CASE:か-55 感染する死 20240715



ガチャリ、と。

木製のドアが開く。


溢れる享楽的な音と光。

そして、饐えた匂い。


「兄さん、そろそろお風呂に入りなよ」


カーテンを閉め切った部屋。

パソコンを前に蠢く影に、中学生程の少年は顔を顰め苦言を呈する。

その言葉に、影からくぐもった笑いが漏れた。


「ふひっ、臭うか?一週間は入ってないからな」

「じゃあ早く入りなよ。そろそろ母さんが怒るよ?」

「まぁ待て。これを終わらせてからだ」


影……兄さんと呼ばれた20歳程の男性が、マウスをカチリと鳴らす。

すると、モニターの一つが青色に光った。


「ちょっとスレで祭があっててな、こいつを面白く加工してからだ」


「まぁ、兄さんが株で稼いでくれてるから、母さんも強くは言わないだろうけど……」


「株じゃなく投資な」


少年は男性の肩ごしに、机上に積まれたモニターを覗き見る。

よく解らないグラフ等が表示されたモノとは別に、画像掲示板が映し出されたモニター。

そこに、地味な青年がこちらを見つめる画像が映し出された。


ブワリ、と。

少年は言葉にできない悪寒に襲われる。


「兄さん、これ!ダメだよ!いっぱい死人が出てる奴じゃないか!」


巷で有名な都市伝説を、少年は思い出す。

死んだ人の写真を撮るか保存すると、その人が死ぬという……感染する死、という話。

自殺した少年の呪い。

写っている地味な男の呪い。

様々な憶測があるが、「こちらを確実に殺しに来る」と言う、対抗手段も無い理不尽なホラーだ。

現に少年のクラスからも被害者が出ており、その被害者が画像内で笑顔を浮かべているという現実に、少年の心の均衡は危うくなっている。


必死に止めようとする少年の手を、その兄は面倒そうに払いのけた。


「大丈夫大丈夫、皆保存して加工してるし。あと被害も無くなってきてるって話じゃないか」


「アレは外人だけは何故か、て話だろ!ねぇ兄さん止めようよ!コレは本物・・だって!」


「だったらこのスレは止まってるはずだよ。皆してるんだから、大丈夫」


「ダメだって!お願いだからやめてよ兄さん!」


「あー、解った解った。ったく、心配性だなお前は」


青年は億劫そうに。

一方、本気で心配されている事に喜びを覚え、画像ソフトを消した。

モニターに表示される画像掲示板へ未練を残すが、そのまま立ち上がり背筋を伸ばす。


「以前と違ってオカルトが身近になったんだから、気をつけようよ」


「ふひっ、そうだな。コロナみたいにいつの間にか日常の一部になってるもんな」



それは、いつからだったか。

気が付けば、誰かが肝試しで行方不明となり後日死体となっていた、とか。

アイドルが幽霊としてテレビに映り、妖怪として復活した、とか。

死人が復讐として現世に生きる者を殺しに来たり、とか。

現実とは壁一枚で隔てられてるはずの非現実が、色濃く周りに点在している。

しかも、皆それに違和感を覚えるも、受け入れているのだ。


少年自身もまた、そういうモノだと、いつの間にか受け止めている。

少年だけでは無く、この国に生きる人間が、そうだ。

それは、「弁え」もしくは「忌避」が働いているから、だろう。


禁足地。

タブー。

触らぬ神に祟りなし。


こちらが不用意に関わらなければ。

また、不敬を働かなければ、あちらは何もしてこない。

極一部に例外はいるのだが、その事実は多くの人間の心の安寧となっている。


「お湯は溜めているけど、ちゃんと体洗って入ってゴギンッよね?あと頭もちゃんと洗ってよ」


少年がドアノブを握り、振り返った。

苦笑を浮かべる青年……その少年の兄と、眼が合う。


と、そこで違和感。

顔はこちらに向いているのに、体は背を向けているのだ。




「……兄さん?」




ツツゥと、青年の口から赤い線が生まれ、眼がグリンと上へ向く。

まるで誰かに引っ張られるかのように、その体が、モニターの連なる机へと倒れた。


宙に舞い上がる、様々な破片。

それらは赤い液体を纏わりつかせ、床へと硬質な音を響かせる。


「ちょっ!兄さんっ!兄さぁひぃ!?」


モニターに再び表示される、地味な青年の画像。

その奥に、今さっきまで少年と会話をしていた兄が、笑顔を浮かべていた。




改めて、オカルトは日常へと確実に浸透している。

だが、こちらが不用意に関わらなければ。

また、不敬を働かなければ、あちらは何もしてこない。



「か、母さん!兄さんが!兄さんがっ!」



勿論、それらを守れない者達には。

悉く地獄を見る世界に成りかけているのだ。

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