首狩り峠
(ここが、首狩り峠……)
ひび割れ、枯れ草が露出したアスファルト。
錆付き、歪んだガードレール。
右には緩やかな崖が広がり、左には伸び放題の樹々。
整備を破棄された、地図上では常に通行止めとされている酷道だ。
道路脇には未だ雪が残っており、年代物のゴミが散らばっている。
空は、今にも雪が降りそうな曇天。
風は冷たく、時折水滴が頬へと落ちる。
(……多いな)
風の音に交わる、怨嗟の言葉。
何故、死ななければいけなかったのか。
何故、この道を通ってしまったのか。
何故、勝つ事ができなかったのか。
智彦の眼には、この地に繋ぎ止められた霊が、こちらへと手を伸ばす姿が映っている。
(なるほど、仲間に引き入れようと妨害しているのか)
首狩り峠の入口。
もはや意味をなしていないバリケードの傍に、首がなくなった地蔵が奉ってあった。
周りには花やお供え物が散乱しており、野生生物の餌場となっているようだ。
智彦は買ってきた花束を地蔵の前へと捧げ、手を合わせる。
小さい頃に温もりをくれた父親の、安寧を願い。
そして、母親の現状を、報告。
ついでに自身についての説明も終わり、智彦は立ち上がった。
気付くと、一緒に来てくれた上村、縣、紗季も、一緒に手を合わせていた様だ。
改めて、智彦は首狩り峠へと目を向けた。
今、智彦がいる場所……首狩り峠の入り口は、標高が高い。
見下ろす形で見渡せるコースは、緩やかにくねくねと下り、遥か遠くに出口が見える。
何も無ければ景色の良い道として観光資源になったであろうに、と。
智彦は目を細めた。
「君も、首無しライダーで知人を失ったのか?」
智彦に声をかけて来たのは、秋良だった。
後方では、勇気と康代が様子を伺っている。
「はい。ですので、そのお礼参りに来ました」
秋良の背後から目を移し、智彦は頷く。
父親の仇討ち、とは言わない。
秋良の眼に、この峠で死んだ人間への侮蔑が、微かではあるが滲んだからだ。
「……そうか。じゃあ俺達は、観戦させて貰うとしよう」
知る人ぞ知るイベント、なのだろう。
付近にはいつのまにか、観客がちらほらと訪れていた。
秋良もその中へと混ざり、撮影器具を向けだす。
無機質な目に晒されながらも、智彦の表情は変わらない。
そこに、上村が不機嫌そうに近づいて来た。
「……感じが悪いですぞ」
「だね。皆、人が死ぬのを楽しみにしているんだよ」
「そのようですな。……ほら、こんなのありましたぞ」
上村が、タブレットを渡してくる。
表示された画面は、所謂動画サイトだ。
事故の動画が多く表示されているが、残念ながらどのような内容かは見る事ができない。
「簡単に言うと、事故動画の有料サイトですぞ。人が死ぬ映像を売りにしてるようですな」
「……謙ちゃん、帰ったら説教」
「自分は全く見てませんし興味もないですぞ紗季氏!?」
突如始まった夫婦喧嘩を一瞥し、智彦は動画サイトを調べ始めた。
モザイクがかかってはいるが、人が死んだ事故や、事故死した遺体を専門に扱っているようだ。
動画名は基本、その事故当日の日付。
父親の命日に該当する動画が無い事に、智彦は安堵する。
(サンプル動画は……っと)
該当のアイコンをクリックすると、小さな窓で動画が流れ始めた。
場所はやはりここ、首狩り峠。
蝉時雨の中赤いバイクが、緑の深い峠道を走っている。
(横にいる黒いバイクが首無しライダーか)
赤いバイクと並走する、刃物をイメージさせる鋭い車体。
車体と同じ色、黒のライダースーツに身を包んだ……首の無い、男。
本来頭部があるべき場所からは、白い靄が溢れている。
見ようによっては、白いフルフェイスにも見えなくもない。
霊ではなく怪異に分類されるため、一般人も視認できるようだ。
(あぁ、これはアウェイって奴だな)
動画の中で、赤いバイクが突如減速した。
理由は、赤いバイクを掴むように、数多の霊が手を伸ばしたからだ。
その瞬間、首無しライダーは車体を低く倒し、足払いのように赤いバイクの足元へと前輪をぶつける。
赤いバイクのライダーは車体から投げ飛ばされ、サビたガードレールへ。
偶々なのか、狙ったのか。
ガードレールが丁度、赤いバイクのライダーの首の部分へと食い込み、頭部を切断。
ソレは赤い軌跡を描きながら、そのまま、崖下へと消えて行く。
モザイクが入った状態ではあったが、最後にそのライダーの死体が映され、動画は終了した。
(……趣味が悪いな)
智彦自身、人間の死体には慣れているが、敬意も持ち合わせている。
富田村に点在したそれらから情報を読み取り、遺品を使わせて貰い、生き延びる事が出来たからだ。
故に、動画に対して無意識に眉を顰めてしまう。
(とは言っても、時代なんだろうけど)
昔のテレビや雑誌では当たり前に死体をうつしていた、と智彦は誰かの言葉を思い出した。
確かに、今はそのような事は殆ど無いだろう。
が、今や通信環境やスマフォ等の発達で、マスコミを介さずに誰もが死体を見る事が出来てしまう。
自殺や事故による骸があれば、殆どの人間がスマフォを向ける世の中だ。
ソレを承認欲求の為に拡散し、その死を辱める。
智彦はその辺りの価値観を、どうやっても理解できなかった。
(俺だったら、俺の死体を面白半分で撮影した奴、拡散した奴への呪いを体に仕込むんだけど……仕込むか)
何となくだが出来そうではあるな、と。
二度とおかしな事が出来ない様に目と指を腐食させる呪いが良いかな、と。
智彦が自身の中で力を練っていると、バイクを弄っていた縣の声が響いた。
「おーい八俣!謙介と口裂けも!準備が出来たぞ!」
「ありがとう、縣」
「高そうなバイクですなー」
「……呼び方」
縣が黄色いバイクへ跨り、エンジンをかける。
爆音が、首狩り峠の間に響いた。
縣は満足そうに頷き、智彦へと場所を譲る。
「細かい蘊蓄は置いておく。俺の愛車だ。こいつに勝利を刻んでやってくれ」
今回、縣が智彦と共に来たのは、《裏》の事情でだ。
《裏》は長年に渡り、首狩り峠の首無しライダーの排除をしようとした。
だが、レースで勝たないと排除できないという異常性により、手が出せなかったらしい。
「見ての通り、道中の霊共が邪魔しやがるんだ。レース無しで倒そうとするも全くダメでよぉ」
故に、今回、智彦が首無しライダーに挑むのは、《裏》にとっては僥倖であった。
しかしそこで、不安が生じる。
物理的な攻撃であれば、首無しライダーを消すのは簡単であろう。
では、バイクでのレース勝負では……?
智彦はバイクに関しては素人だ。
この日の為に短期間で免許は取得したものの、結局はそのレベルである。
「八俣氏ならレースせずに、その拳で倒せそうですな」
「できるけど、それじゃあダメなんだよね。やっぱ勝負で勝たないと……」
「……大丈夫、負けても八俣なら死なない。何回も走れる」
「それはそれで、何か情け無い気がしますけど」
スゥー、と。
智彦が大きく息を吸い、その瞳孔が縮小した。
上村達三人は無言のまま後ろへと下がり、ヘルメットを被る智彦を見守る。
黄色い車体が、前へと進む。
すると、まるで写真を現像するように……黒い影が、智彦の横へと滲んできた。
突如広がる、エンジン音。
並んだ二台のソレが、首狩り峠に轟きだす。
「出やがったか。……ここまで冷気が漂ってきやがる」
傷だらけの黒いバイク。
所々破れた、黒いライダースーツ。
そして……断たれた首から放たれる、白き凍てつき。
道路に、首無しライダーに殺された霊が集う。
頭部が無い霊達は救いを求め、無造作に手を伸ばし始めた。
「口裂けの影響でお前にも見えるだろ、謙介」
「ですぞ。声まで聞こえますな。いやはやこれほどまでの数とは……うん?」
ジャリ、っと。
後ろから足音が聞こえた。
上村と縣が目を向けると、喫茶店のオーナーである勇気と康代が、驚いた表情を浮かべている。
縣は二人の事を知ってはいるが、あえて触れない事にした。
「君達、さっき彼の事を、やまた、って呼んだかい?」
「えぇ。今黄色いバイクに乗ってる彼の事ですぞ」
「もしかして、下の名前って、ともひこ、だったりしないかしら?」
「え、えぇ……?」
上村の言葉に、二人は唖然とする。
その様子に、縣は器用に片方の眉毛を上げた。
石像になってたとは言え、智彦とこの二人は接点がある。
ならば、陽落ち村での出来事で智彦の事を……石化している状態で覚えている可能性があると、考えたからだ。
「いや、昔お世話になった人……あの首無しライダーが、その名前を良く言ってたんだ」
「やまたともひこ、みたいに強くなりたい、ってね。でも、同姓同名よね流石に」
とんでもない情報が出て来た、と。
縣と上村は、思わず顔を向き合わせる。
「いや康代、彼も俺達みたいに冬眠してて、あの時代の人間って可能性が」
「あ、あぁ!それもあるか!なら、総長の事知ってるかも」
「すみませんお二方。あー……首無、じゃなく、そのお世話になった人の話を」
何やら納得し始めた二人に、縣が詳しく聞こうとした瞬間。
観客勢からヤジが上がった。
「おいおいなにやってんだ!」
「走る前から諦めるのかよダセェ!」
「つまんねーなそのまま飛び降りろ!」
「そうだ!詫びとしてそのまま死んじまえ!」
聞くに堪えない罵倒の先は、智彦だ。
何事か、と。
その場にいる全員が、弾かれるようにスタート地点を見る。
首無しライダーは健在。
智彦は……。
「ごめん縣!やっぱコイツ、走って完敗させる事にしたよ」
黄色いバイクを道路脇に置き。
ヘルメットのまま、首無しライダーの横で、上村達へと手を振った。
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