隙間録:C114


とある、臨海都市部。

普段は商業的な利用が多い、ビジネス街だ。

だが年に二回、ココは、魑魅魍魎の集い地獄と化す。



「いやぁ、今年も大賑いですぞ!」



大きなリュックを背負った男が、かの地へ降り立った。

身長180程、筋肉質で、髪を短く切り揃えた男子高校生。

ぱっと見運動部に所属している爽やかさ。

だが、流行りの美少女ゲームのキャラがプリントされたジャンパーが、それを台無しにする。

……そう、上村だ。



「おおお、人がすげーな!謙介、今日はよろしく頼むぜ」

「海外でも名高い冬のFestival、楽しみデス」



横には、友人となったあがたと、迫浴さこえき

其々と熾天使会に属している人間だが、今日はプライベートだ。

例え仕事を告げる着信が鳴っても、二人はそれを無視しようと考えている。


とは言え、それも仕方のない事だろう。

今日は年に二回、夏と冬に開催されるコミックデパート……通称コミデと言う、ヲタクの祭典なのだから。


本来であれば年末の開催ではあったが、会場の施設点検等で延期。

その為、二月の開催となっていた。


縣と迫浴は、濁流のような人の波に、言葉を失う。

冬なのに、真夏を幻視する程の熱気だ。

同時に、疑問も浮かんでしまう。

この様な人と欲望が肥大化した場所で、何故、霊的怪異的な異常が起こらないのだろうと。



「しかしお二方がコミデ初体験とは意外ですな」



縣と迫浴は職業病を無理やり抑え込み、上村の後ろをついて行く。


コミデは個人サークルが同人誌を売る場だけでは無く、多くの企業も出店する場だ。

限定グッズ……それを求め足を運んでいる人も、決して少なくはない。

縣はそっちの方が目的で、好きな特撮グッズを求めココに来たのだ。



「興味はあったんだがなぁ、一人じゃ行き辛くてよ」



照れくさそうに紫の髪を弄ぶ縣だが、彼は所謂陽キャラだ。

リーダーシップがあり、転校生と言う立場なのに、すでにクラスのカースト上位に食い込んでいる。

だが実際、縣はソレを鬱陶しく感じていた。

と言うのも、「あんなキモオタとどうして……」みたいに、上村とつるむ事に苦言を呈する生徒がいるのだ。


「まぁ、仕方ありませんぞ。学内での評価は低いですからな、自分」

「確かにそうかもだけどよ、友人を貶されて黙ってられるかよ、ったく。俺もオタクだってのに」

「イケメン無罪って奴ですな」



「私は、Cosplay興味ありました。けどやっぱ恥ずかしいデス」



縣に続き、迫浴も照れくさそうに笑う。

長身のハーフ女子高生故、先程から周りからの視線が途切れる事が無い。

成程、コスプレすると厄介な存在を引き寄せそうだなと、上村は頷く。

勿論、彼女の腐ってる部分からは目を背けて。



「んで、謙介のオタク仲間は何処にいるんだ?」

「西ホールトイレ付近だからもうすぐですぞ、てか目の前ですな!」


上村が手を上げると、前方の人混みから、3本の腕が上がった。

そのまま合流し、開いているスペースへと、体を滑り込ませる。


「お疲れですぞ、お三方!」


「おつおつー!上村っち!」

「お久しぶり、今年もよろしくね」

「……よろ」


迎えたのは、男1女2の三人組だ。

上村は挨拶を簡単に返し、時間が惜しいと簡単に紹介をし始めた。


「早速ですが友人を紹介しますぞ!縣氏に、迫浴氏!二人ともコミデ初体験ですぞ!」


紹介を受けた縣と迫浴だが、何故か動きが固まっていた。

緊張によるものだと上村は解釈し、三人組に自己紹介を促す。


「あー、まずは私?カシマって言いますよろしくー!歩くの遅いけど許してね」


カシマと名乗ったのは、腰まで黒い髪を揺らす美少女だ。

先日まで片足を欠損していたが、今は素足と見間違えるような義足を付けていると言う。


八百やおと申します。うふふ、若い子が増えて嬉しいわぁ」


美魔女、というのだろうか。

八百と名乗る丸く大きいバスケットハットを被った女性が、にこりと、縣へ微笑む。


「……ヴラド、だ。あー……ふらつく事もあるが、気にするな」


大きな体躯ながらも、俯きがちで、顔色の悪い男性。

こちらは迫浴を気にするように、頭を下げた。


「この一日で皆仲良くなれれば幸いですぞ!と言う訳で申し訳ない!少しお手洗いに」


「混んでるから気を付けてねー、ごゆっくりー」


上村が申し訳なさそうに、微妙に繋がったトイレ待ちの列へと離脱。

それを見送る一同の笑顔が、真顔へと変わった。


「比丘尼の婆さんはともかく!なんでカシマレイコがココに居るんだよ!」

「Ce plănuiești? Vampir murdar!」


三人に、縣と迫浴が詰め寄る。

縣は札を、迫浴は守護天使の拳を、構えた。


《裏》において、カシマレイコは厄介な怪異だ。

カシマレイコの話を聞いただけ・・の者の下に現れ、片足を奪っていく理不尽そのもの。

とは言え、ココ40年近くは被害が報告されない為、ある種の遺物と化していた。


同様に、熾天使会にとって、ヴラドは恐るべき存在だ。

一言で言えば、吸血鬼の貴族種。

とは言え、こちらも長年被害らしきものが無い為に、何か企んでいるのではと不安視されていた。


そんな化物が。

人間に仇なす存在が、目の前にいる。

縣と迫浴は、死の匂いを強く感じながらも、誇りを選んだ。



「あぁ、やっぱ《裏》の人間かー。なんでってコミデ楽しむためだぞ☆」

「同じく。……害意は無い」


張り詰める空気。

周りのコミデ参加者は肌寒さを覚え、無意識に距離を取り出す。



「……はぁ」



縣が大きく息を吐きながら、八百へと顔を向けた。


「信じていいんだな?比丘尼の婆さん」

「当り前じゃない。むしろ私達は、人間の味方側よ?」


八百の言葉に、カシマとヴラドが頷く。


「こんな楽しいの知ったら無理っしょー。片足ってアイデンティティ捨てる位よゆーよゆー」

「あぁ、本当に。……人間が作り出すこの文化は素晴らしい」

「そうそう!昔はともかく、今は人間は殺せないなー」

「……カシマきゅんの言う、通りだ。考えても見てくれ、もし私が人間を一人捕食したとしよう。だがもし、その人間が歴史に残る漫画を描くはずだったとしたら?そんな事をしたら世界の損失だしその可能性を潰した私自身を私は許せないだろう!いいやもしかしたら素晴らしいグッズを作ったかも知れない!長年使える薄い本を描いたのかも知れない!皆の記憶に残る絵を描く神絵師になるかも知れない!様々な可能性を生み出すこの時代の人間をわりゃしは失礼噛みました」


「って事らしいぞ、迫浴」

「あ、Yes」


脱力する、縣と迫浴。

立場的に滅しなければならない相手ではあるが、この場では流石にまずいし、勝てるわけが無い。

何より上村のオタク仲間故、戦う事に抵抗がある。


結果。

二人は、目の前の人外を見なかった事にした。

勿論、後々其々の組織に報告する必要があるのだが。


「まぁ、比丘尼の婆さんが何かあったら止めてくれるんだろ?」

「謙介君が悲しまない程度には、ね」

「はぁ……、後でまとめ役に報告させて貰うからな」


心底面倒そうな縣の脇腹を、迫浴が突っつく。


「By the way縣、こちらの素敵な方、どなたデス?」

「あー……、聞いた事あるだろ。不老不死の尼さんだ」

「What!?」


あまりの大物の出現に、迫浴は目を見開いた。

人間に害意が無い人外が、今、目の前にいる。

それよりも……。


「八俣だけじゃなく、謙介もやべーな」

「やば谷gardenです、マジで」


類は友を呼ぶ。

いや、化け物は化け物を呼ぶ。

そう言えばアイツの嫁はクチサケだったなと、縣は今更ながらに思い出した。



「ふぃー、お待たせしましたぞ!っと、空気が柔らかくなりましたな!良かった」



緊張が解けた丁度良いタイミングで、上村が晴れやかに生還する。

一同は、視線を交差させ頷いた。

思う所はあるが、この場を設けてくれた上村を困らせない様にしよう。

前代未聞な盟約が交わされた瞬間であった。


裏の視点から見れば、看過できない状態。

だが、手を出さなければ、極めて平和な状態。


(誰も信じるわけねーだろうなぁ)


人間社会に対し災厄級の化け物三体が、日本特有のサブカルチャーに没頭し、怪異としての特性を放棄している。

いや、もしかしたら、だ。

もしかしたら、この三体だけじゃなく、この場には他の怪異も混ざっている可能性だってある。


(あぁ、納得デス。だからこんな欲望まみれの地でも、Danger起こらないデスか)


災厄級の存在が居れば、この区域では弱い怪異等はその影響ですぐさま消えてしまうのだろう。

万が一強い個体が生まれても、コミデを邪魔するなと消滅させられている可能性もある。


なるほど、八百の言った「人間側の味方」とはこういう事を指しているのかと、迫浴は軽い眩暈を覚えた。

その様子を見て、縣は同情を含んで苦笑いを浮かべる。



(なんつーか、八俣と関わりだして、おもしれー事が増えたな)



最初の出会いこそ敵対関係だったが、結んでよかった縁だと縣は考えている。

怪異とは滅ぼすべきだけの存在、と言う価値観の一角が崩されたからだ。

気付けば、人間に友好だけじゃなく共存している怪異が、間近にいる。

完全に慣れるのは危険だが、悪い気はしないな、と。

縣は、ココにいないもう一人の友人を思い浮かべた。


(まぁ、アイツ自体が怪異と言うか化物と言うか……、お、そうだ!)


災厄三銃士に驚かされたままじゃあ、面白くない。

縣はちょっとした仕返しを思いついた。


「謙介。どうせならさ、この三人にあいつを紹介したらどうだ?」


「……っ!彼ですね!ナイスアイデア、縣!万事仲良く、いい考えデス」


迫浴も悪だくみに気付き、乗っかかる。



「おお!そうですな!そういやカシマ氏達を紹介すると言って、そのままでしたぞ!」



上村も、乗り気だ。

会場を進みながら……。

コミデを心底楽しみながら。

上村の友人の名前を出さぬように巧みに誘導し、新しい出会いの場がセッティングされていった。



後日、カシマ・八百・ヴラドの三体と、智彦の顔合わせの日。

災厄級のこいつ等でも智彦を見れば少しは驚くだろう、と。

縣と迫浴としては軽いお茶目だった……のだが。

災厄級の三体が同時に狂乱し、智彦に軽く撫でられた・・・・・のは、また別の話である。

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