四人目

闇に漆黒のまま佇む部活棟は、壮大であった。

大きいコンテナが規則正しく積まれた、秩序ある列。

如何に多くの部活が存在し、如何に多くの名声を手中に収めたのか。

それが理解できる程の、圧倒的な存在だ。


(けど、結局は異能を使って得たってオチ、か)


勿論全部ではないだろうが、一人目の女子の様に。

あの御方・・・・と言う存在に力を与えられ、それを使い得た名声。

それが、いかにその道で努力している人を馬鹿にする行為かと考えていると、智彦はつい噴き出してしまった。


自分もそうだ、と。

自身の両手を見つめ、智彦は目を細める。


生き残る為に手に入れた力。

走れば。

跳べば。

泳げば。

投げれば。

持ち上げれば。

まず間違いなく、世界記録を出すだろう。

だがそれは、先ほど言ったように、その道で努力している人を嘲笑う事となる。

いくら、自身で……文字通り死に物狂いで手に入れた力とは言え、だ。


(かと言って、手を抜く、いや、力を抑えるのも失礼になるんじゃないかな。……難しいや)


けどまぁ、敵対者には遠慮はいらないよね、と。

誘蛾灯に誘われる蟲の如く、智彦は照明が灯された部室へと入った。



「やぁやぁ、よく来たね。歓迎するよ」



部室の中央に座る、眼鏡を付けた長身の男子生徒。

その顔には、智彦を小馬鹿にする笑みが張り付いている。


智彦は、部室内を見渡した。

どうやら、チェスを扱う部活の様だ。

弓道部と同じく、部室内の至る所に名声を誇示する表彰やトロフィーが飾られている。


「まぁ座りたまへ。まずは自己紹介、僕の名前は石津いしづ 弥太郎やたろう。僕の名前を聞いた事あるかい?あるよね?何せチェスの世界大会学生の部で優勝をしたのは何を隠そう僕だからね!」


石津の前には、高級そうな木製のチェスが置いてある。

彼は智彦へ座るように、手で促した。


「おぉっと君の名前は必要ないよ。今から死ぬ相手の名前を覚えるなんて無駄だからね。ほら、座りたまへ……チッ」


未だ席に座らない智彦へ盛大な舌打ちをしたかと思ったら、何やら納得したような顔つきになり、石津は一人勝手に頷いた。

やはり、その眼には嘲りが浮かんでいる。


「あぁ、成程成程。状況を理解できないのか、成程。ならば教えてやらないとな」


盤上に置かれたチェスの駒を弄びながら、石津は尊大な態度で、智彦へと説明し始めた。


「これから君は、僕とチェスで勝負するんだ。チェスに勝」

「いや、お断りします」


石津の言葉を、智彦の拒絶がぶった切る。

ある程度ではあるが、智彦はチェスのルールを知っていた。

上村の家で、フリーのパソコンゲームをする程度ではあるのだが。


「チェスの持ち時間は最低90分ですよね、間に合わなくなります」

「傲慢だな。君相手に僕が90分も使うと?」

「それは無いでしょう。俺、チェス弱いですから」

「そうか。なら、精々抗いたまへ!解毒剤が欲」

「いえ、だからお断りします。それに……」


一呼吸。



「わざわざチェスに付き合う必要は無いですよね?」



ゲームではないのだ。

クイズやカードゲーム等で戦う、意味も義理も無い。


智彦が、圧と共に足を一歩、進める。

石津はつい、椅子ごと後ろへと下がってしまった。


「おおおおお、おい!解どきゅ剤がほ、ほほほ、欲しくはないのか!?」

「欲しいですよ。だから、こんな方法はしたくないんだけど……」


パシン、と。

智彦が、石津を頬をやさしく叩く。

石津の眼鏡が勢いよく飛ぶと、壁へとぶつかり四散した。


「解毒剤は何処ですか?」


パシン、と。

反対側の頬に再び、智彦のきわめて優しい平手打ち。

次は、石津の口から白いモノが数個、飛び出す。


「解毒剤は?」


パシン、と。

やさしくも鋭い音が響く直前に、石津はチェスの駒を指さした。


「キンギュの中にぃ!割るど、解どきゅじゃいが、入っでまじゅ!」



浅く頷いた智彦が、盤上の白いキングの駒を指先で砕いた。

だが、中身は、無い。

一緒に砕いたという訳でもなさそうだ。


智彦は、つい笑顔を浮かべてしまう。



「……解毒ざ」

「反対側ぁっ!あっぢ!黒い゛ぼうのキンギュでぇぇぇぇえええええす!」


再び構えられる、智彦の平手。

石津は絶叫しながら、意識を手放した。


「ありゃ……、まぁさっきの保健室に運ぶか」


全て終わった後に、洗いざらい吐いて貰おう。

智彦は気絶した石津を背負い、監視カメラへと視線を向ける。


「次は、教会、かな」


この後に、学院内で一際嫌な気配を感じる教会へ向かう、と。

それは、ささやかな宣戦布告であった。

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