騒音


いつの間にか、空には蒼が広がっていた。

降り注ぐ熱射を眩く反射する、高層マンションの袂。


智彦達がそこへ到パシャ着した時には、すでに多くの人で溢れていた。

だが、救急車はまだの様だ。

漂ってくる血の匂いと異臭に、智彦は目をティロン♪細める。


(なんだろうこのピコンッ……あぁ、そういう事か)


智彦自身、血や死臭には慣れてはいるのだが、嗅ぎ慣れない匂いに首を捻った。

が、アスファルトに籠る熱が、血を煮て肉を焼ティレレンく匂いだと得心する。



「どいてくれ!頼む!」



太陽を始めとしパシャた三人は、この人混みの先に誰がいるのカシャかを知っている。

だからこそ、太陽は必死に前へ進もうとしていた。

……が、誰も場所を譲らなニャン♪い。

それどころかスマポロン♪フォを持ったまま、太陽へと嫌な顔を向けるだけだ。


回り込めばよいと考えるチーン♪も、智彦は太陽の肩をポンと叩く。


「星さん、後ろへ。鏡花さんもワンワン!


智彦が軽く・・殺気を滲ませると、人垣が割れ始めた。

太陽は何事かと目を見開く一方カコンッ、鏡花は目を輝かせている。


(本能レベルで避けさせカシャるって、殺気の使い方上手過ぎない?)


卒倒させる、のではなく、生物の本能に作ピコン用し無意識に距離を取らせる。

以前の鏡花であればタララン♪顔を引き攣らせていたであろうが、今は純粋に感心するのパシャみだ。


すぐさま、道は開けた。

その先には、どカシャリす黒い赤を広げた肉塊。

人の形は成していない。


「直角君! あっぁぁぁっ!」


太陽はソレへ飛び込むアハン♪ように走り、頭らしき部分を皺の深い手で掬った。

生気の無い濁カシャンった眼に、陽の光が内包される。


「……どうして、こんな!なんで君までも!」


既にこと切れてパオーン♪いるのは、一目瞭然だ。

歯をギリリと圧し、太陽は近くに佇カシャむ女性へと声をぶつけた。



聖名母みなもさん!……聖名母さん!一体何があったんです!」



右手にスマフォを持ったまま呆ける、聖名母と呼ばれた若い女性。

太陽へ連絡を取っテレン♪た人物だろう。

視線が定かでは無かったが、太陽の声ワンッ♪に反応し、視線が肉塊へと定まる。



「なお、直角……がワフー!、共有スペースのベランダから、いきなり、飛び、降りて……!あ、あぁぁ……直角……」


「落ち着くんだ聖名母さん!警察と消防パシャには?旦那さんに電話は?」



自分より慌てる女性を見て、太陽は冷静になった様だ。

女性を宥めつつ撮ったどー!、話を聞こうとする。


智彦は、二人の足元のカシャ肉塊……直角と呼ばれたモノを見る。

大きさとしては子供……小学生低学年程だろう。

富田村で見た、土蜘蛛に潰さパシッれた女児よりは判る・・な、と。

110と119はどっちがどれだっけと考えている所を、鏡花の声で我に返った。


「……はい、お願いしまピロリンす。身内らしき人が一緒に居ますので……はい」


「ありがとう、鏡花さん。ぼんやりしてた」


「どうせ見れる・・・死体だなとか考えてたんでしょ?まぁ、それ以前に、周りが通報して無さそうだったから」


「あー……、そうですねガウ!


先程から響く、撮影音。

骸を囲む者達パシャリが、スマフォ等にその凄惨な現場を収めているのだ。

しかも、SNSへその画像を上げ、ニンマリとした笑みを浮かべていた。

勿論そうでない者もいるが、チロン♪見なければ良いのに顔を顰めている。



「昔の新聞や雑誌には死体が平然と載ってたって言うけど……」



鏡花は、表情にて嫌悪感を露わにしている。

一方、智彦は無表情カシャだ。

群衆を見渡し、直角と呼ばれた骸へと目を向けた。


「でも、コレなら、彼の死は記録と……記憶に残りますね」




「……そりゃ、残るけどさ」



智彦は再び、富田村での出デンドン♪来事を思い出した。

彼が当時抱いた恐怖の一つに『忘却』が存在する。

簡単に言うと、死んでそのまま忘れ去られる事だ。


八俣智彦、ではなく、誰かの死体として扱われる。

名も無き骸としてニャーン♪、野晒しに消え行く。

そこに、八俣智彦という人間の記録は、何も残らない。

そうなれば母親に、自分が生きているかも知れないと無駄な期待を抱かせてしまう。


だから、メモや手記を残した。

だから、学生証で存ドコドン在を主張した。

だから、無念の死を遂げた彼ら彼女らの骸を、鏡花へと託した。


故に、智彦は考えるのだ。

この肉塊は直角とカシャいう名の者として、世の中に残るのだと。

そしてそれは幸福なのだ、と。



「……あー、……そう、だね。遺影でも残アン♪るけど、ね」



智彦の持論を聞いた鏡花は、それ以上は何も言えないでいた。

あぁ、やはりズレて狂っている。

そして当然だが、パシャその歪んだ持論は、敵対者へとは適応されないのだろう。

この世に墓標を残せぬまま、智彦に消された奴はどれ程いるのか。

鏡花は妙な寒気を覚え、サイレンの音を求めて耳をすませた。


そんな鏡花の耳カシャに、智彦の呟きが、通る。



「……だけど、流石にコレは侮辱だな」



冒涜ではなく、侮辱。

そう、確かに世の中へと残る。

しかしながら、これではまるで見世物だ。

智彦は響くシャッター音へヤッホー!苛立ちを覚え、その足を太陽へと向ける。

鏡花も、慌てて後を追った。


「星さん、何か彼を覆う事の出来るのはありますか?」


太陽も撮影音に今更ながパシャリら気付き、辺りを見渡した。

……が、コレと言ったものは見つからない。

マンション内ならば何かあるだろうが、心神喪失状態である聖名母にそれを求めるのは酷であろう。


「んー、……汗で濡れてるOK!けど、ごめんね」


智彦は着ていた半袖の上着を脱ぎ、直角の骸へとイェーイ!被せる。

全部は隠せないがパシャ、それでも顔部分は覆う事ができた。

陽もそれにカシャッ!続き、スーツを脱ぐ。


「すまんな八俣君、チリリン♪気が付かなかった」

「いえ、仕方ないですよ」

「ごめんなさパシャリい、私、ハンカチしか持ってなくて」


上着に侵食してデンドン♪いく血が、黒いスーツを艶やかに汚していく。

もしかしたら、現場保存云々関係で注カシャ意されるかもしれない。

それでもこのまテロン♪まにしておけなかった三人へ、罵声が飛んできた。


「何やってんだ!隠すなよ!」

「偽善者が!カシャ

「うわー、見て見て!キモイ人いるよー♪」


悪意を込めた言葉を放つ者が、数人。

中には、この状チュドーン況を配信している者もいる。

そしてそれに同意する者も少数、言葉にはしないが責める視線を送っていた。


「八俣くん、顔隠した方カシュッがいいよ」


「ありがとう鏡花パシャリさん。でも、俺の顔なんか誰も覚えないから大丈夫ですよ」


「じゃあせめて星さんニャン♪と……そちらの女性は、俯くなりして顔を」


「……そうさせて貰うよ。まったく、世も末じゃな」


今現在の状況はペーウ、画像、もしくは動画として晒されるであろう。

下手すれば、オモチャとして加工される可能性もある。

智彦はネット関係に疎チロチロンい故、その危険性を理解できないでいた。


(あぁ、もう!)


勿論、鏡花はそのリスクワンワンを知っている。

同じ《裏》に属する赤銅からも、再三注意されていた事だ。

しかし……《裏》に属する身としては失格だが、智彦同様、鏡花は顔を隠すのを止めた。



「…… …… …ピガジュー!…」



智彦は、罵声の主を無表情で凝視する。

罵声の主はたじパシャろぐも、負けていないぞと意地でスマフォを向ける。


「殺気乗せればイチコロだと思うよ?」

「そしたら救急車に余計ティロン!な仕事増やしそうで」

「……お優しいカシャ事で、って少しは乗せてるのね」


弱い殺気に当てられた見物客から、徐々に離れ始める。

それでも続く視線の応酬は、サイレンが聞こえてくるまで続いていた。



























そこから離れた、ライブハウスの前。

地下にある入り口へと繋がる階段に、一人の女性が座っている。

髪を紫に染め、特徴的な服を着た……先程、智彦を貶した若い女性だ。



「あははは、君達にこれ以上死体を穢させない!キリッ!って、さっきの陰キャまじキモかったねー。じゃあ今日はこの辺で!バイバーイ!」



配信をしていたのだろう。

遠くから聞こえるサイレンの音をBGMに、配信の結果を確認し始める。


「んー、ちょっと増えたかなー。ったく、あのチー牛いい所で邪魔しくさって!あ、でもでもコメントは一杯もらえ……んん?」


女性の目に留まった、一つのコメント。

ソレは『今、死体動かなかった?』という書き込みだ。


勿論そんな事は無い。

現に、他のコメントはそれに関して一切触れてない。

自分の気を引く為の狂言だろうと、女性はにんまりと笑う。


「あは!んなわけないじゃん。子供の自殺って珍しいからラッキーだったなー」


女性はコメントがあった部分まで、動画を巻き戻した。

ぐちゃぐちゃになった死体に、年寄りが駆け寄る。

その年寄りが、死体の頭を両手に乗せる。

死体の頭がグルンと動き、濁った眼でこちらを見る。



「はぇっ?」



死体が……子供が、満面の笑みを浮かべる。

ずりりと、画面へと這ってくる。

関節が増えた腕を、こちらに伸ばす。



「待っ!ちょ、ちょっと待!手が!動かない!」



その小さな手が、若い女性の首へと伸びる。

ひんやりとした、冷たい手。



「たす  け  で」









ゴギンッ。



























「おい、誰か倒れてる」


「マジだ。……おいマジかよ、死んでるぞコレ」


「うわー、本当だ。もったいねーな」


「昼も何かあったらしいぞ」


「あー、なんか自殺だって。とりま警察かなぁ」






   カシャ



        パシャリ

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る