新学期
春。
智彦は高校三年生となり、新しい生活を送り始めている。
以前より学校との距離は遠くなったが、今の智彦にとってはさほど問題は無い。
バイトに関しては、ニューワンスタープロダクションでの仕事を続けている。
最近時給が上がり、智彦はかなり喜んだようだ。
クラス分けにおいては、上村と同じクラス。
それどころか、縣と迫浴までが同じクラスだ。
二学年時のクラスメイトも数人いたが、彼ら彼女達は智彦と同じクラスだと知ると、顔を青くしていた。
とは言え、藤堂と樫村が不登校となっている為、それも仕方のない事だろう。
次は自分の番ではないだろうか。
そんな不安から故に、智彦とは極力関わらぬよう、距離を取っている。
ただ不安と言う名の毒は確実に精神を蝕んでおり、今後不登校が増える事だろう。
縣と迫浴はその容姿とコミュ力で、早々とクラスのカースト上位へと奉られた。
……のだが、二人は関心無しで、智彦・上村と行動している。
クラス内の権力闘争よりも、二人は智彦達とつるむ事が気に入っているようだ。
だが、縣と迫浴を
智彦を知る者の制止を振り切り、智彦と上村を陰キャラと蔑み、いじめの対象とし始めた。
……のだが、当の智彦は無関心で、上村もそれに追従。
智彦にとって同級生からの悪意は無価値に等しく、ただただ無表情のまま毅然としていた。
業を煮やして智彦に暴力を振るう者及び私物に害をなす者もいたが、全員智彦からの殺気を喰らい学生生活をリタイア。
一番の被害者は、4月なのにクラスの人数が2/3になって頭を抱えた担任教師であった。
ちなみに縣と迫浴は結果を予想できたので、智彦の敵対者に生温い視線を向けていたという。
なんだかんだあり、なんとかクラスの雰囲気が落ち着いた、四月中旬。
もはや固定メンバーとなった智彦・上村・縣・迫浴は、いつものように一緒に下校していた。
「四月早々に進路調査か、気がはえぇなー」
「と言っても、私達に選択の自由、ナッシングですけどねー」
《裏》社会に身を置く縣と迫浴の進路……と言うより、将来は決まっている。
《裏》社会で生まれ、加えて力を持つ者は、《裏》社会の世界へ混ざるように強要される。
「正直うんざりしてたがな、お前達と関われるんならそれも悪くねーと思ってるよ」
「いや、俺が《裏》と今後も関わるような言い方はどうかと思うよ?」
「仕方ないですぞ。八俣氏は何かと寄せ付けてますからな」
珍しく照れた縣に、智彦と上村は笑みで返す。
迫浴は無言のまま男三人を見つめ、何故か顔を紅潮させていた。
「自分はまぁ、親の仕事手伝う為にデザイナー関連の学校ですな」
「クチサケも一緒に行くと揉めてた学校か」
「ふふっ、愛されてるマスね」
上村と紗季ならば、キャンパス内にてお似合いのカップルで有名になるだろうな、と。
智彦はその図をイメージする。
一方智彦は、自身の将来像をイメージできないでいた。
「俺は……、まだよく判らないな。今を生きていればいいや、って感じだったし」
富田村での出来事がかなり関係してはいるのだが、、智彦はいまだ進路を決める事が出来ないでいる。
ただ、母親を楽させてあげたいと言う漠然なイメージを持ってはいる様だ。
「ま、《裏》に興味あるなら言ってくれ。歓迎するぜ」
「熾天使会も同じデス。貴方来ればせれん様喜ぶネ。では、今日もグッバイ」
いつもの交差点で、縣と迫浴が別れる。
智彦と上村はそのまま、近くの大型団地へと足を進めた。
「八俣氏ならニューワンスタープロダクションから声がかかってるのでは?」
「うん、お世話になってるから選択肢に入れてるんだけど、迷っててね」
「まだまだ考える時間はありますからな、ゆっくり考えればいいと思いますぞ」
「ん、ありがとう。……変わって無いなぁ、ここ」
大型団地の敷地内にある、小さな公園。
以前はいろいろな遊具が所狭しと置いてあったのだが、時代の流れからかすべて撤去されている。
智彦は、団地を見上げた。
昔は真っ白で勇壮な建物ではあったが、外壁は汚れ、外壁が剥がれている部分もある。
団地と言う大きなコミュニティーを有していたが、今やその賑いは全盛期の三割程だ。
「あ、早いね!ごめんね、待たせちゃったかな」
公園の入り口から、懐かしい声がした。
二人が振り返ると、以前の面影を色濃く残したままの友人が、小走りで近づいてくる
身長170程、筋肉質ながら人懐こい笑みを浮かべる少年だ。
「変わって無いなぁ、星夜」
「中学以来、ですかな?」
「だね、謙介は身長伸びたね。智彦は全然変わって……、いや変わった?」
智彦が曖昧に返事した後、星夜と呼ばれた少年は二人を古ぼけたベンチへ座るよう促した。
彼の名前は、
今日、智彦達をここへと呼んだ人間だ。
「まずは急に呼び出してごめんね。あと来てくれて本当にありがとう」
頭を下げる堀に、智彦と上村は頷きで返す。
「構いませんぞ、中学以来あまり遊べてませんでしたからな」
「うん、よく三人で集まってたのにね」
そう言いながら、智彦は胸に鈍い痛みを覚えた、
堀もまた、上村同様、智彦があえて交友を閉ざした友人であったからだ。
智彦の言ったように、中学の頃は三人でよく遊んでいた。
堀の家に集まり、友情破壊と名高いゲームをプレイし、喧嘩をして。
その都度、堀のお爺さんに宥められ、四角いゼリーのお菓子を貰ったな、と。
そのお菓子の味をふと思い出しながら、智彦は俯く。
(本当に、後悔ばかりだな)
上村と同じ様に、また仲良くしたい。
ある種の決心を胸に、智彦は堀へと尋ねる。
「何か大事な話なんだろ?俺達で良ければ聞くよ」
「ですぞ!まずは面倒な話から済ませませんかな?」
「……ありがとう。二人は、僕があの私立校に進学したのは知っているよね?」
堀は、二人の頷きを認め、話を続けた。
彼の通う学校は、近隣の県に近いマンモス校……過大規模校だ。
そこには今年も例年通り、多くの新入生が入って来たらしい。
「僕は放送部に所属しててね。先日ちょっとした企画が上がったんだ」
それは、学校に伝わる怖い話を特集しよう、と言う企画。
新入生達に「この学校にはこういう怖い話があるんだぞー」と紹介……そして、警告するのが目的だ、と。
堀は陰鬱そうに、眉を顰めた。
「ん?七不思議ではないのですかな?」
「七つじゃ収まらないんだよ、あの学校。100以上はあるんじゃないかな」
「そんなに」
そして堀の役目は、その企画の進行役だと言う。
特定基準で全校生徒から選ばれた七人から話を聞き、纏める。
本来であれば新聞部の企画なのだが、機材の関係で放送部に回されたらしい。
「で、3日後がその企画の日、なんだけど……、その、家族旅行をする事になって」
先日の事だが、堀の母親が商店街の福引で温泉旅行を当ててしまった。
堀の両親は共働きな為、今まで家族で旅行に行くという機会が無かった。
なので、丁度いいという事で、その日に旅行の計画が決定したと言う。
「え?じゃあどうするの?」
「先生達に相談したら、やはり止める事が出来なくて。他の部員も全員無理だったんだ」
旅行を諦めるか?
そう諦観を持った堀は、何故か……本当に急に、閃いたのだと言う。
「智彦に入れ替わって貰えばいいじゃないか、って。その、謙介は無理だけど、智彦なら僕の制服丁度合いそうだし」
あまりにも唐突な話。
だが智彦は、了承する前提で話を進めだした。
「大丈夫?その、放送部の人達に何か言われないかな?」
「実は許可は取ってるんだ。企画中止になるくらいなら、って事でしぶしぶだったけど」
「なら、他の生徒に怪しまれないかな?」
「生徒の数が多いから問題ないよ。僕ですら初めて会うような人が毎日いるし」
「仕事、難しくない?てか、俺の顔映ったりしたら問題になるんじゃ?」
「あー、録画はしないんだ、やっぱ反発があってね。だから録音だけ、問題ないと思う」
「……わかった、引き受けるよ」
「あ、ありがとう!いやまさかこうも簡単に受けてくれるなんて。じゃあ……」
その後、簡単な打ち合わせを行う三人。
制服を明日渡すという話を最後に、久々の邂逅は終了した。
「じゃあ二人とも!また遊ぼうね!智彦、本当にありがとう!」
「今度はこっちから電話しますぞ!」
「またね、星夜。……あ、最後にいい?」
茜色になった空の下、影の伸びた堀に、智彦が尋ねる。
「星夜のお爺さん……
「あっ、そうか、言ってなかったね、ごめん。去年、癌で……。本人の希望で、家族葬だったんだ」
「そっか。ごめんね、悲しい事思い出させて」
「いや、いいんだ。そういやじいちゃんも二人に会いたがってたし、今度線香を上げに来て欲しいな」
「うん、解った」
「解りましたぞ」
手を振り去って行く堀に、二人は手を上げて見送った。
そして堀の横に佇む、老人の霊にも。
「……何やら起こりそうな予感ですぞ。お爺さんが、星夜の危険を知らせたんですかな?」
「多分、ね。でも、コレであのお菓子のお礼を少しは返せる、かな」
「懐かしいですな、口の中にセロファンっぽいのがくっつきましたぞ。……今回は自分は手伝えない、かな」
「だね、制服が無いし、予備があっても謙介には合わないだろうからね」
二人は立ち上がり、帰路へとつく。
今日はやけに口が渇くな、と。
砂埃が舞う道路を、智彦は無表情で見つめた。
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