一人目


俺が最初か。

まぁ、まずは自己紹介だな。


俺の名前は、古堂こどう 将軍じぇねらる

三年だ。


……珍しいな、俺の名前を聞いて笑わないなんて。

ほとんどの奴は笑うか、それを堪えるかなんだけどな。


……あぁ、お前の言うとおりだ。

どんな名であれ、親が付けてくれた大事な名前だからな。

お前、良い奴だな。

あぁ……、良い奴だ。

良かったら今後は仲良くしようぜ、堀。


勿論最初は嫌だったし、親を恨んだりもしたが、メリットもあるんだぜ?

まずは名前を覚えられやすい。

そして、名前をいじる事でコミュニケーションが始まるんだ。

何より、この名前を個性にできるんだ。

俺はこんな見た目と目つきで不良っぽく見られるが、それもマイルドになる。

そう考えると、キラキラネームだと馬鹿にできないもんだぜ?


っと、初っ端から関係ない話になっちまったな。

それじゃあ、俺の知る、この学校に伝わる怖い話をしようか。



いきなりだが、堀。

お前、スポーツは好きか?



 好き

→嫌い



へぇ、意外だな。

お前、見た感じは地味だが、その服の下の筋肉、かなり引き締まってるだろ?

なんとなくわかるんだよ。

まぁ、スポーツは嫌いだが筋トレは好きって類はいるからな。

お前、もしかしてそっちなのか?


俺はと言うと、スポーツは好きな方だ。

特にバスケが好きで、バスケ部に入っていたんだ。

だけど空気が合わなくてな、すぐに辞めちまった。


俺が求めていたのは、皆で楽しくバスケをやる事だった。

だがこの学校の部活は、結果こそ全てという空気なんだ。

ミスをしちゃいけない。

仲間は蹴落とす存在。

試合中は別として、日常では人間関係がギスギスしてるんだ。


バスケ部だけじゃない。

多分だが、ほとんどの部活が結果主義に毒されていると思うぜ?


お前も知っての通り、この学校は部活に力を入れている。

顧問にプロを雇ったり。

外部から好条件でスカウトしてきたり。

酸素カプセル等の最先端の技術を導入したり、だ。

そのおかげか、この学校の部活はインターハイ等の常連だし、優勝して名も残している。


実際、社会に出るとかなり有利らしいぞ?

「あぁ、あの翔志館の~部に所属していたんですか?」ってな。

そうやって部活動繫がりの交友が広がっていくそうだ。

そのせいもあり、不祥事を起こせない、起こしてはいけないという精神も養われるって訳だ。


とは言え、問題を起こす奴がやっぱり出てくるんだ。

さっき言ったように、この学校は定期的に外部から人材をスカウトしてくる。

そいつらが全員、お利口さんって訳じゃないんだ。


なぁ、堀。

昔は輝いていたが、今は見る影もなく落ちぶれてしまった部活があるんだ。

それが何部か、わかるか?



 相撲部

 剣道部

→空手部



ハズレだ。

空手部は今も優勝の常連で、近所の住民に護身術を教えているんで評判が良いんだ。

つーか放送部なのに何で知らないんだよ、お前。

勉強不足だぞ。



正解は、剣道部だ。

数年前までは強豪校として全国に名を轟かせていたらしいが、今は地区予選すら勝ち抜けない。

と言うか、部員がいるかどうかもわからねーな。


立派な道場もあるし、合宿所もあったんだ。

休日どころかお盆も正月も、竹刀のぶつかり合う音が賑やかに響いていたらしいぜ。


……で、そんな剣道部が、何故落ちぶれたか。

それはスカウトされて来た一人の生徒が原因だった。


そいつの名前は、山室やまむろ 健太けんた

 


山室は剣道が強い事で、この学校にスカウトされてきた。

身長は160程だが、筋骨隆々。

見た目を裏切る素早い攻防が、観戦者を魅了したらしい。


剣道の腕は、確か。

だが、素行が悪かったんだ。


部活内でやりたい放題。

一年なのに上級生を見下し、顎で使う。

顧問に敬意を抱かず、言う事を聞かない。

道場内での喫煙や飲酒。

仕舞いには、女を連れ込んで淫行。

まさに殿様だったらしいぜ。


だが、誰も何も言わなかった。

いや、言えなかったのさ。

それだけ山室は強くて、個人戦では負け知らずだったんだ。

学校側からも、山室の機嫌を損ねるなって命令があったとかなかったとか。


しかしここで問題が起こる。

剣道ってのは、団体戦があるだろ?

まぁ大体イメージできるだろうが、いくら山室が強くても、他の部員が負ければ結果は残せない。

実際、山室が2年生の時に、とある大会の団体戦で剣道部は負けたんだ。



「お前らが弱いからだ!俺の足を引っ張りやがって!」



当然、山室は激怒した。

後輩どころか、先輩にすらだ。

そりゃそうだろう。

団体戦であれ、負けは負け。

山室の輝かしい経歴と未来に、泥を塗ってしまったのだから。



……なぁ、堀。

お前ならどうだ?

お前が山室の立場だったら、お前は足を引っ張った奴を許したか?




 許した

 許さない

→わからない




そうか。

まぁ、そうだよな。

その時の状況にならないと、想像すらつかないからな。

つまりお前は、他人の期待を背負い、責任を持って人をまとめた経験が無いって事だな。


もしお前が「許した」と言ったら、俺はお前を偽善者だと思ったかもしれない。

許すってのは、甘い毒だ。

許された方は、ヘマしても大丈夫、また次も許してくれると堕落する一方。

心の奥底では、俺のせいで……とじわじわと罪悪感が蝕んで行く。

それから目を背ける為に、更に堕落していくんだ。


だからこそ、許す許さないの、ある一定のボーダーを作らなきゃいけないんだが。

まぁ俺の持論はどうでも良いか。


とにかく、団体戦の弱点をどうするか、山室は考えた。

無い頭を一所懸命働かせた結果、一つの考えに至ったんだ。

それが何か、解るか?



 団体戦を諦めた

→強化合宿をした

 一人で団体戦に挑んだ



そう。

山室は、顧問に強化合宿を提案したんだ。

顧問も同じような思いだったんだろうな。

山室の案はすんなりと通り、強化合宿はあっという間に始まった。


参加したのは、団体戦に参加した山室以外の四人

1年生が一人、2年生が一人、3年生が二人だ。

山室達五人は、専用の合宿所で、一週間と言う長い合宿を始めたんだ。


北校舎の端、剣道部の道場横にちょっとした建物があるだろ?

あれが剣道部の合宿所だ。

中には過去の栄光であるトロフィーなどがずらりと並び、本物の日本刀も飾られてるぞ。


あぁ、合宿所もこの校舎と同じく、防犯上の理由って事で、窓等の鍵が集中管理されてる。

強化ガラスで、簡単に割る事も出来ない。

だから、逃げ出す事が出来ない牢獄として悪名高いんだ。


なぁ、堀。

山室は本当に、全員を強くする為に合宿を開いたと思うか?



 思う

→思わない



そう思うよな。

山室は素行も悪いが、性格も悪い人間だった。

だから、この合宿は山室の憂さ晴らしの場、だったんだ。

所謂、しごき、って奴さ。


個人的な意見だがな、俺はしごきってのは許容できる。

体罰もだな。

今の世の中はこれらを排除しているが、俺は心配だよ。

挫折を知らない奴が、どうやって這い上がる精神を養うんだろうな。

痛みを知らない奴が、どうして他人の痛みを理解する事が出来るんだろうな。


ただ、当たり前だが、山室にはそういう他人の成長への想いは皆無だった。

自分の輝かしい勝利を奪った仲間を、しごきと言う大義名分で痛めつけたんだ。



「打たれたら痛いだろ?痛みを覚えれば無意識に避けたり防げるようになるぜ!」



山室のしごきは執拗で、加虐的だった。

まずは、防具無しでの打ち合い。

しかも、山室は竹刀でなく木刀を使ったんだ。

流石に骨折はしなかったようだが、参加メンバーは体中に痣が浮かんだようだ。



「負けた奴を全員で叩け!自身に圧し掛かる責任を自覚しろ!」



次に、参加メンバー四人で、山室相手に疑似的な団体戦を行った。

それで、負けた奴を他メンバーに叩かせたんだ。

竹刀でだけどな。

これに関しても山室の性格の悪さが出ていてな。

誰が負けるかは、山室の気分次第だったって訳だ。


まぁ、他にも色々あったらしいけどな。

ともかく、山室はやりたい放題だったって訳だ。


なぁ、堀。

参加メンバーはこんな事されて、我慢できたと思うか?



 我慢できた

→我慢できなかった



と、思うだろ?

だが、よほど剣道が好きだったんだろうな。

信じられないが、全員、逃げずに頑張ったんだよ。

最初の方はな。


山室は色々と難があるが、剣道の腕前だけは本物だ。

だから、奴について行けば……しごきに耐えれば、強くなれると信じてたのさ。


そう、信じてたんだ。

だが、山室のしごきは日々、激しくなっていった。

加虐心に火が付いたんだろうな。


木刀での痣は広がり、仲間を叩く事での過剰なストレス。

二日目にして全員、限界に達してしまった。




「おい、どうする?このままじゃ殺されちまうぞ」

「流石にアイツもそこまでは……」


二日目の夜。

参加メンバーはとある一部屋に集まり、話をしていた。


話し合う内容は、合宿の件。

始めはやる気に満ち溢れていたメンバーも、山室の言動に命の危険を感じ始めたんだ。


「……もう、俺はついて行けない!帰らせて貰う!」

「待てよ!そしたらアイツ、もっと怒り狂うぞ!」

「残される奴の事を考えろ!」

「そもそも逃げ道が無いだろ」


窓は出入りできないが、玄関は内側から開錠が出来る。

できるのだが、山室は玄関部分にベッドを運ばせ、そこで寝泊まりしていたんだ。

その為、食材などはたんまりと合宿所に前以て運んでたらしいぞ。

蜘蛛の巣にかかった得物を逃がさない様な執念を感じるよな。


では、どうするか。

参加メンバーは、夜遅くまで相談した。

そして……。


そいつらが何をしたか、解るか?堀。



 逃げ出した

→外部に助けを求めた

 山室に直訴した



残念。

携帯とか、そう言うのは山室が事前に回収してたみたいだ。

ほんと、性格悪いよな。

顧問やマネージャーが様子見に来てはいたが、山室が「問題ない」と対応もしてたらしいぞ。



参加メンバーは、山室に直訴したんだ。

「もっと普通に合宿して欲しい」とな。


そもそも普通って何なんだよ、と思うが、言いたい事は解るよな。

山室が行っている異常なしごきを止めてくれって奴だ。


そいつらの話を聞いて、山室は激怒……しなかったんだ。

なに、理由は簡単だ。

参加メンバーに糞みたいに性格の悪い提案をしたのさ


「なら俺と勝負しろ。一本を取れたら言う事を聞いてやるよ」


ただし負けたら、しごきは二倍きつくする、と。

山室は心底愉快そうに言ったんだ。



参加メンバーは顔を見合わせ、悩んだ。

そして、決断したんだ。



→勝負する

 勝負しない



無謀だと思うか?

仕方ないさ、そいつらは最早正常な判断が出来なかったんだ。

負けたら負けたで、全員で山室を襲って黙らせればいい。

そんな仄暗い感情が、全員に芽生えていたんだ。



だが、ここで番狂わせが起こる。


「い、一本!それまでぇ!」


参加メンバーの1年が、山室から一本を取って勝利してしまったんだ。

死に物狂いから来た実力なのか。

それとも、単に運が良かっただけなのか。

ただどうであれ、参加メンバーは山室に勝利した。


これで地獄のしごきが終わる。

そう安堵する参加メンバーに、山室は吠えたんだ。


「俺が負けるわけが無い!そうだ、お前達がいなくなれば、今の勝負は無かった事になる!」


加虐心の行きついた先か。

合宿所と言う閉鎖空間からくる狂気なのか。

山室は道場に飾ってあった日本刀を手に取り、鞘を投げ捨てその刃を参加メンバーへと向けたのさ。


剣道具……、何と言ったっけ、あの頭にかぶる奴。

……あぁ、面、だったよな?

その隙間から見える山室の目は、異常な程見開かれ、怪しい光を放っていた。


一同が止めるよう訴えるが、山室はその凶刃を振り上げる。

狙いは、自分から一本を取った1年生だ。

いくら剣道着を着ていても、真剣で切られたならば無事では済まない。


しかし何というか。

ココでまたもや番狂わせ……、いや、幸運が起こったのさ。


1年が驚いて放り投げた竹刀を、山室が踏んでしまったんだ。


「うぐぁっ!?」


竹刀は見ての通り、円柱形だ。

山室は勢いよく竹刀の先っちょの方を踏んだ。

竹刀がころりと回転すると同時に、山室は前のめりに倒れてしまったんだ。


幸運は続く。

山室にとっては、不幸が続いた。


その際に山室の手から離れ宙を舞っていた日本刀が、そのまま落ちて来たんだ。

倒れてうつぶせ状態となった山室の、首の横に……トスッと床に刺さったのさ。


参加メンバーは、その日本刀を凝視した。

刃の方が、山室の首の方を向いている。

誰かが日本刀を裁断機みたいに下ろせば、山室の首を切り落とせる。


……とは言え、さすがにそれを実行しようとする奴はいなかった。

当たり前だ、山室はともかく、参加メンバーは殺意を持っていなかった。

第一、殺した方がデメリットも問題も多すぎる。

参加メンバーはそう憂うくらい、冷静になっていたんだ。


だが、何か不思議な力が働いたんだろうな。

いや、この学校だから、悪意を持った力と言うべきか?



「ぎざまらぁっ!ごろしでやどぅ!」


「あっ……!」



山室が起き上がろうとした瞬間。

日本刀がまるで意思を持つかのように、こう、スー……っと。

山室の首の方へ倒れたんだ。


なんと言うかな、俺は料理をしないから上手い表現ができないが……。

魚肉ソーセージを包丁で切るように、日本刀は山室の首を音も無く、易々と斬り落としたんだ。

面は前の方は堅牢だが、後ろはそうじゃないからな。

山室の悲鳴も無かったようだぜ?


これに驚いたのが、参加メンバーだ。

いきなり目の前で人が死んだのだから、当然だよな。


血の後始末を終えた頃には、すでに深夜を回っていた。

血を拭いた布は焼却処分したが、問題は山室の死体だ。

できる限り拭ったが、道着も血だらけ。


いくら事故とは言え、この状況では殺人と疑われてしまう、と。

その場にいる全員が思っていた。


堀、そいつらは山室の死体を、どうしたと思う?



→正直に自首した

 埋めた

 燃やした



あぁ。

やっぱお前は良い奴だな、堀。


正確には、自首とはちょっと違うか?

事故とは言え、死人が出たんだ。

いや、そもそも。

日本刀が勝手に首を斬りました……、そんな言い分が通るのかどうか。


マスコミは、お前の言い分を気にせず犯人に仕立てあげるだろう。

お前の将来は、汚物塗れになるだろう。

家族も同様に、世間から非難される。

一緒にいたメンバーも、だ。

それでもお前は、自首するんだな?

いや、大した男だよお前は、堀。


まぁ、お前と同じように自首しようとした奴はいたそうだ。

だが、自分達の将来と天秤にかけたのさ。

むしろ、なんで山室のせいでこんな目に、ってな。


「裏庭に埋めちまうか」

「いや、焼却炉で燃やそう」


そう言うも、そんな事をすれば、それこそ犯罪だ。

なら、どうするか。

早くしないと夜が明ける。

静まった空気の中、3年生が、ぼそりと呟いたのさ。



「……首無しライダーの仕業に見せよう」



堀、首無しライダーの都市伝説は知ってるよな?

お、知ってるか。

そりゃそうか、有名だからな。

まぁ簡単に言うと、首無しライダーに挑んで負けると首が無くなっちまうって奴だ。

最近聞かなくなったが、都市伝説の話には波があるからな。


つまり、だ。

山室は首無しライダーに挑み、首を斬られて死にました、って脚本を3年生は描いたんだ。


3年生以外はやはり思い悩んだ。

が、それが一番良いのではと考えたのさ、結局は。


そこから先は早かった。

まず言い出しっぺの3年が、死体をバイクに乗せ、件の化物が出る峠に向かった。

山室が買い出し用に顧問から借りていたバイクらしい……実際は、女に会う為だったようだけどな。

で、二人乗りで帰る為に、2年が自前のバイクを出した。

距離はそれなりにあったが、二人とも夜明け過ぎに何とか帰って来たらしいぞ。


二人は無事、山室の死体を処分できたって訳だ。

結果。

道着姿で挑んだ間抜けな高校生、という伝説が、首無しライダーの戦歴に記されたのさ。


どう上手くやったかは知らないが、参加メンバーはお咎めなし。

むしろ、山室の蛮勇に参加しなくて良かったな、と。

皆から褒められたくらいだ。



とまぁ、ここまでだとハッピーエンドだ。

全然怖い話じゃない。


そう、ここからが始まりなんだ。

剣道部の衰退もだな。


騒動も落ち着いた、とある雨の日。

剣道の部活の後、合宿の参加メンバーは残って特訓をしていたんだ。

山室がいれば勝てた。

山室頼りの剣道部。

そんな事を言われぬよう、皆、自発的に精進していたんだ。

その甲斐あってか、皆どんどんと力をつけていった。

最早、山室など過去の人物。

そのような空気が、剣道部に出来上がっていた。



そこで、事件が起こったんだ。



最初に気付いたのは、参加メンバーだった2年生だ。

そいつは、練習後に皆の防具を拭いていたのさ。

別に罰ゲームなんかじゃなく、当番制の仕事だったようだな。


他のメンバーは既に帰った後。

外はいつからか雨が降っており、灰色の雲で辺りは暗くなっていた。

先程までは竹刀がぶつかる音で賑やかだった道場内は、そいつの息と雨の音位しか聞こえない。

当時はLEDじゃなかったからな。

蛍光灯のジジジッって音が、何ともその不気味さに追い打ちをかけてたのさ。


2年生は流石に心細くなり、急いで帰ろうと防具を片付けていく。



「あれ?」



道場の床に転がる、面が一つ。

2年は片付け忘れかな?と首を捻った。


堀、お前は選択科目で剣道をやった事あるよな?

剣道の防具は、胴部分に面や籠手等を詰め込んで、一つの箱みたいになるだろ?

なのに、面だけが残ってたんだ。


2年は今しがた片付けた防具を確認したが、全てに面が収まっている。

同様に、片付けし忘れた防具もないし、そもそも剣道部が持っている数に間違いが無い。


「もしかして、誰か私物を忘れて行ったのか?良く買えるなぁ高いのに」


2年はそのまま、面を両手で持ち抱えたんだ。

ズシリとした、重さ。

おかしい、こんなに重い物では無い。

まるで中身・・が入っているような……。


恐怖が膨らむ2年は、次に目にしてしまった。

面の所々に広がる、どす黒い何か。


鼻腔に染み込む、鉄の匂い。


2年生は今手に持っている面が何なのか、本能的に解ってしまった。

だが、手が動かない。

いや、体自体が動かなかった。


過呼吸で乱れる息使いが、2年生の耳に五月蠅く響く。


そして。

2年生が見つめる先、面の中に広がる闇……格子状の金具の奥で、が、開いたのさ。




『ぎざまらぁっ!ごろしでやどぅ!』








……。



…………。



………………。





翌朝、2年は気を失った状態で、道場で発見されたそうだ。

ただ不思議な事に、体が全く動かなくなっていたらしい。

そう、まるで首から下が無くなっているような感じで、だ。


あぁ、でも安心してくれ。

それらは一時的なモノで、すぐに感覚は元に戻ったみたいだ。

と言っても、リハビリが大変みたいだったけどな。

指を普通に動かせるようになるまで、1ヵ月はかかったとさ。


生首、いや、面の正体は勿論、山室だろう。

参加メンバーは、ちゃんと山室の首を処分しなかったんじゃないか?

まぁ、そいつは生前の性格の悪さを持っていたのさ。


その後、剣道部では同じような事が続いたんだ。

道場以外にも、トイレやベッド横に面が現れたらしいぜ?

しかも被害は生徒だけでなく、顧問やマネージャー、たまたま来ていた保護者も含まれるって話だ。


部員は皆怖がって辞めるし、続けようとしてもリハビリ生活で剣道は絶望的。

もはや剣道部の存在は、名前だけ。

ただ、剣道部が築いた輝かしい功績はあるからな。

その為だけに、道場と合宿所はそのままって話だ。

実際は、別目的の施設にリフォームしようとした業者にも被害が出たからって噂だが。


最近じゃ周りの木が伸び、昼でも道場内は薄暗い。

まぁ、お陰で怖いもの見たさの奴らも近づかないらしいけどな。




なぁ、堀

今からその道場に、行ってみないか?






■ ■ ■ ■ ■ ■






古堂からの誘いに、智彦は考える。


(星夜としては、やっぱ現地の情報が欲しい、よな?)


ならば友人の為に、ここは受けよう、と。

智彦はゆっくりと、首を縦へと振る。



「解りました、行きましょう」


「へぇ……」



古堂は意外そうに目を細め、改めて堀を品定めし始めた。

地味な見た目と違い豪胆なのか、それとも想像力の無い怖いもの知らずか。

どちらにせよ楽しい事になりそうだ、と。

古堂は愉快そうに唇を歪める。


確かに、剣道部の話は有名で、実際にあった。

だがそれは昔の話であり、今ではさっぱり実体験を聞かない類の、この学院に数多ある賞味期限切れの怪談。

ならば肝試し感覚で行ってみるかと、古堂は手元のタブレット操作した。



「あまり大人数で行くと怖くないからな、皆はここで見ていてくれ」



そう言い、古堂は鞄からドローンを取り出す。

ドローンが起動すると、タブレットにドローン視点の映像が流れ始めた。

他の5人のメンバーは楽しそうに、興味なさそうに、不安そうに。

其々の反応を返し、古堂の言葉へと頷いた。


「本来なら、バスケ同好会で使う奴だったんだが、手持ちにすればカメラ代わりになる……行こうか、堀」


「うん」


古堂が先導する中、智彦は改めて校内を見渡した。

どこもかしこも、霊だらけだ。

彼ら彼女らは決まって、この学園から逃げられないと嘆いている。

……この学院に捕らえられた地縛霊となっているのだ。


智彦は思う所があるも、今は友人のお願いが先だと、古堂の後をついて行く。



「そういや直接は関係ないが、続きの様な話が有ってな」



学院内で、鐘が鳴った。

古堂は一瞬言葉を止めるも、言葉を紡ぎだす。


「参加メンバーだった3年、そいつはその後精神に異常が生じたんだ」


山室との出来事が、何かに作用したのだろう。

その3年は暴力的になり、多くの問題を起こした末、山室の生首の被害にあう前に退学させられたとの事。


「俺と同じような名前だから憶えてる。そいつの名前は田附たふ 彗星しゃあ。退学後は所謂半グレになって暴力事件を起こしてた」


「過去形、なんですね?」


「あぁ。とある生徒が変な店に紛れ込んでな、四肢を無くした田附が売られているのを見た、って話だ」


「それも怖い話じゃないですか」


「学園にあまり関係ないからな。まぁ、首から下がほぼ無くなったって事で、罰を受けたのかもな、っと」


着いたぞ、と。

古堂は顎で智彦を前へと促した。


長い渡り廊下の先。

周りに茂った樹々に包み込まれるように、その建物は鎮座している。


「普段は中央管理で鍵が閉まってるんだがな、今日はメンテなんで開いてるんだ」


カララと智彦がドアを開け、靴を脱ぎ、道場内へと入る。

ひんやりとした空気。

曇天の下を思わせる、薄暗さ。

黴臭い匂い。




そして、道場の隅にポツンと置かれた、一つの面。




「さすがに日本刀は仕舞ってあるか、……あん?昼前に置いた場所と違……って、お、おい、堀!」


古堂がドローンのレンズを向ける中、智彦は面へと進んで行く。

そのまま躊躇無く、面を片手で持って……眼前へと運んだ。


ズシリとした重さ。

カビの匂いに混ざる、嗅ぎ慣れた臭い。



そしてその闇の奥に、人間の目がぎょろりと光る。



『ぎざまらぁっ!ごろしでやぎゃあああああああぁぁぁぁああっ!?』



面の中のナニかが呪言を発した瞬間、それが絶叫に変わった。

何故ならば、智彦がもう片方の手の中指と人差し指を、金属の隙間に突き立てていたからだ。


金具が、智彦の手の、指の形へ、歪む。

智彦は無表情のまま、指を更に奥へと押し進めた。



『――っ!? ―――ッ!?!?!?!?』


大きく凹む、金具部分。

断末魔を響かせた面はごろんと床に転がり、沈黙。

智彦はソレを拾うと、金具部分をできるだけ元の形になるよう、面の後ろ側から弄る。

その後満足そうに頷きながら面を元の場所へと置き直すと、古堂へと顔を向けた。



「居ましたね。じゃあ、戻りましょうか」




「ぁ、あぁ……、はい」



古堂は一瞬にして乾いた口を何とか唾で湿らせ。

心なしか春の空気で暖かくなった道場内に違和感を覚えるも、恐る恐る、頷いた。

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