二人目



僕が二人目、ですか。

僕は滑川すべりかわ 尚継なおつぐ

二年生です。

あぁ、パソコンのし過ぎで猫背になってますが、気にしないで下さい。

体調が悪いわけでは無いので。


いやぁしかし、さっきの悲鳴はすごかったですね。

道場に入った時から映像が暗転しましたが、声だけは聞こえました。

あれは堀先輩の悲鳴でしょうか?

どんと構えている様に見えて、案外怖がりなんですね。

しかし、何故映像が……。


……え?あれは貴方の悲鳴ではない?

ならば古堂先輩のだったのでしょうか?

何やら心ここにあらずな感じなのですが……。

まぁ、悲鳴の話はいいですね、すみません。


お二人が酷い目に遭ったように、ココは怖い所なんです。

生徒の数、そして学院の規模に比例してか奇怪な出来事が多い。

毎年、少なからず行方不明の生徒も出ています。


ですが、殆どの人は気にしないんです。

何せ、何故いなくなったのかが解らないのですから。

転校したのかも知れない。

不登校になったのかも知れない。

療養してるのかも知れない。

もしかして、死んだのでは。

……そんな風に、最初こそ気にはするも、すぐに忘れていくんですよ。


生徒が多いと言うのも、勿論あります。

余程交友が広い人でない限り、自分のクラスの人としか接しませんから。

今日だって、堀先輩を見たのは初めての様な気がするんですよ。

他の方々は、なんとなく覚えがあるのですが。

ですので、誰々が居なくなったと聞いても、顔見知りではない限り、記憶に残らないのでしょう。


……正直言いますと、僕はこの集まりは反対だったんです。

いえ、参加もしたくなかった。

何か、悪いモノを引き寄せるような予感がしてるんですよ。

しかし、今日の集まりは、新入生に警告をする事を含めた企画と聞きました。

なら、この話をしなければいけないと思ったんです。

新入生から、犠牲者を出さない為にも。


えぇ、では、話を始めさせて頂きます。



堀先輩、貴方はドッペルゲンガーという言葉をご存知ですか?



→知ってる

 知らない



えぇ、ゲーム等の創作物で、この言葉を目にする事は多いと思います。

ドッペルゲンガー……、邦訳では、自己像幻視。

二重体とも言うそうです。


自分と同じ人間が、目の前に現れる。

もしくは、別の人が別の場所で目撃している。

そして本人が自分のドッペルゲンガーを見ると、死んでしまう。

有名な話としては、だいたいこんな感じです。


その人が見たドッペルゲンガーは自分の霊体もしくは魂だった。

つまり、自分の体からそれらが出ているという、死の前兆。

コレが、基本的な流れだったと思います。

別の人のドッペルゲンガーを2回見ると死ぬ、と言うのもありましたね。


ドッペルゲンガーは都市伝説と思いきや、芸術や医学とも関わりがある存在なんです。

ドッペルゲンガーを扱ったもしくは実体験を記した作品もあります……、皆が知っている作者だと、芥川龍之介でしょうか。

医学としては、統合失調症に関係があるとか……。

すみません、今言った事はwikiを見ての知識なので、その辺りは詳しく無いのですけどね。


他にもユニークなのが、並行世界……パラレルワールドの自分と言うのもあります。

並行世界の自分は、こっちの自分に成り代わる為に殺しに来る……実に漫画的です。

並行世界が存在するかどうかは解りませんが。


ですが、今から僕の話ドッペルゲンガーは……僕の見たアレは、実際に存在したんです。

いや、今思うとアレはドッペルゲンガーと言っていいのか……解らなくなっています。


堀先輩、いきなりですみませんが、貴方は恋人はいますか?



 いる

 いない

→いた



……そうですか。

いえ、個人的に羨ましいと思っただけです。


僕は見ての通り、陰鬱もしくは根暗と言われるカテゴリーに属します。

当然女子とは積極的に接しませんし、向こうからも接触してくる事はありません。


えぇ、アニメやゲームが市民権を得たとはいえ、僕の様なユーザーは対象外です。

雑誌を買ってお洒落を勉強しようにも、自分と言う素材を知っている故に諦めるしかありませんからね。


堀先輩、僕達の様な日陰者には心底つらい行事は、ご存知ですか?



 修学旅行

 文化祭

→体育祭



はい、そうなんです。

安心しました、貴方はやはりこちら側なんですね?

えぇ、体育祭のプログラムで、男女が組む種目が本当につらい。

オクラホマミキサー、でしたか?

女子と手を繋ごうとしても、相手が心底嫌そうにするんです。

他の男子の時と比べて、露骨に。

あれは本当に……、えぇ、本当に心が抉られる思いでした。


修学旅行や文化祭は、結局は同好の士で集まれますので、そんなにダメージは無いのですけれど。


あぁ、話がかなり脱線してしまいました。

とにかく、僕が……いや、僕達と言わせて頂きましょう。

僕達に積極的に話しかけてくる女子は、稀有な存在なんです。



でも、いたんですよ。

そんな、稀有な存在が。


あれは、去年の11月の中頃でしたか。

クリスマスムードがまだ弱い、しかしながら確実にその足音が聞こえてくる時期です。


僕はいつも通り、クラスの片隅にある自分の席で本を読んでいました。

本はいいですよ。

寝たフリをしなくても、周りへ壁を作り、自分の世界に籠れますから。


いつも通りチャイムが鳴るまで本を読もう。

そう思っていた僕に、女子が声をかけてきたんです。


「滑川君、それ『とある社畜の労働喜順砲』の新刊じゃん!」


僕は驚きました。

女子が話しかけてくるのも驚きですが、それ以上に相手に驚いたんです。


蛭田むた 蘭奈らんなさん。


専門用語でいうと、白ギャル、と言うのでしょう。

白磁の如く光沢のある白い肌。

同じく光沢のある黒い髪。

体型についての言及は控えますが、だらしなく着崩した様相が実に様になる女性でした。


おそらくですが、先輩も名前は聞いた事があるのではないですか?

彼女は二年生の中で、一番輝いてましたから。

実際、一日に一回は告白を受けていたらしいですよ。


えぇ、僕の場合は、綺麗だな、と思う事はあっても、縁がないと諦める事ができる方でした。

自分のスペックを弁えてもいますし、何より彼女を狙う男性陣から睨まれるのは嫌でしたから。


そんな人が、しかもオタクに理解のあるように話しかけてきたんです。

名前まで覚えてくれていたんですよ。


僕はすぐさま返事をする事ができませんでした。

もう、頷くだけで必死です。

実際、かなりの汗を流していたと思います。


そんな僕に、衝撃が続きます。


借りるね、と。

蛭田さんは僕の持つ本を奪い、楽しそうに読み始めたんです。

しかも、僕の机の上に腰を下ろしてです。


情けない事に僕は何も言えず、ただただ、男子から注がれる羨望の視線に縮こまっていました。

なるべく見ないように、嗅がないように。

ですが、助けはすぐさま訪れました。


「こらー、蘭奈!彼、困ってるでしょ!」


そう言って、僕の窮地を救ってくれたのは、蛭田さんの友人である村嶋むらしま 志保しほさんでした。


村嶋さんは蛭田さんの幼馴染で、親友です。

面白い事に、村嶋さんは所謂委員長タイプですね。

蛭田さんとは真逆の見た目と性格。

ですが、その美しさは同等でした。

彼女達のおかげで、クラスは日々明るかったと思います。


あくまで表面上は、です。

裏では女子間の妬み、嫉み、恨みがあったでしょう。

男子の間でも、牽制や奪い合いがあったと聞きます。



あぁ、僕が彼女達と接した経験がある、という自慢をしている訳ではないのです。

これがアニメとかマンガであれば、そういう展開があったのかも知れませんがね。


個人的に、二人と仲良くしたかったというのは、本音ですけど。

ですが、それはもはや叶いません。

二人とも、居なくなってしまったのですから。




そんな事があった日の、4日後、位でしたか。

僕は用事があって、夕方の街中を歩いていました。

夕方でも、辺りは夜みたいに暗かったですね。


用事と言うのは、親から頼まれた買い物でした。

仕事が忙しいので、注文していたレコードを受け取りに行って欲しい、と。


えぇ、それ自体は嫌ではなかったんです。

お小遣いが貰えるので、むしろ嬉しい思いでした。


ですが、レコードショップへの道中が、嫌なんです。

堀先輩はご存じでしょうか、あの駅前にあるホテル。

あの辺りは、家出少女とそれを拾う人の、不健全な出会いの場になっています。

僕はどうもあの空気が嫌なので、毎回辟易としてしまうんです。


勿論別の道もあるのですが、あの区画は治安に不安があって。

結局は、明るく、人の多いあそこを通るのが一番なんですよ。


その日も、いつも通りレコードを受け取り、帰宅するだけでした。

いつも通り、誰とも目を合わせぬよう、静かにホテル前を通り過ぎる。

えぇ、それだけだったんです。


でも、無理でした。

地面に座り込んで乱痴気騒ぎを起こす集団に、彼女が……蛭田さんが、居たんです。

しかも下品な格好で。


僕はショックを受けると同時に、ある事を思い出したんです。

彼女には、家出癖があるらしい、と。

……まぁ、噂程度で聞いてたので、その分衝撃的でしたけどね。


堀先輩、その時は僕はどうしたと思います?



→声をかけた

 見ないふりをした

 家に来るように誘った



えぇ、それが出来ていればあんな事にはならなかったのかも知れません。


残念ですが、僕にはそんな勇気がありませんでした。

僕は彼女を見ない振りをして、その場から立ち去ろうとしたんです。

何より、嫌な顔をされるのを恐れたのだと思います。


しかし、その日はよほど運が無かったのでしょうね。

僕は突然、トイレをしたくなったんです。

あぁ、勿論小さい方ですよ。


駅前ですから、当然トイレはあります。

ですが、最近の世の中の流れと言うか、あそこのトイレは、男女兼用なんです。

出入口は二つありますが、中には洋式の個室が並んでいるだけ。


僕は迷いました。

駅前のトイレを使うか、どうかを。

なぜそんなに悩むのかと言うと、トイレの中で異性と出会うのが嫌なんです。

嫌と言うより、違和感が生じてしまうんですね。


幸い、あのトイレは治安的に問題は無いんです。

駅前の惨状を諦めるも見回りはこなす警察や、牧師さん達が近くに居ますから、えぇ。


なので、僕は仕方なく用を足す事にしました。

漏らすよりかはマシですからね。



トイレに入った瞬間、僕は寒気を感じました。

そして、何かが軋むような音も聞こえたんです。

こう……錆び付いた蛇口をゆっくりと捻ったような、音でしたね。

当時の僕は、そんな事を気にする余裕は全く無かったわけですが。


地獄から解放された僕は……ですが何やら気分が晴れない僕は、個室から出ました。

すると、他の個室に誰かが入る瞬間だったんです。

それは、蛭田さんでした。


えぇ、それはもう気まずかったですよ。

あっちがこっちに気付いていなくてもです。

ですので、僕は早々とトイレから出ようとしました。

すると、個室内を吹き抜ける風に乗って、嫌な音が聞こえたんです。


その時に聞こえた音を、僕は生涯忘れる事は出来ないでしょう。

ゴリ、っという音なのですが、どう表現すれば良いんでしょうね。

脂身の多い手羽先を骨が付いたまま噛み砕いた……そんな感じです。


音は、蛭田さんが入った個室から聞こえた気がしました。

その後も、小さな音が響いてきたんです。


明らかに、異常な音。


様子を見た方が良いのではないか。

僕はそう思うも、脚が動きませんでした。

傍から見れば、女性が入った個室を確認しようとする行為ですからね。



……先輩ならば、どうしましたか?



 様子を見た

 無視した

→助けを求めた



はい。

僕もそう考えたんです。

幸いにも、警察が近くに居るはず。

僕はすぐさま外に出て辺りを見渡しました。


ですがその日に限って、見当たらなかったんです。

普段見る牧師さんや、シスターさんもです。

他の人に声を掛けようにも、僕が苦手とする外見の人が多かったので、できませんでした。


僕は仕方なく……えぇ、本当に仕方なくです。

蛭田さんが入った個室をノックしたんです。


「蛭田さん、あの、大丈夫ですか?」


コンコンコン、と。

三回ノックしながら、僕は蛭田さんへと呼びかけました。

誰もトイレに入ってこない事を、切に祈りながら。


祈りが届いたのか、反応は、すぐでした。


僕の呼びかけに、個室の鍵がカチャリと鳴り、扉が少し開いたんです。

隙間から見えるのは、蛭田さん……えぇ、蛭田さんだったと思います。


まず、彼女が僕を見た時の目、あれが明らかにおかしかったんです。

こう言う表現は変なのですが、パソコンの電源をつけて起動する……そんな感じでした。

えぇ、自分でもおかしい事を言っているのですが、実際にそう感じたんです。


「……あれ?滑川君、どったの?」


いつもの目に戻った彼女は、僕を不審がる事も無く訪ねてきました。


「いえ、変な音が聞こえたから、大丈夫かなと思いまして」

「あぁ、バッグを床に落としちゃったんだ。ごめんね、驚かせて」


話はこれで終わり。

蛭田さんの目はそう物語っていたので、僕は謝罪をしてその場を離れようとしたんです。



その時、僕は見てしまいました。



隙間から見える、個室の中。

そこに、蛭田さんが座っていたんです。

首がだらりと横に傾き。

だらりと伸びた、手足。

その虚ろな目は、僕を捉えていました。



そこまで見て、個室のドアが大きな音を立て、閉まりました。

えぇ、そうなんです。

見間違い出なければ、蛭田さんが個室内に二人いた事になるんです。


……僕は、僕と会話したアレは、蛭田さんのドッペルゲンガーでは無いかと考えました。

ココで、最初の話に戻ります。

ドッペルゲンガーを見た者は、死ぬ。

当時の僕も、その位の知識は持っていましたよ。


ですが、恥ずかしい事に、僕は恐怖で一杯だったんです。

一刻も早くこの場から逃げたい。

僕はいつの間にか大量に流していた汗を袖で拭き取り、走り出しました。


途中、アレが追いかけて来ていないかと、何度も振り返りながら……。



えぇ、勿論その日は眠る事が出来ませんでしたよ。

外から聞こえるちょっとした音に対しても、恐怖を抱きましたからね。

気付くと、いつの間にか外は明るくなっていました。

学校の時間が、刻一刻と近づいてきます。


学校に行きたくない。

何より、アレと……蛭田さんと会うのが、恐怖でした。


堀先輩なら、どうしましたか?



 学校へ行く

 休む

→駅前のトイレに行く



……堀先輩は、怖いもの知らずですね。

悪く言うと、想像力が足りない、のでしょうか?

えぇ、少し辛辣になりましたが許して下さい。

今でもあのトイレには近づきたくないんですよ、僕は。


結局、僕は学校へ行きました。

実は仮病を使ったのですが、親にバレてしまい仕方なく、です。


このまますぐに、保健室へと駆け込もうか?

そう考えていたのですが、現実は非情です。

教室にはすでに、アレが居たんです。



「おはよー滑川君!昨日はごめんねー?」



アレは僕を見かけると同時に、両手を合わせてそう言ってきました。

えぇ、無表情に徹するので精一杯でしたよ。

僕は頷きで返し、自分の席へと座りました。

その後、アレを観察しましたが、蛭田さん本人の様に振る舞っていましたよ。

クラスの皆や、親友の村嶋さんも、アレが蛭田さんだと信じていたようです。


大体、三日ぐらいでしょうか?

あの日の出来事は見間違いだったのか、幻覚だったのか。

そう思う程、平穏でした。

蛭田さんのドッペルゲンガーを含め、皆、いつもの日常を送っていました。

あの駅前で、大きな事件があった様な話も聞きませんでしたし。


アレとは会話もありませんでしたが、何より、アレが僕を特に気にするような感じも無い。


ですので、僕はあえてあの日見た光景を忘れる様に、日常へと戻って行きました。



しかし、僕は運が悪いのでしょうね。

またしても、見たくないモノを見てしまったんです。



堀先輩。

貴方は、お昼ご飯は何処で食べますか?



 学食

→教室

 トイレ



そうなんですね。

えぇ、この学校に学食はありますが、弁当組も多いんですよ。

僕も、弁当組です。

学食は安くはありますが、あの席に座ってはいけないみたいな、暗黙の了解と言う柵もありますので。


僕は普段は、北校舎の空き教室で食べています。

元々は視聴覚室だったのですが、機材を一新する際に、南校舎に移動になったんです。


空き教室は、大体僕みたいな一人でゆっくりとしたい生徒が集まる部屋となっています。

教室は騒がしく、落ち着いて本も読めないので。


その日もいつも通り、空き教室で弁当を食べて、本を読んでいました。

外は、快晴でした。

あの夜の出来事が嘘みたいに感じる、何の陰りの無い、午後。

僕が安心して息を吐いたその時、外から眩しい光が差し込んだんです。


何だろうと、僕は外を見ました。

すると、北校舎の端、運動部の備品を閉まっている倉庫辺りから、光がチカチカと瞬いていたんです。


光の元は、蛭田さんの親友である村嶋さんでした。

正確には彼女のバッグに付いている手鏡、です。

横にはアレ……蛭田さんが、一緒でした。


彼女達は昼食については気まぐれで、弁当の時も学食の時もありましたね。

そして弁当の時は、食べる場所が定まっていなかった様です。

人気が無く、僕の居る場所から位しか見えない、非常階段の下。


今日はそこで食べているのか。


アレが気にならないと言えば噓になりますが、僕はそう思い、本へと視線を落とそうとしたんです。



その瞬間でした。



村嶋さんの横でお弁当を食べていたアレ……蛭田さんの口が、大きく開いたんです。

人間の口の限界を超えるような……、いえ、違いますね。

アレの顔が、蛭田さんのではなく、何か固い、しかしながらのっぺりとしたものに変わってたんです。

距離があったので定かではありませんが、竹串がびっしりと生えた、そんな感じでした。


ぱふぁ、と。


距離があるのに、僕の耳にそう聞こえましたよ。

そして、アレの横に居た村嶋さんの首が、無くなっていたんです。


僕は、今見ているモノが信じられませんでした。

血が噴き出す、村嶋さんの首。


瞬きした次には、上半身も無くなっていました。


運が悪かったけど、運が良かった。

今でも、そう思います。

あまりの凄惨さに目を逸らしたのですが、向こうから、アレが……こちらを見たような気がしたんです。

えぇ、勿論目は合っていません。

ですが、向こうからしたら、こっちは見えている事でしょう。


心臓が五月蠅く、跳ね上がりました。

ココに居ては、危ないのではないか。

周りに、空き教室内には、それなりに人はいます。

ならば、ココに居た方が安全では無いだろうか。


迷った末、僕はどうしたと思います?



 その場にとどまった

→場所を変えた

 迎え撃とうとした



そうですね。

教室やトイレに逃げ込もうと思いはしました。

しかしそれは、見てしまった、と暗に認めた事になるのでは。

僕はそう考えると、何事も無かったかのように、本を読み始めました。


その時ですね。

視界の隅で、だれかがこっちに近づいてくるのが見えたのは。

走っても1分近くはかかるのに、居たんですよ。



「滑川君、蘭奈がどこにいるか、知らない?」



その声は、凍てついていました。

他の人達には普通に聞こえるのでしょうが、僕としては誰もいない体育館の中央で呟いた言葉。

その位、耳に響く声だったんです。


「いや、僕は見てませんよ、村嶋さん」


えぇ、声の主は、村嶋さんでした。

先程、蛭田さん……、いえ、アレに屠られたはずの、村嶋さんだったんです。


僕は下半身に力を籠め、何とか口を開く事が出来ました。


「今日は一緒に食べなかったんですか?」

「うん、そうなのよ。どこに行ったのかな」


蛇に睨まれた蛙、ってのは良くできた熟語だと思います。

僕は、彼女の視線から目を離す事が出来ませんでしたので。


時間にしては数秒でしょう。

僕の体感時間では10分程の、視線の応酬。


「ふぅん、邪魔してゴメンね、滑川君」

「えぇ、大丈夫ですよ」


軽く会釈するアレに、僕は頷きで返し、再び本に視線を落としました。

なんとか、えぇ、本当に辛うじて、外に……先程の場所を見ない様にして。

気付くと、持った本の両端が、汗でふやけてしまっていましたね。



ドッペルゲンガー、とは違うのかも知れませんが。

以上が、僕が見た……そして、皆にこのような危険があると知って貰いたい、話です。



はい?

あぁ、彼女達のその後、ですか。


えぇ、蛭田さんも村嶋さんも、二人とも学校に来なくなりました。

どうやら家にも帰ってはいないらしく、家出してそのまま失踪したのでは……と、言われてますね。

クラスの皆も一時期は話題にしていましたが、今では忘れてしまって……。

いや、忘れたいのかも、しれません。

それだけ、彼女達は眩かったんです。


噂では、村嶋さんの私物がとある大学生の家で見つかったとは聞きましたが。

その後の話も無いようですので。



堀先輩、僕は不安なんです。

アレは今もなお、その人に成りすまし、犠牲者を増やしているのではないかと。

何食わぬ顔で生活に紛れ込み、犠牲者の存在を……尊厳を、喪失させているのではないか、と。



……え?

もうアレは居なくなったから安心していい、ですか。


……そうですか。

ならば良かった。



堀先輩。

貴方は今まで、まるで表情を変えませんでした。

ですが、今この瞬間だけ、貴方は悲しそうな表情を浮かべたんです。

えぇ、本当に一瞬、でしたけど。


だからこそ、貴方の今の言葉は真実なのだと思えます。



……ありがとう、ございます。



……僕の話は以上です。

次は、どなたでしょうか?

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