二匹目


第一体育館。

見通しの効く不思議な闇が支配する学院内で、そこは、天井から下がる照明が煌々と輝いていた。


(こっちが飛んで火に入る側、ね)


智彦が金属製の引き戸を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でる。

その流れに、殺気が色濃く混ざり始めた。


扉が、重低音を奏でながら閉まった。

虫の音は無く、静寂が耳に痛い。


(逃がさない、って事か)


智彦は、殺気の発生源へと目を向ける。

体育館の中央。

そこに、ツナギ服を着た30代程の男性が佇んでいた。

恐らく、この学院の用務員だろう。

とは言え、腰に日本刀を携える点が異常ではあるが。


『くくくっ、ようこそ、今宵の生贄よ。待っていたぞ』


「貴方を倒せば解毒剤が手に入るんですか?」


『然り。随分と肝が据わった男だ、くくくっ。この前は図書館で斬ってしまったので後始末が大変だったが、ここならば思い切りやれる』


男性は智彦を認めると、日本刀を抜き、構えた。

刀身が、天井からの光を鋭く反射する。

対する智彦は、素手。

周りには武器になるようなモノは無い。

智彦は首を傾げ、男性へと尋ねる。


「武器を持ってない相手に日本刀って……不公平では?」


恐らくだが、今までも同じような事をして来たのだろう。

その際、アレの犠牲となった生徒はどう思ったのか。

智彦に、小さな怒りが灯る。


『すぽんさーなる御仁は、ソレを望んでいるのでな。我とて本意では無いのだよ』


男性は、日本刀を構えたまま言葉を紡ぐ。

どうやら警備カメラでココを見ている連中は、試合では無く一方的な殺戮を見たいとの事。

日本刀で両断され、臓物を撒き散らし、生への執念を零しながら眼から生の灯火が消えて行く様を眺める……そういうオーダー、らしい。

その内容を語る男性は口では不本意と零すが、その声音は弾んでいる。


『まぁ結局はな、人の生き血が啜れれば良いのだよ、我は。ではの、運の無い若人よ』


言葉が終わると同時に、男性が動いた。

凶刃が、流れる様な動きで智彦への腹へと食い……。


『んなっ!?』ガキィン


込まなく、硬い音を立てて弾かれた。

男性はすぐさま凶刃を構え直し、智彦を睨みつける。

一方智彦は無表情のまま、男性の各部位へときょろきょろと視線を移動させていた。



『ほぉ、鉄板でも仕込んでおったか。その生への執念、良き哉良き哉。では、その賢しさごと斬り伏せようぞ』



日本刀の刃が、禍々しい緋色へと染まる。

息を吐く、音。

そして、再び強襲。

今度こそ、緋色の凶刃が智彦の腹部を裂……。


「あぁ、古堂さんの話にあった日本刀ってコレか。成程」


く事は無く、智彦はその鋭利な切先を右手で掴んでいた。

体育館内に静かに響く、智彦の声。

先程と同じく無表情のまま、次は日本刀へと目を向ける。


『ぐぬっ!?』


それは本能で何かを感じ取ったのだろう。

男性は日本刀を智彦の手から引き抜こうとするも、微動だにしない。

併せて智彦の手に傷一つも刻まれていない事に、恐怖を抱く。


『離せっ!ぐ、ぬぅ!う、動かん!?』

「本体はこの日本刀、かな?危なかった、無関係な用務員さんを傷つける所だった」


智彦が、拳に力を籠める。

すると、凶刃が……ぐにゃりと歪んだ。


『ぎにゃああああああああああああああっ!?!?!?!?』


男性が叫ぶと同時に、その手から日本刀が離れる。

崩れ落ちる男性を智彦は肩で受け止め、そのまま床へと横にした。

息がある事を確かめ、安堵する。


「妖刀とかそう言う部類かな。さっきの女子と言い、この学院自体があの村みたいになってるな」


智彦は日本刀の刀身を掴み、捩じり始めた。

日本刀は意思を持つようにカタカタと震えるが、智彦の手からは逃れられない。


「……ん?」


歪な音を上げ、日本刀の柄部分が外れた。

床に散乱していく様々なパーツの中に、丸薬を包んだ油紙が混ざる。

解毒剤の様だ。


「……平伏って事?いや、降伏?」


智彦の問いに、刃部分だけとなった日本刀は震える事で肯定した。

敵わないと悟ったのだろう。


が、智彦の手は止まらない。

刀身を捩じり、曲げ、畳んで行く。

勿論、智彦の手に傷が刻まれる事はな無い。


「さっきの女子もそうだけど、自身が狩られる側になる可能性があるって想像してないよね」


少なくとも俺はそう言う気構えで生き延びたよ、と。

絶叫を上げるかの如く激しく震える金属片を、智彦は両手で転がした。


出来上がったのは、昔見たマウスのボール部分程の球体。

智彦はソレをポケットに収めると、丸薬を拾いつつ気を失っている用務員を背負った。


(保健室が目的地だから丁度いいな、ベッドに寝かせよう)


最早ここに用は無い。

智彦は、日本刀が収まっていた鞘を踏み抜き。

ガゴン、と。

扉を蹴破りつつ、次の目的地へと向かった。

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