隙間録:霧
《はぐれ》で構成された、金の為ならば何でもする無法者の集まりだ。
《はぐれ》とは、元々は《裏》に属していた者達である。
《裏》には組織内の秩序を守るべく、あらゆる
それは、自身の力を過信する者、欲望に忠実な者、野心が大きい者には枷であり、唾棄すべき悪習だ。
故に、その者達はその世界から出奔し、その力を基に好き勝手生きる為、徒党を組んだ。
骸芥子は、その中の一つである。
《裏》が受けた依頼に対する妨害。
異能を使い、人を殺傷。
怪奇現象に付け込み、恐喝や乗っ取り……等。
同業者はともかく一般人から見れば、《裏》も《はぐれ》も区別がつかない。
《はぐれ》が好き勝手すれば《裏》の評判が落ちる為、《裏》にはなかなか頭が痛い問題の様だ。
骸芥子はその中でも、外道として悪名高い。
金さえ貰えれば相手が女子供でも処理する上、その際に一般人を巻き込む事を躊躇わない。
人数が多いと分け前が減るという理由から、少数精鋭。
勿論、実力は折り紙付きだ
そんな悪意から成される集団が、智彦の友人である堀の住む団地へと向かっていた。
「ガキ1人相手に実に大げさだねぇ」
所謂ヒッピー姿の男が、大型ワゴン内のメンツを見渡し、楽しそうに零した。
ワゴン内のメンバーは運転手を含め、6人。
全員、本名ではなくコードネームで呼び合っている。
ヒッピーの格好をした、リーダー。
服をラフに着崩した優男、キザ山。
タンクトップの筋肉ダルマ、ミンチ。
虚無僧姿の女僧侶、ダキニ。
紅い髑髏のピアスを光らせる女子高生、針子。
車を運転する黒スーツのスキンヘッド、ケトルマン。
各々、束縛と自重を嫌い《裏》から自ら逃げ出した、実力者達だ。
今回の仕事は子供一人を処理するだけの楽な仕事……そう考えている素人は、この中にはいないようだ。
「リーダー、子供一人でも脅威過ぎる相手です。甘く見ない方が良いかと」
ケトルマンがその言動を諫めるも、リーダーは更に楽しそうに口を歪めた。
「レクリエーションをたった一人で潰した男、か。あぁ、アレは楽しかったなぁ」
リーダーは過去の事を思い出し、眼を細めた。
過去、今のパトロン経由で参加した、素人相手のデスゲームだ。
あの夜は白衣と般若の面でお洒落して、大鉈で生贄を狩ったものだと。
同時に学校に根を張った怪異に狩りの邪魔をされた、と。
懐かしさが、蘇る。
同様に、あの存在への畏怖も……。
「恐らく相手は一人じゃねぇな。複数いるはずだぜぇ。ったく、今回に限り動画が喪失してるとか使えねぇ」
思い出すだけでも睾丸が引き締まる程の、絶対的な存在である……あの悪魔。
あの時だけ死を覚悟したもんだと、リーダーは顎髭を撫でた。
「けっ!あの悪魔を一人で殺せるわけねーだろ、しかも無名の?ガキが?あり得ねぇ実にあり得ねぇ!」
リーダーが吐き捨てるが、誰もそれを責めない。
口にはしないが、皆、同じ様に思っているからだ。
悪魔だけじゃない。
レクリエーションの「狩る側」を全員撃破した、という話。
やはり一人ではなく、組織的なモノだろうと全員が考えている。
パトロンから逆恨みとしての、依頼。
この時、
骸芥子の未来は違ったモノになったかも知れない。
「まっ、その堀って奴を締め上げれば良いんスよね?」
「強さはさておき、家族や住人を人質にすれば楽勝って感じ?」
キザ山と針子の言葉に、ミンチの厳つい笑いが乗っかかる。
「わははっ!だなぁ!目の前で一人二人は殺せば大人しく吐くじゃろう。団地は人質がたくさん手に入りそうじゃ!」
現在、不可思議な力で定期的に肉を削がれ、服毒状態で死にかけているパトロンからの、唯一の情報。
堀星夜と言う名前から住所を割り出すのは、実に簡単だった。
そいつを、いや、そいつらを消せば大金と様々な利権が手に入る。
故に、骸芥子面々のやる気は溢れていた。
「にしても、警視総か」
「ダキニ」
「っと、失礼。パトロン殿を襲う怪奇現象を解決しろ、と言われなくて良かったな」
「それよそれ。アレばかりはいくら俺達でも無理だしな。原因すらわからねぇから実に悔しいけどよぉ」
おどけるリーダーだが、内心では色々と用心していた。
堀星夜とは、偽名なのではないか。
情報の入手難易度から考えて、罠なのではないか、と。
(まぁそうだったら適当に逃げちまおうかぁ。パトロンには悪いが、あの超常現象起こしてる奴が裏に居たら無理だからなぁ実に)
皆の会話が途切れた一瞬。
ワゴン車を叩く雨の音が響く。
「……ん?今日の予報雨だっ」
「リーダー、異常発生です」
ケトルマンの声と同時に、ブレーキによる衝撃。
停車中にも関わらず、一同はドアを開けて車外へと飛び出す。
「なん、だこりゃ……」
目の前には、目的地の団地が佇んでいる。
だが、周りは深い霧に覆われていた。
「……霧がっ!?」
骸芥子の周りに、霧が立ち込める。
視界が極端に悪くなり、敷地内の外灯だけが、ぼんやりと浮かぶだけだ。
(疑似空間……なのか?おいおい嘘だろぉ!)
リーダーのみが気付く、異常事態。
疑似空間。
その名の通り、現世から隔離された世界。
ごくまれに起こる、現世の一区画を飲み込む超常現象だ。
異界化という名称で、その道の人々に扱われている。
(こりゃ明らかに意図的に作られた奴だ!こんなのを成せるのはそれこそあの悪
金属音と共に、骸芥子の前方の霧が晴れた。
湿った地面に、黒い影がモゾリと動く。
「……おいおいおい、なんでアンタがここにいるんじゃ!」
ミンチが駆け寄り、黒い影を動かす。
ソレは、骸芥子がパトロンと呼ぶ人間であった。
「な、なんでお前達が?確か、いきなり真横にロッカーが現れて、ここはどこ、だ!?またいつもの悪夢じゃ、ないのか?もしかしてアイツの!堀の仕業か!?ははは、早く!アイツを殺せぇ!」
T字帯一枚、全身包帯の中年男性。
以前は年齢を思わせぬ程の引き締まった体であったが、先日から痛々しい様相へと変わっている。
レクリエーション関係者を襲う、不可思議な事件。
彼もその被害者で、定期的に体から肉が削がれ、毒により体の機能が大幅に低下している。
昼頃、病院で依頼を受けた時は、数多の警備に守られたいたはずなのに……。
何故。
どうやって。
リーダーの思考が出口の無い迷宮に迷い込む直前。
ジャリッ、と。
正面の霧から、足音が響いた。
「……誰だぁ?」
骸芥子の一同に緊張が走るも、すぐさまそれは霧散する。
何故ならば、現れた人物が、実に間抜けな格好をしていたからだ。
身長は170程。
どこでもいる様な体格。
一般人の様に
カーキ色のツナギを着ており、手にはサビたゴルフクラブ。
そしてその頭部は……工事現場にある赤い三角コーンが、乗っかっていた。
思わず漏れる失笑。
ミンチは笑いながら、三角コーン頭に、近付き始めた。
「お前かぁ?こんなふざけた真似しちょるんわ。しかも一人で出て来るとは、俺も馬鹿にされたもんじゃの!」
ミンチは肩の関節をバキリと鳴らしながら、三角コーン頭と対峙する。
どんな屈強な格闘家でさえ委縮する、その圧。
だが三角コーン頭は、微動だにしない。
それが、ミンチには気にくわなかったようだ。
「リーダー?コイツちょっと撫でてやってもいいかの?」
「目的とか色々と情報を吐かせてぇから、殺さない程度になぁ。絶対殺すなよ?絶対だぞ!」
「それ前振りじゃん」
キザ山のツッコミに、一同が沸く。
ミンチの悪い癖だがとにかく情報が欲しい。
願わくば壊れる前に情報を吐いてくれよぉ、と三角コーン頭に同情するリーダー。
その体内に流れる血液が凍った感覚に陥ったのは、次の瞬間であった。
ソレは、釣竿をしならせたような、鋭い音。
骸芥子の耳に、ソレが届いたかどうかの直前
全員の目の前で、ミンチの下半身が喪失していた。
「……っは? ぇ? ……んが!?」
残ったミンチの上半身が、地面へと落ちる。
同時に全員を襲う、赤い霧。
降り注ぐ、どす黒い雨。
ソレは、細分化されたミンチの下半身であった。
「ひ、ひいいいいいいい!? なんだっ!?おおおおお前達!私をまもれぇぇぇ!」
赤く染まったパトロンが悲鳴を上げるも、全員それどころではない。
三角コーン頭の、攻撃。
ゴルフクラブを振りかぶった動作の様だが、全く見えなかったのだ。
そして、その破壊力。
「散開ぃ!」
リーダーの声に、全員が一斉に散らばり、逃げ道を求める。
だが、霧は深くなる一方。
行き先を失う中、団地の灯りを頼りにするのは仕方のない事だろう。
「リーダー!俺を見捨でないでぐでぇ!あぁぁ、俺の脚がぁ!脚がぁぁ!」
「おい!お前達!私を置いて行……ひぃっ!わ、わわ私に手を出す、と!どうなるか!わかってるのか!おい!」
足元で喚く、肉の塊。
だが三角コーン頭は関心を寄せず、ジリリッ、と。
団地の方へと体を向けた。
【団地内 202号室】
老朽化を否めない室内で、女僧侶であるダキニが息を切らせていた。
笠を畳へと置き、椅子代わりに使っている。
(人質に使おうとしたのに、人の気配が、全く無い……!)
まだ温かいもつ鍋。
音楽番組が流れるテレビ。
お湯が張ってある浴槽。
明らかに人が生活していた形跡があるのに、誰もいないのだ。
(誰かがいれば傀儡にして、あ
物音が聞こえた気がして、ダキニは息を殺す。
雨の音に被さる、テレビからの歌。
場所を移そうと、ダキニはそろりと立ち上がった。
(霧の中を彷徨うのは流石に危険、か。誰かと合流してあの化け物を倒さねば)
旧式のドアスコープを覗き、ドアを少し開いた。
人影が無い事を確認し、ダキニは通路を歩き出す。
団地の規模は小さい……はず。
だが周りを隠す霧が、その感覚を狂わせて行く。
(笠は視界が悪くなるので捨て置いて正解。霧が無ければ下や対岸を探せるものを)
視界は悪いが、音は聞こえる。
通路を進む中、外の方から悲痛な声が響き、ダキニは眉を寄せた。
(すまぬミンチ。今のお主は足手
ダキニの手前。
206号室の壁が壊れ、轟音と共に黒い影が飛び出した。
三角形の特徴的なシルエット。
「んなっ!?」
ダキニは声を漏らすも、すぐさま踵を返した。
後ろから響く鈍い足音に安堵し、通路の突き当り……踊り場から、5階へと駆けずり上がった。
破裂しそうな心臓を抑え、壁に肩を預けながら前へと進む。
(動きは遅い、のが、救いかっ!ならば、速さで、攪乱、し、て……)
その時、ダキニは嫌な矛盾に気付いた。
動きが遅い。
ならば、ミンチの下半身を屠ったアレはなんだったのか?
(もしかして、我々を追い回して楽し
今度は、ダキニの前方……通路の床が壊れた。
どうやら、下の階から分厚い床をぶち抜いたようだ。
再び逃げようとする、ダキニ。
だが今度は、三角コーン頭の掌が、ダキニの顎ををガシリと掴む。
「はひゃ、しなひゃい!ひゃんで!ほんなほほを!っひょ!待っ!?」
ミシリ、と。
骨が異様に軋み、関節部がズレる痛み。
(待って!このままじゃ尺八が吹けなくなる!私の力が!使えなく!)
ダキニは逃げようと必死に体を揺らす。
……が、やはりダメだったようだ。
「や め で
下顎を破壊された、だらりと崩れるダキニ。
三角コーン頭は痙攣するソレの生存を確認後、両腕を握りつぶし……通路から飛び降りた。
【団地敷地内 公園】
五里霧中。
その言葉通り何も見えない中、公園内の像の形をした滑り台。
その下に、針子は息を顰め隠れていた。
(あんな奴無理っしょ!誰かが処理してくれるまで隠れるしかないって感じ)
周りが見えない霧は、味方にもなる。
この場所であればまず見つからない、見つかってもすぐに離脱できる、と。
針子は商売道具である針の束を、懐から取り出した。
(見つかっても、いつも通りこいつで目を潰せばいい感じ?どんな体鍛えて
……静寂。
針子は息を殺し、そのまま動きを止める。
(……気のせい? もしかして誰かが逃
(足音、だよね?雨の音が邪魔って感じ……。あー、スマフォも
(リーダー?キザ山は……当てにできない。ダキニかケトルマンなら、私
ジャリッ。
真後ろから、足音が聞こえた。
針子はすかさず滑り台下から飛び出し、振り向きざまに針を構える。
「あだっ!引っかかった。やっぱコレ邪魔だな」
と、そこで目に入ったのは、滑り台入り口に蹲る男性だった。
地味で、何処にでもいそうな男。
三角コーンは外れ、足元に転がっている。
コレなら簡単に殺せる。
手出ししてはいけない。
相反する思考がぶつかり、針子の反応が一瞬遅れてしまう。
「まぁ動きづらかったしいいか。えと、貴方はその針で人を殺してるんですよね?じゃあ……」
スコン、と。
三角コーン頭……智彦が、足元の三角コーンを蹴った。
ソレはすさまじい勢いで、針子の右足を粉砕する。
「ぎっ、んがああああああああっ!?」
地面へと倒れた針子に、プラスチック片が降り注ぐ。
その向こうには、いつの間にか近づいた智彦。
「ひゃっ!?」
針子は反射的に、神経毒が塗られた針を智彦の目に投擲する。
……が、タイミング悪くプラスチック片にぶつかり、跳ね返り。
針は、針子の右目に突き刺さった。
「あっ」
「んぎいいいいいいいいいいっ!?ぢょ!いだっ!じぬ!じぬぅ!」
目を抑え、あまりの激痛に転げまわる針子。
死にはしないが、ギンピ・ギンピレベルの痛みが、針子の神経へ浸蝕していく。
智彦は何とも言えない空気を感じ、無言でその場を後にした。
解毒剤らしき物が入ったバッグを、丹念に踏み潰して。
【管理人室】
「なんスかコレ!全く周りが把握できねぇ!この霧のせいスか!?」
金髪を振り乱し、悪態をつくキザ山。
彼は骸芥子のレーダー的な役割を担っていた。
が、この霧に囲まれた団地内では、その力を使えないようだ。
「……っ、今の声は針子ッスか、くそっ!」
ダキニに続き、また一人。
何とかしたいが、自分は火力人員ではない。
ココを逃げ出そうとしても、力が使えない。
情けなさを覚えるも、キザ山は足を動かした。
(ケトルマンとリーダーが挑めば勝機はありそうっスけど、っと)
霧の中にぼんやりと浮かぶ、外灯や蛍光灯。
目印にはなるが、その下は相手からも丸見えだ。
キザ山はあえて闇を選び、ゆっくりと歩く。
その脚を、誰かがガシリと掴んだ。
「うわあああっ!?」
キザ山が大声を上げ、その正体を探る。
ソレは、下半身を失ったミンチであった。
「だずげで、ギザやばぁ、いだぃよ……!」
腕を使い這って来たのだろう。
土塗れのミンチが、キザ山の体を這い上がろうとする。
「ミンチ!やめっ!無理無理無理だって!おい!離せって!」
キザ山がミンチを剥がそうとするが、微動だにしない。
次第に苛立ちが募り、キザ山は壁に立てかけてあった金属パイプをミンチへと振り降ろした。
「離れろ!アイツが来る!だろ!邪魔!なん!だよ!」
「うげ!ギザやばぁ!やめ!どうし!て!ぶほっ!?」
気付くと、鉄パイプはぐにゃりと曲がり、ミンチは顔中血塗れで地に伏していた。
殺してはいないが、罪悪感が生じる。
それよりも、ココを抜け出せた時にどうするか……。
苦悩するキザ山の目に、霧に浮かぶ黒い影が映ったのはこの時だ。
嫌な予感を覚え、キザ山は管理人室へと駆け込んだ。
更衣室に置かれたロッカーへと、音を出さぬようそのまま体を収納する。
スタッ。
ロッカーの前で、足音が止まった。
……静寂が、続く。
(あっち行け!開けるなよ!開けないでくれ!)
止めた呼吸が、苦しくなる。
心臓の音が、五月蠅くなる。
「……梓さん?」
もはや祈る事しかできないキザ山に、男性の声が聞こえた。
知らない、声。
ロッカーの前に居る人物の、声。
もしかしたら同じ様にココへと紛れ込んだ奴かと、キザ山の胸に希望が灯る。
「……違うか。じゃあ、潰そ」
「はぇ?」
……が、その灯はすぐさま消えてしまう。
メキメキ、と。
ロッカーの両側が歪に凹み始めたのだ。
「はぁ!?え?ちょっと待って!なにこれ!」
ロッカー内の鉄壁が、キザ山の体を軋ませる。
逃げ出そうとしても、歪みにより扉が意味を成していない。
「出ら
腕が、肩が、体が。
ロッカーに合わせ畳まれていく。
「
キザ山の数多の骨が、砕けた。
折れた骨が臓器を傷つけ、口から血が零れる。
そこで、ロッカー凹みがピタリと止まった。
足音が、ゆっくりと遠ざかって行く。
「お、おで、ごのまま、なのぉ?……カハッ!」
ロッカーから出る事は叶わない。
行く末が緩やかな死だと。
それまでこの激痛が付きまとう、と。
キザ山は絶望の中、今までの人生を後悔し始めた。
【団地内 420号室】
骸芥子のリーダーは玄関のドアを乱暴に閉め、ガチリと鍵をかけた。
息を荒げ、ドアスコープ越しに外を注視する。
汗が体中から溢れ、足元に汚い染みを作っていた。
(冗談じゃねぇ!何だよアイツ!畜生、こんな仕事受けるんじゃなかった!)
リーダーはその強健な体で、団地内を走り回った。
それにより一層、この世界がとち狂っている事を認識したのだ。
まず、出口が無い。
霧が広がるだけで、先が見えずに引き返してきた。
次に、住民。
人の気配は、一切無い。
そして、仲間。
ケトルマンは来た道を辿るように霧の奥へ走って行った為、生死不明。
ミンチは下半身を消失し、生きてはいるが行動不能。
ダキニは下顎と両腕を破壊され、こちらも生きてはいるが戦闘不能。
針子は呪いを受けたのか、悲鳴を上げ地面を転がっていた。
キザ山
つまり、自分以外は全滅。
その事実を認めざるを得ないと同時に、それを成したあの存在へと恐怖が膨れた。
(堀、と言ったか?いや、もう名前なんか関係ない!バケモンだ!あの学院の悪魔がやられたのも頷ける!)
勝てない。
勝てるわけが無い。
リーダーは諦観を抱きつつ、ココからどう生き延びるか考え始める。
その時、奥の方で……カタリ、と。
音が聞こえた。
リーダーは体を硬直させ、室内へと目を向ける。
時たまチカリと瞬く、古い蛍光灯。
床に無造作に散らばった、ファッション雑誌。
コロコロと転がる……缶ジュース。
「だ、誰だぁっ!」
「きゃあっ!?」
大声を上げる、リーダー。
それに反応するように、奥から女性が現れた。
黒髪を揺らし、恐怖で顔を引き攣らせる女子高生。
同じようにこの世界へ紛れ込んだのか?
思案し始めるリーダーの背後で、ドアが爆ぜた。
「んおっ!?……畜生!てめぇが!てめぇが堀か!?」
壊れたドアから入って来たのは、智彦だ。
三角コーンは外していたが服装はそのままだった為、一連のはすべて堀……と勘違いしているが、智彦の仕業だとリーダーは理解する。
(堀?……あぁ、勘違いしたままなのか)
首を傾げる智彦だが、リーダーは生きた心地がしなかった。
何せ、仲間全員が悉くやられているのだ。
しかも、この様な空間を作ったであろう化物。
やはり勝ち目は無い、と無意識に自覚してしまう。
「畜生!畜生!こんな化物だとか聞いてねぇぞ!こ、こうなったら!」
「いやあああっ!?」
リーダーは室内へと飛び込み、女子高生を捕捉。
禍々しい銃を取り出し、その銃口を女子高生の頭部へと向けた。
「堀!取引だ!俺をこのまま見逃してくれ!お前の強さは理解したからよぉ!」
リーダーが、吠える。
だが智彦は動かない。
「なぁ、頼むよ!もう二度と手を出さないし関わらねぇ!て、てめぇでも目の前で人が死ぬのは嫌だろう?なぁ?」
「いやぁぁぁ!たす、助けて!」
ガチャリと、銃の撃鉄が起きる。
このままでは、人質となった女子高生は確実に命を刈り取られる展開。
だが智彦は相変わらず無表情だ。
リーダーの背筋で、冷たい汗が濁流となり始めた。
お互い、動かない。
それを破ったのは、智彦の溜息だった。
「……梓さん、なんかゴメンよ、俺のせいでこんな茶番に。巻き込むつもり最初は無かったんだけどね」
「……まったく君は、しょうがないにゃあ」
リーダーはつい、「はっ?」と漏らしてしまった。
互いに顔見知りっぽいのはともかく、コレが茶番だと言われたからだ。
「生前は楽しい思い出がなかったからさ、誘ってくれて
再び、リーダーは声を漏らす。
人質に取っていた女子高生が、いつの間にか鉄製のロッカーにすげ変わっていたのだ。
その扉が勢いよく。
ドンッ。
と、閉まった。
「いっ!?ぎゃあああああっ!?」
ロッカーの扉は、リーダーの両手を銃ごと喰いちぎり、その場から姿を消す。
何が起きたのか……リーダーは理解できない。
そこへ、智彦からの追い打ち。
壊れた鉄製のドアを、リーダーへと投げつけたのだ。
ガッ、と。
轟音が響き、扉はリーダーを巻き込んで壁を突き破り、外へ。
体が四散しなかったあたり、智彦はかなり手加減した様だ。
「……はぁ、なんか疲れた」
壊れた壁から、霧雨が降り掛かる。
ソレは智彦の体へと張り付き、心地よく熱を奪っていった。
『どうだったかな智彦。レクリエーションの鬼側になった感想は』
霧を介して、智彦へと声が届いた。
声の主はアガレス。
この世界を作った悪魔からの問いに対し、智彦は頭を振りながら再び息を吐く。
「非効率だし面白くもなんともないよ。できれば二度としたくないかな」
『それが正常な判断だろうさ。……戻るかね?』
「お願い。……あ、そういや梓さんが連れて来た偉そうな人は?」
『彼女がその手でロッカーへと投げ込んでたよ。結束ハンドって奴だな。元の場所に戻すそうだ』
「良かった。あの偉そうな人に復讐したい人は一杯いるだろうしね」
『あと、ありがとうまた会おうね、と言っていたぞ』
「……そっか。まぁ、彼女も自由の身だしな」
下界から、うめき声が聞こえた。
どうやらリーダーは生きてはいる様だ。
「……アガレス。申し訳ないけど、後始末を任せても良いかな?」
『構わんが……いいのか?』
「戻すって事も考えたけど……回復してお礼参りされると、星夜が危険だから」
今回戦った《はぐれ》に関して、智彦は事前に《裏》と情報共有していた。
その際に、如何に骸芥子が外道なのか理解している。
故に、このままいなくなった方が世の為だろう、と。
智彦はアガレスの用意したドアより、元の世界へと戻った。
『ふむ、確かに有効ではあるな』
団地の上空に、巨大な赤い目が浮かぶ。
この世界は、アガレスが用意した本の中の世界……の様なモノだ。
霧の中をループし発狂した男。
下顎と両腕を破壊された女。
神経毒で体内からの激痛を味わう女。
ロッカー内で身動きが取れず絶望する男。
下半身、そして仲間から裏切られ心すら砕けた男。
自身が築いてきた宝と、己の力へ喪失感を抱く男。
この悠久化した世界では彼ら彼女らは死ねず、ただただ苦しむばかり。
ソレが、悪魔にはエネルギーと成り得る。
『智彦によって消された悪魔は、これを餌にしていたのか……ふむ。だが雑味が多くて好みではないな』
とりあえず知り合いにくれてやろう、と。
霧へ紛れる様に、2つの赤い月は消えていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます