夏が来たりて
セミが、鳴き始めた。
カラッとした青空が広が……る事ができない蒸し暑い日々。
未だ明けぬ梅雨へと怨嗟の声が広がる、6月末。
智彦は、この季節に活発となる悪霊の類と戦……う事はせず、文明の利器の恩恵を堪能していた。
「ぅぁー……涼しい」
「涼しいですぞー」
自分の部屋。
専用の冷房。
そして、ブラックモンブラン。
智彦は上村を招き、自室で宿題と戦っていた。
いくら異能を得たとはいえ、それは学力には反映されない。
何故か国語と英語が良くはなったのだが、それ以外の成績は中の下程だ。
よって、智彦とは言え、勉強という苦行からは逃れられない
……本人は、そこまで重要視はしてはいないが。
「以前は扇風機のみの生活だったから、コレは堕落してしまうなぁ」
「とは言え、28度に設定してるのが八俣氏らしいと言えばらしいですぞ」
「まぁ電気代や、あと体調管理もあるからね」
智彦はアイスから落ちる
行儀が悪いが、この場にはソレを咎める者はいない。
捨てるのは無作法というモノと言わんばかりに、上村も同じように味を堪能する。
「夏場は冷房が効いた図書館で宿題してたから、なんか新鮮だな」
「パソコンや漫画と言った誘惑が多いから注意ですぞ……そういや八俣氏」
「うん?」
「羅観香氏の事務所の株主優待、見ましたかな?」
上村からの言葉に視線を彷徨わせるも、智彦には心当たりがあった様だ。
引き出し内から封筒を取り出し、中身を広げた。
羅観香と出会った際の件で、智彦達はニューワンスタープロダクションの株を持っている。
それは今現在とてつもない価値となっているのだが、智彦はあまり興味は無いらしい。
ただ、時々このように送られてくる株主特典を母へと渡し、親孝行の足しとしていた。
ちなみに上村は紗季へと預けたのだが、それを元手に着々と結婚資金が貯まっている事を知らない。
「んー、美術館?」
封されていたのは、新しく建てられた美術館の案内と、その入場チケットだ。
ニューワンスタープロダクションも手を広げているなぁ、と。
智彦は、案内を手に取り広げてみる。
美術館の名前は、ほしのかけら美術館。
何でも番組等で扱い、行く当てのない、もしくは廃棄される美術品等を扱う施設の様だ。
「あー、アレか!ちょっと前に星社長とタカモリさんに頼まれた奴だ」
「悪霊や怨念が付いてないか八俣氏が見てたアレですな?成程、展示物でしたか」
智彦が思い出すのは、先日。
星社長とタカモリの依頼で、ニューワンスタープロダクションへと訪れた時の事だ。
倉庫内に並べられた、数々の骨董品や、ゴミ。
それらは、タカモリが番組内で出会い、収集した品々だと言う。
曰く、不吉だと感じ持ち主が手放したいと思ったモノ。
曰く、ゴミ同然に朽ちていた、盛者必衰を体現したモノ。
曰く、もはや主が存在しない、廃墟に残されたモノ。
勿論、その土地の持ち主等と協議して集められた曰く付きの品々。
智彦が依頼されたのは、それらが安全かどうかの調査であった。
その数は、約500点。
夢見羅観香と加宮嶺衣奈を加えた面々と談笑しながらも、智彦は依頼を熟した。
91点に問題があったが、智彦が適切に対応し、今では無害となっている。
そう言えば誰かが美術館云々言っていたなぁ、と。
智彦はチケットに目を通す。
「ペアチケットか。謙介は……紗季さんと、行くのかな?」
「いや、自分のにはソレはありませんでしたぞ。恐らく星社長から八俣氏へのお志かと。それに……」
アイスの棒をゴミ箱へと捨て、上村は首を横へと振る。
「自分はどうもそう言うのには興味が湧きませんぞ。母上殿と行ってきては?」
「んー、バイク等ならともかく、母さんもこのジャンルには興味無いからなぁ」
智彦の脳裏に、知り合った女性達の顔が浮かんだ。
が、今時の若い女性を美術館に誘うのは逆に勇気がいるなと。
あとアガレスの好みでもないな、と。
智彦は数学の教科書を閉じ、背をググーッと伸ばす。
「まぁ、俺が見たモノがどう展示されてるか興味あるし、この後行ってくるよ」
「むむっ……まぁ、プレオープン中みたいなので人は少ないと思いますぞ。楽しんで来てくだされ!」
上村は何か言いたそうにするも、言葉を飲み込む。
智彦はそれに感謝するも苦笑で返し、勉強会はそこでお開きとなった。
(恋愛はなぁ……どうなんだろうな)
智彦は、上村が何を言おうとしたかをある程度は予想できた。
恐らくだが、誰か女性を誘わないのか、の類だろう、と。
(この前、樫村さんと話した時は心がざわつかなかったし、克服はしてるんだろうけど……)
風があり、比較的涼しい道のり。
(以前みたいにネガティブな考えもしなくはなった、んだけど。んー……)
もし、この力を失ったら。
羅観香、せれんと言った女性陣は、何も言わず去って行くのではないか?
智彦はしばしばそう考えていたのだが、今はそれも無くなった。
彼女達がそういう人間ではない事を知ったし。
異能関係では確かに距離は開くだろうが、友人としては付き合ってくれると確信しているからだ。
ただやはり、恋愛方面を考えると興味が湧かない。
……が、特に問題無いだろうと、智彦は深く考えるのを止めた。
智彦の中では、女性陣は大事な友人で、仕事仲間……の枠組みの様だ。
(うへっ、アスファルトの熱気)
徐々に、景色が洗練された都市部へと変わり始めた。
お洒落で活気のある、店々。
流行りの衣類を身に付けた、人々。
並ぶ高級車に、黒服達。
ニューワンスタープロダクションのビルを中心に発展し始めた、新しい街。
智彦自体はアルバイトとしてよく来るのだが、やっぱりなんとなく場違いだよなぁ、と。
美術館の案内板を探す。
(本当に何でもありな区域になってて、テーマパークに来てるみたいだ)
何を売っているのか解らない店。
外装に拘ったホテル。
所々に設置された近未来的な電光掲示板。
見た事も無い乗り物で歩行者天国を走る人々。
ジャスコの中でもこうはいかないぞと、智彦は付近の案内板を求めて歩く。
その時だった。
「……あらっ、八俣君?」
「……はい?」
自身を呼ぶ声が聞こえ、そちらへと顔を向ける。
緑青色の制服を着た、女子高生の群れ。
その先頭には見知った顔の……田原坂鏡花が、居た。
「こんにちわ、鏡花さん。課外授業ですか?」
「え、えぇ、そうなんですの。急成長したこの区域の社会見学ですわ」
内向けの鏡花の言動はともかく、成程と智彦は頷く。
鏡花の通う学校は、お嬢様校だ。
この急成長する場所を、出資者等の視点から見ているのかも知れない、と。
「……あぁ、だから厳つい人や車が多いんですね」
「そうなんですよ、実はここで現地解散なんですの」
「え?それ大丈夫なの?危なくないですか?寮の人は歩きで帰るんじゃ……」
「御心配には及びませんわ。勿論バスも用意しておりますので」
以前は苦手意識が強かった鏡花だが、智彦とは普通に接するようになっている。
それは、ある種の信頼関係が培われた結果だ。
一方、そんな二人を見守る、鏡花の同級生。
彼女達は、仲の良い二人の関係を面白おかしく邪推し、黄色い声を上げ出した。
智彦は、地味だ。
だが、習い事をしている層から見れば、体幹ががっしりしていて筋肉質だと判り。
また、言語化できない危ない香りを、彼女達は感じ取っていた。
地味だが何となく普通ではない男性と、大きな派閥を持ち学年でも中心的な女性の、逢瀬。
異性間の恋愛に飢えている女子高生が、このおいしいスキャンダルに飛びつかないはずが無かった。
(……あ、そうだ)
と、そこで。
智彦はバッグ内のチケットを思い出す。
「鏡花さんもこの後は戻るだけですか?」
「えぇ、そうですわ。私はバスで」
「じゃあ、今から一緒に美術館行きません?」
「えぇ!よろ、よ、よ、ろこん……ぇ?はぁ?……んえぇ?」
チケットを二枚取り出し、鏡花へと見せる智彦。
たじろぐ鏡花の後ろから、まっ黄色な歓声が沸いた。
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