隙間録:舞台裏
某県の、都市部。
冬の寒さは相変わらずだが、地方とは異なり雪の気配は無い。
そのお陰か、商業区は買い物客と観光客で賑わっている。
それを狙ってだろう。
歩行者天国となった大通りにはキッチンカーが並び、コーヒーやスイーツが売られ、お洒落な雰囲気を奏でている。
また冬らしいモニュメント群も整備され、ライトアップにて夜の町が彩られる。
明るい内は家族連れが、夜はカップルが、この地区の熱量となっていた。
だがその光も、一定範囲内のみだ。
開発に失敗した場所、新市街の為に廃れた旧商店街等、陰りも存在する。
光が届かぬ闇は負の感情を集め、空気や治安を悪化させる。
都市部の為政者はソレを見ぬふりをし、光を輝かせる事に腐心した。
結果、一般人が立ち寄らぬ、腫物的な区域が生まれ育つ。
そしてその一角。
古臭いと言われ、買い手がつかず閉鎖した美術館の、一室。
昏い乾燥した空気の中で、五つの影が蠢いていた。
カチャリ。
部屋の中央は、金属製の鞄が一つ。
影が動きソレを開くと、室内がアメジストを思わせる紫色に照らされる。
「ほぉ、コレが石神……!」
プラスチック瓶に収められた細長い紫の光は、影達の風貌をも浮き上がらせた。
齢40程の、スーツ姿の男性。
後は、ラフな格好をした20代の女性だ。
「はい、先生。貴方の持つ記録通りでした」
黒く長い髪の女性が応えると、先生と呼ばれた男性は、満足気に笑みを浮かべる。
ここに第三者が居れば、先生と呼ばれた男性の名を応えられる者が殆どだろう。
彼の名は、
政治家だ。
認知度は高いのだが、それは悪い方面で、と言う意味になる。
汚職、着服、犯罪の隠蔽。
日本の政界の黒い部分の多くに彼が関与している……、というモノだ。
「旧日本軍の残した記録など眉唾と思っていたが……むふふ」
設楽は小型のタブレットを取り出し、データ化された記録を映し出す。
そこには陽落ち村についての記録が、昭和の文字で書かれていた。
内容を簡単にまとめると、陽落ち村には妖が棲みつき、鉄を生み出しているという内容だ。
「そちらの……南部家がまとめた記録によると、鉄以外も生み出せるんだな?」
「はい。金も、レアメタルの類も、鉄の代わりに生み出せるはずです」
「そうか!ならば金塊を量産できる!コレで俺の春が来るなぁー!うひひひひ!」
「その暁には、是非私達の重用を……」
「あぁ、解っている。君達の力は実に役立ちそうだ」
女性四人は、《裏》の南部家に連なる者達だ。
とある事情で南部家が没落するも、この四人は栄華と金銭感覚を忘れられないでいた。
その為、南部家を抜け、パトロンを探している途中だったのだ。
抜ける際に持ち出した南部家の情報が、役に立った。
3人を纏める女性……
「これで、タワマン暮らし続けられるね」
「シトロエンも売らなくて済むし!」
「生活の質を落とさなくて良さそう!ありがとう、城天」
「いいよ、私の為でもあるんだもの」
喜び合う仲間を見て、百々は口角を上げた。
そして昨夜の事を思い出す。
(単独だったなら絶対無理だったなぁ。あの調査隊の尊い犠牲に感謝、だね)
それは偶然だった。
百々が設楽の要求に従い陽落ち村に足を踏み入れた際、肥後学園大学民俗学部と言う先客が居たのだ。
彼女は得意の変装スキルで、これに紛れ込む事に成功。
変装を使い分ける事で鉱山に入り、入り口を爆破し、石神の性能調査に先客を宛がったのだ。
結果は、上々。
あとは仲間が入り口を解放するまで、廃坑の奥で岩壁に擬態する予定。
……だったのだが、熾天使会と言う第三者の闖入で、早めの解散となってしまった。
石神本体は無理、というか手に余る為、光の一部をプラスチック瓶へ採取。
それでも結果は、大成功と言えるだろう。
勿論、肥後学園大学民俗学部……ありす達への罪悪感は、そこには一切存在しない。
自身の栄華の為に他人を犠牲にする南部家の正当性は、見た目がうら若き女子大生の彼女達にも、嫌な程に引き継がれていた。
事実、彼女達の贅沢三昧の裏では、多くの罪無き人が不幸になっている。
「あと先生、狭い範囲なのですが、石神は強力な妨害電波を放っています」
「ほお?近くに置けば盗聴と盗撮を気にせずに済むな」
「軍部にコネを作るのも良いか、と」
「ふむ、いや、大陸方面へ流しパイプを作るのも手か。だが、コレだけでは足りないだろう」
設楽が、紫の光へと目を向ける。
プラスチック瓶内を忙しなく動く石神を見て、ううむと唸った。
「何とかコイツを増やせないだろうか?それと逆らえぬよう支配下に置きたい」
確かに、と。
百々達が設楽の言葉に頷く。
「これだけじゃ砂金しか作れなくない?」
「砂金て。んー、でも石にされるのも困るよね」
「うーん、どうしよ、城天。呪術で縛ってみる?」
「人を適当に攫ってさ、人体実験で色々試そっか。明日にでも変装して、《裏》の書庫を探」
『その存在は貴様達の手に余る。今すぐ解放したまえ』
直接、脳に響くような言葉。
辺りを見渡す、設楽。
一方、百々達は得物を手に取り臨戦状態となる。
『今引くならば、旧友を巻き込んだ無礼も見逃してやる』
いつの間に、そこに居たのだろう。
首から上が欠けた石像に座り銀色の長い髪を揺らす、褐色の美青年。
仄暗く瞬く赤い目が、百々達を見下ろしていた。
「ふん、誰に物を言っている。おい、あいつを殺せ!」
設楽はつまらなそうに、百々達へと指示を出した。
どうせこの男も、正義と言う無価値なモノに酔った愚者だろう、と。
もはや害虫を殺すような
しかし、聞こえて来るのは、砂嵐。
そう言えば石神の影響かと、設楽は舌打ちをしながら百々達へと目を向けた。
「おい、どうした?早く始末しないか!」
「はい!皆、行くよ!」
「りょ!霊力も何も感じないしね」
「つまり格好つけた一般人ってわけね。イケメンだし勿体ないけど」
「いやぁ、心が痛むわー、あはは」
故に、目の前の男は取るに足らない存在だ、と。
百々達は、そう判断した。
『西遊記、を知ってるかね?物語の主人公は、釈迦の指を柱だと認識していたという話だ』
突然語り出す青年に、首を傾げる一同。
恐怖でおかしくなったのかと、設楽が厭らしい顔を貼り付ける。
「ふん、何を言っ」
『我の力が強すぎて、貴様達は感じ取る事が出来ないようだな。普段の一厘にも満たないのだが、これならどうだ?』
瞬間。
恐怖が、爆ぜた。
百々達4人はその場で腰を抜かし、がくがくと体を震わせた。
下半身には黄色い水溜りが生成され、異音と共に悪臭が広がり出す。
「ひっ、あ、あなた、様は、一体……?」
連鎖する、過呼吸音。
百々がなんとか声を絞りだし、尋ねる。
『ただの悪魔よ。八俣智彦の知人ではあるがな』
肉体に、恐怖と本能が打ち勝つ。
青年……人間の姿となったアガレスの言葉に、百々達は弾かれるように立ち上がり、出口へと走り出す、……が。
「ぇっ?ちょっ、脚が!ままま待って下」
百々達の脚から自由が奪われる、
「ああああ!先程は申し訳御座いません!御慈」
和紙に墨が滲むかの如く、肌色に灰色が侵食する。
「城天ぁ!あんたの!あんたのせいよぉ!最後にヘマしや」
脚に、腹部に、肩に、腕に、首に……顔に。
「聞いてない!あいつが!八俣が関わってるなんて聞」
時間としては、数秒。
百々達は服装そのままの姿で、彫像へと成り果てた。
アガレスが地面へと降り立つ。
自身で造った4体の芸術品に見向きもせず、設楽へと歩を進めた。
「ひ、ひぃ!待って!待ってくれ!助けて、くれ!なんでもいう事」
『契約で無い限り、人間のいざこざには手も口も出さぬよ』
「だ、だったら見逃してく」
『だが、旧友を巻き込んだのは看過できぬ』
アガレスが設楽の肩へ触れると、そこを起点に波が生まれた。
波……歪は設楽の体を震わせ、衣服を巻き込み石へ変えていく。
「ぎっ、があああああああああああああああ!?いだぁ!痛ぁぁあ!」
激痛。
設楽は体を動かせぬまま、絶叫を上げる。
百々達とは違い、石化の浸食はゆっくりだ。
『貴様達の意識はそのままにしておく。錬金術、いや、科学が発達すれば、それを解除できるかも知れぬな』
「やだやだぁ!だず!げげっげ!いだいいだいいいいい!ママ゛ァァァ!」
設楽の悲鳴を受け流すアガレスは、石神を瓶から取り出し、自身の体に這わせた。
右手で空中に文字を描き、会話を始める。
『ふむ、なるほど、それは永い旅だったね。この地球には同じような存在が他に居るぞ。例えばスンバラリア……』
アガレスが外へと出ると、凍てついた空気が肌を刺す。
建物内からは最早声は聞こえず、5つの彫像が沈黙を守っているだけだ。
「お疲れ、アガレス」
『待たせたね、智彦。っと、大丈夫!彼は敵じゃない!落ち着け』
白い息を吐く智彦に片手を上げたアガレスだが、突然、体に張り付いた石神が紫色に光った。
どうやら恐慌状態に陥っているようで、アガレスの体を駆けまわる。
『彼らをここまで怯えさせるとは、流石と言うか、やはりと言うか』
「いや、何もしてないんだけどな……」
『実際そうだったからな、末恐ろしいもんだ』
ふと、アガレスが死臭を感じ取る。
そちらへ目を向けると、首を折られた複数の遺体が並べられていた。
「あー、有無を言わさずこっちに殺意向けて来たからね」
その数、20程。
恐らく、設楽の警備。
見ると、近くの廃墟から見張っていた狙撃手も混じっている。
銃声は聞こえなかった。
つまり、智彦の一方的で一瞬の作業だったのだろう、と。
アガレスは何気無く笑みを浮かべてしまう。
「面倒だから壊してはいないよ。とは言え、どう処理するか……、紗季さん、来れるかなぁ」
クヒッ、と。
笑いが漏れるのを、悪魔は何とか我慢した。
あぁ、やはり。
どう気持ちが変わろうが、この人間の根底はあのままなのだと、アガレスは安心する。
以前より
人間に擬態化してまで、社会に溶け込もうとしている化物。
これこそ。
この心地よい愚者こそ、八俣智彦なのだ、と。
『ここは私が引き受けよう。智彦はこの石神を、熾天使会のお嬢さんの所へ運んでくれ』
アガレスが、仲間の元へ帰れる旨を石神へと伝える。
恐る恐るではあるが、石神が智彦の肩へと飛び移った。
「いいけど……、ありすさんに会わなくてもいいの?鉱山でも結局、さ」
『あぁ。彼女に私は最早必要ない。彼女の場所へ戻るつもりもないさ』
智彦の言葉に、アガレスはすぐさま頷く。
本に囲まれ、本の中身こそ真なる世界と信じ込み、家族以外に心を開かなかった少女は、もう居ない。
今のありすには人間の友が居て、理解者がいる。
だからこそ関わるべきでは無いと、アガレスは無色の息を吐く。
「そっか。……んじゃ、俺は養老樹さんの病院へ向かうよ」
『私はこの街の図書館を覗いて行く。#&@@%……あぁ、いや、石神を頼んだ』
「ブレないなぁ」
そちらもな、と。
アガレスはつい、口角を上げてしまった。
「あぁ、あと、さ」
『……どうした?』
「俺、アガレスの事、知人じゃなく友人と思っているからね」
『……そうか』
「そうだよ?」
『ふっ、そうだな』
先程の会話を聞かれていた気恥ずかしさより、胸中に浮かぶ喜色。
言葉にできない感情を抑え込み、アガレスは右指を弾く。
遺体に火が灯り、一瞬で灰と成る。
だが、周りの草木は焦げ一つない。
空気を歪める陽炎の向こう。
逆光の中で友人が跳躍する様に、アガレスは目を細めた。
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