首無しライダー

首無しライダー ~プロローグ~



カラン、と。

入り口ドアに付属した鐘の音が、店内へと響き渡った。


「おぉー、久々だなぁ」


店内の暖気と外界の寒気が混ざり、声の主の付けた眼鏡を曇らせる。

同時に、鼻腔を擽る珈琲の香り。

眼鏡を拭きながら、声の主である壮年男性は店内を見渡した。

そういう時間帯なのか、客は一人もいない。

とはいえ、外に刻み込まれた轍や足跡から、客はそこそこ居たようだ。


木製の、懐かしい雰囲気。

同じく飾り気の無い、木製のイスとテーブル。

店の真ん中に置かれた大きなストーブが、店内を暖かに照らしている。

そして店の雰囲気に合わない、ロックなBGM 。

一見すれば古臭いが、こういうので良いんだ、と。

中年は目尻を下げた。


窓の外には、冬の山々が広がっている。

もう一ヵ月もすれば、徐々に緑が灯って行くだろう。



「いらっしゃいませー!お一人ですか?」



カウンターから、店員が声をかける。

『山麓カフェ オザキ』とプリントされたエプロン。

20代程の、スキー焼けの眩しい勝気な女性だ。



「あぁ、席はカウンんんんっ!?」



壮年男性は目を見開き、女性を凝視する。

女性はそんな彼を訝し気な目で……は見ておらず、何やらニヤニヤと笑みを貼り付けた。



「娘さん、じゃないよな……?いやまさか……、康代やすよ、なのか?」



唸る、壮年男性。

驚愕と戸惑いが混ざった表情のまま、言葉を搾る。

それを聞いた女性はヤニで汚れた歯を露わにし、大きく破顔した。


「あははっ、正解!康代だよ!」

「おいおいおい、嘘だろ……?あの頃と変わってないじゃねーか!」

「まぁ事情があってさ、あなたー!あごヒゲが来たわよ!」


そのあだ名はよせよ、と壮年男性は苦笑を浮かべた。

同時に、カウンターの向こう……キッチンから、がっしりとした20代の男性が現れる。


「おぉー!秋良あきらじゃないか!老けたなーお前!髭も剃りやがって」

勇気ゆうき!……いや、お前らが変わり無さすぎなんだよ。何があったんだ?この店も長年閉め……」

「それに関してはちょっと話が長くなるぞ。いつもので良いか?」


壮年男性……秋良は、言葉を引っ込め、カウンターへと座る。

勇気と呼ばれた男性はそれを認めると、慣れた手つきで珈琲豆を炒り始めた。


「驚いたよ、物価がすごく上がっててさ。とてもじゃないが昔の値段じゃ無理だった」

「ねー!スマフォとか便利すぎ。たった20年でここまで技術進化するの?ってくらいよ」


勇気の言葉に、康代と呼ばれた女性が頷きながら、秋良の横へと座る。

手元には、まだ新しいスマートフォン。

二人の奏でる雰囲気に懐かしさを覚え、秋良は息を吐いた。


「ふっ、まるでタイムスリップしてきたような言い方じゃねーか」

「あぁ。実際タイムスリップしたようなもんだよ」


次は、懐かしい匂い。

カウンターに固定されたコーヒーミルが、ゴリゴリと音を立てる。


「お前は久々かも知れないが、俺たちの中じゃ、先月にお前と会ったばかりなんだ」

「うん。勤めてる整備工場の娘さんとデートに行くって、はしゃいでたでしょ?」


秋良は鼻を動かしながら、康代の言葉を反芻する。

確かに、もはや昔ではあるが……そんな事があった。

今の妻と初めてデートに行く前日、この二人と喜びを分かち合った。

その後、目の前の二人は星空を見に行くと言って、そのまま行方を眩ませたのだ。


コポポポ、と。

お湯がリズムを打つ。

またもや、懐かしい香り。

秋良にとっては、約20年ぶりだ。


「……何があったんだよ、お前達に」


フィルターに収まった珈琲が、湯気を上げる。

秋良の呟きに、勇気と康代は、肩を竦めた。



「それが……、俺達にも何が何やら。航空写真で良さげな場所があってさ」

「そこへ星空を見に行った時にその、盛り上がって、近くの洞窟に入ったのよ」

「んで、そこでイチャイチャしようとしたら、何故か病院に居て」

「何故か、20年ほど時間が過ぎてたの。バイクも無くなってたし」




「なんじゃそりゃ」




秋良は呆れながら、出された珈琲に口をつけた。

懐かしい……20年ぶりの味に、つい、当時に思いを馳せる。

全く変わっていない、あの時の香り。


成程。


二人の言う事は理解はできないが、嘘では無いようだ、と。

秋良は、深く息を吐く。



「……お前達が居なくなって、皆で探して。どれだけ心配したか」


「ごめんね、でも本当に何もわからないの」

「あぁ。医者が言うには、冬眠状態になっていた、らしいんだが」

「警察も、『忘れた方がいいッスよ』って、特に根掘り葉掘り聞かなかったし、変な感じ」



勇気は笑みを零し、この一ヵ月の事を語り始める。

両親に再び迷惑をかけた事。

両親のお陰で店は残っていた事。

結局、自身に何が起こったのか全く分からない事。



「気分は浦島太郎だよ。何もかも変わり過ぎている」

「だねー、最適化するので精一杯」

「あぁ。……秋良もだが、皆、変わり過ぎだ。自分達だけ置いてけぼり……、そんな寂しさがあるよ」


勇気と康代の言葉をそのまま返したいと、秋良は思ってしまった。

彼からすれば、二人はあの時のままだ。

人生は明るく、自分は成功すると信じてた、キラキラ光っていた時代。

仲間達と集まり、バカ騒ぎをして、未来を深く考えずに人生を楽しめた、日々。

家庭は得たが、夢は追えず、ままならない社会で怨嗟を吐きながら身動きできない……いや、しない己に。

二人はとても眩しく。

そして、自分だけ先に行ってしまったという淋しさ。


あぁ、そう言えば変わっていないがもう一人いたな、と。

秋良は、北側の窓ガラスへと目を向けた。


空になったカップに珈琲を注ぐ勇気も、その視線を追う。



「総長はまだ走ってるようだね」

「あぁ、随分と人も殺してる。結構前から首無しライダーと呼ばれるようになった」

「……峠、進入禁止になっていたわ」

「それでも野次馬は今でも出入りしてるけどな」


若さゆえの過ち、では無く、輝いていたあの頃。

三人は其々家庭の事情で荒れ、日夜暴走行為を繰り返す暴走族であった。

確かに一般的に見れば迷惑な存在であり、鼻つまみ者。

だが当時は、そこが自分達の居場所、いや、そうだと思い込んでいた。


「……俺さ、総長に会って無かったら、今頃どこかで野垂れ死んでたと思う」

「私も。世間じゃ悪く言われてたけど、救われてる人はいたよ」

「俺もだよ。今更だけど、なんでああも強さに固執してたのかな、あの人は」

「強かったよねー、最後はあっけなく死んじゃったけど、さ」


三人の脳裏に浮かぶのは、総長と慕った男の最後。

喧嘩は負け無しで敵には徹底的に残酷な男は、落石により折れ曲がった道路標識で、首を失い死んでしまった。


それでも。

死んでも、なお。

闘争を求め、並走するを屠る理不尽な存在に、男は成ってしまった。


「それっぽい奴らがきて総長を成仏させようとしたんだがな、上半身取っ払っただけ。数日後には元に戻ってた」

「なんだ、お前も足を運んでるのか」

「まぁな。ああなっても、恩人ではあるからな」


成仏して欲しい、

だが、居て欲しい。

三人の胸中には、複雑な感情が蠢いている。


風が、ガタリと窓を揺らした。

二重窓にしなければなと考える勇気に、秋良が尋ねる。



「……あぁ、そうだ。お前達なら覚えてるかな?総長が目標にしてた奴の名前」

「あー、あー!よく口にしてたね!どういう関係だったか解らないけど、っと、お客さんだ」

「康代、よろしくね。うん、覚えてる。確か……やまたともひこ、だったかな?」


カラン、と。

来客を告げる鐘が鳴った。


「いらっしゃいませー!何名ですか?」

「四人でお願いします。あと、いきなりですみません、お尋ねしたい事が」


客は、四名。

その内の一人、地味な若い男性が、康代へと問いかけた。



「首無しライダーが出る首狩り峠の場所を、教えて頂けますか?」

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