隙間録:ニューワンスタープロダクションにて



もはや日本屈指の企業へと成長した、ニューワンスタープロダクション。

元々あったビルの周りには、日々新しい建築物が増設されている。

テレビ局及びラジオ局ではないのに、収録施設も兼ねているのだ

しかもそこを始点に、芸能人や業界人の為に店が並び始め、流行発信の地として開発が進みだしたようだ。


元は、夢見羅観香の人気で成り上がった、一企業。

だが今や、ニューワンスタープロダクションが抱える芸能人は、彼女だけではなくなった。

所属する人材は日本だけに留まらず、アジア圏にも進出。

最近では、芸能界の大御所であるタカモリプロとの業務提携を発表したばかりだ。


加えて、故人であるはずの加宮嶺衣奈の、怪異としての復活。

これに関しては世界的に話題となり、日々、彼女への取材が殺到している。


世界的成功者となった、星社長。

彼女は「成功の秘密とは?」という記者からの質問に対し。

「祖父が大事にしてる人形が座敷童だったんでしょうか」と、なんともオカルト色の強い回答をしたという。



そんなニューワンスタープロダクションの社長室は、今日も賑やかだ。

星社長を始めとした夢見羅観香、加宮嶺衣奈、のいつものメンバー。

最近はここにタカモリが混じり、楽しく仕事の打ち合わせをする事が多いようだ。




「星社長、昔の仲間に声をかけたんですが、皆から快くOKを貰えましたよ」

「助かります、タカモリさん。会社が成長するのはいいんですが、人材が追い付かなくて……」

「いえいえ、こういう時こそ僕達を頼って下さいよぉー」

「本当にありがとうございます。幹部候補の育成は何とか落ち着きそうです」


高級なオーク素材で彩られた落ち着いた雰囲気。

珈琲の芳香が漂う、室内。

頭を下げる星社長に、タカモリは片手でそれを制す。


オカルトが縁と成り、羅観香を有する星社長とタカモリは、良いビジネスパートナーの関係だ。

この業界では新参である星社長は、たびたびタカモリのお世話になっている様だ。



「私としては、昔の事務所の方が好きだったけどなー。皆仲良しって感じで」



星社長の嬉しい悲鳴に、陽気な声が混ざった。


声の主は、羅観香だ。

シャギーを入れた茜色の髪を指で弄び、可愛く唇を尖らせる。

そんな彼女を膝に乗せた嶺衣奈が、彼女を両手で優しく包み込んだ。


【唯の言う事も解るわ。あの頃は皆で一緒の目標に進んでるって実感があったよね】


若さからの感想。

とは言え、星社長とタカモリも同意する部分があるのだろう。

若い二人の言葉に頷きながら、目を細める。


「あ、いや!解ってはいるんですよ!今楽しくお仕事できるのは、ココが大きくなったからだって。でも……」


昔からのメンバーと時間が取れなくなった。

新しい人を覚える労力が大変。

下心丸出しで接してくる人がいる。

羅観香は、大なり小なりの不満を細かく吐露し始める。


これは、羅観香なりのストレス解消だ。

それが解っているからこそ、星社長達は同意しつつ、羅観香の精神的なケアを施している。



「新しい人のせいで、最近じゃ智彦君も来辛いみたいだからなぁ」



いつもであれば、このまま仕事の話に入る筈だった。

だが羅観香のその一言が、星社長とタカモリから「はっ?」と素の言葉を引き出してしまう。


【あー……、その、彼、私達と仲が良いので、受付等の新参の方々に邪険に扱われてるようで】


嶺衣奈が、羅観香の零した言葉の説明をする。

が、二人からは再び、「はぁ?」と言葉が溢れる。


「……成程、最近彼がココに来ない理由はそれだったのね」

「急成長した故の弊害がここにもあったかぁ。彼はここに必要な存在なのにねぇ」

「えぇ、彼を疎かにした社員を直ちに割り出さないと」


「あ!えと!智彦君はどうでも良いと!逆に、対応すると社内で軋轢が起こるかもって!」


星社長とタカモリの目が剣呑に光るも、それは深いため息に変わった。

自身よりこちらを気遣ってくれる智彦に、申し訳なく思ってしまったからだ。


「……彼には今日にでも、お詫びに伺います」

「ですねぇ。あと、何かしら対策しないとまずい、かなぁ」

「えぇ、明日、会議を設けます。彼がいなければここまでこれなかったのに、まったく」


智彦がいるから、《裏》等との衝突が無い。

あと嶺衣奈だけが把握しているのだが、敷地内にて悪さをする類の霊や怪異が、発生しない。

それだけ、智彦の存在は重要なモノとなっていた。


「ま、仕事の話をしましょうかぁ」


タカモリが、机上に紙媒体の企画書を広げる。

内容は専ら、春の特別番組についてだ。


「来根来さんと寿々さんが最終調整してますが、迷っていいですともの一般枠参加を始めます」


【あら、結局智彦君が第一走者では無いんですね】

「ホントだ!盛り上がると思ったのになー」


タカモリは苦笑を浮かべ、首を左右へ振る。


「クリアできるってパフォーマンスは大事だけどねぇ。彼だとノーミスで裏面もクリアレベルだから」


タカモリの例えに首を捻りながらも、言わんとしてる事は解った様だ。

羅観香は「残念!」と嶺衣奈へと頬ずりする。


「えーっと、それより個人的にはこれについて話したいんだよねぇ、オカルトタカモリ春の増刊号」


開かれた企画書には、嶺衣奈の名前が大きく強調されている。

星社長が、A4の用紙を4枚ほど並べた。


【あ、この収録から私がメンバーに入るんですね】

「そうだよ!いやぁ、話題性もあるし、何より君達二人が一緒なのが大事なんだよねぇ」


羅観香と嶺衣奈ははにかみながら、共に頷く。

そして、A4の用紙を吟味し始めた。


「問題はどれを題材にするかなんだぁ。個人的にはコレ、なんだけどね」


「首無しライダー、ですか?」


一同が、タカモリの指差した企画書に目を向ける。

首狩り峠。

実在する怪異。

死亡者の数。

内容は、極めて血生臭い。


……が。

首無しライダーの乗っているバイクの詳細。

首無しライダーの正体らしき人物像。

生前の彼と交友を持ってた人物達。

等々が綿密に描かれており、首無しライダーの起こす事故の悲惨さではなく、首無しライダーそのものに焦点を当てている。


【コレは極めて危険な臭いがします。彼を同行させるのが前提ですね】


企画書に目を通す嶺衣奈が、冷静な声で呟いた。

それだけで、このオカルトのヤバさが際立ってしまう。


だからこそ。

だからこそ、だ。


二人が揃った最初の番組で、コレを特集したい。

コレならば番組史上に残るであろう。

タカモリはそう考え、首無しライダーを推したのだ。



「つまり智彦君がいればこれでいいって事だよね?嶺衣奈!」



その思いは、羅観香も同じの様だ。

満面の笑みを浮かべ、早速智彦へと連絡を取り始めた。



「嶺衣奈、良かったわね……、ほんと」


【星社長……、はい】



怪異としてだが、再び生を受け、愛する者と共に進める喜び。

寿命など将来の事は解らないが、今はこれで良い。

嶺衣奈は、羅観香を眩しそうに見つめる。



「……えー!?退治しちゃったの!?」



「えっ?」

「はっ?」

【あら?】



「誘ってよ!確かに仕事忙しいけど!仲間はずれじゃんー!」



やはり規格外だ、と。

全員の胸中に、智彦への呆れが浮かぶ。



「……じゃあ、コレは没で。あはは、じゃあどれにしようかなぁ」



居なくなったものは、仕方ない。

タカモリ達は苦笑いを浮かべ、再び企画書へと視線を落とした。



窓が、がたんと響く。


季節は、春の一歩前。

強い風が、建築現場のクレーンを甲高く揺らしていた。

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