隙間録:秋良



カチャカチャ、と。

片付けの行き届いていない狭い部屋で、キーボードを荒々しく叩く音が響く。


時間はすでに24時過ぎ。

音の主は時間を確認すると、タバコを一本取り出し、火をつけた。


紫煙が。

黄色くなった天井へと広がる。



「あぁ……くそっ!新作上げられねぇじゃねぇかよ。使えねー総長だな!」



タバコを灰皿へ乱暴に押し付け、声の主……秋良あきらは毒づいた。

眼前には、パソコンに繋がった大きなモニターが、秋良の顔を眩く照らしている。


その画面に映し出されているサイトは、あの首無し峠で起こった事故死の動画サイトだ。

秋良はログイン画面を開き、管理者ページを開く。


(新作を早くアップしろって催促ばかりだ、あぁ畜生!)


そもそも今日は新作をアップする予定だったのだ。

恐らく敵討ちで挑む高校生という最高の被写体。

あの不愛想な餓鬼がみじめに死んでいくのを期待していたのに、と。

秋良は再び、タバコに火を付けた。


(普通、走って勝つとかありえねーだろ!なんだあの餓鬼は!撮影も何故か失敗してるし!)


バイクを降りた智彦を見限る観衆が多い中、秋良だけはドローンを飛ばしていた。

そこにはもちろん、智彦が無様に死ぬのを期待していた、と言うのがあったのだが。

しかし結果は、智彦の圧勝。

これはこれで良い金になりそうだと考えるも、ドローンの映像はなぜか真っ黒。

いや、時折青い繊維が見えたため、青い布か何かがレンズに張り付いていた……ようにも見えたのだが、結局は異常無し。

秋良は再び、タバコを灰皿へと押し付けた。


(もう事故死映像は撮れねーな、閉鎖しちまうか?ただ会員制だから面倒なんだよなぁ!)


カチリと、マウスのクリック音。

事故の映像が流れだし、秋良は目を細める。


(俺がどれだけ苦労して、こいつらを誘導したと思ってるんだ)


首狩り峠での死者は基本、首無しライダーを知らずに、もしくは遭遇しないだろうと考えた末に巻き込まれていた。

だが六割は、首無しライダーに挑んだ蛮勇の者である。


秋良は顔見知りや知り合ったライダーへ甘言を弄し、首無しライダーとの勝負に誘導。

その死に際の映像を撮り、運営する有料サイトで小金を稼いでいたのだ。



「はぁぁ……、あのバイク欲しかったな。殺してでも奪い取ればよかった」



ヤニ臭くなった頭髪を弄る秋良の脳裏に、輝いていたあの頃が浮かび上がる。

総長と呼ばれた力を持ったお人好しを担ぎ、好き勝手に馬鹿をした青春時代。

そして、好事家のガレージから皆で強奪した、海外メーカー産のバイク。


(どうせならあのバイクから降りた時に死ねよな、ほんと役に立たねー男だ)


美品状態前提ではあるが、数千万で売れると言われたバイク。

売買目的ではなく、自身のバイクにして乗り回したいと憧れる者が多い、幻の一品。

故に、多くの者が秋良の甘言の犠牲となったのだ。


だが本人は、反省の欠片すら抱いていない。

手元のタバコの様に、彼らの命はただただ消費するだけの金づる扱いである。



(事故が起きやすい場所に固定カメラでも仕掛けるか?明日、場所を吟味するか)



部屋の向こうから、妻からお風呂に入るように声がかかる。

秋良は顔に柔和さを張り付け、部屋を出ようとした……、が。



「んん?」



ドアノブを回すも、ドアが動かない。

ドアノブが故障し空回りしているわけではなく、ドア自体がまるで鉄板になったかのようにビクともしないのだ。


首を傾げる秋良の耳に、こつん、と。

小さな音が聞こえた。


音は、後ろ……窓の方から。

カーテンが、静かに揺れる。


(窓、閉めたはずなんだがな)


カーテンを開け、鍵を確認しつつ、窓ガラスの向こうに秋良は目を凝らす。

道路の向かい側にある街灯が、下界を燦々と照らすだけ。

空は繁華街の明かりで白く、星はまともに見えない。


(鳥か何か、か?)


カーテンを閉めようとする秋良の耳に、再び、こつん。

誰かのいたずらだろうか、と。

秋良は窓を開け、顔を出して下を確認する。





(……?)





誰もいない。

そう思った瞬間。



ガヂン、と。



すさまじい勢いと速度で、開けた窓が瞬時に閉まる。

それはギロチンの様に、秋良の首を鋭く刈り取った。


「気

  味

  わ

  r」



秋良の頭部は言葉だけを残し、赤い雫で線を描いて行く。




ゴロンとアスファルトに転がる、秋良の頭部。

その周りには多くの霊が立っており、存在しない頭部で、肉片を見下ろしていた。

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