落葉
曇天から、湿り気の多い雪が舞いだした。
雨に近いソレは朽ちたアスファルトに、黒い染みを残し始める。
智彦は首狩り峠の先……ゴールへと視線を移し、眼を細めた。
(距離はどの位だろう……、まぁ並走すれば問題無いか)
バイクを降り、首無しライダーの横へと並ぶ智彦。
冷たい風に乗ってヤジが聞こえてくるが、文字通りどこ吹く風だ。
(……首から上は無いけど、感情はあるんだな)
首無しライダーから、戸惑いが伝わってくる。
それに対し智彦は不敵に笑い、煽るように答えた。
「大丈夫、お前なんかバイクに乗らずとも、普通に走って勝てるよ」
感情は戸惑いから、激高へ。
首無しライダーの首の断面から溢れる冷気が増え、智彦の足元が白く染まり始めた。
怪異なのに感情が豊かだな、と。
智彦は腰を落とし、クラウチングスタートの様相となる。
同時に、首無しライダーもその挑戦を受け取り、意識を前へと向けたようだ。
二匹の間で、無言の応酬が始まる。
「馬鹿かてめえ!」
「くだらねぇ!その場で轢き殺されろ!」
「つまんねー、もう私帰るわ」
「んだよ!賭けにすらならねーじゃねーか!」
二匹の空気を無視して、ヤジは激しくなる一方だ。
智彦を見守る上村達は、それに対し怒っ……てはなく、むしろ、可笑しそうに口角を上げていた。
その様子に、勇気と康代は混乱してしまう。
「な、なんでそんな楽しそうなんだい?」
「えと、貴方達の友達が馬鹿にされてるのよ?」
と、口では言うものの。
バイク相手に走って勝てるか。
最初から勝負を放棄してるのか。
負けた時の言い訳にするんじゃないのか。
そもそも正気なのか?
勇気と康代の思いも、ヤジと同じようなものであった。
「まぁ、見ていれば解りますぞ。むしろ驚く顔を見るのが楽しみですな」
「……うん。アレはむしろヘルメットでハンデ与えてる方」
「んん?アレそうなのか?あの連中に顔見せないためだと思ったんだが」
今から起こる事は、それこそ新しい都市伝説の誕生レベルだ。
それを撮れたとしてしても、ヘルメットで顔が解らない。
事前に撮られているかもしれないが、走っている時の顔が見えなければ、信憑性を欠いてしまう。
つまり、智彦なりのヤジへの仕返し、と縣は考えていた。
……智彦としては、顔が冷たくないなぁな軽い理由であるのだが。
「っと。ところで、えと、お二方。あの首無しライダーは、知り合いという話、ですが」
道路に並ぶ二匹は、未だスタートしない。
まだ少し時間があると考え、縣は慣れない敬語で、勇気達へと先程の事を尋ねた。
二人は懐かしむように、縣へと言葉を零す。
「あ、あぁ。うん、その、荒れてた時期にお世話になった人でね」
「私達、荒れてた時期があって……、その時、居場所を作ってくれた人なの」
聞くと、二人は所謂不良で、若い頃はやんちゃな事をしていたらしい。
そんな彼らの居場所……チームを纏めていたのが、あの首無しライダーと言う事だ。
「総長はとても強くてね、俺達の憧れだったんだ」
「んで、総長が目標にしていた人の名前がさっき言った、やまたともひこ、だったの」
縣と上村は、内心で首を傾げた。
その総長と言う人物が生きていた時代と、智彦の年齢が合わない。
ならば、同姓同名だろうと考えた……の、だが。
他人が目標にする強さ、と言う点だけがどうしても引っかかるようだ。
もしかして、首無しライダーに殺されたという智彦の父親と関係があるのではないか、と。
様々な可能性も求め出した。
「まぁどんだけ強かろうが、事故って死んで、それまでだったんだけどな」
「まさか首無しライダーになってまで、速さと言うか強さに執着するなんてね」
二人の視線の先には、首無しライダー。
哀愁を感じ取り、縣は何とも困った表情となる。
その首無しライダーは恐らく、いや、間違いなく。
理不尽な目に遭い、本日をもって消滅するはずだ。
そう考えるも資料が欲しい意味合いで、縣は続けて二人へと尋ねる。
「ちなみに、総長さんのお名前は?」
「あー、ごめん。知らないんだ」
「皆して総長、って呼んでいたから、名前はわからないの」
「写真はあるんだけどね。さっきの店内に飾ってあるよ」
有益な情報は、あまり無い。
そもそも縣からすれば、首無しライダーの件は組織内の年長者の管轄だ。
とは言え、飾られた写真や当時の新聞を見ればわかるだろうし、そもそも資料として保管されているだろう。
縣は特に残念な気持ちも抱かず、二人の背後に漂う黒い靄を一瞥。
二人へとお礼を言い、そのまま距離を取った。
「縣氏、あの二人の後ろに黒いのが見えるのですが、アレはなんですかな?」
あぁ、やはり見えているのか、と。
縣は小声で尋ねて来た上村の視線を追う。
「八俣の言う所の執着、って奴だな。昔やんちゃしてたって言うし、恨みを買ってるんだろう」
人を傷つけていた人間が更生しても、傷つけられた側は知った事ではない。
深夜に暴走行為。
恐喝。
暴力。
当人にとっては軽い気持ちの産物であり、昔は荒れていたと青春を懐かしむ程度かも知れない。
だが、もし……もしだ。
暴走行為が元でノイローゼになり、自殺した人が居たら?
恐喝が原因で、人生を左右する場面で資金が無く絶望した人が居たら?
暴力により後遺症が残った結果、将来の夢を諦める事になった人が居たら?
少なくとも、彼らは恨みを持ち、それを晴らそうと執着するはずだ。
そして、対象の生活や健康を、悪影響が蝕んで行く。
「所謂アレだ。天罰とか、呪いって言われる奴だな」
「ほむ、ならばあの秋良と言うご友人は酷い事になりそうですな」
「あぁ、どす黒いからなぁ靄が。まっ、知ったこっちゃないさ」
恐らく、長くは無いだろう。
そう言おうとするも、紗季が鈍い殺意を縣に突き刺した事で、その言葉を飲み込む。
確かにあの禄でもない奴の死に対し、上村に責任を感じさせる事はない。
縣は紗季を睨みながら、浅く頷いた。
(まぁ、金さえ払えばあんな奴でも守るってのが、この仕事のつらい所なんだがな)
そして自身も恨みを持たれる職種だな、と。
縣が息を吐いたその時、エンジンの唸りが轟いた。
寒気にも似た緊張感が広がり、縣は身を震わせてしまう。
「ぅぉ、そろそろか」
「そろそろですぞ」
「……すごい圧」
ヤジを飛ばしていた観衆の半分程は、去った後だ。
だが今まさに帰ろうとする残りも肌のひりつきを覚え、呆然と撮影機器を構えた。
智彦と首無しライダーの目の前に、落ち葉が舞っている。
先程までの風は止み、落ち葉はゆっくりと重力に引かれていく。
ひらり。
はらり。
落ち葉が地面に落ちた、その瞬間。
片方は、爆音を奏で。
片方は、右足でアスファルトを砕き。
同時に、前へと体を射出した。
「おいおい、マジかよ!」
「たはは、流石ですぞ」
「……やる」
首無しライダーの方は、時速100キロ近くは優に出ているだろう。
首からの冷気が、鋭い軌跡を空気に刻んで行く。
悪路やカーブなど、関係無い。
まるで自分がこのテリトリーの支配者だと言わんばかりに、運動の法則を無視して爆走する。
が、その横には。
ヘルメット姿の人間……智彦が、ぴったりと横に並び、走っていた。
そう、走っている、のだ。
ライダーではなく、ランナーで。
上村達は盛り上がるが、その他にとってはとんでもない状況だ。
勇気と、康代。
後、秋良を始めとした観衆は、言葉を出せずに目を見開いている。
一体目の前で何が起きているのか。
もはや呼吸音しか出せずに、一同は喉を乾かせていた。
「……はっ!?きききき、君たち!あ、あれは一体!?」
「もしかしてローラースケート?」
「いやいや康代、それでも無理だ!」
一方、観衆からも戸惑いの声が溢れ出している。
「……は?え?なんじゃありゃ」
「おい!帰ったやつら呼び戻せ!」
「畜生、撮影してなかった!くそっ!」
「ドローン早く出せよ!なんで片付けたんだよ!」
そんな様相に、ほれ言った通りだろう、と。
上村達はどや顔を浮かべ、智彦の疾走を見守った。
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