ほしのかけら美術館
ほしのかけら美術館。
ニューワンスタープロダクションが主に出資し、
最初は税金対策と思われていたが、その中身は「星社長の祖父の夢」との事。
ちなみに星昂区とは、ニューワンスタープロダクションを中心に発展した区域の通称である。
そこに、最近提携したタカモリプロダクションが乗りかかる。
番組内で扱われた品々を展示する企画を立ち上げ、すぐ様それを実行。
美術館の展示第一弾は『オカルトタカモリ四十八夜(仮)』と名付けられ、その手が好きな層の期待が集まっている状態だ。
「えっと……入り口は何処だろ」
「そこだよ、八俣君」
「え?コレ壁じゃなく入り口なんですか?あ、ホントだ切れ目入ってる」
木材と石材が調和した、質実剛健な建物。
無駄に奇抜に走らない所が
戸惑う智彦を鏡花が先導するという珍しい形で、二人は美術館へと入った。
(ふぅ、涼しい)
冷気が、汗ばむ肌を心地よく凍てる。
ふうっ、と一息つく二人に、数多の視線が集まった。
正式なオープンは、1週間後。
プレオープン中である今、美術館内に居るのはニューワンスタープロダクションの関係者が、殆どだ。
よって、制服を着た美少女の鏡花はともかく、場違いな様相の智彦へネガティブな目が向けられた。
「すみません、コレ、お願いします」
が、智彦はどこ吹く風。
正規に手続きを終えようと、受付にてチケットを提示した。
「はい、確認させていた、だ……きます!」
チケットを見た受付スタッフの動きが、止まる。
手元の何かと智彦へ視線を往復させ、ごゆっくりお過ごし下さいと、記念品の入った紙袋を二人へと渡した。
二人は感謝を述べ、奥へを進み始める。
(ココが描かれたガラス製のペーパーウェイト、か。……ふぅん)
記念品へ視線を落とした後、鏡花は改めて美術館を見回した。
内装には暖色が多く、未だ木の匂いが強い。
また、美術館内に広がる暖かな
「へぇ、思ってた以上に規模が大きい」
「展示できる品が500はありましたからね」
「そんなに」
芸能人が印刷された等身大パネルと、『オカルトタカモリ四十八夜(仮)』と表された看板。
鏡花はあまりテレビを見ず、芸能方面には疎い方だ。
だが《裏》の間でも評判である、オカルトタカモリの名前は知っている。
二人を最初に迎えたのは、古ぼけた市松人形。
プレートを見るに、コレはオカルトタカモリ関連ではなく、ココの館長の私物らしい。
只の人形……とは言えない気配に、鏡花は目を見開いた。
「何、この……!」
「うん、ほっこりしますよね」
「ほっこり!? あー、いや、そうか。悪いモノが全く無いのね」
気配は確かに強いが、嫌なモノでは無い。
むしろこの美術館を覆う気配だと解り、鏡花は頷く。
とは言え……。
「流石に奇妙な気配がしてきたんだけど、しかも複数」
市松人形の気配に攪拌されてはいるが、奥の方から漂ってくる、霊や怪異の持つソレ。
飽きる程に見慣れた、モノに憑りついた地縛霊や、遺物に拘留された無念。
鏡花は眉を顰めるも、そこまでの緊張感は無い。
「まぁ、八俣君が居れば安心だね。ってかこういう類のをよく展示してるわね、ココ」
「悪そうなのは全部消しましたよ。この気配は協力者の方々ですね」
「協力者……?って、八俣君が手伝ったのね、なら尚更安心か」
すんなりと言っている点で判るように、鏡花から智彦への信頼は、かなり強い。
怪異や霊関係なら、猶更だ。
それに自覚する事も無く、鏡花は内心ワクワクしながら、展示フロアへと入り込んだ。
内装は、一変。
美術館の雰囲気が、オカルトタカモリ放送時のセットの様相へと変化する。
各話事に分類された展示品と、その解説。
各話の映像と、番組内容。
その地その地で撮られた、美麗な写真類。
徘徊する鎌倉武士や、異形達……。
「って、鎌倉武士ぃぃっ!?」
鏡花が慄き、つい、符を構える。
智彦は片手でそれを制し、鎌倉武士へと頭を下げた。
同様に鎌倉武士も姿勢を正し、智彦へと首を垂れる。
「腹切りやぐら、だったかな? その時の撮影で拾った鎧の一部に憑りついてたみたいですよ」
こう、あのじゃらじゃらした肩の部分のと説明する智彦だが、鏡花は顔を引き攣らせた。
鎌倉武士……というより、あの辺りの時代の武士。
《裏》にとってその類の怨霊はシャレにならない厄物なのだ。
「って、な、なんか仲良さそうだけど、何かあったの?」
「あー、色々あって、ですね。でも、彼が居たお陰で他のに憑いた悪霊は大人しかったようです」
「は、ははは……そうなんだ。怯えて下手な事できなかったんだろうねー」
恐らくだが、戦ったのだろう。
そして勝利するも滅さず、相手との共生を選択したのだろう。
本当に規格外だと、鏡花はつい笑みを浮かべてしまう。
見れば、異形の方も害意は無い。
むしろ憑りつき易いモノへ群がる霊や、泥棒へも対応してくれるのだろう。
ただ、見える人からすればビックリするよね、と。
鏡花は、養老樹とここへ来るスケジュールを構築し始めた。
(しかし、本当に色々あるわね)
死体を洗ったとされるブラシ。
中に髪の毛がへばり付いた醤油瓶。
折れた、ロールス・ロイスのシャフト。
緑のフードと、ブリキの面。
ミステリーサークルの一部らしい枯草。
廃旅館に転がっていた、特徴的な形の木彫り人形。
等、等……。
オカルトタカモリが、今まで扱ったテーマに関する品々。
鏡花は純粋に、それらを見るのが楽しくなってきたようだ。
「……これ、単純に歴史的資料価値があるの混ざってない?」
《裏》から見ても惹かれる物も、多数。
本当によく集めたなぁと感心しながら、随分とリラックスしている自分に、鏡花は気付いた。
(あー、そっか。八俣君がいるから、怪異等への不安が無いのか)
《裏》に身を置けば、否応なくこの世のモノでは無い存在と関わる事になる。
しかも、日常生活を含めてだ。
八俣と居ればその心配が全く無い事に、鏡花は安堵を覚えた。
(ほんと、優良物件だよ。出会いがあんなんじゃなかったらなぁ)
鏡花は智彦との出会いを思い出し、横目で見てそっと溜息を吐いた。
当時の師の悪行に加担していた、過去。
もちろん事情はあるのだが、それでも智彦の亡骸を埋めようとしたソレは、消えない。
むしろ、よく許してくれたものだと不思議に思う事が多い程だ。
上層部は智彦と契りを交わす様に言うが、まず無理だろう、と。
鏡花は再び、次は心の中で溜息を吐いた。
「……あれ?」
「うん?……あ、まだ展示の準備中かな?」
智彦の声に気付き、鏡花も視線を辿る。
すると、色褪せた紙が複数、床へと並べられていた。
紹介パネルを見ると、どうやらダムに沈んでいた村の遺物の様だ。
公衆電話の受話器やダム建設反対の旗は展示してあるが、手紙や書物だけが、そのままなのだ。
「本来であれば、その手紙類の翻訳を一緒に展示するはずだったのさ」
しわがれた。
だが、力のある言葉。
智彦と鏡花が振り向くと、そこにはスーツ姿の御老体が襟を正していた。
横には着物姿の少女が、老人の足へと抱き着いている。
「おっと、いきなりすまないね。受付の娘から君が来たと聞いて、是非挨拶をと思ったのさ」
白く短い髭を撫でた後、老人は名刺を取り出し二人へと渡した。
名刺にはココの館長である肩書と、星
智彦は彼が星社長の祖父であると気付き、頭を下げる。
「八俣智彦と申します、星社長にはいつもお世話になってます」
「え?あ、えと、私は田原坂鏡花です、今日は彼に誘われて」
「あぁ、そう畏まらないで。こちらこそ、いつも孫の力になってくれてありがとうね」
頭を下げる二人に、太陽は困った表情でソレを制した。
着物姿の少女はそんな状況をお構いなしに、太陽の背中へと張り付く。
着物姿の少女。
智彦には見えてはいるが、どうやら鏡花……あと、太陽にも見えていないようだ。
いや、もしかしたら太陽は何となく存在には気付いているかもしれない。
彼女が、星社長がインタビューで言っていた……先程の市松人形に憑りついた座敷童だろう、と。
智彦は鏡花へチラリと視線を向け、座敷童に気付かない振りをしながら再度頭を下げた。
「いえ、ホント星社長にはバイトでも家の件でも助けて貰って」
「ふふふ、まぁ続きは個室ででもどうかね、お二人さん?喫茶コーナーで出すクリームソーダの感想を聞かせて欲しい」
談話のお誘い。
智彦が鏡花を見ると、彼女は問題ないよと頷く。
が、智彦は展示されないままの古物が気になるようだ。
「ではお言葉に甘えて、……の前に、コレはこのままでよろしいんですか?」
「あぁ……、いや。実は友人が、この古文の翻訳をしてくれていたんだが……、先日亡くなってしまってね」
「……すみません」
「気にしないでくれ。……そんなわけで、どうも作業をする手が進まなくて、ね」
太陽の目の中に揺らぐ光を見て、智彦は彼の張り裂けそうな程の悲しさを感じ取った。
成程、展示したくてもできないのだ。
太陽の中では、その友人の翻訳文と展示物で、セットだったのだろう。
つまり、このまま翻訳無しで展示してしまうと、ココからその友人の存在が消えてしまう。
智彦はそのように感じ、無言で頷くだけだった。
鏡花もまた、智彦と似たような結論を出し、笑顔を貼り付けて頷いた。
「良かった。じゃあ館長室へと案内しようじゃないか。まだ何も揃ってな……うん?」
太陽も無理やり笑顔を作り、二人をエレベーターへと誘う。
そこへ、先程の受付の女性が血相を変えて走って来た。
「星館長!大変です!今、お電話が、ありまして!」
「……何があった?」
異常を感じ取り、太陽は女性へ詰め寄る。
女性は一瞬身構えるも、一呼吸後、言葉を放り出した。
「直角君が、自宅のマンションから、飛び降りた、と!」
言葉が終わるや否や。
弾かれたように、太陽は走り出した。
だが年齢があるのだろう、その速度は遅く、すぐさま息が荒くなる。
「鏡花さん、ごめん!一緒に来てくれる?」
「え?いいけど何処にってこの体勢で!?」
智彦が、右腕で鏡花を抱えた。
続いて、太陽を左腕で抱える。
「ふぉっ!?な、なんだぁ!?」
「星さん、俺が運びます。場所を教えて下さい」
「ふ、ふふ、孫の言ってた通りの様だ。場所は……」
太陽の言うマンションは、そこまで遠い場所では無かった。
走れば2分もかからないだろうと、智彦は足へと力を入れる……前に。
「……鏡花さん、下に何か履いてます?」
「ぇ、スパッツ」
なら大丈夫だな、と。
空も飛べるはずと言わんばかりに、座敷童に見送られながら、智彦は疾走した。
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