CASE:か-55 感染する死 20240706



夜の帳が下りる。

下界を照らした太陽は姿を隠すも、彼の残滓は熱帯夜と言う形で人々を苦しませる。


だがそれは、AIにより空調が管理された最新のタワーマンションに住む人々には関係の無い事だ。

暑さが無縁となった広い室内で、一組の夫婦が話に花を咲かせていた。



「いやぁ旅行は楽しいけど、やはり家が一番だな」


「ふふっ、そうね。あと、ちょっと沖縄旅行は早かったわね」


「でもシーズンだと人がごった返すから、丁度良かったのかも知れないよ」


そうかも、と。

女性は机上へと積まれたお土産を、丁寧に分け始めた。


一方男性はタブレットを立ち上げ、旅行中に撮影した画像を確認し始める。


「あなた、実家へは何を渡す?」


「んー、僕の方は沖縄そばがいいかも。君の義母さんには、かりゆしだったかな?」


「うん。あと、撮った写真から綺麗な風景のデータも欲しいって」


「了解。ちょっとまとめるね」


男性がタブレットと向き合う中、女性はもくもくとお土産を仕分けていく。

途中、いらないモノもいっぱい買ってしまったなと、つい笑みを零してしまった。


「ちんすこう、流石に買いすぎちゃったわね」


「君の職場なら余分に持って行っても大丈夫だろう?」


「えぇ、5箱ほど持って行くわね。……あ、画像決まったの?」


「うん、今スクリーンに映すよ」


男性が手元のリモコンを押すと、天井から白いスクリーンが静かに降りて来た。

タブレットを操作し、手元のプロジェクターを用いてスクリーンへ画像を映し出す。


青い海。

独特な建物と青空。

苔むしたシーサーの石像。

茜色のビーチ。


男性が画像をスライドする度、女性は感嘆を漏らす。


「いいわね、コレなら喜んでくれるわ」


「なら良かった。USBでいいのかな?」


「うん。……ん?ねぇ、あなた、今の画像!」

「え?待って、戻すから」


女性の大きな声に驚くも、男性はリモコンを操作する。

画像を一枚戻すと、それは水族館の画像だった。



「……あぁ、水族館内のカフェで撮った画像だね」



大きな魚が遊泳する姿を眺める事が出来る、カフェ。

青色のルーが海を思わせる、カレーライス。

ソレを前にして、サムズアップで決めた男性。

自身の伴侶が格好良く映してくれていると、男性は満足気に頷いた。



「たしかこの時、同じカフェに居た人が倒れたんだよね」


「うん。もしかして映ってたかなって心配だったの……でもそれより変じゃない?こんなに人、いた?」


女性の言葉に、男性は改めて画像を見る。

確かに。

男性が写っている背景、壁が途切れている所。

そこから多くの人間がこっちを見ているのだ。


(いや、こんなに人はいなかった、ってか何で笑顔なんだ)


そう思いながら、男性はゾクリと背筋を震わせる。

水槽にも、多くの顔が反射しているのだ。

まるで、こちらを凝視するように……。



突如、ピーッピーッと機械音が響き、男性がビクリと体を震わせた。

洗濯が終わった音だとすぐに気付き、息を深く吐き出す。


「っと、乾燥機に入れて来るね」


「お願いしていいかしら?お土産を纏めるのが意外と大変で」


「問題ないよ。急がなくていいからね」


男性は立ち上がり、そのまま脱衣所へ。

洗濯機から洗濯物を取り出し始めると、あまりの重さについ声を上げてしまう。


(4泊分だからな。……さっきの画像は、消しておこう)


洗濯物をほぐし、乾燥機へと詰めていく。

時間にして、3分程。

男性は首をコキリと鳴らし、リビングのドアを開けた。





ピチャリ。





「……うん?」




ピチャリ。




「なぁ、何か零した?」



床が、濡れている。

ミネラルウォーターを零したレベルではない、量だ。

何事かと、男性は女性へと声をかけた。



「…… …… ……」



だが、返事は無い。

女性は机上……お土産の箱の上へ、頭を伏していた。


「重い片頭痛が来たのかな? 今、薬を……」


男性は慌てて鎮痛剤の箱を開けようとするが、目の前の異常さに気付いた。

女性の髪が、濡れているのだ。

正確には頭部が濡れ、ポタリ、と。

床へ雫を落としている。


「おい!」


男性の両手が、女性の肩を揺らす。

その細い体はガタリと崩れ、バシャリと床に崩れ落ちた。


生臭さが、男性の鼻腔を突く。




「……は?」




虚ろのまま止まった双眸が、男性を仰ぎ見た。

口と鼻から、大量の水が零れだす。

だがそこに、鼓動は存在しない。

あるのは、沈黙のみだ。



「ぇ、お、おい!な、なんで……、死んでる……!?」



男性が、床へ崩れた。

ズボンに水が染み、じわじわと熱を奪っていく。


「一体、何が……、どう、して」


他人が入ってこれるわけが無い。

それより、まるで溺死したかのような異常性。


男性が、震えながら女性を抱きかかえる。

少しの、間。

そして、少しの違和感。

男性はスクリーンへ緩慢に視線を移すと、短い悲鳴を上げた。



「ひぃっ!?」



先程の、画像。

サムズアップのまま笑う男性。


その後ろに、撮影者であるはずの……今、自身の腕の中にいる女性が、映っているのだ。

虚ろの瞳のまま、無理やりな笑顔を貼り付かせて。


その画面の端。

小さな子供が、嬉しそうに唇を歪めた。

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