拡大する死
ネットの海は広大とはよく言ったモノで。
膨大な情報が生まれ、消費され、同時に忘れ去られ、消えて行く。
最近、その海でとある一枚の画像が、産声を上げた。
青い空と大きなマンションを背景に。
アスファルトへ転がる、衣類で覆われた何か。
それを守るかのように、撮影者を睨む人物。
そしてその人物は、極めて地味。
一見すると、何の変哲もない画像だ。
だがソレにストーリーが付くと、反応は大きく分けて2つに別れる。
一つは、無関心。
そしてもう一つは、「格好いいwww」だ。
勿論、褒めているわけでは、無い。
その画像は、地味な人物……智彦を茶化すような加工がされ。
ネットの世界へと、広がり出していた。
「……というわけで、八俣氏の画像が面白おかしく加工されて出回ってる状態ですぞ」
「あー……、うん。ちょっとこれは、なんて言うか。ってか謙介。これ保存してないよね?」
「昨日電話で聞いたようにしてませんぞ?するつもりもないですな」
親友である、上村の家。
智彦はディスプレイに表示された画像掲示板を眺めていた。
外からは、ゲリラ豪雨の如く蝉時雨が響いてくる。
「あの時の奴かぁ……」
まさかこんな事になっているとは。
智彦は目を細めるも、自身の行った事に後悔は無いようだ。
「ちなみにコレ、俺に何かしらデメリットってあるのかな」
「んー、ミームになりつつあるのであえて言うならば、八俣氏を撮影する輩が出るかもしれませんぞ」
「ミーム? ……俺なんか撮っても面白くないと思うけど」
上村、曰く。
ネット上という限定された界隈ではあるが、智彦はフリー素材になってしまって居るとの事。
智彦の顔を見れば「あの画像の人だ」と認識されてしまい、面白半分で接してくる人がいるかもしれない……そうだ。
「……んー、まぁ、その程度なら問題ないか」
こちらに物理的に、また家族へ悪意をぶつけてこない限り許容できるだろう。
ネットの悪意を軽視する智彦の判断に、上村はつい苦笑いを浮かべてしまう。
「こればかりは自分にはどうにもできませんぞ。……面目ない。時間が経てば皆飽きると思いますぞ」
上村としては、智彦がネットのおもちゃになるのは許せないでいる。
何度か、肖像権をチラつかせ抑制しようとした。
が、焼け石に水どころか、「本人乙w」と火に油な流れになってしまうのだ。
「多分大丈夫。加工するって事は、元の画像を保存してるんだろうし。間違いなく収まるよ」
「何故ですかな?」
「保存した人が死んでるから。……多分、なんだけどね」
智彦のそっけない言葉に、上村は一瞬唖然とする。
が、慣れたもので、息を浅く吐いた。
「とんでもない事が起きてるようですな。そういや紗季氏も、画像と動画を保存だけはしないように言ってましたぞ」
「そう。保存は絶対ダメ。……窓ができるから」
「あ、紗季さん。お邪魔してます」
「ん」
いつから居たのか。
いや、いつ帰ってきたのか。
上村の恋人である口裂け女……紗季が、買い物袋を片手に冷蔵庫を開ける。
「おかえりですぞ、紗季氏。窓とは何の事ですかな?」
「ナニかが住む部屋へとつながる窓。リンクとも言う。ここ数日、その窓に人が取り込まれてる」
紗季がテレビの電源を入れると、タイミングよくニュースが流れてきた。
内容は、大学構内で人が殺されたというものだ。
それだけでなく、全国的に人が死ぬ事件が増えているとの事だ。
智彦はニュースを見ながら、顎に右手を添える。
「……なるほど。窓が繋がって、取り込まれて、画像に追加される……のか」
「八俣氏、もしかして何かまた厄介な事に巻き込まれてたり?」
上村の問いに、智彦は頷きながら、自身が加工された画像を指差した。
「謙介、この画像の奥にさ、人が一杯いるよね」
「ですな。しかも全笑顔という悪趣味……な……。あー、そういう事、ですぞ?」
再び智彦は頷きながらも、すぐさま首を傾げる。
「そう。この画像を保存して死んだ人が画像に増えていく、んだけど……嫌な気配がしないんだよね、ほんと」
昨日。
鏡花の叔父である山王崎により、画像の件を智彦は知った。
まだ確証が無いとは言ってはいたが、上村をはじめとした友人・知人・母に注意喚起をしておいて良かった、と。
智彦は心から安堵する。
「紗季さんは、なんで窓の存在が分かったんです」
「言語化が難しい、私が怪異だから気付けた。でも、八俣の言うように悪意や負の感情を全く感じない」
「それなんですよね。負じゃなくて……何というんだろう、正の感情?」
「……私は、それは感じ取れない。……掃除をするから席を外す」
智彦と紗季の会話を聞きながら、上村はキーボードに指を走らせる。
今の話が本当ならば、ネットの中でも話題となっているはずだ、と。
「っと、話題にはなってるようですな。何々……」
情報をまとめたサイト。
画像掲示板。
ましゅまろチャンネル。
個人的に信頼しているサイトから、上村は情報を収集する。
「ふむ、八俣氏の画像が出回る以前から起こってるようですな」
カチリ、と。
上村がましゅまろチャンネル上のリンクをクリックすると、とある画像が表示された。
大破した車両。
モザイクがかかってはいるが、明らかに死亡している運転手。
その横でぐったりとしている、子供。
背後には、野次馬らしき群れ。
「……この野次馬が、死んだ人達って事かな」
「ですな、皆、気持ち悪いくらいの笑顔ですぞ」
画像の下には「絶対に画像を保存しないで下さい」という言葉から始まり、今回の件が箇条書きされている。
・今現在この画像を撮影した人が死ぬという異常現象が発生している
・事故現場を撮影(動画含む)した人が対象
・感染性あり(便宜上、死が感染すると表現)
・SNS等に貼られた画像/動画を保存すると死が感染する
・感染して死亡した人物を撮影するのも対象となる
・同様に保存すると死に感染する
・死が感染して死んだ者は一連の画像に追加される(すべてにリンクする模様)
「これは……思った以上に大変な事になってますぞ」
「だね。ねずみ算って奴かな」
事は、日本だけじゃ収まらないだろう。
現に、上村が見ている野次馬内に、外国人らしき者も確認できる。
「まぁ、撮影や保存しなきゃ済む話ではあるんだろうけど」
「たまたま映ってしまう等もあるので厄介ですぞ。……っと、続きが」
今回の異常現象の正体に関しては、様々な説が飛び交っているようだ。
中でも一番有力視されているのが、呪い、だ。
「呪い……。ドロッとしたものが無いから、花子さんの仕業じゃないと思うんだけど」
「あぁ、あの恨み神と呼ばれる方ですかな?……んー、どうやら事故死した高齢者の呪い、って言われてるようですな」
死亡した高齢者は事故の直後は瀕死であり、その孫が横で助けを求めていた。
だが事故現場にいた人達は救助活動をせず、撮影行為に勤しむ。
結局、高齢者は死亡。
これに対する恨みより呪いが生まれたのでは、という説が多いようだ。
「……そんなに撮影する方が大事なのかな。俺には解らないや」
「自分もですぞ。とにかく今回ばかしは自衛のみ、ですな」
上村の呟きで、智彦は自身の掌を見つめる。
とりあえずではあるが、今、自分にできる事は無い。
そもそも、死に感染したという輩は基本的に自業自得であるので、すすんで救う理由もない。
(だけどもし、謙介達が巻き込まれたら……)
今回は、元凶がいてソレを滅すれば解決……という簡単な話では無いようだ。
その際、俺はどう動くべきだろうか、と。
智彦は目を細めた。
(こういう時はやっぱ《裏》や熾天使会頼りだな。まぁ、鏡花さんの叔父さんがテレビで注意喚起するらしいし、これ以上広がらないように祈っておこう)
「あー……、なんか写ってる地味な男、つまり八俣氏が撮影者に呪いをかけた説もありますな」
「えぇ……」
困惑する智彦。
外はいつの間にか曇天が広がり、通り雨がアスファルトを濡らしていた。
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