石 ~エピローグ~
如月。
陽は少し長くなるも、肌を刺す寒さは変わらない季節。
町を行き交う人々は白い息を吐き、暖を求め店へと入って行く。
とある大型ショッピングモールもその恩恵を受け、平日であるにも関わらず、多くの人で賑わっている。
そんな中一人の美少女が、周りからの視線を無自覚に集めていた。
(さぁて、今日はどんな本買おうかなー)
黒いキャスケット。
チェックが入った紺色のコート。
白いマフラーを首に巻いた郷津ありすが、灰色の髪を揺らし、モール内の書店へと入って行く。
(あ、いい匂い)
店の奥から流れて来たコーヒーの匂いが、ありすの鼻腔をくすぐる。
この店は、ありすが最近見つけ、お気に入りとなった書店だ。
中にコーヒーショップがあり、本を購入後、コーヒー片手にすぐに読めるお店。
本ぐr……、いや、本の虫な為にあまり外出しないありすだが、ここ最近は入り浸っていた。
(ノベライズ作品で今日発売日なのは呪術海戦、曹操のフリーランス、……あっ)
ありすの視線の先には、週刊誌コーナー。
普段であれば絶対に手に取らない種類ではあるが、とある雑誌の表紙に興味を惹かれた。
『男に走ったか?大人気アイドルR・Yに男の影』。
『呪われたHOKUGA元社長の犯罪に塗れた過去』。
『悲劇!未だ見つからぬ家出少女の痕跡』。
所謂ゴシップ紙の表紙に書かれた、人の不幸を笑顔で謳う見出し。
その中で唯一、興味を引く記事名。
(『宇宙進出前哨戦!人工衛星打ち上げを妨害か?』、かぁ)
そう言えば打ち上げは先週だったな、と。
ありすはその雑誌を購入し、喫茶コーナーの席へと座る。
(うわぁ、すごい情報量)
情報の乱雑さに眉を顰めるも、目的のページを捲る。
『気候変動観測衛星「どらっけん」打ち上げ成功!』
たった2ページではあるが、モノクロの小さい写真を左下に、文字数の暴力がありすを襲う。
だがありすは物ともせずに、余裕で記事を読み始めた。
(……結構読みやすい。纏め上手ね、書いた人)
記事は、打ち上げは無事成功したものの、ロケットからの信号が頻繁に途切れたという内容だ。
そして時たま、ロケットの表面に謎の光が浮かび上がったとも、ある。
ライターはコレを、他国がレーザー的な何かで妨害して、打ち上げを失敗させようとしていたのでは、と考えたらしい。
スマフォを取り出し、事実確認。
音声をオフにして打ち上げの動画を見ると、確かに……あの陽落ち村で見た光を認める事が出来た。
思わず、ありすは笑みを零す。
(実際は石神様の仕業なんだろうなぁ)
陽落ち村で携帯等が使えなくなった現象。
ありすはアレを、石神の仕業だと何となくではあるが予想していた。
(石神様に、打ち上げ時は電波妨害やめるようにお願いしたのかな?)
そうでもしないと、打ち上げは失敗していたかも知れない。
あの後は会う事が叶わなかったが、とても怖い経験……だけど、貴重な経験だったと。
ありすは、砂糖でドロドロになったコーヒーを、口に含んだ。
打ち上げ関係の記事以外を見るも、興味が湧かない。
雑誌をどう処分するか悩むありすの耳が、後ろの席からの会話を拾う。
「あぁ、もうダメ。模試全然だめだった」
「根詰め過ぎじゃない?明日、気分転換に遊びに行く?」
「アンタは気楽でいいわよねぇ。バイクの免許も取っちゃって」
「えへへー、この季節はマジで風が冷たいけどね」
バイクがあれば、色々な場所の図書館を巡れるだろう、と。
あぁでも学院から許可は下りないだろうなぁ、と。
ありすは再び、コーヒーを口に含む。
「事故に気を付けなさいよね?」
「解ってるって!あぁでも一度行ってみたいな、首狩り峠」
「解ってないじゃない!てかそこ侵入禁止になってるわよ」
それから、後ろの席ではオカルト的な話が始まった。
首無しライダーとの勝負に勝てばお宝が手に入るだの。
人気アイドルの背後霊が蘇っただの。
Wi-fiマークが赤くなり地獄からの電話がくるだの。
人が聞けば、一笑しそうな内容だ。
ありすは、ミニバッグからブックマーカーを取り出した。
丸い孔雀石が揺れる、シンプルな物。
指先で、石を弄ぶ。
(……世の中には、不思議な事が一杯あるのね)
だが、ありすは実際に経験してしまった。
事実は小説よりも奇なり。
自分を含めた人々が普通に生活している裏で、摩訶不思議な存在が蠢き、それに対応している存在がいる
加えて、全て思い出してもしまったのだ。
悪魔が棲みついた本を開き、命を狙われ、助けられた幼少の頃の記憶を。
(アガレスさん、今もどこかで本に紛れてるのかなぁ……)
地球外生命体、悪魔、そして……。
(駄菓子屋さん、あの時の姿のままだったな)
所謂不老不死の存在、なんだろうか?
それとも、時間を遡って昔の自分を助けてくれたり……。
(ふふっ、まさかね)
窓へ目を向けると、浮かんだ雲の輪郭がみかん色になり始めている。
ありすは温くなったコーヒーを飲み干すと、退店の準備をし始める。
後ろの席は、未だ賑やか。
其々将来についての話で盛り上がっている様だ。
(将来……進路、かぁ)
ありすは養老樹の派閥だ。
しかも彼女の裏の顔を知ってしまった。
このままいけば熾天使会、もしくはそれに組する組織に組み込まれる未来が、ある。
(それも、いいかな)
陽落ち村で知り合った、年上の女性である掃部関。
彼女の言ったように、オカルトとの出会いは、この上ない刺激を与えて来た。
何より、興味が、どうしても走ってしまうのだ。
それに……。
それに、だ。
(あっちの世界に身を置けば、駄菓子屋さんと、また……)
ありすは時計を取り出し、運転手との待ち合わせ時間を確認した。
まだ少し時間がある。
音楽店でクラシックでも漁ろうかと、学生が増えた人混みに足を……。
「あっ」
「ん?」
人混みから、まるで狙ったかのようにはみ出した、男性。
一見、個性の無い地味な少年を見て、ありすは動きを止めた。
「ありすさん、偶然だね。あの後大丈夫だった?」
「え、ぁ、はい。おかげ、様で……」
「良かった。あの後、養老樹さん忙しそうだったから聞けなかったんだ」
鼓動が、跳ねる。
ありすは言葉を探すも……お礼を言おうとするも、言葉が出ない。
どうにもならず、少年が持つ大きな荷物を凝視してしまう。
「……あ、これ?晩白柚。今年のは大きくてさ、飾り甲斐があるよね」
その後、居間に置くといい匂いがするだの、厚い皮は醤油で食べるだの。
智彦の言葉に、ありすは曖昧に相槌を返すしかできないでいた。
「あー……引き留めて御免なさい。ゲームコーナーで友人を待たせてるんで、またね」
ありすの反応から、退屈な話を一方的に聞かせてしまったと勘違いしたのだろう。
少年は申し訳なさそうに謝罪し、人の波へと戻……。
「待って下さい!」
「……うん?」
ガシリと、ありすは少年の服を掴む。
周りの視線を気にせず、ありすは、声を放り出した。
「えと、お名前を、教えて頂けませんか?」
「……?あ、あぁ!そっかぁ……」
少年は、目の前の女性に名乗ってない事を、今更ながらに思い出した。
養老樹から聞いてはいないのだろうか等の要素は頭に無く、自身のしくじりを猛省している様だ。
「えと、あー……今更だけど、俺は……」
少年……智彦の名前を聞き、ありすの顔が柔らかに綻びだす。
その頬は春を待たずに、桜色へと染まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます