ。
「最近、怪異と言った存在が生まれやすい土壌が出来つつある!故に!怪異がいても触れるな!近づくな!関わるな!畏怖を基に怪異と距離を置く事こそが、最善の自己防衛である!」
退魔師からの言葉が、観客の、視聴者の、精神に染み込んで行く。
効果は微々たるものではあるが、山王崎の今の言葉を聞いた者は、怪異への認識を少し……ほんの少し、改めるだろう。
それだけでも、命を失うリスクは大きく減ったのだ。
山王崎が頷くと、羅観香が次は自分の番だと声を上げた。
山王崎への怒りは、すでに無い。
「あ、あと!写ってる格好いい人が呪いをかけてるって噂ありますけど、違いますから!石とか投げちゃダメですからね!」
今度は観客が声を上げた。
「格好いい?」「そんな人写ってる?」と、戸惑いを多く含んでいる。
観客の反応に首を傾げる羅観香に、生暖かい目を向けるタカモリ達。
ざわめきが落ちついた所に、パンパン、と。
タカモリが手を叩いた。
「そんなわけで皆さん、気を付けて下さいねぇ。……んー、まだ時間が残ってる?残ってるかぁ」
ライトからの光量が、弱くなる。
スタッフからの返事を聞き、タカモリはおもむろにスマフォを取り出して、立ち上がった。
スタジオ内のカメラが、彼へレンズを向ける。
「さて、山王崎さんがああ言ったけど、実際見ないと今回のがどれくらい危ないか解んないでしょ。今から僕が、例の画像を保存します」
観客から轟く、今まで以上の声。
テレビの向こうでも、多くの視聴者が驚いている。
危ない。
止めて下さい。
死んでしまいます。
タカモリを心配する悲鳴に対し、本人はおどける様に笑顔を浮かべる。
「大丈夫大丈夫、山王崎さんもいるし、切り札の嶺衣奈ちゃんだっているんだから。羅観香ちゃん、もしダメだったらブルーシートを急いでかけてね。スタッフの皆もよろしく!」
【正直悪い予感しかしません。やはり彼を頼った方が……】
「嶺衣奈、もう決めた事だから。タカモリさん、頑張って下さい!
「命を張ってまで警告せんとするその心意気や良し!力を貸しますぞ」
止めるのは無理と言わんばかりに、名前を呼ばれた三人へ緊張が張り付いた。
タカモリが、スマフォを操作し……大きく息を吐いた。
大粒の汗が、床へ軌跡を生む。
「まぁ、なるようにしかならない、かな。それじゃあ、ポチっとな……」
タカモリの指が、未だ正体が解らない怪異からの誘いに、同意した。
周りから、音が消失する。
羅観香も、嶺衣奈も、山王崎も。
観客も、スタッフも。
只々、タカモリの持つスマフォを凝視する。
誰かの
次の、瞬間。
「うわぁぁぁっ!?」
タカモリの体がいきなり震え、バリリと破けた。
露わになる、下着に貼り付けられた札、札、符だ。
だがそれらもガササと丸まり、床へと落ち始めた。
スタジオ内の照明が激しく点滅を繰り返し、半数が沈黙する。
「ぬっ!いかん!嶺衣奈殿お頼み申す!」
【はい!んんんんんんっ!】
山王崎がばら蒔いた札が、タカモリの体へと纏わり出した。
嶺衣奈は、タカモリの体を後ろから支え、スマフォの画面へ鋭い目を向ける。
「こ、子供が!こっちに!」
【タカモリさん!魅入られちゃダメです!】
札が、裂けていく。
そして次々に火が灯り、一瞬で灰となった。
「馬鹿な!あの量の札をこうも容易く!」
「山王崎さん!数珠も!こ、壊れ!んひぃ!」
まるで地震のようにスタジオが揺れ始めた。
……いや、実際は揺れていない。
大きな力がスタジオ内のセットや置物を揺らし、その様に錯覚させている。
スマフォの画面から、白い手が生えた。
タカモリの顔へ、ゆっくりと小さい指を向かわせる。
……が、嶺衣奈の右腕が、それを阻止した。
【タカ、モリさ、ん!】
……のだが、嶺衣奈が押し負け始める。
骨が砕ける、鈍い音。
細く綺麗な指が、歪に曲がった。
【くうううっ!? 何この力!う、そっ!?】
「嶺衣奈!」
嶺衣奈の体が激しく揺れ、後方へと弾かれた。
すぐさま羅観香から延ばされた手を取り、再びタカモリを守ろうとする。
しかし、体が動かない。
山王崎も同様であり、当然、観客もだ。
「あ、あいええええええっ!?」
パキリ、と。
タカモリのサングラスが砕けた。
恐怖で支配された双眸が、スマフォの画面を収めている。
「!!!!!!!!!!!!!!?」
堪らず、口から言葉の体を成していない音が、響いた。
するとどうだ。
山王崎達を襲っていた重圧が、消えたのだ。
タカモリのスマフォから生えた手も消えており、先程までスタジオ内を覆っていた絶望は、いつの間にか霧散している。
「タカモリさん!」
「力及ばず申し訳ない!無事でよかった!」
観客は未だ動けないし、口を開く事もできない。
だが、理不尽な怪異を追い払ったタカモリへ、憧憬の視線を送っている。
【声が聞こえました。あれ?外人かー、と言って彼は戻って行きましたけど……一体何をされたのですか】
腰を抜かしたタカモリは床を這いずり、仰向けに転がる。
下着姿ではあるが、誰もそれを咎めない、と言うよりは気にする余裕がない。
割れたサングラスと床へ置き、天井のライトへ目を細め、力なくハハハと笑った。
「いやぁ、とっさに出ちゃったけど、ハナモゲラ語に救われちゃったなぁ。あー、こりゃあこの後、皆に怒られる、かなぁ」
後に、この時のオカルトタカモリは伝説の回と言われ、全世界のオカルト好きから高評価を得る事となる。
タカモリ達の文字通り命を懸けた実演は、視聴者達の認識を改める事に成功はした。
一方で、日本語以外を話せば助かると考えた日本の配信者達が、言葉を発する前に殺される悲劇も生み出した。
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