様子見
(……今日はやけに人が多いな)
午前とは思えぬ暑さの中、街路樹からは蝉の斉唱が鳴り響く。
数日ぶりのほしのかけら美術館は、多くの客でごった返していた。
智彦は一瞬首を傾げるも、昨日のオカルトタカモリによる影響だろうと納得する。
(世間的にとんでもない映像だったから、仕方ないか)
野球帽を深く被り直し、俯く智彦。
思い出すのは、オカルトタカモリで行われた、
タカモリ達に勝算があったのだが、結局は歯が立たず。
死の一歩手前まで追い込まれた生々しい映像が、修正や編集無しで放送されたのだ。
ソレにより、一部例外はいたが、面白半分興味本位で『感染する死』へ関わる人が激減する事となった。
(……皆、無茶しすぎだよ)
すでに、羅観香達とは問答済みだ。
番組を見終わったと同時にニューワンスタープロダクションへと走り、厳しい顔をした星社長と合流。
その後、スタジオへと押し入ったのだ。
手伝いたかった。
頼って欲しかった。
だが羅観香達から返ってきた言葉は、予想外のモノだった。
(そんな事をしたら俺が有名になっちゃう、か……)
そう言えば、そういう……承認欲求が弱くなってるなぁ、と。
人の流れをぼんやりと眺めながら、智彦はその言葉を反芻する。
そのまま近くのベンチへと座り、取り出したスマフォに反射する陽の光に目を細めた。
クラスの中心になりたい。
スポーツで活躍したい。
皆の関心を惹きたい。
富田村に迷い込むまでは、そういう欲求を確かに持っていた。
ソレは当時一緒に居たメンバーの中で、劣等感を抱いていたからだ。
同時に、元恋人から関心を持って欲しかったから。
今ではもはや、無価値な欲求だ。
確かに、羅観香達を助ける為にあの場所に居たならば、映像に映るだろう。
感染する死の元凶も、何とか出来たかも知れない。
……あぁ、だからか、と。
智彦は得心し、軽く頷く。
(世間じゃ俺が呪いをかけてる、って言われてるし。より一層、その説が深まってしまうからか)
もし、あの番組内で、羅観香達を救っていたらどうなったか。
見ていた人は智彦を正義の味方と見……ないだろう。
何せ、実際に画像に写ってる……感染する死の元凶と一部で噂になっている、本人なのだから。
(画面から俺が飛び出してきて、獲物を横取りしようとした怪異を退けた、なシナリオになりそう)
智彦は、己の力の異常さは理解している。
しているからこそ、一般的に見て恐怖の対象になる可能性が高い、と考えたのだ。
(……皆、俺の事を考えてくれてたんだ。嬉しい、けど……モヤモヤするなぁ)
羅観香達の想いは嬉しいが、それでも、やっぱり頼って欲しかった。
唸り声を上げてしまいそうになる智彦へ、スッと影が差す。
「何してるの、八俣君」
「……鏡花さんこそ。あ、こんにちは」
「うん、こんにちは」
智彦が見上げると、不審者を見下ろすような眼をした、田原坂鏡花。
制服でなく、白を基調とした私服だ。
そのまま、智彦の横へと腰を下ろす。
「私っうわ、木が熱い。私は《裏》の業務でね、太陽さん達の様子を見に来たの」
「あ、俺もです。風評被害が行ってないかなと心配になって」
「太陽さんは今の所大丈夫よ。問題は、直角君のご両親なのよね」
智彦同様に人の流れを見ながら、鏡花は説明を始める。
やはり、と言うか。
『感染する死』は、自殺した少年……つまり、紙相直角の仕業、という説が強く広まっている様だ。
しかし相手は死者で、そもそもオカルトである。
その様な中で『感染する死』で大事な人を失った遺族の感情は、何処へ行くか。
「太陽さんに事前に相談してね、御両親をこの美術館に匿って貰ってるのよ。ホント、間一髪だったわ」
落書き、張り紙、投石、鳴りやまぬ嫌がらせの電話……。
すでに、紙相家の部屋は嫌がらせなどでとんでもない事になっている、との事だ。
マンションの管理人が警察に相談するも、手に負えなくなっているらしい。
「……俺も同じ目に合って、母さんに嫌な思いさせるとこだったのか」
テレビに出て目立てば、直角と同様な事になっていた。
自分だけならば問題はないが、母親を巻き込むのは確実。
智彦は羅観香達に心の底から感謝し、大きく息を吐いた。
「うん?どう言う事?」
「あ、実はですね……」
昨日からの出来事を智彦が説明すると、鏡花は「あー……」と空を見上げる。
「うん、夢見さん達、グッジョブだわ。叔父様の入れ知恵かな?」
「えと、どう言う事です?」
次は。智彦が尋ねる番だ。
鏡花はしばし考えるそぶりを見せ、言葉を続けた。
「今回の奴ね、すでに何人かの有力者が挑んで、全員返り討ちあってるのよ」
有力者、つまり怪異や悪霊に対し力を持つ者。
彼達彼女達を有するのは《裏》だけではなく、様々な組織が存在しているとの事だ。
「まぁ、熾天使会もありますからね」
「日本では《裏》が最大勢力ではあるんだけど、まぁ、色々あるのよ」
「あー、……属してる組織の名声を得る為に『感染する死』を何とかしようとしたわけですね」
「理解が早いわね。そう、でも全員見事に失敗して、お手上げ状態なの」
成程と、智彦は頷く。
今世間を賑わせるあの怪異を何とかすれば、一躍英雄扱いだろう。
属する組織も大きくなり、そっちの業界で発言力が高まるはずだ。
「…… …… ……」
そこで、会話が途切れた。
続きを急かす目を向ける智彦に、鏡花は堪らず唸り声を上げる。
「なんでそこは理解が遅いかなぁ!つまりね、八俣君がもしあの場所で『感染する死』をどうにかしたら、大変な事になってたのよ!生放送だったんでしょ!?」
「あ、あぁ、そういう事か」
「そうだよ?君ならなんとかできるでしょ?」
「できますね」
「できるんだ」
また、窓の向こうの存在を引き摺り出す事も、逆に殴り込みをかける事も可能だ。
「タカモリさんのを見たからですよ。あれは初見殺しの類だと思いました」
死にはしないが、手痛い傷を負っていた可能性がある。
「まぁ、つまりね。君のその強さを取り込もうとする輩、利用しようとする輩、危険だと思い排除しようとする輩、そういう有象無象が群がって来てたかも知れないわね今頃」
「クリスマスパーティーの時よりも、ですかね」
「人食い人形の時の?うん、あれの全国規模、最悪世界規模」
苦笑いを浮かべる鏡花に、智彦は顔を歪めて返す。
そこまでは考えていなかった、と。
そして羅観香達は本当に自分の事を考えてくれたんだ、と。
その表情にすぐさま喜色が浮かんだ。
「……ちゃんと友情を培ってるようで、安心した」
「そう、ですかね」
「そうだよ。最初会った時とは別人ね」
鏡花は富田村入り口で、智彦と相対した時の事を思い出す。
あの時の眼と比べて、今の智彦はなんと
最初は智彦の力目当ての者も居ただろう。
それが何時しか絆となって、智彦の正気を繋ぎ止める鎖の役割を果たしている。
その鎖へ成れない事を自嘲し。
その鎖と成れたライバルへ嫉妬を覚え。
鏡花は勢いよく立ち上がった。
「美術館の入り口は混んでるけど、裏口から出入りできるから、行こうか」
「あ、一緒にいいんですか?」
「勿論よ、八俣君も一応顔パスのリストに入ってるよ」
美術館の入り口には、長蛇の列ができている。
一定間隔で植えられた樹々が日陰を作ってはいるが、人々の汗は止まらない。
「……八俣君には見えるよね」
「気にはなってたんですよ、なんか多いなーって」
二人の視線は並んだ人々……とは、少しずれた場所に向いている。
黒いモヤ、人の形をした執着、纏わりつく小さな怪異。
普通の人には見えないモノが、列に混じっているためだ。
「この美術館、憑き物が無くなるって一部じゃ話題なの」
「オカルトタカモリの効果、ですか?」
「違う違う、展示コーナーの鎌倉武士達がね、アイツらを滅してるのよ」
「侵入者扱いになるからか、悪いモノには容赦ないですからね、彼」
「……友情を培ってるようでなにより」
暑さに悶える人々から外れ、二人は美術館の裏へと足を向けた。
美術館はかなり大きい。
裏口までの距離も、微妙に遠い。
「……で、八俣君としては『感染する死』はどうするつもり?」
「直接は関係ないし害も無いので放置でいいと思ってましたが、相手の手も解りましたし、何とかしようかと考えてます」
「正義心……じゃあ、ないよね?」
「無いですよそんなの。皆が巻き込まれる可能性を感じましたし……いい加減、俺の呪い説が鬱陶しいと思ったんで」
鏡花は、何度目か解らない安堵の息を漏らす。
彼の承認欲求が弱くて良かった、と。
心底、そう思った
(怪異を退治してみたー、な言動をSNSで広める人間だったら、今頃世間は大混乱だったよ絶対)
と、そこで異常に気付く。
いつも裏口で暇そうにラジオを聞いている顔見知りの警備員が、いないのだ。
同時に、中からかすかに聞こえる、怒号。
「八俣君!、って速っ!」
鏡花の声と同時に、智彦は疾走し、裏口のドアを開けた。
すると、床に伏した男女を抑え込む、警備員と……。
「太陽さん!」
「いい所に!手伝ってくれ!」
「え、どう言う状況……?太陽さん、聖名母さん達に何かあったんですか!?」
遅れて入って来た鏡花が、目の前の状況に目を見開く。
顔見知りの警備員と太陽に動きを封じられているのが、自殺した直角の両親だからだ。
「いや、それが」
「放してよ!私達を!直角の所に行かせてよ!」
太陽が抑える女性……直角の母である聖名母が、床に転がったガラフォに手を伸ばした。
男性の方も動こうとするが、警備員の力により微動だに出来ない。
「こやつら!件の画像を保存して!死のうとしてたのさ!」
太陽が、間一髪でガラフォを蹴り飛ばす。
聖名母の声が、鬼哭の如く響いた。
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