ゲームセンターにて



「八俣の呪い、ねぇ……ぶふっ!わははははっ!」


縣が、心底愉快に笑う。

かなりの大声ではあるが、ここはゲームセンターだ。

周りの騒音に混ざり、それを気にする者は周りにはいない。


「フフッ、八俣サンのCurseなら、今頃国単位が滅亡してるデスねー」


同様に、迫浴も笑いを零した。

こちらはその見た目からか、先程からチラチラと視線を浴びている。


「笑い事じゃないんだけどなぁ」


二人の言動に、智彦はつい苦笑いを浮かべた。

どこにでもいそうなこの地味な人物が、今やネット界隈では有名になっているのだ。

勿論、悪い意味でではあるのだが。



「まぁでも相手を容易く殺すのは甘いよね。感染性は当然だけど持続性や骨の髄から響く痛み、あと安息時間を設けるなどの緩急も付随しないと。あと他人に感染させたら治る……かもな希望を抱かせるのも面白いかも」


「そう言うとこだぞ」

「そう言うとこデスよマジで」



3人の取り留めもない……だが少しばかり不穏な会話は、同じく騒音に上書きされる。

智彦達三人は、学校の帰りではあるが、近くのゲームセンターに遊びに来ていた。

以前の智彦であれば、ゲームセンターなどお金を浪費する場所という認識で、縁の無い場所であった。


ただ、生活に余裕が生まれ、それが精神的にも作用する。

確かに金はかかるが、無理をしない範囲内であれば、友人と思い出を作る場所としては良い所である、と。

そう、考える事ができるようになっていた。


(以前はプリクラ一回の値段に目を見開いたけど、思い出料としては妥当なのかもなぁ)


同様に、価値観も変わる。

死と隣り合わせな世界にいたからこそ、生きる上で、友人達との時間や思い出は大事なのだ、と。

ちなみにどうでもよい事ではあるが、智彦の中には、あの裏切り者3人の面影はもはや微塵も存在していない。



「……二人ともありがとうね、一緒に写ってくれて」



「おう!まぁ最初は驚いたけどな、八俣はこういうの興味なさそうだったからよ」


「Yes、八俣サン、最初会った時より雰囲気がlittle変わったデス」



二人に揶揄われながら、智彦は手帳を開く。

母との。

アガレスとの。

上村との。

上村と紗季との。

堀との。

堀と上村との。

羅観香との。

羅観香と嶺衣奈との。

養老樹との。

石田との。

タカモリとの。

ありすとの。

バイト先の仲間との。

ゲーセンを彷徨っていた今や顔見知りの霊との……。


一枚一枚は小さなシールだが、智彦にとっては、宝物だ。

そこに、縣と迫浴とのが、新しく加わった。


無表情ながらも目を細め、智彦は手帳を閉じた。

スマフォでデータとして残すのも、良い。

だが、富田村の様な場所では充電が切れる可能性もあるし、電子機器が使えない事があるかも知れない。

ならば、現物として残したほうが良い……と言うのが、智彦の考えであった。


プリクラを集める地味な男。

人によっては、気持ち悪い等の感情を抱くだろう。

だが、少なくとも。

目の前にいる男女は、そのような考えは微塵も抱かな……いや、抱けなかった。

死が迫る、その瞬間。

その様な寄る辺の、生への執念を奮起させる力を知ってるからだ。



「ふふっ、ワタシのSilverCrossのように、心の拠り所、とても大事デス」


「こういう仕事してると特にな。とは言え、八俣がピンチに陥る場面は全然想像できねーんだが」



縣と迫浴も、智彦とのプリクラを其々仕舞う。

迫浴の視線が音ゲーの方へ向いてる事を縣は察し、智彦へ移動を促した。



「さっきはああ言ったが、八俣の呪い説は前よりは見なくなったな」


「みたいだね。でも、相変わらずネットではおもちゃにされてる感じだけど」


「その画像自体もCurseありますネ。それも収まる思うデスよ」



通称、感染する死。

世間を賑わせている異常現象だが、騒ぎは収まってはいないが被害者は激減していた。


理由は、単純。

人の亡骸を撮影する愚者が淘汰され、絶対数が少なくなったからだ。


とは言え、被害はゼロでは無い。

死が感染し絶命した人が、撮影時にたまたま写った人。

智彦の画像を、面白おかしく加工しようと元画像を保存した人。

現場を撮影機器に収めようとした、警察関係者。

……等。

件の画像の中には、続々と新しい被害者が増えている状態だ。



「Oh!今日は空いてますですネ! 私、遊んでもOKデス?」



三人は、一層音が激しくなった音ゲーコーナーへと辿り着く。

迫浴が言う様に今日は客が少なく、人気の筐体も空いている様だ。


「八俣サンと縣も、一緒にPlayするデスか?」


「あー、俺は音感が無いからパスで。見ておくよ」

「八俣は美術とか音楽壊滅的だよな。まぁ、俺も見とくわ」


「残念。でも二人いればNoisyなナンパ無いから、気が楽デス♪」



迫浴がコインを投入すると、筐体から明るい音楽が流れ始める。

盤上の9つのボタンを叩き始める彼女を見ながら、男二人は缶ジュースをプシャリと開けた。

漂うシップ臭。

炭酸の弾ける音が、二人の耳に微かに響く。



「今回の件、熾天使会や警察と組んで、マスコミ等を通して注意喚起する事になった」


「思ってる以上に被害多いみたいだからね」


「あぁ。マスコミによる被害が今の所無いのが救いだな」


「放送されて、それを各家庭が録画してたら大惨事だからね」



智彦はこう心配しているが、実際マスコミ関係に被害は起きていた。

映像を流す予定はなくとも、件の被害者をカメラに収める。

奇怪な事件として報道しようと、画像を保存する。

この段階でマスコミ関係に死が感染し、多くの死者が出ているのだ。


一応、すでに死亡した者の残したデータを使う事は出来るのだが……。

事の異常さに、併せて《裏》からの勧告で、流石のマスコミ関係も自重しているのが現状だ。



「それに、外国人の被害が無くなったってのもおかしな話なんだがな」



最初の頃は、国外からも被害者が出ていた。

だが、途中からソレがパタリと止む。

被害者は専ら日本人だけ。

そのせいで、日本人は呪われている、とオカルト界隈では騒がれていたりする。



「……案外、言葉が通じない外人が苦手になったんじゃないかな」


「俗っぽい呪いだな……と言いたいが、八俣が言うんなら可能性はあるのか」



この手に対しての智彦の思い付きは、馬鹿にはできない。

智彦の零した言葉を鼻で笑った縣だが、一応上には報告しようと考え、缶ジュースの中身を口へと含んだ。

喉を通る炭酸で一時的な清涼を得た縣の耳に、智彦の言葉が続く。


「うん。この件の根底には、自殺した直角君がいる」


多分、や恐らく、ではなく。

断定。

縣は迫浴の方へ目を向けながら、無言で続きを促す。



「でも、恨みといったドロッとしたのは感じない。行動としては、自分達を助けずに写真を撮った人達への復讐に見えるんだけどね」



智彦も、缶ジュースを一口。



「死を感染させる……殺す事で、自身の手元に連れてきて何かをしようとしてるんだよ」


「何か、ねぇ。ははっ、だから日本語が通じないと嫌がるって訳か」


「うん。人の魂……いや、霊体、なのかなアレ? 集めて何をするんだろうね」


空き缶を丸めながら、智彦は考える。

まず、どのように力を得たかは解らない。

が、自身の死を起点に、直角は撮影者へリンク……を作り、彼らを集めているのだ、と。


生贄として捧げて、祖父である鋭角を蘇らせるためか。

理由など無く、ただただ復讐としてなのか。


(まぁ、母さんや友人に被害が行かなければ、気にする事もない……んだけど)


横で目を丸くする縣に気付かないまま、智彦は空き缶をビー玉ほどの大きさに圧縮し、ポケットへと仕舞う。

その脳裏に浮かぶのは、先日出会った星社長の祖父……太陽だ。


(俺はともかく、直角君や彼の家族にヘイトが向かうのは予想できるんだよね)


犯人は、得体の知れない怪異。

それは、被害者の遺族からすれば堪ったものではないだろう。

憎しみや悲しみをぶつける事の出来る犯人が、存在しないのだ。



(彼の死体を撮影した奴は自業自得と思うけど、そう思う事が出来ない人が殆どだろうし、巻き込まれた人は猶更だろうな)



ネット上ではすでに、感染する死の元凶は自殺少年、つまり直角なのでは、と言われ始めていた。

死亡した人の残した画像の多くに、彼が写っているからだ。


ただし、直角も、その祖父の鋭角もすでに死人。

……だから、代わりとなる存在を欲するはずだ。


聖名母と呼ばれた、直角の母。

直角の父。

そして、直角・鋭角と親しかった太陽も生贄にされる可能性は、ゼロでは無い。


(星社長には本当にお世話になってるし。太陽さんに関しては、力になりたいな)


ぼんやりと視線を彷徨わせてる、智彦。

すると、横から縣の驚いた声が響いた。


「おー!最高得点じゃん!」

「Yeah!一位Getデース!」


見ると、迫浴とその守護天使が筐体の前で両腕を上げていた。

どうやら、楽しんだ上に最高の結果を残したようだ。

そのまま、彼女は戦果をスマフォへと収め、SNSへと投稿する。


「あー、見てなかった。けど、おめでとう迫浴さん」

「Thank you! 八俣サン!」

「これ、店内ランキングか?」

「No!全国ランキングですヨ!」

「すげーじゃねぇか。っと、落ちついたら、次あっちな」


縣の視線が、プライズコーナーの方へと向いた。

特撮モノのプライズが目当てなのだろう。

そう察した智彦と迫浴は、縣の後を追う。

最近主流となったアクリルキーホルダー。

サメのぬいぐるみ。

有名アニメのフィギュア。

積まれたカップラーメン。

それらは射幸心を擽るかのように筐体の中へ鎮座し、プレイヤーを誘惑していた。


「そういえば八俣サンがprizesするの、見た事ナッシングです」


「んー、UFOキャッチャーに関しては、やっぱお金が勿体ないって思っちゃってね……あ」


ふと、智彦の目にとある景品が映った。

透明の袋内にぱんぱんと詰め込まれた、駄菓子達。

一年前はよく解らない流れで駄菓子屋のバイトをしていたなぁ、と。

智彦は懐かしさに目を細め、投入口へ100円を投下した。


「八俣、お菓子のプライズは実は割に合わ……って、やりやがった!」

「Oh、なんたるちーあSanta Lucia!」


結果は、一回で成功。

取り出し口から景品を取り出した智彦は、つい口角を上げてしまう。


「狙う場所が何となくわかったんだ」


恐らく、第六感が無駄に働いたのだろう。

また変な応用が利くようになったなぁ、と。

二人の称賛を浴びながら、智彦は景品を弄んだ。


(駄菓子、と言えば鏡花さんか。なんだかんだで常連になってたからな)


先日付き合って貰ったお礼に、コレを渡そうか。

ただ、プレゼントが駄菓子なんて一般的に見てアレじゃないか?

智彦はその辺りに不安を覚え、縣と迫浴に尋ねてみた。


「いいんじゃねーか?変なの好きだし、アイツ」


「Ahh……、八俣サン、その場合はせれん様にもPresentして欲しいデス」


「ん?せれんも駄菓子好き……だったねそういや、よく来てた」


「ノゥ!そういう意味ではねーデスよ?」


何故か肩を落とす迫浴。

首を傾げる智彦に、縣が呵々と笑う。


「《裏》と熾天使会のバランスの問題って奴だ。あのクリスマスのが尾を引いてやがるな」


「えー、そこまで気にする必要あるの?」


「ねぇよンなもん。ただ、それを重要視する馬鹿もいるってこった」


「縣の言う通り、OldPeopleが《裏》と張り合ってノイジーです」


あー……と、智彦は視線を彷徨わせた。

要は、恋仲ですら無いのだが、鏡花と養老樹を平等に扱えと言う意味であろう。

結局は、クリスマスで自分が安請け合いしてしまった結果だ。

ならば仕方ないと、せれんへのプレゼントを考え始める……が、思い付くのは変なモノばかり。


「……俺のセンスじゃ思いつかないや。知り合いに相談してみよう」


「んー、アナタからだったら、せれん様Anything喜びそうデスが」


「食べ物が無難らしいぞ、って暑っ!」



外に出ると、夏の日差しは容赦なく全身を射抜き、冷房で冷えた体を熱する。

アスファルトからの熱気も合わさり、三人の額にはさっそく汗が張り付きだした。



殺気を感じたのは、この瞬間だった。




鋭い音が、頭蓋目掛けて襲い掛かる。

智彦は素早く、先程丸めた空き缶を取り出して指弾として射出した。



爆散する、石片。



智彦が、石を投げて来た殺気の主へ、ゆっくりと視線を向ける。

それは中学生程の少年で、憤怒の形相で智彦を指さしていた。



「お前が!お前が兄さんを殺したんだ!お前が、呪いを!」


「お、おい!何やってるんだ!」

「いきなりどうしたんだ!?」

「あの!すみませんでした!」



激昂する少年を、一緒に居た野球部らしき友人達が抑え込んだ。

数人は智彦達へ頭を下げるが、幾人かは智彦の顔を見て、ハッとした表情となる。


「なぁ、あの人、例の……」

「うわマジか、実在……」


あぁ、そう言う事か、と。

智彦は少年の周り・・を見た。

兄さんと呼ばれた人の執着は、感じない。

ならば、玩具として出回ってる、自身の写ったあの画像へと取り込まれたのだろう。


「八俣」

「八俣サン」


「大丈夫、怒ってないよ」


縣と迫浴が逼迫した声で、智彦の肩を掴んだ。

今しがた石を投げて来た少年の骸を幻視したからだ。

それは、智彦が犯罪者になるという意味を持つ。


二人の心配をよそに、一瞬で膨らんだ智彦の殺気は霧散する。


害意には害意を。

殺意には殺意を。

この二つは、今の智彦を形作る価値観の一部だ。


とは言え、目撃者の多いこの街中で。

後ろにいる友人との親交を失ってまで貫く意地では無い、と。

智彦は、天秤にかけたのだ。




(これじゃあ、直角君の家族や太陽さんも苦労しているかもな)




友人達に引き摺られる少年を、一瞥しながら。

友人二人が、強張りを解くのを感じながら。

智彦は、あの美術館へ再び足を運ぼうと、雲一つない空を見上げた。

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