隙間録:切り



(…… …… ……?)



悪意を持った気配。

だが……とても脆弱な、気配。


智彦が枕元のスマフォをタップすると、今が午前2時18分だと解った。

スマフォの眩い光量が、室内へと広がる。


見慣れた室内。

その端に、人影が佇んでいる。



(……藤堂か)



何故か両耳の肉がぐちゃぐちゃとなった、自分と対極に居た存在。

過去に自分を裏切り、大事な女性を奪い、貶め……堕ちた、元友人。

最後に会ったのはいつだったか……智彦は思い出そうとするも眠気が勝り、タオルケットを整える。


藤堂の顔に浮かぶは、妬み、嫉み、恨みといった負の感情だ。

それらを携え、智彦へ執着しに来たのだろう。



(……さよなら)



智彦が、風を起こす様に右腕を振った。

それだけで、藤堂の姿がぶれだす。



『どう し て  おま え ば かり ぃ』



「俺に執着するよりさっさと輪廻転生した方が建設的だよ」



輪廻転生があるかはどうかは解らないけど、と。

藤堂が現世から消失する様をぼんやりと見つめ。

智彦は再び、眠りへとついた。






面倒な事は続く。

翌日、登校中の智彦へ樫村が接触してきたのだ。


いつもであれば、適当に挨拶して過ぎ去るだけ。

だが、今日は雰囲気が違った。

仕方なく、智彦は話を聞く事にする。



「……待ちますかな?」

「そうだね、すぐに終わると思うから少しだけ待ってて」



気を利かせた上村が距離を取るのを確認し、智彦は樫村と相対する。

だが智彦の胸中には、上村へ、面倒事に巻き込んだ事への謝罪のみだ。


「……おはよう、智彦」

「おはよう、樫村さん」


樫村直海。

幼馴染で、恋人だった女性。


以前は宝石のように眩しく、自分を照らしてくれる存在であった。

……が、今はそうは思えず、智彦は無表情。

一方、樫村の顔には、蓄積した心労が浮き彫りとなっている。



「……光樹が、死んじゃったの」


「そうなんだ」


「赤ちゃんの声が聞こえるって……、どこか大きい病院に行ってたんだけど、何か問題があったらしく、家に帰されたみたいで」


「そうなんだ」


「よくわからないんだけど、光樹のお父さんがね、最近起こってる事件みたいになってて、手足に大やけどしてて」


「あー……うん」


「それが原因で家族関係ぐちゃぐちゃになって、警察もいっぱい来たのに、誰も光樹の事考えてくれなくてさ」


「うん」


「私頑張ったんだよ?光樹を支えようと一杯世話したんだよ?光樹の母さんが居なくなっても、私だけは光樹を気にかけてたんだよ?」


「うん」


「なのに、なんで、自殺しちゃうのかなぁ……私、頑張ったつもり、だったんだけどなぁ」


樫村の目から、涙が溢れ出す。

思う所が少しはあるが、コレは極めてデリケートな、樫村と藤堂の個人間の問題だと。

自分からかける事の出来る言葉は無いだろう、と。

スマフォで時間を確認後、智彦は「それじゃあ」と踵を返した。



「ねぇ、智彦。私、何処で間違えたのかなぁ……、なんで、あんな、事、しちゃったの、かなぁ」



「……どう思っても、元には戻らないよ。それより気持ちを切り替えて、新しい環境に身を置いた方がいいと思う」



「そう、だね……。鳥取のおばあちゃんの家に行って、全部忘れ」

「忘れるのはダメだ。また同じ事繰り返すから……、じゃあ」


「……うん。……ありがとう」


体操着の入ったナップサックを持ち直し、智彦は上村と合流。

そのまま、いつもの道を歩き始める。



樫村はその背に再び声をかけようとするが……俯き、同じ道を歩きだした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る