接待
翌日。
バイト帰りの智彦は、星社長よりとある料亭に誘われていた。
料亭 烏帽子庵。
市街地の中心にありながら、竹林を有する広大な土地に鎮座する老舗。
専らお金持ちが利用する事で有名で、多くは商談の場として利用されており、海外からの評価も高い。
その様な場所で、あまりにも場違いな学生が一人。
彼は、ししおどしの音にビクリを肩を震わせた。
「昨日は祖父が世話になった。勿論私の奢りだから気兼ねなく食べてくれ」
「あの、星社長……、ちょっとこれは、俺……あ、いや、私には場違いと言うか……」
彼……智彦の前に並べられた、懐石料理。
それらはどれも輝いており、結構なお値段だと智彦でも理解できた。
まず米の光り方が全然違うよなぁ、と。
智彦の視線は落ちつかない。
「うわぁ、まさかあの烏帽子庵の鈴華御膳を食べる事が出来るなんて……」
横では、同じく御呼ばれした鏡花が、目を輝かせている。
お嬢様であるはずの鏡花の反応を見て、智彦は更に身を強張らせた。
「鏡花さん、やっぱここ、すごいの?」
「日本どころか世界に通じる人気店だから。値段も勿論すごいよ」
「……コンビニの豚カルビ弁当何日分くらい?」
「比較対象がちょっと……」
二人のじゃれ合いを、星社長はにこやかに眺める。
特に、あの智彦がここまで取り乱す様子は新鮮なようだ。
「ふふっ、八俣君は相変わらずこう言うのが苦手の様だ」
「今までいた世界と違いますからね。その……、オールバックカフェも苦手で。注文方法が解らなくて」
「あぁ、アレは私も苦手だな。羅観香達が当たり前のように注文してるのを見て信じられなかったよ」
智彦の会話を見ながら鏡花は、養老樹が何時しかぼやいていた言葉を思い出す。
「彼は現在の立場に、価値観が追い付いていない」。
確かにその通りだな、と。
鏡花は心の中で頷いた。
(今の八俣君なら、ここで一日三食出来るほど稼げるんだけどね)
怪異や悪霊の討伐、曰くあり物件の開放、解呪……。
《裏》に在籍すれば、一日で巨額の金を稼ぐ事が出来る存在。
それこそ、その力を使い御旗と成れば、裏の世界の勢力図を塗り替えるスペックがある。
金や権力なぞ思うがままだろう。
……が、本人にそんな野心は微塵も無く、極めて普通。
敵対しなければという前提があるが、基本、友好的。
鏡花にとって、智彦のその謙虚さは好ましく感じている。
のだが……。
(八俣君が私達にある種の敬意を抱いてるのは判る、んだけど……)
《裏》に気を遣って、あえて力を押さえているのではないか。
何かあっても覆せると、無意識に見下してるのではないか。
時々ではあるのだが、鏡花は智彦の言動を嫌味と感じてしまい、モヤッとしてしまうのだ。
(……っと、ネガティブな考えは止めとこ。料理を楽しまなくちゃ)
横では、智彦が恐る恐る料理を箸で突いている。
迷い箸は行儀が悪いぞと思うと共に、星社長の言う通りだなと、鏡花は口角を上げた。
「さて、難しい話は後にしようか。今は食事を楽しんでくれ」
星社長が箸を取り、頂きますと呟く。
鏡花もそれに追従し、手を合わせた。
「お言葉に甘えまして、頂きます!」
「……ぇ? あ、頂きます!えと、テーブルマナーって無いですよね?」
「ふふっ、無いから遠慮なく食べてくれ」
女性二人の行儀の良い食べ方に辟易するも、気にしても仕方ないと、智彦も箸を動かす。
連鎖する、数多の衝撃。
目の前の料理を嗜好品として見ている為、母親の料理と差別化はできてはいるが、それでも驚きを隠せない。
「ウナギって初めて食べました」
「豆腐の味が濃い……」
「ぇ、金粉って食べていいんですか?」
「うわぁ、肉が溶ける」
無意識に、智彦は言葉を漏らす。
だが、女性二人は咎めない。
感嘆せざるを得ない味だと、鏡花は理解しているし。
こうも喜ばれるとは思っていなかった星社長は、始終笑顔だ。
時間にして、約1時間。
食事を終えた智彦は、放心状態のまま玄米茶を口へと運んだ。
「ご馳走様でした、星さん」
「あぁ。しかし君が《裏》に属しているとは……」
「あ、ご安心を。今日は完全にプライベートなので」
「そうか。《裏》とは以前、取引を疎かにしてしまって……」
「彼がいるから仕方ないかと……」
「今後は……」
お金を稼いで、次は母親を連れてこよう。
女性二人の商談をぼんやりを聞きながら、智彦は決心する。
「……食事が終わった所で話をさせて貰おうか。何度も言ってしまうが、今回はありがとう」
テーブルを挟んだ向こう側で、星社長が頭を下げた。
二人は慌てて、同じように頭を下げる。
「あ、いえ。お、私は何もできませんでしたけど」
「八俣君に同じく。結局、私も見てただけです」
「だが、彼を隠してくれた。そして田原坂さんは警察と救急に電話してくれたと聞いたよ」
ししおどしの音を合図に、三人は同時に頭を上げた。
星社長はそのまま、二人を見据える。
「祖父は彼の……死んだ直角君の葬式関係で来れなかったが、二人には本当に感謝していた。人に話すような内容ではないんだが、聞いてくれないか?祖父からの頼み、なんだ」
外は未だ陽が高く、蝉が五月蠅い。
遠くからヘリの音が聞こえてくる中、星社長の唇が言葉を綴り始める。
「……自殺したのは、
「星さん、それ以上は……」
鏡花はそこまで聞くのは故人に悪いのではと、それ以上の事は断った。
だが、星社長の祖父である太陽が、智彦達に……直角へ上着を掛けてくれた恩人達に知って欲しい、と。
そう願ったとの事で、星社長は言葉を続ける。
「直角君は、祖父の友人である紙相
鋭角は考古学関連に勤めており、骨董品収集を趣味とする太陽と竹馬の友であった。
星社長の祖父である太陽の夢は、自分で美術館を持つ事。
ならばそこでの仕事を引き受けようと言うのが、鋭角の夢であった。
「祖父は趣味の範囲であり、夢はあくまで夢だったんだ。だが……アレは本当に、座敷童なのかも知れないな」
ガラクタとして処分されようとした市松人形を引き取って以来、太陽の生活は一変する。
日々ささやかな幸福が訪れ、それは程度が大きくなって行った。
終いには、孫娘の起こした会社が急成長を遂げたのだ。
「祖父の為に、あの美術館を建てた。成金趣味と相当陰口を叩かれたがね、ふふっ」
そのお陰で、太陽の夢は叶った。
そして鋭角も、太陽の美術館に展示する古文の翻訳を受け持ち、夢を叶える事が出来た。
だが……、そこに不幸が訪れる。
鋭角が運転していた車に、信号無視で突っ込んできた車が衝突したのだ。
鋭角は即死。
そして、その車に同乗していたのが……孫の直角である。
「記憶にあるだろうか?先日、この辺りで起こった事故なのだが。……直角君は、軽傷で済んだんだがね」
直角は最初、祖父の死を信じられないでいたようだ。
しきりに、鋭角はいつ起きるのかを回りに尋ねていたらしい。
が、火葬場で祖父の骨を見た事で、鋭角が死んだのだと理解したと言う。
……そこから、直角は言動が不安定となった。
祖父の事になると、悲しむより喜ぶのだ。
勿論、鋭角の死を喜んでいるわけでは、ない。
が、何に対して喜んでいるのかが解らないらしい。
「私も数回会ったが、どう対応してよいか解らなかったな。祖父も同じだったようだ」
心配した直角の両親は、仕事を休職し一緒にいる事にした。
また、太陽も直角の事を親友の孫として可愛がっており、よく外に連れ出していた。
……それでも直角の言動は改善されず。
あの日、幼い身でありながらその命を散らしてしまった。
遺書が残されていた事より、自殺で間違いない、らしい。
「内容は聞いた話になるが……おじいちゃん、つまり鋭角さんと一緒に行く、という内容だったようだよ」
死んで後を追うほど、祖父の事が好きだったのだろう。
納得して死を選んだのならば、何も言えないな、と。
智彦は小さき命に、心の中で敬意を払う。
「彼の両親も君達に感謝していた。良ければ今度線香でも上げに行って欲しい」
外からは、蜩の音が響き始めた。
風が竹林を揺らし、一時的に蟲の斉唱が止まる。
この話は、これで終わり。
そう星社長が玄米茶を啜っていると、後ろの部屋から物音が聞こえた。
「っと、彼もずいぶん待たせてしまったようだ。実は八俣君、君に紹介した人が居てね」
入って来てくれ、と。
星社長の言葉を合図に後ろの襖が、開く。
「いやいや、こちらもご馳走になったので問題ありませぬ。失礼しますぞ」
現れたのは、灰色の狩衣……陰陽師を思わせる様相の、中年男性だ。
中年男性は智彦と鏡花へ、鋭い眼光を……。
「叔父様っ!?」
「やぁ鏡花、相変わらず良い霊気をしているね」
「おや、知り合いだったか」
呵々と笑いながら、中年男性は星社長の横へと座した。
そのまま智彦へと頭を下げる。
「紹介しよう。先日我が社に在籍した、
「紹介に預かった、山王崎と申す。退魔師を生業としており、此度、星殿のプロダクションで活動させて頂く事となった」
成程と、智彦は考えた。
ニューワンスタープロダクションの成長は留まる所を知らない。
何故か怪異や悪霊をバイト以外では見なかったが、何かしら起きたのだろう。
故に本職を頼る事になったのか、と。
「本職の方が居ればプロダクションも安心ですね。鏡花さんとお知り合いって事は《裏》の方ですか?」
智彦の存在で、ニューワンスタープロダクション内はある種の聖域と化している。
その自覚が無い智彦以外、何言ってるんだコイツな表情を一瞬浮かべるが、すぐさま苦笑へと変わった。
「いや、そっち方面は君がいるから大丈夫だ。彼は所謂タレントだよ」
「タレント……、《裏》の人でもやっぱ兼業してる人がいるんですね」
頷く智彦に、鏡花は首を横へと振った。
山王崎が、再び呵々と笑う。
「叔父様は《はぐれ》なの。と言っても、敢えて二分化するなら良い方の《はぐれ》ね」
「左様。経済的に困窮してる層に《裏》の依頼料は高いからな。その為に抜けて、安めの料金で活動してるのだ」
「……で、なんでタレントなのよ、叔父様。そっちが逆に生活苦しくなったから?」
「わはは!違う違う!星社長の所の怪異に勝負を挑んで負けてな。そのまま何故かスカウトされたのだ」
ニューワンスタープロダクションの怪異。
つまり、羅観香の恋人である嶺衣奈の事だ。
「勝負って……、何でそんな事したのよ」
「いや、あの娘子を狙う悪い虫が多いだろう?それで彼女のファンから依頼を受けたのだ。彼女の力を示して欲しい、とな」
どう言う事か。
首を捻る智彦に、星社長が説明する。
「嶺衣奈はな、不老不死を求める存在からしたら希望なんだよ。それで、狙う輩がいるらしくてな」
「あー……、成程、そういう事ですか」
加宮嶺衣奈。
死しても霊として愛する者へと執着し、色々とあって怪異として黄泉還った存在。
怪異が齢を取らないを前提にすれば、嶺衣奈の様に成りたい者は多いだろう。
最悪、彼女をサンプルとして考える輩もいるはずだ。
嶺衣奈のファンは山王崎に依頼し、嶺衣奈はそんなに安くはないと周りにアピールさせたのだろう。
ただ、どの位の強さかを測らせたという見方もある。
が、嶺衣奈の怪異としての理不尽さをある程度把握してる智彦は、無用な心配だと考える事を止めた。
「こちらもそれなりに強いと自負しておったが、まぁ完敗完敗。体すり抜けて心臓を直接握って来るとは思わなんだ!」
「その後、彼とは和解してね。この時期はホラー番組が活発になるから、スカウトを持ち掛けたんだ」
「メディアを通して怪異や悪霊の被害防げるならば、こちらも是非に、とな。この令和の時代あらゆる困難は科学で解決するが、こっち方面はどうにもならぬのでな。という訳でよろしく頼む、八俣君」
智彦へと伸ばされた、右腕。
嫌な気配は、全く無い。
むしろ、善意の塊だと感じ、智彦は山王崎へと握手を返す。
「私はアルバイトなので、番組にはあまり関係ないですけど。こちらこそ」
「……うむ!だが、君が望まなくても悪意は擦り寄ってくるモノだ」
握手を解いた山王崎は、懐からスマフォを取り出し、画面を操作する。
画面をスクロールする操作を幾度か続けた後、そのまま鏡花へとスマフォを投げやった。
うわっ、と言うもしっかり受け止める鏡花。
「すでに同業者やプロダクションの連中には伝えておるし、番組でも告知する。その類の画像は見るのは良いが、決して保存するな」
智彦と鏡花が画面……SNSを見ると、先日の自殺現場の画像が載っていた。
「うわぁ、二人ともばっちり写っちゃってる」
自殺現場の投稿かと思いきや、正義を気取る智彦を小馬鹿にする内容だ。
それなりの数の反応があり、多くは智彦を同じく馬鹿にしている。
陰鬱な溜息を吐き、鏡花は改めて画像へ目を向けた。
衣服をかけられた子供……直角の、骸。
撮影者を無表情で睨む、智彦。
横顔だが、鏡花。
後ろ姿の太陽と、聖名母と呼ばれた女性。
背景であるマンションの入り口から、ニコニコとこちらを見る人々。
「……は?」
「どうしたの鏡花さん?……あ、コレ撮影してた人だ。」
智彦の言う通り、その連中に鏡花は見覚えがあった。
ニヤニヤとしながら、または暴言を浴びせながら智彦達を撮影していた者達だ。
勿論、見覚えが無い者もいるが。
あの時こちらを見ていたのに。
何故か、画像に写っている。
しかも、全員すでに死んでいるような様相なのだ……笑顔だけを貼り付けて。
「なんで写って……。加工、でもなさそうだし」
「……嫌な気配は全くしない。何だろうねコレ」
普段であれば、このような現象には嫌なモノが付随する。
なのに、智彦はソレを微塵も感じない。
「先日から、画像を保存した者が死んでおるようだ。ただ、この画像だけが原因では無いようでな。弟子に調査はさせてるが……」
二人が凝視する中、その画像に。
また一人……マンションの駐輪所に、人が増えた。
笑顔を、こちらへと向けて。
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