三人目


三人目は私なのね?

……あぁ、ごめんなさい。

退屈な時に髪を弄るのが癖なの。

気にしないでいいわよ。


では、始めまして、堀君。

私の名前は岩上いわがみ 朱里あかり

三年生よ。

部活動は吹奏楽部に所属しているわ。


やっぱりこの学院は大きいわね。

私、これでも記憶力は良い方なの。

なのにいくら思い出しても、貴方を見た事が無いのよ、私。


ふふっ、相変わらず無表情なのね。

ただ、貴方を見た記憶が無いのは本当よ?

転校して来たのかしら?

もしかして、復学?

それとも、ずっと保健室に籠ってたのかしら?

……だったら、ごめんなさい。

あそこは、心に傷を負った生徒の教室代わりだもの。


ねぇ、堀君?

貴方って、人をいじめた事、あるかしら?



 ある

 ない

→いじめられていた



そうなの?

確かに、あなたは地味だし普通に見えるけど。

けど、いじめられているような雰囲気ではないわね。


もしかして、自力でいじめを止めさせたり克服したのかしら?

だったら、貴方は大した人だと思うわ。

えぇ、誇っても良いと思うわよ?


いじめは最低よ。

私の持論は関係ないから省くけど、毎年いじめが原因で多くの人が亡くなっているわ。

その多くは、自殺。

數にすると、毎年約500人の学生が死んでいるの。


……本当に、くだらない。

本人は死を選ぶ程の苦痛なのは解るわ。

けど、一番苦しむのは家族や知人なの。

残された人は、何故あの時……と言った後悔を人生に背負ってしまう。

転校など、逃げる選択肢もあった。

警察を頼るなど、反抗する選択肢もあった。


何より、自殺なんかしても、加害者には何もペナルティが無いのよ?

それどころか、加害者の未来を守るなんて馬鹿げた事を言って加害者を被害者へと挿げ替える。

そんな事が、もうずっと行われているのよ。

学校が隠蔽する事も多いし。

死に損、って言っていいのかしらね。


とは言え、今は良い時代になったとも言えるわ。

SNS上で、加害者が特定され、その情報が拡散される。

加害者及び擁護者は途端に、社会的に攻撃される身と化すの。

この場合、加害者が本当に被害者になるのかも知れないわね。


ただ、加害者がその後どうなったのか。

何か罰があったのか。

結局、大事な部分がぼやけ、時の流れに消えて行く……。

日々の情報量に埋もれ、人々の記憶から悲劇が喪失していくのはやるせないわ。


個人的には、加害者は惨めったらしく死んで欲しいのだけれど。



もし私の身内が虐められ命と絶ったとしたら、私は加害者を絶対に許さない。

大切な人が奪われる絶望を、等しく与えようかしら?

加害者が大人になり、家庭を持った時に復讐をするのが、一番良いと思うのよ。


配偶者もしくは子供を時間をかけて甚振り、殺すの。

あぁ、いや、実際に手にかけるのは犯罪よね。

ならば、死を選びたくなる程の痛みを与えてやればいい。

その様子を録音もしくは録画して、死体と一緒に置くのが望ましいわ。


「大切な人を奪われる気持ちを理解できましたか?」って。


人を虐めるようなゴミは、その位やらないと自分の罪に気付かないわ。

アイツ等は、虐めた奴を替えが効くおもちゃの様にしか見ていない。

だから、誰かが教えてあげないといけないのよ。

加害者の大事な人を使って、ね。

えぇ、絶対にそうだわ。




……ふふっ、ちょっと過激な事言ってしまったわね。

ごめんなさい、堀君。

怖かったかしら?



 怖かった

 怖くはない

→気持ちは解る

  


……うふふ。

堀君、貴方素敵ね。

無表情だけど、今のは適当な相槌では無いのは解ったわ。

つまり、貴方が虐められていた、と言うのは本当なのね。

復讐、したのかしら?

そうだったらどのように復讐したか、今度教えて頂戴?



……今から話すのは、携帯電話も無かったちょっと昔の話。

貴方みたいに強くなかった女子の。

いじめられ、その命を無駄に散らした、可哀そうな子の、悲劇。



当時、この学校は今ほど機械類に頼っていなかったの。

今はあらゆる場所にある監視カメラ……いえ、警備カメラね。

アレが整備されたのは、約20年ほど前なの。

アレのお陰で校内におけるいじめは……表立ったモノは、少なくなったみたい。


だけど、アレが無かった頃は酷かったそうよ?

何せ生徒の数が今よりも多いし、いじめが今より深刻視されてなかった時代。

教室の後ろの方で恐喝があってたり、廊下で暴力沙汰が当たり前。

虐められる奴が悪い、情けない、男らしくない。

そんな価値観がまかり通ってたの。


そう言う連中がそのまま大人になっているのよ?

老害とまではいかないけど、今のいじめ問題の足を引っ張っているのは簡単に想像できるわ。

ああいう連中は、自分が若い頃は当たり前だった、な無価値な思想を持ってるもの。


勿論、女子の方でもいじめはあっていたわ。

男子と比べ、陰険で陰鬱でねちっこい性質のね。



いじめの被害にあっていたのは、飯干いいほし あずささん。

時期は、2年生になって少し経った……丁度、今頃ね。


飯干さんは小柄で、小動物を思わせるような可愛さだったそうよ?

表情豊かで、クラスのムードメーカー。

男子だけではなく、女子からも好かれていたの……とある事が起きるまではね。


ある日、飯干さんはクラスの男子から告白を受けたの。

相手は、当時はクラスで一番人気のあった男子。

例えるなら、頭にバンダナを巻いてローラースケートで動き回るのが似合いそうな男子。

名前はどうでも良いので記憶にないわ。

えぇ、記憶力が良いと言ったけど、覚える必要も無かったから。

と言うか、この男子のせいで飯干さんが虐められるようになったのよ。


……そうね、それじゃあ便宜上、堀、って名前にしておきましょうか。

ふふふっ。



告白は、ラブレターや屋上への呼び出しは一切なしで、クラス内で堂々と行われたの。

堀としては男らしく堂々と、な思いだったんでしょうね。

自分が如何にモテて、如何に女性からの関心を集めているか知ってたくせに。

飯干さんは、堀からの告白されてどうしたと思う?



→受け入れた

 断った



えぇ、そうよ。

飯干さんも、以前より堀に好意を持っていた。

だから、堀からの気持ちに喜んだし、彼の告白方法に感動したの。

その日から、晴れて二人はカップルとなったわ。


ただ残念ながら、周りからの評価は「釣り合わない」だったの。

飯干さんは可愛いとは評されてはいたわ。

でも、彼女のクラスには飯干さんと比べ美人の娘が居て、しかも彼女は堀と幼馴染だったの。


当然、その幼馴染は、堀に好意を抱いていた。



ねぇ、堀君。

あぁ、今の呼びかけは貴方によ?

幼馴染の子は、飯干さんと堀が恋人になる事に、納得したと思う?



→納得した

 納得できなかった



貴方はそう思うのね?

そうね、彼女が……津留つる みすずって名前だったかしら。

津留さんが、幼馴染の彼の幸せを祝う事が出来る人間だったら、良かったのかも知れないわ。


残念ながら、津留さんは嫉妬に荒れ狂ったの。

堀とは長年ずっと一緒で、気持ちが通じ合っている。

最早夫婦の様なもので、将来は一緒になる運命だった。

そのように考えていたのね。


つまり彼女にとって、飯干さんは……古い言い方で言うと泥棒猫だったの。

ふふっ、津留さんはどんな行動をしたと思う?




 別れるように頼む

→様子を見る

 やっぱり諦める



あら、貴方であればそうしたのね?

そうよね。

もしかしたら、お互い合わなくてすぐに別れる可能性もあった。

高校生の恋愛が大人まで……結婚まで続くなんて、稀なのにね?


だけど、津留さんは違ったの。

早めに引き剥がさないと取り返しのつかない事になる、って考えたのよ。

津留さんは、飯干さんを呼び出した。


「飯干さん、彼と別れて欲しいの」


津留さんは、自分は彼と幼馴染だって事も伝えたわ。

長年、好意以上のモノを抱いていた事も。



でも、飯干さんは譲らなかったの。

当り前よね。

片思いしてた人と、実は両想いだった。

手放したくないはずよ。



だから、津留さんは強硬手段に移った。

……ふふっ、違うわね。

道を踏み外した、って言えるわね。

要は、飯干さんをいじめ始めたのよ。



まずは、言葉から。


「あんたは彼に相応しくない」

「あんたと付き合う彼が可哀そうだ」


津留さんは、飯干さんを傷つける言葉をぶつけ始めたの。

飯干さんの容姿や性格を貶める内容と一緒にね。

それはすれ違いざまだったり、飯干さんに聞こえるようにボソリとだったり。

堀の居ない場所で、津留さんは執拗に飯干さんを辱めた。


ふふっ、勿論、飯干さんは堀へと相談したわ。

でも、堀としては、自分の幼馴染がそんな事を言うイメージが湧かなかったのね。

バカな事に、気のせい、君に向けた言葉じゃないんだろう、な見当違いな事をほざいたようよ?

この段階で堀が何かしら行動して置けば、結末も違ったものになったでしょうにね


津留さんの行動は、次第にエスカレートし始めたわ。

飯干さんが堀と付き合いだして面白くないのは、津留さんだけでは無かった。

堀へと好意を持っている女子が、津留さんへと同調し始めたのよ。

主犯格は、津留さん含め三人だったみたいだけどね。


私物を隠したり。

トイレでは水を掛けたり、閉じ込めたり。

タバコを押し付けたり、階段から突き落としもあったそうよ?

堀にバレない様に、ね。


この辺りからは、もはや飯干さんと堀を別れさせるのが目的じゃなくなったみたい。

飯干さんだから、いじめる。

手段と目的が入れ替わっちゃったのね。


飯干さんは、それでも堀が助けると信じていた。

津留さんのいじめを止めさせるよう、訴えたの。


痩せた上に笑顔が消えた彼女を見て、流石に堀も気が付いたみたいね。

でもこの男の愚かにも、幼馴染である津留さんを切り捨てる事が出来なかったの。

なんと、口頭注意だけで済ませてしまったのよ。



堀君、彼女は……津留さんは、いじめをやめたと思う?



 やめた

→やめなかった



うふふ……、少し考えれば、逆効果になると想像できるのにね?


堀としては、幼馴染ならば改心すると信じてたんでしょうね。

でも、それがいけなかった。

津留さんは、ますます闇を抱いてしまったの。



ただ、津留さんは愚かではあるけど馬鹿では無かった。

同じ事を繰り返しても、何も変わらないと思ったの。

そこで、確実に別れさせる手段を選んだのよ。

箍が外れたからこそ思いついた、最低なモノを。


その日、津留さんは飯干さんへ今までの事を詫びたの。

併せて、仲直りしたいから食事をおごらせて欲しい、と。


飯干さんは、喜んでそれに飛びついたわ。

あぁ、彼が私を救ってくれたんだって、喜びながらね。




待ち合わせは、とある繁華街の一角。

辺りは薄暗くと共に、賑やかともなって行く。

飯干さんは若干不安を覚えながらも、津留さんを待ったの。


「あんたが、飯干梓?」


飯干さんに声をかけてきたのは、男性だった。

威嚇するようなポンパドール……通称リーゼントって奴ね。

当時基準で見た不良と言われる、危なそうな男だったの。


「へぇー、いいじゃん!今日はよろしくね」


「な、なんなんですか!? 触ら、ないで下さい!」


面食らったのが、飯干さんよ。

いきなり知らない男が名前を呼んできて、しかも体を触って来る。

嫌悪感が背筋を這いずるも、恐怖で足が動かなかったみたい。


……この辺りは、申し訳ないけど省略させて貰うわ。

本当に胸糞悪いの。


要は、津留さんは所謂「出会い系」を使ったの。

飯干さんの名を使い、待ち合わせ場所と時間を伝えて、ね。


結果、飯干さんは純潔を散らした。

必死に抵抗したんでしょうね。

体に痣が出来てたそうよ。


……津留さんの悪意は止まらなかったわ。

その後、そう言う施設から飯干さんが出てくる場面を、撮影したの。

知ってるかしら?

昔はスマフォやデジカメなんて無かったから、フィルムで撮影していたのよ。

逆光は勝利と言う名言が残るくらい、撮影に技術が必要だったの。

ポラロイドはまた流行ってるから知名度はあるのだけれど。


……話がちょっと脱線したわね。


撮影された写真は、飯干さんのクラスの黒板に貼られていたそうよ。

「恋人以外の男とラブホテルから出てくる」写真。

それだけで、飯干さんは地獄へと突き落とされた。


……勿論、飯干さんと堀は、別れる事になった。

飯干さんが必死に弁明するも、聞く耳を持たなかったみたいね。


そして、少しの停学帰還後にいじめが拡大した。

堀に好意を持ちつつ諦めていた女子が、参戦してきたの。

彼女達からすれば、飯干さんは「堀という彼氏が居るのに他の男と寝た阿婆擦れ」扱いになったのよ。


それからは文字通り、針の筵。

クラスに……いえ、学校自体に居場所が無くなる程にいじめが過熱化したの。

どの様ないじめだったのかは……ご想像にお任せするわ。


女子だけじゃ無いわ。

男子も、彼女ならば簡単に股を開くと思い、下心だけで接してくる。

それを断れば、激高した相手に暴力を振るわれる。

勿論、堀が庇う事も諫める事も無かったの。


飯干さんは教師や家族に相談したけど、自業自得だと一蹴された。

悲しい事に、無実を信じて貰えなかったみたいね。


でもね、飯干さんには救いがあった。

季節は初夏、もう少しで夏休み。

そうすれば、皆に合わなくて済む。

田舎に住む祖父を頼り、転校しよう……そう、考えてたの。


だけど、夏休み前の終業式で、事件が起こったのよ。

飯干さんは、津留さん達にとある空き教室へと連れていかれたの。

終業式の前に、ね。



「貴方が居ると彼が嫌な顔するのよ、終わるまでココに入ってなさい!」


津留さんによって、飯干さんはロッカーに閉じ込められたの。

よくある長方形のロッカーよ。

男子ならばまず入らないのでしょうけど、飯干さんは小柄だから少し窮屈程度だった。

……あぁ、堀と津留さんはこの時すでに付き合ってたみたいよ?

浮気され傷心した堀はさぞ墜としやすかったのでしょうね、ふふっ。


ガチャリと鍵をかけて、津留さん達は空き教室を後にしたわ。

茹るような暑さ。

蝉時雨の音に混ざり、ロッカーからすすり泣く声が響いてくる。


何で私がこんな目に。


飯干さんは暗いロッカーの中で、この短い間の事を振り返ったの。

何が悪かったのか。

何がいけなかったのか。



(堀君が悪いんじゃない……!)



暑さで朦朧とする中、飯干さんが結論付けたのはそれだったの。

彼に告白されてから、全てが狂いだした。

彼と付き合うようになって、いじめが始まった。

幸せより不幸が多かった。


でも、良い子だったんでしょうね。

飯干さんは恨みに支配される前に、何とか我に返ったの。


(朦朧としてるからこんな事を考えるのよ、外に出よう)


いくら鍵を掛けられたとはいえ、ロッカーは内側からは簡単に開ける事が出来るのよ。

その辺は津留さんも解っていて、だからこそ、終業式の間はロッカーに入ってなさいと言ったんだと思うわ。


そう、飯干さんは普通にロッカーから脱出できた……はずだったの。


「……あ、あれ!?開かない!?」


でも、不運と言うか、何かの悪戯と言うか。

それとも、何か良からぬ力が作用したのかしら。

ロッカーのカギが壊れてしまっていたのよ。


「誰か!開けて!助けて!」


大きな声を張り上げるも、全校生徒は終業式中。

終業式が終わるまで、助けは望めそうにない。


やがて、ロッカーを叩く音も、声も、小さくなって……何も聞こえなくなったの。



その後、夏休みが終わって2学期が始まったわ。

青春を楽しんだ津留さん達は、飯干さんが居ない事に気付いたの。


「ついに登校拒否かな?」

「やったじゃん!」


津留さんを始め、クラス全員、飯干さんが居ない事をよろこんだの。

酷いわよね。

きっと、閉じ込めたままという想像もできなかったんでしょうね。

彼女の両親も、捜索依頼を出す事は無かったそうよ。

ちょっとした愛憎で、良くもまぁここまで不幸を築けると思うわ。


……えぇ、そうね。

飯干さんは、居なくなってしまったの。

消えた、と言うのが正しいかしら?

ロッカーは閉まったまま。

だけど、悪臭がするとかは無かった。


ならば、飯干さんはどこに行ってしまったのか……。

ふふふ、それは彼女をいじめた人が知る事になったの。




まず一人目は、彼女の不幸の発端となった、堀。

彼はサッカー部で、その日もいつも通り部活を終えて、部室で着替えてたのよ。


ガチャリ、と。

堀が自分のロッカーを開けたの。


「……え?」


ロッカーを開けた途端、ものすごい悪臭が彼を襲ったの。

その臭いに反応して、部室に居たメンバーも、彼のロッカーに目を向けた。

すると、その中に全身が腐った飯干さんが居たの。

ただ、眼だけは。

堀への憎悪を燃やし爛々と輝いてたわ。



「あず」



堀が声を上げる瞬間、ロッカーから腕が伸びて、彼をロッカーの中に引きずり込んだ。

同時に、ロッカーの扉が、ガチャンと閉まる。

堀の悲鳴に合わせ、ロッカーがガタガタと揺れたみたいね。

とは言え、それもすぐに収まったそうよ。


メンバーが恐る恐るロッカーを開けると……そこには、何も無かった。

だけどこの日を境に、彼……堀は、行方不明になったの。



勿論、それだけじゃ終わらなかった。


「いあやぁぁぁ!助」


次の日は、津留さんの取り巻きである一方が、同じように部室のロッカーで。


「ごめんなさい!ごめ」


その次の日は、取り巻きのもう片方が、更衣室のロッカーに消えて行ったの。




飯干梓の呪い。

飯干さんをいじめた連中は、彼女に怯えるようになった。


この時は、それでも余裕があった方ね。

ロッカーを開けなければ大丈夫と、皆考えてたの。


ふふふっ、そんな浅知恵、飯干さんも予想してたんでしょうね。

ロッカーから距離を置いた彼女達に、ロッカーが近づいて行ったのよ。

厳密にいうと、いつの間にかロッカーそこにあった……らしいわ。


廊下の曲がり角、教室の出入り口、机の横……。

気付くとロッカーがそこにあって、ドアが開いたと同時に、皆引きずり込まれていったの。

しかもロッカーの中には、居なくなった連中の頭部が下の方から積まれ、苦しんでいた。

その後、ロッカーはいつの間にか消えているの。


当然パニックが起こるわ。

飯干さんをいじめた連中は、津留さんへ詰め寄った。

お前がいじめを始めたんだ、お前が一番悪い、等々……。


どうして被害者ぶれるのかしらね?

自分達がしてきたことが、報いとして帰ってきただけなのに、ふふっ。



まぁ、結局、どうにもならなかったのよ。

クラスの連中は、日に日に消えて行った。

恐怖で家に閉じこもっても、そこにロッカーが現れて引きずり込まれる。


学校は事態を重く受け取めるも、やっぱどうしようもなかったみたい。

だって、いじめの末死んだ人間が復讐している……そんなの信じられるわけないしね。

結局、いじめを黙認していた教師もロッカーに引きずり込まれて、終わり。

クラス全員が失踪したと言う事で当時はちょっと話題になったけど、そのまま時代の流れに消えて行ったそうよ。

……クラスで異世界転移、って話になるんでしょうね、今なら。


……津留さんはどうなったかって?

勿論、ロッカーに引きずり込まれたわよ。




「いやぁああああ!ごめんなさい飯干さん!私が悪かったわ!助けて!お父さん!おか」


彼女の両親が居る目の前で、いつの間にか背後にあったロッカーに、ね。

津留さんの時に限って、ロッカーはいつもより長くガタガタ揺れていたんですって。



ふふっ、本当はね。

全員の絶望とその様子を語りたかったのだけれども、残念ながら時間が足りないわ。

飯干さんを裏切った男、嬲った男、虐めた女、同調したクラスメイト。

一人一人、どのようにロッカーに取り込まれたか。

どのような罰を、ロッカー内で受けたのか。

どんな言い訳をして、絶望に陥ったのか。

……細かく話したかったのだけれど、ごめんなさいね。



ねぇ、堀君。

飯干さんは、成仏できたのかしら?

いえ、今のは質問じゃないわ、ごめんなさい。

彼女は、今も彷徨っているの。


この学校に伝わる怖い話で、呪いのロッカーと言う話があるの。

ロッカー開けると、中に、呻き声を上げる人間の頭が一杯詰まっている。

すぐさまロッカーは閉まるんだけど、それを見て気を失った人は多いみたいね。

えぇ、引きずり込まれる人は、特にいない様ね。

目撃された場所も、ころころ変わってるようだし。


堀君。

丁度この部屋にも、ロッカーが5つあるわ。

……どう?

開けてみない?



 開ける

→開けない



……別に、面白半分じゃないのよ?

飯干さんを愚弄するつもりも無いわ。

私が気になるのは、どうして今もこの学校内を彷徨っているのか。

ソレが知りたいの。

理由が解れば、それを貴方が記事にできるじゃない。

さぁ、立って頂戴。


……外に、茜が差してきたわね。

黄砂と混じって、不気味な色だけど。



ふふっ、じゃあ私がロッカーを開けるわね。

どれにするの?



 左から1つ目

→左から2つ目

 左から3つ目

 左から4つ目

 左から5つ目



開けるわよ?

……何も無いわね。

ハンガーが下がってるだけだわ。

……次に行きましょう。



 左から1つ目

 左から3つ目

→左から4つ目

 左から5つ目



開けるわね。

……ガラクタばかりね。

何かしらこの薬。

触らない方が良さそうね。

さぁ、次お願い。



 左から1つ目

 左から3つ目

→左から5つ目



ドアが硬いわね……開いたわ。

うーん、誰かのスーツかしら?

いつからあるのかしら、臭いそうね。

さぁ、残り二つね。



→左から1つ目

 左から3つ目



さぁ、ここはどうかしら。

……うっ!? この臭い!?





■ ■ ■ ■ ■ ■



広がる、悪臭。

岩上が開けたロッカーの中には、肉が蠢いていた。


約30近い人間の頭部が、ゼラチン質で混ざり合った醜悪さ。

どれも苦しそうで、口元に泡を立てながらうめき声を……謝罪の声を上げている。

恐らくではあるが、頭から下は、ゼラチン質に溶けているのだろう。


そしてロッカーの上の方に、顔が崩れた女性。

その左右には男と女の頭部が収まっており、「ごめんなさい」という言葉を繰り返している。



「ひっ……!?」

「うぁ……ぁ」


会議室内に居るメンバーの、声にならない悲鳴。

岩上も、若干顔を蒼に染めている。



ロッカーの戸が閉ま……る瞬間、智彦は片手でそれを制する。

智彦が感じ取ったのは、黒い感情ではなく、悲しみ。


「……飯干さん、復讐は果たせましたか?」


飯干らしき崩れた顔が、智彦を黒い双眸に収めた。


【デキタ アイツモ コイツモ アノオトコモ ゼンイン】


にちゃり、と。

飯干の口元の肉が、腐り落ちた。

智彦の隣にいる岩上の呼吸が、荒くなる。


「成仏はしないんですか?」


【デレナイ アノヒカラ イキナリ キエタイノニ ムリ】



周りからすると、空気が漏れたような汚い音。

だが智彦には、言葉が届いた。



「コレが終わったら、微力でしょうが調べてみます」


【アリ ガ  トウ】



智彦は、この学校内に佇む多くの霊を思い出す。

目の前の彼女の様に、この学校から出れないような事を言っていた、と。


やはり、この学校に何かあるのだろう。

復讐を終えた彼女が報われるよう、力になろう、と。

智彦は無表情のまま、優しくロッカーの戸を閉め……一同へと振り返った。



「……では、次の方は」



未だ、恐怖に顔を歪ませている面々だが。

岩上を含め。

全員が、こいつマジか、という視線を智彦へと向けた。

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