騒音
いつの間にか、空には蒼が広がっていた。
降り注ぐ熱射を眩く反射する、高層マンションの袂。
智彦達がそ
だが、救急車はまだの様だ。
漂ってくる血の匂いと異臭に、智彦
(なんだろ
智彦自身、血や死臭には慣れてはいるのだが、嗅ぎ慣れない匂いに首を捻った。
が、アスファルトに籠る熱が、血を煮て
「どいてくれ!頼む!」
太陽を
だからこそ、太陽は必死に前へ進もうとしていた。
……が、誰も場所を
それどころ
回り込めばよいと
「星さん、後ろへ。鏡
智彦が
太陽は何事かと目を見開
(本能レベルで
卒倒させる、のではなく、生物の本
以前の鏡花
すぐさま、道は開けた。
その先
人の形は成していない。
「直角君! あっぁぁぁっ!」
太陽はソレへ
生気
「……どうして、こんな!なんで君までも!」
既にこ
歯をギリリと圧し、太陽は
「
右手にスマフォを持ったまま呆ける、聖名母と呼ばれた若い女性。
太陽へ
視線が定かでは無かったが、太
「なお、直
「落ち着くんだ聖名母さん!警
自分より慌てる女性を見て、太陽は冷静になった様だ。
女性
智彦は、二人
大きさとしては子供……小学生低学年程だろう。
富田村で見た、土蜘蛛
110と119はどっちがどれだっけと考えている所を、鏡花の声で我に返った。
「……はい、お
「ありがとう、鏡花さん。ぼんやりしてた」
「どうせ
「あー……、そう
先程から響く、撮影音。
骸を囲
しかも、SNSへその画像を上げ、ニンマリとした笑みを浮かべていた。
勿論そうでない者も
「昔の新聞や雑誌には死体が平然と載ってたって言うけど……」
鏡花は、表情にて嫌悪感を露わにしている。
一方、智彦
群衆を見渡し、直角と呼ばれた骸へと目を向けた。
「でも、コレなら、彼の死は記録と……記憶に残りますね」
「……そりゃ、残るけどさ」
智彦は再び、富田
彼が当時抱いた恐怖の一つに『忘却』が存在する。
簡単に言うと、死んでそのまま忘れ去られる事だ。
八俣智彦、ではなく、誰かの死体として扱われる。
名も無き
そこに、八俣智彦という人間の記録は、何も残らない。
そうなれば母親に、自分が生きているかも知れないと無駄な期待を抱かせてしまう。
だから、メモや手記を残した。
だから、学
だから、無念の死を遂げた彼ら彼女らの骸を、鏡花へと託した。
故に、智彦は考えるのだ。
この肉塊
そしてそれは幸福なのだ、と。
「……あー、……そう、だね。遺影
智彦の持論を聞いた鏡花は、それ以上は何も言えないでいた。
あぁ、やはりズレて狂っている。
そして
この世に墓標を残せぬまま、智彦に消された奴はどれ程いるのか。
鏡花は妙な寒気を覚え、サイレンの音を求めて耳をすませた。
そんな鏡
「……だけど、流石にコレは侮辱だな」
冒涜ではなく、侮辱。
そう、確かに世の中へと残る。
しかしながら、これではまるで見世物だ。
智彦は響くシャッ
鏡花も、慌てて後を追った。
「星さん、何か彼を覆う事の出来るのはありますか?」
太陽も撮影音に
……が、コレと言ったものは見つからない。
マンション内ならば何かあるだろうが、心神喪失状態である聖名母にそれを求めるのは酷であろう。
「んー、……汗で
智彦は着ていた半袖の上着を脱ぎ、直角
全部は隠
太
「すまん
「いえ、仕方ないですよ」
「ご
上着
もしかしたら、現場保存云々
それ
「何やってんだ!隠すなよ!」
「偽
「うわー、見て見て!キモイ人いるよー♪」
悪意を込めた言葉を放つ者が、数人。
中に
そしてそれに同意する者も少数、言葉にはしないが責める視線を送っていた。
「八俣くん、顔
「あり
「じゃあせめ
「……そうさせて貰うよ。まったく、世も末じゃな」
今現在
下手すれば、オモチャとして加工される可能性もある。
智彦はネット
(あぁ、もう!)
勿論、鏡花は
同じ《裏》に属する赤銅からも、再三注意されていた事だ。
しかし……《裏》に属する身としては失格だが、智彦同様、鏡花は顔を隠すのを止めた。
「……
智彦は、罵声の主を無表情で凝視する。
罵声
「殺気乗せればイチコロだと思うよ?」
「そしたら救急
「……お
弱い殺気に当てられた見物客から、徐々に離れ始める。
それでも続く視線の応酬は、サイレンが聞こえてくるまで続いていた。
そこから離れた、ライブハウスの前。
地下にある入り口へと繋がる階段に、一人の女性が座っている。
髪を紫に染め、特徴的な服を着た……先程、智彦を貶した若い女性だ。
「あははは、君達にこれ以上死体を穢させない!キリッ!って、さっきの陰キャまじキモかったねー。じゃあ今日はこの辺で!バイバーイ!」
配信をしていたのだろう。
遠くから聞こえるサイレンの音をBGMに、配信の結果を確認し始める。
「んー、ちょっと増えたかなー。ったく、あのチー牛いい所で邪魔しくさって!あ、でもでもコメントは一杯もらえ……んん?」
女性の目に留まった、一つのコメント。
ソレは『今、死体動かなかった?』という書き込みだ。
勿論そんな事は無い。
現に、他のコメントはそれに関して一切触れてない。
自分の気を引く為の狂言だろうと、女性はにんまりと笑う。
「あは!んなわけないじゃん。子供の自殺って珍しいからラッキーだったなー」
女性はコメントがあった部分まで、動画を巻き戻した。
ぐちゃぐちゃになった死体に、年寄りが駆け寄る。
その年寄りが、死体の頭を両手に乗せる。
死体の頭がグルンと動き、濁った眼でこちらを見る。
「はぇっ?」
死体が……子供が、満面の笑みを浮かべる。
ずりりと、画面へと這ってくる。
関節が増えた腕を、こちらに伸ばす。
「待っ!ちょ、ちょっと待!手が!動かない!」
その小さな手が、若い女性の首へと伸びる。
ひんやりとした、冷たい手。
「たす け で」
ゴギンッ。
「おい、誰か倒れてる」
「マジだ。……おいマジかよ、死んでるぞコレ」
「うわー、本当だ。もったいねーな」
「昼も何かあったらしいぞ」
「あー、なんか自殺だって。とりま警察かなぁ」
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