死染

死染 ~プロローグ~



直角なおすみ、一緒に作業場に行かないか?」


「うん!行く!」


皺だらけの……けれども力強い掌を少年は取る。

そうすると、その手の持ち主が、皺だらけの……けれども生き生きとした顔で、優しく微笑むのだ。


少年は、祖父が大好きであった。

いつもは家族やスタッフを怒っているし、たまに自分も怒鳴られる事がある。

だけどそれは決して嫌なモノでは無く、むしろこちらの事を考えてくれている。

……少年はそう、直感的ではあるのだが理解していた。

現に、祖父と呼ばれる人物を慕う者は多く、むしろ怒られた事に感謝している節もある。


とは言え、少年にとってそのような評価はどうでも良く。

彼にとって祖父は、寂しがり屋だけど優しい人、だ。



作業場は、多くのスタッフが作業をしていた。

彼らは少年と祖父へ挨拶をし、二人もそれを返す。

少しかび臭くはあるが、少年はこの匂いで安心感を抱いていた。



「今日は何をしてるの?」


「んー、昔の人のお手紙を解読、あー……直角でも読めるようにしてるのさ」



ふーん、と。

少年は、色褪せた紙の列を、視界へと収める。



「……くねくねして変な文字!」


「くねくねか!わはははっ、そうだな!」


「ねぇねぇ、なんて書いてあるの?」


「そうさなぁ、私は結婚した人と仲良くしてます、心配しないで下さいね、って書いてあるな」


「それだけ?」


「それだけさ。だがな、昔の人はコレだけでも、その人の事が知れて安心したんじゃよ」


少年の祖父が、懐からガラフォを取り出した。

埴輪のストラップが揺れるソレを、分厚い本の上へと置く。


「昔はこう言うのが無かったからな、相手の安否確認ですら手紙を使ってたんだ。勿論、手紙だってすぐには届かなかったんだよ」


皺だらけの手が、少年の頭をなでる。


「家族や友人は、よく儂の家に来てくれた。教えを乞いに学生も尋ねて来てくれた。親族の集まりだって人がわんさかおったわい。じゃが、それも携帯やメールで離れた所から済ませられる」


「ダメなの?」


少年の素朴な疑問に、少年の祖父は目を細めた。


「ダメじゃあ、ないさ。じゃが、寂しくはあるのぉ」


「おじいちゃん、さみしがりやだからね!」


「わははははっ!そうだな、儂は寂しがり屋じゃ。だからお昼は一緒に食べようか」


「うん!僕ね!我道軒のラーメンがいい!」


「遠いし年寄りにはきついがお前の頼みじゃしの。コレが終わったら行くとしよう」


「うん!じゃあ僕、大人しく勉強してるね!」



作業場で祖父と過ごし、一緒にご飯を食べ、夕方まで勉強を教えて貰う。

学校が休みの日は、少年はこのように過ごしていた。


仕事上、両親が夜遅くしか帰ってこない少年にとって、祖父は一緒に居てくれる大人であった。

お返しに、祖父が寂しくないに一緒に居ようと思う位。

少年は、祖父の事が大事であった。





その祖父が。


少年の横で、血塗れになっている。




周りには、壊れた車と、色んな部品。

フロントガラスは割れ、車が大きく歪んでおり、少年は微動だに出来ない。


そこから見える空はとても青いのに。

漂ってくる臭いは、とても嫌なモノだ。




「お、じい、ちゃん!」



祖父からの返事は、無い。

皺だらけの顔がハンバーグみたいになっていて、それが少年の恐怖を加速させる。



「おじい、ちゃん!」



そこで、少年の耳にカシャリと聞こえた。

見渡すと、多くの人が少年の乗った車を囲んでいる。



「たず、げで、ください!」



カシャリ。



「ねぇ!たすけ、て!」



パシャリ。


ピロン♪




「おじい、ちゃんを!たすけて!」




ポルン♪



にゃー★



ピコーン!




「ねぇ!おじいちゃんを!お願い、します!」




目の前が暗くなる、少年。

気を失う直前までも、それらの音は響いていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る