一人目
パチリ、と。
篝火が弾け、火の粉が舞った。
空に光源が無いため、火の揺らめきが幻想譚の様に世界を切り取る。
場所は、翔志館学院の弓道場。
燈色の灯りが、射場に所狭しと飾られた表彰状やトロフィーの影を揺らす。
(弓道場ってこういう作りだったっけ?)
智彦の目に映るのは、板張りの射場から200メートルは離れた、的場。
元々こういう作りなのか、得体の知れない力で造られたのかは解らない。
だが、最奥にて篝火で照らされた弓道の的……に括りつけられた解毒剤らしきアンプルを見るに、悪意は存在している様だ。
カツン。
智彦の足元に、矢が鋭く刺さった。
智彦は驚いた様子も無く、矢を一瞥し、的の方へと足を進める。
カツン。
ズシャ。
ズシャ。
智彦の足元に、続けて矢が刺さった。
ソレは確実に、智彦を的として捕らえ、正確になって行く。
それでも、智彦は怯えないし、止まらない。
そんな智彦の様子に嘲笑を浮かべる、影。
影は的場の屋根の上から、智彦へと矢を引いていた。
(あははっ、怖くておかしくなったのかなぁ?)
影は再び、矢を放つ。
反動で、影……彼女の黒髪が、左右に揺れた。
彼女は、この学院の弓道部のエースだ。
とは言え、それは実力で得たモノでは無い。
鐙原学院長の言う
その契約とは……。
(
彼女はスポンサー……雲の上の存在であるお偉方を意識し、警備カメラへと視線を向ける。
良いところを見せようと自身を鼓舞し、再び、矢を引いた。
(去年は忌避感あったからグダグダだったけど、楽しさ知っちゃったからなぁ)
今までのは、相手を怖がらせる為にわざと外していた。
期間限定ではあるが、200メートル以上もの距離で百発百中を誇る異能だ。
外すわけ無いと、女性は唇を歪める。
狙うは、あの冴えない地味な男の肩だ、と。
彼女は狙いをつける。
肩をまず射貫き、痛みを与える。
次は、脚。
出来れば膝がいいだろう。
そして地べたを這って逃げようとしたら、腕を射抜き地面へと固定。
その後は……。
(美味しく料理、ってね!)
彼女から、どす黒い悪意が乗せた矢が放たれた。
矢は智彦の肩を……。
「……はっ?」
彼女はつい、声を上げてしまった。
が、それも仕方のない事だろう。
彼女が放った……目視不可能な矢を、智彦がパシンと掴んだからだ。
智彦の表情無き視線が、彼女を捉えた。
(やばっ!)
この距離、この暗闇でどうやって?
そう考えるも答えは出せず、彼女は口を噤み、場所を少し移動。
続けて、智彦へと矢を放った。
ヒュン『パシン』。
ヒュン『パシン』。
ヒュン『パシン』。
(な、なんなのぉアイツ!?)
放った矢が。
心臓すら狙った殺意が。
悉く、掴まれる。
しかも、矢を一切見ていないのだ。
足音が、徐々に大きくなってくる。
彼女の手はカタカタと震え、弓を持つ手が汗で濡れた。
それでも矢を放つが、もはや見当はずれの場所へと矢が刺さる。
(ダメ!アイツおかしいよ!逃げなきゃ!)
智彦との距離は、およそ100メートル。
この場から逃げ、レクレーションが終わるまで身を隠そう。
スポンサーを失望させるだろうが、また機会がある!
そう、踵を返そうとした彼女の耳に、空気が避ける音が聞こえた。
同時に……左手が痺れた感覚。
「……え?」
彼女が見たのは、肘から先が無くなっている自身の左腕だった。
赤く染まる視界に、初めて激痛を覚える。
「ぎぃあああああああああ!?いだぁ!いだぁぁぁ!」
「ぁー、力加減間違えた、かな?貫通させるつもりだったんだけど」
智彦の言葉が、死神の鎌の如く彼女の耳へと入る。
次は、右足の痺れ。
右足の膝が破裂する様を見ながら、彼女は屋根から転がり落ちた。
「んぎいいいいいいいいっ!手がぁぁ!あじがぁぁぁ!いだいよぉ!」
「コレでも駄目か。難しいな……でもまぁ、いいか」
智彦は余った矢を地面へと投げやり、彼女を一瞥。
そのまま的に括りつけられた解毒剤を取り、ポケットへと収めた。
(掴んだ矢を!もしかして投げたの!?ありえ、ない!ありえない!)
智彦へと汚い言葉を投げつけたいが、痛みがだんだんと酷くなる。
汗が目に入り、口で息をする度に、彼女の口からは涎が溢れた。
併せて襲い掛かる、未来の喪失。
弓道にて名声を得て日本の歴史へと君臨するという、彼女が思い描いた将来図が、崩れていく。
「びどいぃ!もう弓道がでぎなぃじゃないぃ!わだじの腕ぇ!腕がぁぁぁ!」
人を殺そうとして何を言っているのか。
智彦は内心で呆れながら、的を照らす篝火から燃え上がる木片を掴み取った。
「まぁ、
智彦が、未だ血の流れる彼女の腕の断面に、火を近づけた。
両名の目に、オレンジの光が揺れる。
「な、なにずる気、なの!?ま、まっで!ご、ごめ」
「俺もね、あの村でこうやって止血したもんだよ。多分気絶するけど……後でね」
「ぁ……、いや!だずげ、あ、あああああ!待」
絶叫。
だがその声は木霊せず、空に広がる闇へと攪拌された。
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