決着

首狩り峠。

元々は別の名があり、林業の活性化を担う為に隣県同士を結んだ県道だ。

木材運搬の距離を短くする効果を望まれたが、急カーブが多い為に運転手には不評であった。

やがて、運転手は安全を取る為に、その道をほとんど使わなくなる。

そしていつしか、その急カーブと勾配が好まれ、所謂走り屋の集う場所となった……と、言われている。


一見すると、見晴らしの良いドライブコース。

だが実際は、多くの血を吸い続けてきた悪路だ。

微妙に勾配の付いた急カーブ。

路上に転がる落石。

突然飛び出してくる野生動物。

崖下から吹き上げる強風。

一つ一つは小さな障害ではあるが、これらが連鎖すると、途端に死神の鎌と化す。

事態を重く見た行政が道路を封鎖するも、名声とロマンを求めた彼らの骸が無くなる事はなかった。


上記の理由で、首狩り峠は怪奇スポットとしても以前から有名であった。

そんなある日不幸な事故が起き、それが起因で首無しライダーが生まれてしまう。


普通であれば、首無しライダーは脆弱な存在だ。

レースの勝ち負けなど関係無しに、力くで滅せばよい。

しかし、首無しライダーはこの首狩り峠の怪奇スポットたる『力』を取り込み、怪異としての格を上げてしまった。


故に、もはや触れてはならぬ存在として、都市伝説に鎮座していた。


今日、この日までは。






首狩り峠を疾走する、二つの影。

曇天の下で空気を切り裂き、白い軌跡を刻んで行く。




あぁ、これはずるいな、と。

智彦はヘルメットの向こうで苦笑いを浮かべていた。


まず、首無しライダーの走りだ。

凸凹となったアスファルトの影響を受けず。

減速無しでカーブを曲がる事ができて。

空気抵抗も受けている感じではない。


終いには、アスファルトから突き出してくる、半実体化した数多の腕。

縋ろうと、また仲間に取り込もうと、首無しライダーの相手を掴んでくるのだ。


まったくフェアではない勝負に。

そして、この様な場で父親を戦わせた事への怒りが、智彦の中に燻り始めた。




一方、なんだこの化け物・・・は、と。

首無しライダーは焦燥と恐怖がごちゃまぜとなっていた。


まず、バイクに乗らず普通に走って、しかも並走しており。

急カーブではアスファルトを足で砕き、直角に曲がり。

日陰の凍結部分で滑っても、その手でアスファルトを抉り持ち堪えて。

落石を直撃させたのに、ヘルメットが凹んだだけで。

体当たりなどの妨害に、全く動じない。


終いには、支配下に置いている霊達の腕だ。

妨害の為に足に絡もうと、まったく減速無しでぶちぶちと千切って行くのだ。


首無しライダーは初めて、敗北の二文字を感じ始める。

あぁ、負けてはならぬのに。

あの地獄で見た彼のように強くありたいのに。

彼の中で生前の執着が浮かび、焦りに拍車がかかった。



「……本当はね、本気を出せばもうとっくにゴールしてるんだよね」



そういやどこで声を聴いているんだろうと考えつつ。

世間話かのように、智彦が首無しライダーへと言葉を向ける。



「多分だけど、俺が勝ったらお前はそのまま消えていくだけだろう? そんなの個人的に許せない」



前方で、落石が錆びた道路標識の支柱を歪めた。

折れ曲がった道路標識の切っ先が、疾走する智彦の首へと吸い込まれる。

…が、道路標識は根元から弾け、錐揉みしながら岩壁に叩きつけられた。



「だから、10秒待ってあげる。情けでハンデをめぐまれ、負けて、そのまま憤死しろ」



智彦はそう言い放つとその場で両足を浮かせ、地面と体を平行に体を浮かせつつ、グルンと体をうつ伏せへ。

右手でアスファルトを鰹節のように抉りながら、減速し始めた。


その間にも、首無しライダーは時速100km以上で走って行く。




10……。




首無しライダーの胸中に浮かぶのは、怒りよりも愉悦であった。




9……。




強敵がこちらを舐めた故に勝ち取る勝利。

これ以上の愉しみは、ない。




8……。




だが同時に、残念だとも感じた。




7……。




あの化け物に正面から勝った時こそ。

俺はあの男に追いつけるのでは、と。




6……。




首無しライダーの中に、再び生前の映像が浮かぶ。




5……。




化け物を屠る男。

そこには正々堂々はなく、ただ生への執着のみが露出していた。




4……。




感情をむき出しにして。

外面など知った事かと。

甲高い雄叫びを上げ、化け物の体液に塗れていた男。




3……。




自身はあの場で、ただ逃げて。

障害が取り除かれたあの男の後を、追うだけであった。




2……。




だが今は違う、と。

自身は力を手に入れた、と。




1……。




俺はあの男に近づけただろうか?

いや、すでに凌駕しているかも知れない。

首無しライダーは、声のない笑いを上げた。





0。





あとカーブを2つ曲がれば直線となり、その先にゴールがある。

首無しライダーは、勝利を確信し、体を落としカーブを曲がるという余裕を見せた。


二つ目のカーブ。

同じように曲がり始めた首無しライダーの実態無き耳に、真横から声が聞こえた。



「お先に」



『!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?ッ』



吹き抜ける、風。

それは先程試合放棄をしたかに見えた人間であった。


実は後ろからついてきていた?

だがそれ無いと、先程までの首無しライダー特有の視界が、それを否定する。


まるで、ワープをしてきたかのような。

時間をぶつ切りにして現れたような、理不尽。

首無しライダーは持てる力を注ぎ、配下の霊で妨害を試みる。


智彦の前に、首のない数多の霊が現れた。

その体を掴み地面に縫い付けようと試みるも、悉く吹き飛ばされて行く。



『!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!ッ』



声無き、咆哮。

半狂乱になった首無しライダーの、速度が上がる。

自身の魂を燃やし尽くすような荒業。

しかし、それでも智彦には追い付けないであろう。





……だが。

その速度が、少しだけ……何の影響もない程なのだが。

首無しライダーの背後から伸びた腕により、減速した。



(……父さん)



突如にじみ出た、懐かしい気持ち。

テレビを見ていて、あぁ似たような番組が昔あったな、程の弱さなのだが

智彦が振り返ると、首無しライダーを後ろから引っ張る、青い服の腕が見えた。


フルフェイスの為、顔は見えない。

なのに、自分へ笑いかけているのは、解る。



智彦は首狩り峠の境目……ゴールへとたどり着くと、靴を燃やしながらブレーキをかける。




『???????????????????????????????????ッ』




白い炎に身を焦がされ、陽炎のように揺れる首無しライダー。

彼の支配から解かれ、消えていく霊達。

陽によって、割れる曇天。



首無しライダーは負けた事に気づかないのか、それとも認める事ができないのか。

智彦へと右手を伸ばすも、陽の光により消えて行く。


後には鈍い光を放つ黒いバイクが残され。

ガダン、と。

アスファルトへと転がった。



それらに関心など毛ほども抱かず、智彦はあの懐かしい腕があった場所を、まぶしそうに……。

そして悲しげに、見つめていた。

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