三人目 他
扉を開けると、薬品の様な独特の匂いが鼻腔へと絡み付いた。
あぁ、歯科医で嗅いだ事あるな、と。
智彦は保健室の中へと足を踏み入れる。
「あら、いらっしゃい」
目に五月蠅いLEDの光源の下。
妖艶な笑みを浮かべる白衣姿の若い女性が、椅子に座ったまま智彦を迎え入れた。
「少し待ってて下さい」
智彦は保健医らしき女性を一瞥し、明るい室内を見渡す。
規則正しく並んだ20台ほどのベッド。
多くの薬品類が鎮座する薬棚。
大き目の姿見、人体模型、各臓器の模型。
衝立と、その向こうに並んだ机と椅子。
自身の通う学校のと比べ三倍ほど広いなと感想を抱きつつ、体育館で保護した用務員をベッドへと下ろした。
どうやら、妖刀による悪影響は出ていないようだ。
巻き込んでしまった事へ心の中で謝罪しつつ、妖刀をどうにか処分すると約束する。
一瞬、ポケットの中の金属球がブルリと震えたが、智彦が少し握ると、それは収まった。
改めて、智彦は室内を観察した後、保健医へと口を開く。
「お待たせしました」
「いいえ、彼はハズレを引いたのかしら?早く解毒剤を見つけなきゃね」
ハズレとはどういう事か。
保健医の言葉に、智彦は内心首を傾げる。
(……あぁ、そういう事か)
用務員がハズレのジュースを飲んで。
タイムリミットが近く、死にかけてるのだ、と。
保健医はそう勘違いしていると、智彦は考えた。
(つまり、この人達は俺達の情報を詳しく知らないのか)
雑だなぁと思いながら、智彦は短く息を吐く。
雑で綻びが一杯ありそうなのに、それで今まで成り立っていたのだ。
例えが漫画的ではあるが、有能な舞台監督がいると言う事、だろう。
(あの学院長も、俺が星夜と入れ替わってる事を知らなかったみたいだし……それだけの力があるって事か)
そもそも、だ。
語り部が集ったあの部屋の出来事は、警備カメラで見られていたはずだ。
であるのに、こっちを気にもかけない鐙原学院長の言動。
あの御方とやらは、雑さを簡単にフォローできる程の存在なのか。
自身を気に留めずどうにかできると考える程に力を持っているのか、と。
智彦は警備カメラに目を向け、眼を細めた。
「それじゃあ始めましょうか。ココでは貴方に解毒剤を探して貰うわ」
何処から取りだしたのか。
保健医は医療用のメスを弄びながら、智彦へと妖艶な吐息を漏らす。
「見ての通り、ココには薬品が一杯。で、貴方はこの中から解毒剤を探すの」
「はぁ、何とも悪趣味な」
解毒剤、と丁寧にラベルを貼っているわけでは無いだろう。
A3サイズの紙面一杯に最小フォントサイズで埋め尽くされた「ぬ」から、「め」を探すようなものだ。
先程の妖刀とは別の意味で理不尽だなと、智彦はつい口角を上げてしまう。
理不尽には、理不尽で返せばよい。
智彦は、保健医の心を破壊せんと……。
「でも安心していいわよ。ちゃーんとルールは作ってあるわ」
智彦の動きが止まる。
どんなルールか。
それは、智彦が手に取った薬品を保健医に確認できる、というモノだ。
何の薬品か。
どんな薬品か。
解毒剤であれば、ちゃんと解毒剤と答えてくれるらしい。
「嘘は絶対につかないわ。信じるかどうかは貴方次第だけどね……さぁ、始めましょう」
前の2つと比べれば、比較的、助かりやすいルールであろう。
保健室内の薬品類を、片っ端から確認すれば良いのだ。
良いのだが……。
(妨害はしない、とは言ってない、か)
結局は、スポンサーとやらを喜ばせるための茶番だ。
あえて殺気を隠した智彦は、まずは姿見横にある薬品棚を見る事にした。
(そういや富山の薬売りってシステム、今もあるのかな)
ふと、時代劇を何となく思い出した、智彦。
薬品棚横の姿見に彼の全身が映った瞬間、姿見の中から白い腕……いや、骨が飛び出した。
『ア ア゛あ゛ア゛ァアア゛ァぁア゛!!』
生前に着ていたであろう灰色のスーツ。
頭部に残る、黒く長い髪。
未だ所々に焦げ茶色の肉片が残る骸骨が、智彦の腕を掴み、姿見の中へ…!
「骸骨って喋るのか。よっ、と」
逆に、智彦が姿見から骸骨を引き摺り出し、床へと投げ捨てた。
そのまま頭部を踏み砕くと、骸骨は言葉を発する間もなく、塵芥となり消えて行く。
見ると姿見の鏡面は黒くなり、何も映していない。
「……は?」
後ろから聞こえる保健医の声を流し、智彦は場所を変える。
次は、臓器の模型群だ。
模型の中に、解毒剤があるかも知れない。
腸部分の模型を手に取ろうとした智彦の耳に、金属が擦れる音が響いた。
なんと、後方にある人体模型が動き出したのだ。
感情の無い顔ではあるが、智彦へ底知れない害意を放っている。
蠢く、剥き出しの筋肉と臓器。
人体模型は筋肉が悍ましく動くその手で、智彦の首を…!
「触るな」
締める前に、智彦の裏拳が炸裂し、人体模型の頭部を破壊。
振り返ると同時に、今まさに崩れ落ちる人体模型の心臓部分を蹴り上げた。
「
紅い瘴気を纏った人体模型のパーツが、消えて行く。
その向こうには、震える保健医が床へと持っていたメスを落とした。
「さて、あと一匹」
抑揚ない声で、智彦は天井を見上げる。
大き目の冷暖房機が、静かに低い音を響かせている。
その奥|……衝立の、向こう側の部屋の隅。
闇が、動いた。
『アキャーっ!!』
多くの血を啜った為か。
全身が赤黒い女が、その双眸に凶悪な光を灯らせ、天井から逆さになり智彦を強襲した。
鋭く伸びた爪が、智彦の頸動脈を掻っ切…。
「これで最後かな」
る前に、智彦が逆さ女の首を掴み、床へと勢いよく落とす。
逆さ女は頭の内包物を床へとぶちまけると、痙攣しながら黒い砂へ変わって行った。
「……さて」
「あ、ひっ!? ま、ままま、待!」
無表情のまま、智彦は保健医へ近づく。
保健医は震える手で床に落ちたメスを拾い上げ、智彦へと向けた。
「このまま解毒剤を出して頂ければ、何もしません。ですが、抵抗するなら……」
智彦は保健医のメスを指先で掴み、まるで粘土で遊ぶようにこねていく。
歪な三角錐になったメス。
ケガ一つ無い智彦の指。
保健医は慌てて立ち上がり、衝立の向こう……机の真下に貼り付けてある錠剤を、智彦へと差し出した。
「有難う御座います。あと、全部終わるまであの用務員さんを見ていて下さい」
「は、はい!」
「変な気は起こさないでください、あと逃げるのも止めて下さい」
「ぇ、はい………」
「逃げないで下さいね」
「ひゃいいいいいっ!」
殺気を言葉に練り込むと、保健医からアンモニア臭を発しながら、床へと腰を抜かす。
後は、本当に他力本願で申し訳ないが、あの人達に任せよう。
智彦は奪い取ったメスを、警備カメラのレンズ部分へ投げ捨て。
保健室を後にした。
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