首無しライダー ~エピローグ~
「牛丼、大盛で」
「同じく、大盛ですぞ」
智彦による敵討ちが終わった、その日の夜。
縣と上村は、近くの牛丼屋で少し遅めの夕食を取っていた。
店内には他に客はおらず、店員の作業音だけが響いている。
「そういや首無しライダーの残したあの黒いバイクは、どうする予定ですかな?」
「普通にこっちの方で廃棄処分するぞ。あんな呪いの品、この世に残せるかよ」
「高そうだったのに、勿体ないですぞ」
「実際骨董価値がすごいバイクだな。俺も欲しかったが、まぁ仕方ねーさ」
店員が食券を受け取り、ぼそりと接客マニュアルの挨拶を零した。
二人は頷きながら、席へと座る。
「……で、何か大事な話があるのではないですかな?」
「あー、やっぱ解るか?」
「理由をつけて八俣氏を追い払った気がしましたぞ」
「いや、そういわれるとそうなんだが、あれはあれで正しかっただろ。お前の嫁さんも、察してくれたしな」
「……ですな!」
本来であれば今夜は、智彦と紗季を含めた4人で戦勝会を行う予定だった。
だが、縣が「最初に報告する相手がいるだろう」と、後日改めて戦勝会を行う約束をして、智彦を家へと返したのだ。
同時に、紗季も何かを感じ取り、先に帰宅した次第である。
「俺一人で抱え込むのはどうも重すぎてなぁ」
縣が紅しょうがを、小皿へと盛り付ける。
その間に上村が、お冷二人分を用意した。
「謙介は八俣から、富田村の話は聞いた事あるか?」
「勿論ですぞ。最初はまぁ、内心疑ってしまいましたが」
「でも今は信じてるだろ?まぁ、その富田村の話なんだがな……、生存者があいつ以外に居たかも知れねーんだよ」
縣が手元のタブレットを操作し、上村へと画面を見せる。
そこには、約20年ほど前の新聞記事が表示されていた。
「ふむ、道瀬峠で死亡事故?身元不明の遺体……」
「ちなみにそれ首狩り峠のことな、あとこれが死んだ奴。あの店に飾ってあった写真だ」
「あぁ、総長って呼ばれてた人ですな」
タブレットに、男の写真が映し出された。
歳は20歳前後だろうか。
丸坊主ながら額に鋭い剃りこみがあり、生理的に苦手な人種だと、上村は眉を顰める。
「時間上、簡単な事しか調べる事できなかったがな。一般人にしてはかなり強かったらしい」
「ふむ、流れからしてこの人が富田村の生存者、と縣氏は言うのですな?ですが」
「解ってるよ。こいつは過去の人間だ。……俺も、そう思ってたさ」
縣がタブレットを操作すると、新しい画面に切り替わった。
表示されたのは、行方不明となった人の情報を求めるチラシ。
そこには、総長と呼ばれていた人間と同じ顔が写っていた。
「これ、は……」
「このチラシが貼られたのは、去年の春頃だ。……富田村関連の行方不明者の資料として、俺達のデータベースに残ってた」
改めて、上村はチラシの画像に目を向ける。
名前は、
名門の高校に入学しており、所謂上級国民の家庭で育ったようだ。
肝試し中に迷い込んだ、痕跡なし、などの情報が、所々に書かれている。
「遺体や遺品が見つからなかったんで、てっきり中で化け物に食われたと思ってたんだが」
「どっこい生きてた村の中、って奴ですかな、っと。有難う御座います」
牛丼が提供され、二人はとりあえず先に食べる事にする。
店内に流れるBGM 。
外から響く車の走行音。
二人の、咀嚼。
音はするのだが、妙な静けさが店内を支配していた。
(普通に考えればあり得ない、のだけれども)
牛丼を頬張りながら、上村は思考する。
最近行方不明になった人間が、過去に生きていた。
顔が同じくらいに似ているという偶然もあるだろう。
が、智彦の名を知っていて、その強さにあこがれを持っていたという話だ。
(あいにく、自分の周りは普通じゃなくなったからなぁ。なぁ、智彦)
上村が思うのは、非難ではなく、感謝。
親友と同じ世界を見る事がこの上なく嬉しくて、上村はつい笑みを浮かべてしまう。
「ふぅ……」
「あぁ美味かった」
二人が牛丼を食べ終えたのは、ほぼ同時であった。
お冷を共にうがい飲みし、一息ついて、上村は先程の会話を続ける。
「以前八俣氏が言っておりました。村の中で1年近く過ごしたのに、戻ったら一時間も経っていなかった、と」
「ふぅん?じゃあルールみたいなのがあったのかもな」
「あの村の主を倒したのは八俣氏ですからな。それ以外は強制退出させられたのかも知れませんぞ?」
「それで昔に飛ばされるたぁな……、まぁ命があっただけ良かったのかもしれねーが、っと」
二人は其々の食器を重ね、店員が掃除しやすいようにまとめ始める。
そしてそのまま御馳走様と言葉を残し、店を出た。
外気は未だ冷たく、星が綺麗に見える。
とは言え、春はもうすぐだ。
しばし無言の二人であったが、上村が小さい声で呟いた。
「八俣氏は……智彦は、今際の言葉代わりに学生証を使ったって言ってたよ」
「成程。じゃあ、首無しライダーがあいつの名前知ってたのも頷けるな」
「それだけじゃなく、同じように迷い込んだ人向けに助言も残してた、って」
「あぁ、それはあの村で色々回収した時に確認してる。……だからこそだ」
「……本当に、やるせない、な」
恐らくだが総長と呼ばれた男は、智彦の残した書置きのおかげで富田村で生き延びる事ができたのかも知れない。
そして、智彦が化け物を蹂躙する場面も見ていたのだろう。
つまり、智彦から知識を得て、智彦が作った安全地帯を使い、生存していた可能性。
それが意味するのは。
間接的にではあるのだが……智彦が救った男が、智彦の父親の命を奪ったという、因果。
「……すまねーな、巻き込んじまって」
「本当ですぞ。……この事は、八俣氏には言わないでおきましょう」
「不義理だが、こればっかりはな」
「……ですぞ」
仇討ちの喜びに、水を差す事はない。
真実を知らせないのも友情だろう、と。
重い罪悪感が一生付きまとう事を選択した縣と上村は、共に白い息を吐いた。
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